第十五話
明けましておめでとうございます。
遅くなってすいませんでした。
衝撃があたりに響き渡り、獣の咆哮だけが耳に届く。
予想より痛みはないのだな、朦朧とした意識の中、どうでも良いことに思考が割かれる。
だが、おかしい。痛みはないのは百歩譲って、薬のせいだと理解しよう。
けれど血で体が濡れゆく感覚がない。
それは一体どういうことだろうか?
それに、何かが焼ける不愉快な臭い。
おかしい。近くには誰も居なかったはずだ。
まさかロナ姉が間に合って、助けてくれたのだろうか?
おそるおそる震える体に鞭を打って顔上げる。
そこに居たのは炎に包まれているグリードグリズリーの姿だった。
必死で炎を消そうともがき、転げまわって鎮火していく。
だが、それ以上に執拗とも思える程の火球がグリードグリズリーへ襲い掛かる。
火球の大きさ自体はそれほどではない。
ただ数の暴力という単純明快な驚異が、その身を焦がして行く。
「……すごい」
思わず漏れた言葉は人並みではあるが、素直な感想だ。
『火球』の術は、私でも使えない事は無い。
術としては簡単な部類だからだ。
それの応用で武器に火を纏わせる『炎化』もある。
それはロナ姉が使い慣れている術だ。
だがロナ姉も含め、術を放つ事は容易でも、同じ形状を保ったままなのは難しい。
ただでさえ継目を見せずに術を撃つ。
それだけでも集中力を使うと言うのに、それが連続して同じ形、同じ威力を保ったまま飛んで行く。
言う事は簡単でも、果たしてそれを片手間に出来るのは、どれほどの数が世界にいるだろうか。
ただそれ以上に気になるのは一つ。
これほどの能力を持った人間が、有名にならないはずがない。
はたしてそんな人間が、あの街に居ただろうか。
考えられるのは、ギルドマスターのライトくらいだが、余程の事がない限り重い腰を上げないはずだ。
彼以上に隠れた実力者とは一体だれだ、と振り向けば黒髪の青年が視界に移る。
「コー、スケ? どうして、ここ――え?」
無謀な行動に釘を刺そうとするが、その先の言葉が続かない。
見た事のない二振りの杖を持っているのも、気になる。
それ以上に怒りよりも後に明確な恐怖が、身体を再び震わせる。
「どうして、そんなに怒ってるの?」
今まで見た事のない殺気。
そして、怒りを感じさせ辛い真顔の表情。
あまりにも本人らしくない殺意と表情に震えを覚えつつ、声を掛ける。
だが返答されないままにぶんっ、と風切り音が鳴る。
それに二振りの一つ、赤々しい火を思わせる杖が応えるように『火球』が姿を見せる
「どういうこと……?」
驚きは続く。
そもそもコースケは修行中に魔力を持っていない、そう言っていたはずだ。
だから特殊な方法を用いない限り、癒しの杖による治癒以外の技は使えない。
それが私とロナ姉の見解だった。なのに、今放たれた技はまさしく『火球』その技で間違いない。
一体何を隠し、どれだけの引きだしを持っているのか。
その疑問は尽きないが、放たれ続ける『火球』の雨にグリードグリズリーも分が悪いと判断したのだろう。
先程の身体能力を生かして、大きく後ろに跳びはね距離を取ると、こちらを一瞥しそのまま逃げ出して行く。
「逃がすか、逃げるなよグリードグリズリィィィィィィィ!」
その行動に怒りに任せた咆哮が、森への道中に響く。
表情は見えない。
いつもとは違う荒々しい姿に恐怖を覚えるも、私の二の舞にさせるわけにはいかない。
「コースケっ!」
走って森へと行こうとするコースケの足首を無理やり掴む。
冷静さを失っていたからだろう、一瞬引きずられ体当たりされた体に痛みに意識が飛びかける。
だが、それ以上に足首を掴まれ転がっていくコースケの姿に目をやる。
これで少しでも落ち着いてくれたら、そう切に願いながらも上半身を起こしたコースケがこちらを向く。
顔が泥だらけなのは、おかしいが、今はそれどころじゃない。
ただ顔に出ている表情は苛立ちは残っているが、先ほどより危険な雰囲気がおちついている気がする。
「たのむ、邪魔をしないでくれ。あいつだけは、あついだけはっ……!」
それでも怒りは消えていない。
言葉の端々に荒々しさを感じる。
本気で怒ってる物言いに怯みはする。ただここで手を離せば、きっと取り返しのつかない事になる。
そう考えると、限界ギリギリの身体に鞭を打ち、這いよりながらコースケを睨み返す。
「何度だっていう、死にたがりなんていらない。今は帰ろう、生きてれば、取り返しは、つく――から」
そこまで言って身体の限界を感じる。
目が覚めたら、きっと優しいコースケに戻っているはず。
そう信じながら彼の身体にもたれ掛かるように、意識を閉ざして行く。
28
「クレア……?」
怒りで真っ赤に染まっていた視界が、徐々に落ち着いて行く。
もたれ掛かってきたクレアに声を掛け、ゆらしても反応がない。
「なぁ、お願いだ。返事をしてくれ」
嫌な予感が頭をよぎる。
グリードグリズリーによって吹き飛ばされたクレアを見た瞬間、何もかもを忘れてしまう位の怒りと殺意を覚えたが、間に合わなかった。
そんな冗談は辞めてくれ、そんな結果なんて見たくない。
あの時の喪失感をもう一度味あわせないでくれ。
そう願いながら手元にあった二本の杖を放り捨て、癒しの杖を抜いた。
カラン、と虚しげな音が道中に響くが、今はその音ですら煩わしくて仕方がない。
(対象はクレア=ラーディッシュ、使用アイテムは癒しの杖――連続使用!)
神にも縋る気持ちで、杖の能力―回復―を行使していく。
リリィの時ですら、効果が弱く効いているのか怪しい状態だったのだ。
はたして、クレアの時は。もはや手遅れなのでは……?
そんな悪い予感が脳裏に過ぎり、それを払うように頭を振ると、ベルトに赤い液体の入った試験管が刺さっているのが見える。
もしかしたら無駄なのかもしれない。けれど、それ以上に失いたくない。
その一心で回復薬を引き抜くと、クレアの口へと運ぶ。
「あぁ、くそ! 頼む、飲んでくれ!」
閉じられた口が、薬を拒んでいる現実に焦りが増大していく。
どうする、どうすれば。そう考えると、一つの解決手段が思い浮かぶ。
よくある下種な考えに反吐が出るが、それ以上に命が掛かっているのだ。
「ごめん、クレア……! あとで好きなだけぶん殴ってくれて構わないから」
一言謝ると、自分の口に回復薬を含む。酷い苦みが口中を支配し、涙がこぼれる。
だが、と覚悟を決め無理やりクレアの唇を奪い、薬を流し込んだ。
血と薬の苦み、それに唇の柔らかさを同時に味わう破目になったが、人命救助だ。
唇を放し、不安に身体を震わしながら彼女の胸元と口元へ順に手を当てる。
トクン、トクンと心臓の音。かすかな呼吸を感じると、ホッと小さく息を吐いた。
はじめからこうやって生存確認すれば、唇を奪う必要性も無かったのでは、とも考えたが、今はそれどころではない。
(すぐにギルドに連れて行かないと)
焦って立ち上がると、クレアを背負って走り出す。
既に夜明けは迫ってきている。急がねば、焦りを抱きつつ、コースケはその場を離れていった。
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