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サブヒロイン一筋ですが何か?  作者: ないんだな、それが
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第四話

 時間はだいたい二時。時計がないせいでハッキリとは言えないが、太陽が真上を通り過ぎている以上、それくらいの時間な気がする。

 ただゆっくりとしていたら前日のようにすぐに夕焼けが見ることになってしまいそうなので、足早に自分の装備を購入するために二人と共に店へと向かっていた。

 周りを一瞥すれば、あちこちで装備や日用雑貨・食材の安売りセールを大々的に口にして客を呼び寄せているが、ロナ姉とクレアはそれには興味が無い態度を見せている。 

 むしろ、今向かっている店が二人にとってはよく行く場所なのか、店名を口にはせず、あれやこれやと話をしていた。


「ロナ姉、行くところはいつもの?」

「あぁ、なんだかんだ言ってあそこは安いからな」

 それを近くで眺めながらも、これからどんなものを装備するのだろうかと内心ゲームで登場した武器を思い浮かべる。

 選んだクラスはルークで、専用武装は斧と槍の二種類となっている。

 やはり初期装備となるスモールスピアまたは青銅の斧が武器の中では妥当だと思うが、防具は全身を鎧で固めてしまったら、筋肉が無いせいで動けなく未来が見えそうだ。

 これは店に着いた後にちゃんと話をしておいた方が良いだろうなと一人考えていると、ロナ姉が急に振り返った。


「あぁ、そうだコースケ。これから行く店は店主が少々気難しいからな、言葉遣いには気をつけた方が良いかも知れん」

 個人的には自由過ぎると思うロナ姉にここまで言わせるとは意外だが、原作でそんなキャラクターが居たかと思い返してしまう。


 ただ該当するキャラクターを一人も思い出せず、一体誰なのだろうかと思いつつも、わかりましたとロナ姉の言葉に従うと、ホッと一安心したような表情を浮かべていた。

ロナ姉にここまでさせると言う事は、それほどまでに実力がある人なのだろうと理解はするが、原作でそのようなキャラクターを見た事も聞いた事も無い。


「わっ、すいません、通ります!」

 そんな中後ろからクレアとはまた違った、女性の声が聞こえた。


「――あっ、きゃぁ!」

 一体何だろうかと振りかえれば、走ってきた女の子とぶつかってしまう。

さらに小さな悲鳴を上げ、尻餅をつかせると同時に、女の子が片手に持っていた紙袋から小さい鉱石や薬で使いそうな水色な液体、薬草が道一杯に散らばった。

原因の一端でもあるからこそ、申し訳なさから自分も荷物拾いを手伝っていたが。


「あ、あわわ。すいません、ほんとにぶつかってごめんなさい!」

 初対面から見ても慌て症の強い子だ。

こちらは痛くなかったのだが、こうも頭を下げ続けられると、自分が悪いのではとすら錯覚してしまう。


「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。それよりも荷物はこれで全部ですか?」

 落としていた荷物を紙袋に入れ、最後の一つを持ちながらも確認を取ると笑顔でうなずいた。


「はい、ありがとうございました! このお礼はまたいつか!」

 そう言いながら、こちらに手を振りながら走り去る茶髪の子を見送る。

 しかし再びこけそうになり、大丈夫なのかと内心心配してしまう。


「コースケ、気をつけて歩いて」

 その光景をじっと見ていたクレアから苦言が漏らされるが、やはり自分が悪かったのだろうか。

 あれは故意の事故ではないのだから、個人的には悪くないとは思うのだが、クレアたちだったらぶつからずにもっと上手く回避していたのだろうかと一人想像してしまう。


「まったくだな。それにしてもだ、先程の女の子。どこかで見たような?」

 どこで見たのだろうか。ロナ姉がそう言いたげな表情を浮かべていたが、すぐに思い出すだろうと呟き、足を進めていた。


それに置いて行かれないよう着いて行く事、数分後。

二人の案内で大通りから細道に入り、何度か曲がり角を曲がると、一件の古い建物の前へと着いた。

看板も出ておらず、長年雨風にさらされ続けたせいか全体的に古ぼけた印象を受けるが、二人は特に気にした様子もなく、振り返った。


「ここだ。さっきも言ったが、ここの店主は気難しい性格人でな、気をつけて発言しろよ?」

「意外とコースケが問題起こしそう。だからここで釘刺しとけば少し安心」

 何かしらの問題を起こしているせいだろう。ロナ姉とクレアから問題児を見るような目で向けられながらも、話を聞いていた。


「ロナ姉とクレアがせっかく案内してくれたんですから、それを無碍にする気なんてないですよ。最大限注意を払って喋るんで、安心してください」

 そう言いながらも、どこか不安な気持ちが抜けないのか心配そうな面持ちのまま店内へと入った。


 それに続いてクレアと自分も入るが、中は多くの武器、盾が所狭しに並べられており、端の方には木製で筒状の傘立てに似たものがあった。

 中には薄汚れた武器が乱雑に差し込まれており、柄には値段と思わしき数字の書かれた紙が巻かれていた。


「いらっしゃい――チッ、またアンタ等か。ん、後ろの奴は、見た所新人か。今日は何の用で来やがった?」

 部屋の奥から声がし、今度はそちらに目を向ける。

 直後、この世界が異世界であると言う事を最認識すると共に、ゲーム内に登場した種族を一つ思い出させた。

 店の奥から出てきた人物は全身が灰色の毛で覆われ、頭には種族的特徴であるピンと張った犬耳が生えている。

 また顔には小じわが目立っているが、片目には歴戦の証を表すように大きな傷跡が残っていた。

 ――ワーウルフ、それが彼の種族だ。現実で見るのは初めてだが、ここまで映画に出てきたものと似ているとは、ハリウッドもなかなか侮れないものだ。


「武器を買いに来たんだ。何かお勧めのものはあるか?」

「ふんっ、武器なんざそこらに立てかけてあるだろう。好きに選んで金を置いたら、さっさと帰りな」

 ロナ姉から会話が切り出される。

だが、ワーウルフの男性はこちらをまったくを相手する気がないのか、対応が非常にぶっきらぼうだ。

 その態度に僅かとは言え、心がざわつくが、種族が異なれば嫌いと言う人だっているかも知れない、と自分に言い訳をしながら抑える。

 そもそも、店の前で問題を起こすなと言われたばかりなのに、それすら守れなければどれだけこらえ性の無い奴なんだと言われなかねないだろう。


 ただクレアとロナ姉の方に目を向ければ特に気にした様子はなさそうだ。

 これが通常なのか、それとも平常心を保っているのかいつも通りの態度のままだった。


「そうは言うがリュゼさん。貴方が見繕った武器は私達にとっては扱いやすかったんだ。その目利きを持って、彼に見合う武器を選んでくれないか?」

 盗み聞きで悪いが、どうやら目の前の獣人ワーウルフの名はリュゼと言うらしい。

 そばにある商品を暇つぶしに眺めながらも一瞥する。

直後、その鋭い瞳と目があい一瞬とは言え心臓が跳ねると同時に絡まれたくない本能が、自分の目を背けさせてしまった。


「ふぅん、武器が欲しいと言う奴はそこに突っ立ってる細い子供ガキか」

 せめて中肉中背と言ってくれた方がマシなのだが、ここで反論してリュゼさんの機嫌を損ねたらマズイと判断し、口を閉じ続ける。


「ええ、予算は1500セル。少なめではありますが――」

「嫌だね。そんな仕事を頼むなら別の所に行きな」

 ロナ姉が話している中を遮り、リュゼは断りの言葉を告げていた。


「なんで、理由を教えて?」

 粗雑すぎる対応にクレアも抑えられなくなったのか、少し前に出ると言葉を強めて質問

をしていた。

 クレアとロナ姉から気をつけろと言われていたにも関わらず、自分たちが苛立っていては意味がないのではと思うが、口に出したらややこしい事になるだろうと口を閉じ続ける。


「はっ、そいつはどう見たって剣を振れもしねぇど素人だ。そんな奴に俺の選んだ武器を売った所で、武器が泣いちまって可哀想だね」

 疑問に対しての答えがリュゼの口から言われると、たしかに一理あると思えた。


 たしかに現代の日本人にとって戦争など過去の話だ。

 現に体を鍛える人も十人中半分居るかどうか怪しいもの上に、剣をまともに振れる人間など一握り存在すれば良い方だろう。

 それ以上に物をすぐに捨てるという現代人特有の思考を、なんらかの方法―直感もありえる―で感じ取ったと言うのならば、リュゼの気持ちもわからなくはない。


 ただ気持ちは分からなくもないが、許せないことだってある。

 たしかに自分も無意識の中で古くなった物を捨て、新しいものを欲しがる現代人特有の思考を持っているが、クレアとロナ姉は違うはずだ。

 それにもかかわらずリュゼの矛先は自分だけでない。クレアやロナ姉にも向いている事は僅かとはいえ怒りを湧き立たせる。

 責めるならば自分だけで充分だと言うのに、自らの時間をつぶしてまで案内してくれたロナ姉とクレアを責めるというのは、二人に忠告されたとはいえ、そろそろ我慢の限界だ。


「まったくしばらく見ない内に、お前さん等の目も鈍ったな。まぁ、体に異常のある奴らが頭に異常が出来てもおかしくはないわなぁ」

 ロナ姉とは違う。本当に人を馬鹿にしたような軽快な笑い声が店内に響き渡る。

 ロナ姉は何も言い返さないのか目を閉じて黙っており、クレアの方は怒りの表情を浮かべ、隙があれば今にでも飛び掛りそうな勢いすら感じる。


「なぁ、リュゼさん」

 そんな中、気付いたら自分は二人を押しのけてリュゼの名前を呼ぶと、カウンターの前に立っていた。


「あっ、なんだ小僧?」

 先程から何も言い返せずに黙っているしか出来ない、体の大きいただの子供と思っていたのだろう。

 まさにその通りではある、リュゼの口から直接言われても否定はしない。

彼の不機嫌そうな目を見て、ここで二人のかわりに言い返そうと決意するには充分すぎるほど反省する気のない目だと思う。


「自慢じゃないですが、貴方の言うとおり自分は一度も剣を振った事の無い素人です」

「はっ、やっぱりな――」

「ですが! それは自分だけです。今回は自分で選んだ物を買わせて貰いますが、貴方が選んだ武器を自分が扱える。そう思えた時はロナ姉とクレアの二人に謝って貰います!」

 怒っていないと言えば嘘になる。

 いつのまにか言葉が強くなっていると言う自覚はあるが、それでも何も言わずに引き下がるのは同じ男としては情けなさすぎる。


「良いぜ、だが俺だけがそれじゃあ、つまらねぇなぁ。テメェも何か掛けて貰わなきゃ割にあわねぇぞ?」

 こちらの挑発に気が乗ったのかリュゼが面白そうに顔をゆがめる。

そして右手で握りこぶしを作り軽く胸を叩かれる。

 同時に鋭い眼光が自分を捕らえるが、それに怯む事が無いように歯を食いしばって耐えると、睨み返した。


「わかりました。もし貴方の期待通りにならなければ、一生貴方の奴隷として扱ってくれて構いません」

 まさに売り言葉に買い言葉で始まった約束だが、自分から引き下がるつもりは一切ない。

 むしろ、命の恩人であり好きな子と、その好きな子の友人を馬鹿にされて黙っていられる程、大人でもない。


 ただ、ここまで啖呵を切ったのは良いが、武器の知識など専門の人に比べたら詳しいわけもなく、結局二人に頼る以外武器を選ぶ事など無理だ。

 振り返ってみれば、やれやれと言わんばかりに片手で顔を覆うロナ姉と、良くやったと言いたげに親指を立てて笑顔を浮かべていたクレアがいた。


「とりあえずお二人にお勧めの武器を選んでもらっても良いですか?」

「まったく――まぁ、良いだろう」

「任せて」

 二者二様の反応を見せるも、すぐに武器が乱雑に突っ込まれている所に向かい、武器の品定めをしていた。

 お互いに自分が扱い慣れている武器―マチェットとショートソード―を見繕いながらも、ああでもない、こうでもないと会話を交わしていた。

 それを横目で見ながらも、自分もこのゲームで登場する武器の一つを早めに購入しようと、大量の杖が立て掛けられている所に目を向ける。

 

 クラスだけ見ればナイトに杖の適性など無いというのはとっくに自覚している。

傍から見れば無駄な買い物をしようとしている冒険の初心者と思われる事だろう。


 だがゲームで可能だった裏ワザが使えるのならば、探している杖を確保しておかない理由がない。

ただその時に他の奴らからどう言われようが関係ない、自分の命とクレアたちサブヒロインを救うためならば、手段など元から選んでいられないのだ。

 しかし欲しい杖の名前がわかっていても、文字が読めなければどれを買って良いのかわからない。


「コースケ、杖見てどうしたの?」

「うん? あぁ、ちょっと欲しい杖があってさ。ここにあったら買っておきたいなと思ったんだ」

「ナイトだから適性は無い。無駄な買い物になる」

「まぁ、そうだろうけど――――あっ、クレアは持ってないのか?」

 そんな中、品定めをしていたクレアが一度手を止めて、こちらに近寄ってきた。

 やはり、こちらの行動に疑問を覚えて忠告してきたが、クレアが魔法使いならば、今探している杖も持っている可能性があるのではと、一抹の希望を掛けて聞いてみる。


「なにを?」

「癒しの杖って奴なんだけど」

「昔は使ってた。でも、今は使わなくなったから倉庫に仕舞ってる」

 持っていたら嬉しいな程度の気持ちで聞いてみたが、まさか持っているとは思わず、本当と疑いを込めて聞き返した


「本当。でも、杖使うって神官戦士テンプルナイトになりたいの?」

「そのつもりはないんだけど、少し試したい事があるから借りたいんだ」

「そのためしたい事を話してくれたら、貸し出しても良い」

 何に使う気だと、いぶかしげな眼で見てくるクレアに、あとで説明するよと一言断わると、ロナ姉の所へ向かった。

 未だに武器を品定めしている最中なのか、武器を一つ一つ鞘から取り出し刃を真剣に見つめていたが、ため息を零すと先程まで見ていたショートソードを筒の中へと乱雑に突っ込ませていた。


「ん? もうそっちの用事はすんだのか?」

 品定めをしながらもこちらが探し物をしていたことをわかっていたのか、疑問を投げかけてくる。


「ええ、クレアが持っていたので、それを借りようと思います。それよりも良い武器はありましたか?」

「まぁ、及第点ではあるが、これならコースケでも使いこなせると思う」

 そう言いながら、足元に転がっている幾つかの武装を拾い上げ、渡された。

 どれもが現代では中々見られないが、全て知識としては知っている。

感触を確かめるように、選ばれた物の一つ、メイスの柄を取った。

 全長は八十センチほどで、予想していた物よりも非常に軽い。重さにしては三~四キロほどだろうか、先端は出縁型となっており、これで殴られたら痛いどころの話ではすまないだろう。

 なお、柄に着いている紙切れに目をやると、値段と思わしき数字―100―が書かれていた。


「あとは盾だな。ナイトだが、やはり小型の方が取り回しも含めて良いかも知れんな」

「賛成。痛みを体にしみこませれば、おのずと回避優先してくるから盾は最終手段」

「とりあえずクレアの事は聞かなかった事にして、小型のほうが持ち運びしやすいので助かります」

 そう言いながら、盾のある棚に目を向けようとした瞬間、足元から何かを蹴った音が室内に響く。

 リュゼを除いて自分たちが何の音だろうかと疑問を抱き、目を向ければ、ほこり被った逆三角形の盾が落ちていた。

それを拾い上げ軽くほこりを払うと、長年放置されていたせいか次から次へとほこりが室内に舞い上がった。


「ゲホッゲホッ、汚いなぁ」

 ほこりが気管に入ったせいだろう。僅かにむせてしまうが、二人は特に気にした様子はない。

むしろ掘り出し物を見つけたとでも言わんばかりに喜ばしい表情を浮かべていた。


「良いタイミング。ある意味掘り出しもの」

「そうだな。まさか鉄皮の盾がここで見つかるとは、運がいいな」

 二人してお勧めしてくる物に改めて目を向ける。

両手で持っているが、片手でも充分持ち運べそうな程軽い上に、表面を動物の皮で覆っているためか感触も少し柔らかく心地が良い。

 ただ値段を見ようと注意深く盾を観察しても、それらしい物が一向に見つからない。


「リュゼさん、これ幾らですか?」

 先程、挑発した人に質問をするのは気まずい。

ただ値段がわからないまま持っていって高額な言葉を吹っかけられると言うのも恐いものだ。


「ん? あぁ、それか。1年前から行方がわかんなかったが、そいつはもう処分品扱いだ。半額の五百セルで売ってやるよ」

「わかりました。――ロナ姉、クレア。買うものはこれくらいですかね?」

「そうだな。あとはウェポンホルダーくらいだが」

 そう言いながら今度はロナ姉がチラリとリュゼの方を一瞥した。

 それだけで意図を読んだのか、カウンターの方から武器を装備するためのベルトが姿を現した。


「買うなら、千コルと言いたいところだが、そいつらも一緒に買うんだったら、七百五十コルにまけても良いぜ」

 そう言いながらも、目が安くしているんだから買えと訴えているようにも見えた。

 その態度に頬が引きつるが、安くしてもらえるのならば買わない理由はないだろうと、鉄皮の盾、メイスをカウンターの上へと置いた。

 すぐにポケットから金貨袋を取り出し、千四百セルを袋から出すと毎度の言葉と共に五十セルのおつりが返ってきた。

 口が悪いがちゃんと仕事はするんだな。そう思っていると思考を読まれたのか、軽く睨みつけられた。

 それを予想していなかったせいで少し後ずさりしてしまうが、表情に出ないよう歯を食いしばって抑えると、僅かな抵抗と言わんばかりに睨み返した。


「チッ、まぁ良い。それよりもテメェを見極める日を決めようじゃねぇか」

「わかりました。ですが、一日、二日などといった意地悪は止めてください」

「はっ、んなマネするかよ。――そうだな、三十日後。昼ごろにまたここに来な。そん時にテメェが使える奴かどうか、直接見定めてやるよ」

「いくらなんでも早すぎる。コースケは武器を振るった事のない素人だというのは、貴方の目から見ても分かるはずだろう」

「せめて四十五日。それくらいないと勝負にならない」

 リュゼの決めた日数にロナ姉とクレアが猛反対するが、二人の言葉にまったく耳を貸さずに眼だけをこちらに向けてくる。


「さぁ、どうする小僧。あれだけの啖呵を切っておいて、女子供に守られる情けない奴に成り下がる訳ねーよな?」

 獣らしい獰猛な笑みを浮かべて、自分の返答を期待しているようだ。

もちろん最初から答えは決まっている。


「ええ、わかりました。ただ剣の腕を見定めるのにリュゼさん以外の人も呼ばせて貰っても構いませんね?」

 彼一人の審査の時に一番恐ろしいのは不当な審査だ。

 その気になれば、全然ダメの一点張りだって可能だが、判断を下す者が増えればそんな暴論も通用しない。


「いいぜ。じゃあテメェ等のギルドマスターとこっちの知り合いを一人用意しといてやる。それで文句はねぇだろ?」

「はい、それで構いません。では三十日後にまた」

 購入した物を身に着けていくと、踵を返して店の外へと出ていった。

 中から逃げんじゃねぇぞと、馬鹿にしたような声が響いたが、それを無視してロナ姉とクレアが出てくるのを待った。

 数分もしない内に、二人が慌てて出てくるが、その表情は少し戸惑いが込められているようにも見えた。


「コースケ、どうしてあんな無茶な要求を飲んだんだ!?」

「リュゼはベテランの剣士。戦ったらコースケじゃ打ちあう前に切り殺される」

 今からでも間に合うだろうから決闘を取りやめろとでも言いたげな表情を浮かべ、忠告してくれる。

 ただこちらも一度言った事を取りやめる気などない。むしろ、今回の決闘に関しては勝率がゼロパーセントに近いが、別にそれは構わない。


「まぁ、受けた理由に関してはちゃんと説明しますので、今は帰りましょう」


 14


「それで? コースケが決闘を受けた理由とやらを説明して貰おうか?」

 ギルドに到着すると、適当な席に着き早速コースケに向かって事情を聞きだそうとする。


 異世界人でなおかつ、クレアに対して好意を抱いている青年ではあるが、ここまで死にたがりだとは思えない。

 ただ理由が情けないものであるならば、リュゼが私達に「見る目がなくなった」と言うのもあながち間違っていないのかも知れない。


「まぁ、理由と言っても決闘を受けた事はまず剣の腕を見るためって言ったのは覚えていますよね?」

「うん、三十日後。それまでに使いこなせるか怪しい」

 クレアが同意しながらもコースケの腰に挿してあるメイスに目を向けた。

 リュゼの店で買った古ぼけた物だが、それがお飾りにならないだろうかと逆に心配してしまう。


「それでなんですが、ロナ姉。一般人が自分の持ってる武器や片手剣を振るうのに、だいたいどれ位の時間が掛かりますか?」

「そうだな。私の見立てだと三ヶ月と言った所だな。一ヶ月目はまだ武器に振り回されている奴の方が多い」

「ではもう一つ。リュゼさんは、それを理解していますか? それとも理解出来ませんか?」

「あの人も十数年のベテランだ。それ位はすぐに見抜けるだろう。――それよりもこの質問に一体何の意味がある?」

 あまりにも意図の読めない質問に疑問をおぼえた。

一体なにが言いたいのかと答えを教えるように促すと、でしょうねと見当はずれの答えが返ってきた。


「リュゼさんは三十日後、自分が使える奴か判断すると言っていました。つまり一人前かどうかは関係なく、武器を正しく振れる。逃げ出そうせずに立ち向かう勇気があるか。っていう冒険者としての当たり前な行動が出来るかどうかを見るんじゃないかと予想してます」

「なんで言い切れる?」

 クレアの疑問に対して私も同意見だった。

 もしも見当違いの予想で挑んだら、ボコボコにされたうえにそのまま切り殺されるのではと言う恐れがあるというのに、どこからその自信が湧くのか知りたくなる。


「まぁ、言い切れるほどではないです。でも、決闘の際には仲介人にライトさん、リュゼさんの方から一人入りますし、危険になったら止めてくれることでしょう。それに決闘とは言え、やり方によってはリュゼさんが捕まる可能性だってありえますからね」

「ただ場合によっては覚悟を見るために半殺しすらありえるので、そこは耐えないといけません。それに――――好きな子と友人を侮辱されて黙っていられる程大人ではないんで」

 最後の方は聞こえないように呟いたのだろう。

 実際クレアの方は喧騒にまぎれて聞こえていなかったようだが、コースケも男だったんだなと思うと小さな笑みがこぼれた。

 ただそれは置いておいて、未だに問題は残っている。そこだけはちゃんと聞いておかなければならないだろう。


「それで、その腕を鍛えるためにこれからどうするつもりだ。このまま悠長に過ごしていたら、確実にリュゼの奴隷になるかも知れんぞ?」

「そうだった。どうするつもり?」

 一番聞かれたくないネタを突かれたせいなのだろう、コースケの表情が固まった。

 だが、すぐにその場を立ち上がると、数歩後ろに下がった。

 何をするつもりなのかと疑問を抱くが、その場で両手両膝を床に着けると私達に向けて頭を下げた。


「お願いします。自分を鍛えて下さい」

「――まったく物事を順序良くやらないから、そんな無様な姿を晒す事になるんだ」

「ようやくコースケの人柄がわかった気がする。――考えなしのイノシシ?」

 頼ってくる姿に情けなさも覚えるが、異世界人である以上鍛えるための人手などコースケには無い。

 それだったら、私達に頼って鍛えて貰うと言う選択肢は、何よりも正しい判断だろうと言える。

 それに――


「頭を下げて教えをこう人に対して断わるほど、私も悪魔ではない。ただし――私の訓練はきついぞ。それでもやるか?」

 リュゼの時と同じように試すように軽くコースケを睨み付けた。それにビビったのか、少し体を震わせていた。

 それを抑えるように自分の太ももを殴りつけると、すぐに睨み返してきたので、再び小さな笑みが私の口からこぼれた。

 最低限それくらいしてもらわなければクレアを支える等と言った大言は、夢のまた夢というものだ。


「私も手伝う。二人より三人の方が効率良い」

「そうか、コースケも構わんな?」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って再び頭を下げるコースケに良く頭を下げる奴だなと思ってしまう。

 ただ訓練開始日を早々に決めなければ、約束の日まで間に合わなくなる可能性がある。


「訓練は明日の朝から始める。場所は、そうだな――」

「私の家で構わない。裏庭が空いてる」

「わかりました。それじゃあ明日からよろしく――って、あっ!」

 早々に場所も時間も決まった事で一段落つけるかと思ったが、コースケの方から大事な何かを思い出すように声が上がる。


「どうした?」

「今夜の泊まる所、どうしよう。二人は安宿とか知ってますか?」

「それならウチ泊まる? 部屋なら余ってる」

 思い出した事が極めて重要な事ではあるが、それもクレアの提案によってすぐさま解決された。


「そうだな。あと二部屋程残っていたか?」

「うん、でも掃除してないから汚い。いますぐにでも帰って掃除しないと寝れないかも」

「屋根のある所で寝れるなら文句は言わないです。むしろ、ありがとうクレア。でも良いのか? 男の自分が世話になっても」

「大丈夫。狼になったら叩き潰すから」

「そうだな。コースケ、お前も自分の命は惜しいだろうから、大人しくしといた方が身のためだぞ?」

 私とクレアからの容赦ない冷たい言葉に顔を真っ青にすると、即座に首を縦に振った。

 もちろん、コースケにそんなつもりはないとは思いたいが、念には念を入れておいて忠告しておいた方が安全ではある。

 ただ、仮にコースケがクレアに夜這いを仕掛けても、先に組み伏せられる未来を思い浮かべると軽く吹き出してしまう

 その事に二人がどうしたんだろうかと言う表情を浮かべ、首をかしげるがすぐに何でもないと伝えると席を立った。


「さて今日は解散だが、明日からは訓練だ。さっさと寝ておけよコースケ」

 用事をすませる前にもう一度コースケに対して声を掛けると、踵を返してギルドから出た。


 いつもだったら、もう少し滞在するのだが、今回ばかりは確かめなければいけない事がある。心の中でクレアに謝ると、先程向かった武器屋へと足を向けていた。


 15


 ギルドについてからそんなに経っていないと言うのに、すぐに出ていったロナ姉を見送った後、クレアの方に目を向けた。


「ロナ姉はいつもあんな感じなのか?」

「普段はもっとギルドに居る。でも詮索はしなくてもいつか教えてくれる。――それよりも、掃除しに家に帰ろ」

 そう言ってクレアも椅子から立ち上がると、出口に向かって歩いていた。

 それに従って席を立つと、置いて行かれないように急いでクレアの後を追った。


 ただ向かう途中、お互いに話題がないせいか一言も言葉を交わすことなく、大通りを歩くが、それも十分程度。途中で細道に入ると正面に木造の平屋が建っていた。

 柵も表式もないが、ここがクレアの家なのか、クレアは躊躇う素振りも見せず扉の前に立つと、振り返った。


「ここ、私の家」

 そう言ってポケットから小さな鍵を取り出して、鍵を開けた。

扉を開き、中に入るよう手で促してくる。

 それに従って、失礼しますと一言断わって中へ入ると、一本の廊下に左右に二つ、計四つの扉と突き当りに庭へ出るためと思わしき扉が一つ着けられていた。

 

「入口で靴脱いで。廊下が汚れると掃除が大変」

「あぁ、わかった」

 クレアにならってその場でスニーカーを脱ぐと、すぐさま左奥の扉の前まで案内された。


「ここ、貸してあげる。掃除したら、部屋を壊さない限り好きに使って良い」

 そう言いつつ扉が開かれ中を覗くと、非常にシンプルな部屋が広がっていた。

 まず、壁と天井に一枚ずつスライド式の窓が備え付けられ、部屋の端には小さなタンス、机。そしてベッドと生活に必要な家具が一式そろえられていた。

 しかし長年使われていなかったのか、床にはホコリがたまり、家具も手入れがされていないせいか若干薄汚れている。

ただ目立った傷が見当たらないので、掃除さえすれば問題なく使えることだろう。

 

 しかし借りるとは言え、家具一式まで借りても良いものだろうかと疑問を抱いていると、クレアの姿がそばにない事に気付く。

慌てて周りを見渡せば反対方向の扉が開いており、中から掃除用具一式を持ってクレアが出てきた。

 それらを差し出してくるが、受け取るよりも先に家具を本当に使っても良いのかと確認を取る。


「さっきも言った通り、壊さなければ使ってくれて構わない」

「わかった。本当にありがとう」

 そう言って掃除道具一式を受け取ると、中の掃除をしようかと意気込むが、一緒にクレアが部屋に入ろうとする。

 それに気付いて慌てて止めると、何故と言わんばかりに疑問を含んだ目が向けられる。


「ちょっと待って。借りるのは自分で家主はクレアだろ? だから掃除するのは借り受けた自分だけで充分だと思うんだ。それにここは汚いから、クレアも汚れるだろ?」

「私は気にしない。それに一人より二人でやった方が速い」

 そう言われると、何も言い返せないが、クレアよりも先に掃除する速度を上げれば彼女の負担が少なくなるだろう。

 早速クレアから箒を受け取ると、手早く掃除を始める。

 友人たちからは意外だとよく言われたが、掃除は得意な方ではあるので、埃を一ヶ所に集めると、塵取りですくい取る

 その後、床を雑巾がけすれば、長年積もっていた汚れが雑巾に現れた。

 それを見て顔をしかめると水洗いで汚れを落とすが、少し拭くだけでこれだからすぐにバケツの水が黒く染まるのは想像がつく。

 ただクレアの方を見れば嫌な顔一つ浮かべていない。むしろ鼻歌を奏でながら作業をしているのだから、もっとクレアを見習うべきだろう。

 気合を入れ直して、雑巾を絞ると再び床の掃除へと取りかかった。


16


 そして三時間後。 


「予想通り、バケツの水が真っ黒になったな。なぁ、これって何処に捨てれば――」

 部屋全体の雑巾がけが終わり、雑巾を水洗いするが、既にバケツの水は黒く染まっていた。これでは洗うと言うよりも余計に汚しているのではないだろうかと心配してしまう。

 ただこの家の勝手がわからないので、ここの家主であるクレアにどうするべきかと声を掛けようと振り返った。

 そこにはベッドに寄りかかっているクレアが居たが、瞼は閉じられ、静かに寝息を立てていた。

 よほど疲れがたまっているのかも知れない。ここで起こしたら可哀想だ。


「よっと」

 起こさないように体を持ち上げると、クレアの手によって綺麗になったベッドの上に寝かせた。

 その後、バケツを引っ繰り返されないために汚れた水の入ったバケツを片手に廊下に出た。


 この家を詳しくは知らないが、庭に置いておけば仮に引っ繰り返したとしても地面が濡れる程度ですむ。

あとで文句を言われるならば、甘んじて受けるが、意識せずに蹴り飛ばして家の中を汚して怒られるよりよほどいいだろう。

 そう思い突き当りにある扉を開ければ、予想通り庭が広がっていた。

 しかし、最近まで使われていないせいか雑草が生い茂っており、庭と言うよりも雑草の繁殖地と言った方が似合っている。


「――はぁ、仕方ない」

 それを見てため息を零すが、バケツを置いて衣服の袖をまくった。

 クレアから頼まれていないが、少しでも命を救って貰った恩と家の一室を借りた恩を返すために自分が今できる事をやるべきだろうと考え、目の前にある雑草を引っこ抜いていく。


 異世界の植物を素手で触っても大丈夫なのだろうかと言う疑問もあるが、そうなった時はそうなった時で何とかすれば良い。

 今は明日の訓練のために、ここを使えるようにするのが最優先だ。

 そして雑草と格闘する事、約一時間後。最低限訓練できる場が用意できると、大きく欠伸をかいてしまう。


(ちょっと疲れたな、仮眠でも取るか)

 そう思うと、家の中へと戻るが部屋の中では未だにクレアがベットの上で眠っていた。

 それを退かして眠るにつく気力も沸かず、腰に掛けていたメイスと盾を机の上に置くと、ベッドの縁に寄りかかるように座った。

 軽い仮眠だから、数分後にはちゃんと起きようと決意し目を閉じるが、数分後自分自身も驚くほど速い速度で意識が落ちて行った。


 そして数分後にベッドで目覚めたクレアは、何がどうしてこうなったのか訳がわからぬまま、次の日を迎える事となった。

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