第十二話
「それにしても早まった」
「だったら、消臭材も作ればよかったんじゃないか?」
今更になって、鼻をつまみながら愚痴るクレアを横目にリリィを背負い歩く。
だが、その顔は穏やかとは言い難い。むしろ、体から臭う悪臭に顔をしかめている。
「その手は考えた。でも――」
「でも?」
「香料使って実験したら、より一層悪臭が酷くなって、騒ぎになった」
その時の事を思いだしたのだろう。
無表情のまま遠くを見つめている。
けれど余程酷い目にあったのだろう徐々に目に涙がたまっていた。
思い出したら泣けてくる程、しぼられたのだろう。
本格的に泣き出す前に慌てて話題を変えようと口を開く。
「そ、そういえば、グリードグリズリーはどうするんだ?」
「……あれは装備を整えれば私でも倒せる。でも、ロナ姉がいつもやってるから、ロナ姉が戻ってきたらすぐに向かわせるはず」
話題転換には成功したのだろう。すぐに真剣な表情に戻るも、不安なのだろう。
何度か後ろを振り返りながらも、街へと向かって歩を進めていた。
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行きとは違い、リリィを慎重に背負って戻ってきたため、倍以上の時間を掛けて街へと戻ってきた。
自分達はだんだん慣れてきたが、街に住んでいる人達は違う。
いつもとは違う酷く不快な匂いに顔をしかめ、鼻を抑える人々であふれかえっていた。
中にはあまりの悪臭にその場で昏倒する者もあらわれる程だ。
そしてその原因とも言える私は、またかと言わんような表情を向けられながらも下町に向かっていた。
「ところでこの臭いはいつまで続くんだ?」
そんな中、隣でリリィを背負ったコースケから質問がきた。
以前の実験では三日間。
それを改良したものを今回は使用したのだから、それよりも短いはず。
使った材料から数値を割りだそうと、指を一本一本折っていく。
だが、どんな想像をしたのだろうか。
徐々にではあるが、コースケの顔が青く染まっていくを見るが、だいたい割り出せた。
「大丈夫、最悪二日」
「二日もこんな白い目で見られるのか!?」
「うん、でも大丈夫。私も同じ目で見られるから一緒」
そう言うと、一緒と小さく呟いて嬉しそうな表情を一瞬見せる。
だが、すぐにどこか複雑な表情を浮かべつつも、下町へと向かっていく。
「ところで、リリィの家知ってるのか?」
「……聞けば分かる、はず」
そういって周りを見渡すが、悪臭がひどすぎるせいだろう。
誰一人として近寄って来ようと――いや、一人慌てた様子で近寄ってきている。
「り、リリィ!? ど、どうしてこんなことに!?」
周りの人に比べて一回り、いや二回りほど身長が低い髭を蓄えた男性が、慌てた表情を浮かべている。
「えっと、どちらさまですか?」
「テメェ等こそ、誰だ! ウチの子に何しや――うっ!」
慌てた表情から一転、憤怒の表情を浮かべて怒鳴り散らすが、すぐに悪臭に口を閉じた
「後で話す。それよりも怪我が開くと心配。さっさと家に案内して」
呆れたように口を開くと、若干渋った様子を見せるも、家までの道を案内してくれた。
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「ここだ」
家まで案内されると、即座にリリィはベッドの上へと移された。
着ていた鎧は全て脱がされ、下に着ていたギャンベゾンが姿を見せる。
脇腹にはナイフを突き刺したために紅く染まっており、傷の具合の確認のため、その部分だけを切り取り始める。
「応急処置はすんでるみてぇだな。だが暫くは動いたら傷が開いちまうだろうよ」
「そう、頭のほうは?」
「そっちは大丈夫だ。元々頑丈だからな、少し冷やしてやりゃ、たんこぶ程度だろうよ」
素人目の診断結果だが、命に別状がないという事に安堵したように小さく息を吐かれる。
だが、直後。ぎろりと厳しい眼で睨み付けられる。
「とりあえずテメェ等には色々と聞きてぇ事がある」
「分かりました。どこから――」
「――が、その話は、その悪臭を取ってからだ。鼻がひん曲がりそうで吐きそうだ」
そう言って鼻をつまむと、言外に出て行けと言わんばかりに手で払うしぐさを見せる。
これ以上は何を言っても、無駄なのだろう。クレアと顔を見合すとお互いに頷いて、外に出ようとする。
「良いか、逃げんじゃねェぞ? おれぁ、孫娘を可愛がってくれた奴には同等のお返しをしなけりゃぁ気がすまねぇ」
地獄の底から出てくるような低い声が後ろから響く。
それにクレアが足を止めると、背の低い男性を一瞥した。
「別に構わない。こっちもこっちで聞くべき事が沢山ある」
そう言って、足早に出ていくクレアを追いかけようとする。
だが、こんな事態を引き起こした要因の一人だ。
申し訳なさから足を止めると、頭を一回深く下げてから出ていく。
外に出れば、クレアが何をしていたんだ。
そう言わんばかりにジト目を向けてくるが、気まずさから目を背ける事しか出来なかった。
「……コースケは悪くない」
数瞬後、ゆっくりと語られた言葉に顔をあげる。
今回の事態を引き起こした事に責任を感じているのだろう、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。
「悪いのは私。だから、気にしなくていい」
そう言うと、振り返って再び歩き始める。
それを追いかけるように横に並ぶも、深くフードを被り顔が合わないようにしてくる。
しばらくして下町を抜けて家に戻れば、クレアは一言も言葉を発さずに部屋へと戻っていった。
だが、数分もしない内に出てくると、今度は外へと出て行こうとする。
「何処に行くんだ?」
「決まってる、アレを倒しに行く」
「アレって――まさか、グリードグリズリーをか!?」
驚いた声を上げるも、それが答えなのかそっぽを向く。
そして今度こそ出ようと扉に手を掛けようとする。
だが、それよりも先にクレアの肩を掴むと、何の用かと睨み付けてくる。
「なに?」
「駄目だ、いかせれない」
「……なんで?」
「なんで、って死ぬようなもんだろう!? そんな無茶な事させる位なら俺がっ!」
そう言った瞬間、視界が反転し衝撃が身体を襲った。
一体何がと言うよりも先に、冷たい目で見下ろすクレアの姿が視界に入った。
「コースケが来て何の役に立つ? 死にたがりの足手纏いなんか要らない。それに――」
「それに……?」
「誰があのドワーフに説明しに行くの? 怪我の原因は私だって言って、押し付けとけばいい。ほとぼりが冷めるまでは、あそこには近寄らないとも言っといて」
そんな事言えるわけがない。
そう言い切るよりも先にコツンと額に何か硬い物を叩きつけられ、外へと出て行った。
「イタッ、一体何を」
ちらりと叩きつけられた物に目をやれば、鍵と大きい革袋が一つ。
ずっしりとした重さから、大金が入っているのは想像が着くが、これで暫く生活しろとでも言うのだろうか。
「――そんなこと」
クレアの言う事を大人しく聞いて、家に引きこもり匂いが消えたら、先ほどの男性に説明しに行く。
それはきっと自分の実力から鑑みても、正しい行動だろう。
ゲーム内でのグリードグリズリーの強さはウルフの数十倍。
今ウルフやホーンラビットに恐怖している自分が出たところで自殺行為に等しいだろう。
だが、だからと言って見捨てられるだろうか。
ゲームの最後で見たクレアの死にざまを見て、救いたいと願ったのに、今見捨てていいのだろうか。
「――そんな事、認められないだろうがっ!!」
床に叩きつけられた痛みがどうしたというんだ。
そんな痛み、クレアが死んだときのショックに比べれば、天と地ほどの差がある。
両頬を叩いて気合いを入れると、その場で立ち上がる。
ただこのまま追いかけても、クレアの言うとおり足手纏いになるのは否めない。
だがやり方一つで、足手纏いからゲーム内でのデバッファーに成りあがるのは簡単だ。
そのための資金もクレアに渡された。
おそらく生活のための費用なのだろうが、今は彼女の命のためだ。
あとで怒られる事は承知の上で、ありがたく使わせて貰おう。
問題なのは、自分の欲しがっている物を教えてくれる人を探すだけなのだが。
これも殆ど解決していると言っても過言じゃない。
一つ問題があるとすれば、正直に教えてくれるかどうか、だ。
一刻の猶予もすでに許されない状況だ。相手の不興を買うかもしれない。
だが――。
「クレアを護るためなら」
その思いだけが自分を突き動かしたのか、自然と足は目的地に向かって駆け出していた。
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