第六話
依頼の手続きを終え、ロナ姉の言われるがまま外に出た自分達は、目的地を告げられぬまま何処かへと向かっていた。
ただクレアだけには耳打ちしていたので、クレアも行き先は知っているのだろうが、何度聞いても着いたらわかる。の一点張りでそれ以上の返答が返ってこない。
「あの、せめてどんなことをやるかは説明して貰えませんか?」
その事にリリィも一抹の不安を抱いたのか小さな声で尋ねると、ようやく足を止めて振り返った。
「不安になる気持ちも分かるが、詳しく言ったら嫌がるかも知れんから黙っているだけだ。一つ言えるとしたら、法に触れて騎士どもに追い掛け回されるような事ではないとだけ言っておこう」
その事だけをロナ姉から伝えられるとリリィは一先ず納得して引き下がった。
しかし自分の方はと言えば、未だに不安感を隠せずにいた。
今回の依頼に関しては自分を鍛えられるように希望を出していたので、高確率で街中の仕事をやると予想をしていた。けれど、今歩いている場所はクレアとともに通って来た大門近くとなっている。
このまま外に出ると言う事はアイツ等―ウルフ―か、それに該当するモンスターを狩ると仕事ををさせるのではと不安すら抱く。
そんな中大門を横目に脇道へと二人とも足を進めていく。その事にリリィが疑問を含んだ声を上げた。
「あれ、この道」
「知ってるのか?」
「ええ、まあ。でも、この先って――」
何かを知っているリリィも一体何の用なのだろうかと言った表情を見せ始めた。
それだけで本当に何をやらせる気なのか分からなくなるが、リリィがここらへんを知っているならば何かあっても彼女と共にこの場から逃げる事も出来るだろうと思うと小さく息をついた。
「リリィはこの先の出身?」
「はい。でも仕事って出てましたっけ?」
ある程度は目的地の現状を把握しているのか首を傾げてはいた。
だが、クレアからは再びすぐにわかると素っ気ない答えだけが返ってきた。
そして数分後。大通り周辺に比べて汚れが目立つ木造の建築物が屋根に大量の雪を乗せ、そこらじゅうに建っていた。ただ活気は大通りに負けることなく、多くの人が忙しなく動き回っていた。中には、片手に洗濯物を持った女性達が談笑をしながら横を通り過ぎて行く。
それを見ながらもようやく振り返ったロナ姉に目を向ければ、今日の仕事場はココだと言った。
「え、なにをするんですか?」
「特に困った事は今日も無かった筈ですけど……?」
「まだわからないのか? アレだアレ」
指を刺された先には屋根に積もった雪。
このまま取り除かずに放置すれば、積もった雪の重さで家自体が押しつぶされる可能性が高い。
そこまで考えてようやく理解した。
今回の依頼が全く違うものだと言う事には安心した。
ただ、自分の体を鍛えると言うのであれば、これ以上適した仕事は指で数える程度しかないかもしれない。それを考えて選んだと言うのであれば、流石と言わざるえない。
「――意外だな」
「「え?」」
小さく言葉を零したロナ姉に自分とリリィが何故といったように首を傾げた。
「リリィは下町出身だから、手を貸すにしても。コースケはこの仕事を嫌がると思ってたんだがな」
「修行になるような仕事を頼んだのは自分ですし、それに雪かきは慣れてますから」
この世界に来る前は雪かきなど実家に戻る度にやっていた。
今思い返せば本当に人使いの荒い親だと思うが、こんな所で役立つというのであれば感謝の一つくらいは念じても悪くはない。
「そうだったのか。なら今回の仕事は早く終わらせて別の事も出来そうだな」
そう言って獰猛な笑みを急に浮かべたロナ姉に背筋が冷えた。
それと同時にクレアの一言が頭の中をよぎる。
(――ロナ姉の訓練が死に掛けるほど、厳しかった)
一体どんな目に合うのだろうか。
ただ今回の仕事も手を抜けば、その死に掛ける程の訓練とやらも回避できるのではと言う甘い予想が頭の中を駆け巡る。
だがそれがばれた時、クレアとロナ姉両方にばれた時どんな目にあうのか、まったく予想が着かないせいで別の恐怖が湧きあがる。
「あぁ、そうだ。理由もなく仕事で手を抜いたら――」
「……抜いたら?」
ごくりと唾を飲んで聞き返せば、ロナ姉が小さく笑った。
そして――
「死んだ方がまだマシと思えるような訓練を施してやろう。まぁ、それがお望みと言うならば止めはせんがな」
その一言で何かを思い出したのか、クレアの顔色が見る見るうちに悪くなった。
赤から青に数秒も掛かってないのではと思えるほど速く。それほどまでに、辛い事だったのだなと察する事は自分でも簡単な事だ。
「はい、真面目にやらせて頂きますっ!」
それと同時にまだ死にたくないと言う本能が、自分を正直者にさせた。
その言葉に軽く笑みを零されるが、いい返事だと褒められた。こんな時に褒められても全く嬉しくはないが、ふとある事に気付いた。
「なぁ、二人とも。今さっき何か口にしたか?」
「言ってないけど、顔に出てた。凄いわかりやすい」
「言って、ませんね。まぁ、お互いに頑張りましょう」
その言葉に小さくため息が零れた。
顔に出す気はないと言うのに何故出て来るんだと自分自身に呆れにも似た感情を抱く。
クレアの時も似たような事を言われたのだから、もっと隠すように努力しなければならない。そう思うと自分の頬を軽くつねり始める。
「また顔に出てる。わかりやすい」
「きっと正直者なんですね」
――やっぱ表情を隠す努力を辞めようかな。
18
それからすぐ、ロナ姉が依頼者のところに向かっていたのか道具を片手に戻ってきた。
道具が渡されるとすぐに各家の屋根に上って、木製のスコップを振るう。積もっている雪を掻き下ろすと言う単純な作業だが、ズシリとした重みが両腕に掛かり、気を抜けばスコップごと地面に落としそうになる。
「適当に降ろせば良いって物でもない! 周りには人だって歩いているんだ、それも考えて手を動かせっ!」
「「はいっ!」」
「もし人に掛けたら、依頼失敗。この後の訓練も厳しくする、それを肝に置いて」
「はいっ!」
「はい! ――って、それ私もですかぁ!?」
隣から上がるリリィの声に驚くと、スコップを上げる力が緩んだ。
「あっ」
思わず小さな声を上げると、すくっていた雪が中途半端な力で宙を舞った。
それは放物線を描くと、下から見上げていたクレアの頭上へと落下し、雪まみれにした。
「これはまぁ、依頼失敗ではないが――」
「仕事終わった後の訓練。本気で鍛える、逃げないでね?」
ロナ姉の声を遮ってクレアが声を出すが、その表情に怒りを感じない。
必死に言い訳を考えようとするが、雪を被ったまま真顔で見上げてくる姿には一種の恐怖すら覚える。
「このように怒りを買うから気をつけた方がいい。それとだが、リリィも何かしらの目的があって入ったんだろう? なら、一緒に訓練を受けると良い」
「うぅ、ありがたいですけど何か複雑です」
そう言いながらも断りの言葉を口にせず、手を動かしているのだから今後もリリィと一緒に訓練を行う事になるのだろうと一人考えてしまう。
「手を止めない。サボったら厳しい訓練をさらに増やす」
そんな中、クレアから注意の言葉を受けると、止まっていた手を急いで動かす。
この後、彼女から本気で鍛えると言っているのに、それ以上の事をされたら多分まだ見ぬ三途の川を見るはめになるかも知れない。
それだけは絶対に避けなければいけないのだが、訓練で本来助けたいと思っていたサブヒロインやその友人に殺されかけるというのは、もはやギャグの域ではないだろうかとすら感じてしまう。
「無駄な事を考えずに目の前の事に集中しろっ! 考え事をしてたら、また誰かに雪を掛ける事になるぞ!」
また複雑な表情を浮かべていたのだろうか。
ロナ姉の正論に反応だけを返すと再び目の前の事に集中し始めた。
四時間後。夕焼けがあたりの風景を紅く染めている中、自分とリリィはお互いの背にもたれ掛かりながら休憩していた。視界に映る家々の殆どは乗っていた雪が降ろされ、太陽の光を受け止めていた。
ただ四時間の間に雪が降ろされず、そのままの積もっている状態の家も少し残されている。
それらは現状降ろさなくても良いが、再び雪が降れば仕事として回されるか、家主が下すはめになるのだろう。
「お疲れ様。はい、これ」
そんな中、何処からともなくクレアが現れ、何かが入った麻袋を二つ差し出された。
それを受け取りながらも、4時間前に雪を掛けたせいだからだろう。彼女の服装がギルドを出る前から変わっており、一体いつ着替えたのだろうかと疑問を抱くが、余計な事を口にする前に差し出された物を一つ受け取る。
直後、ジャラっと硬質的な物が響いた。それだけで中身の予想が着いたが、この場で開ける程、がめついわけでもない。ポケットにそれを仕舞い込むと、あたりを見渡した。
「あれ、ロナ姉は何処に行ったんだ?」
「そういえば――」
作業に集中していたせいだろうか。
途中からロナ姉のお言葉が無かった事を思いだすと、いつのまにこの場を離れていたのだろうかと疑問が湧きあがる。
「ロナ姉は別の仕事してる。二人が仕事を終えたら、私が回収。先に戻って指導する事になってる」
「あの、それって辞退することって――」
「リリィも今度外で討伐任務受けて貰うから、一緒に受けて貰う」
「はい……わかりました」
殆ど諦めが着いたのだろう。肩を落として頷いている姿を見ると思わず笑みがこぼれるが、ふと肩を掴まれる。
「え?」
「コースケは私に雪をかぶせたから、周囲に目が行ってない証拠。少し厳しめにやるから覚悟」
もう水に流したのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
肩を掴まれる力がやけに強まっており、口で言わずとも、逃がす気が無いと言うのが読み取れる。
「なるべく、死なないようお手柔らかにお願いします」
「善処する」
最後の希望として震えた声でお願いする。
だが、肩に掛けられる力は弱まる事無く、返事が返される。
あまり期待しない方が良いだろう。そう判断すると、リリィと同じように肩を落として帰路へと着いていた。
19
一方その頃。
「こちらです、冒険者様」
「ありがとう。被害はいつから?」
「一昨日です。気付いた時には荒らされていて、もし犯人がアイツで、このまま荒らされると私ども冬が越せなくなります」
「そうですね。調査の為に中へ入っても?」
「ええ、構いません」
案内された石造りの小屋の前に立つと、許可を取ってから中に入った。
部屋の中には食い散らかした野菜が残されていた。
壁を攻撃して破壊した痕跡は残されておらず、ご丁寧にも入り口から入ったようだ。部屋の中に残さている野菜は食い荒らされており、刺激的な獣臭が鼻につく。
それに顔をしかめつつも、床を見れば犯人と思わしき茶と赤の混じった動物の毛が散乱していた。
普段は断定などしない。視野が狭くなるからだ。
だがそいつだと特定する物がある以上、ここを荒らしたのは温かくなる時期に出てくるアイツの仕業だと言わざる得ない。
この事が他の場所でも続くようならば、下町に住んでいる人の半数が餓死か凍死が待ち受ける。
見ない振りをする事も出来るが、一度関わった以上、寝覚めが悪い。何とかするべきだろう。
それにしてもまだ温かい時期ではないと言うのに、この時期に活動をすると言う事は、歪門で目を覚ましたのかも知れない。
そう考えると、何と運が悪い事だろうかと小さく息をこぼした。
ただ調査に行ったクレアにも、呼び出されたコースケにも責任はない。運が悪かっただけ、今回だけはそう納得させるしかえない。
「ふむ、今度私達が調査に向かう。仮に痕跡が残っていても決して追ったり、探したりしないように」
「は、はい。よろしくおねがいします」
とりあえず、住民にくぎを刺しておく。
実力が無いのに追いかける等自殺行為をされては見つけた時たまったものではない。
ふぅ、と小さく息を吐く。小屋を出て視界の先にはソイツの足跡がくっきりと残されている。
足跡をたどれば巣につくのかも知れない。しかし今の装備で追う気にはなれなかった。日没まで時間は少ないし、場所によっては勝ち目が低い。暗くなれば。こちらが殺られる方が高い。
ただ今回の件でここが安全に食料を食えるという事がわかった以上、もう一度来る可能性がある。
その時に覚えてはならない味を覚えたら厄介どころの話ではない。そうなる前に始末しなければならないだろう。
「まったく厄介なことだ」
今はやるべき事が多くあると言うのに、なぜこんなにも忙しくなるんだと小さく毒づいた。
だが、その呟きは誰の耳に届く事も無く風に消え、私の視線はソイツが居るであろう方向に向けられていた。