第十一話
お待たせしました
「ほらほら、どうしたんですか? 私に痛い目を見させるんじゃないんですか?」
嘲笑の入り交じった言葉が耳に突き刺さる。
これどこぞの誰とも知らない奴であれば、この手に持っているメイスで容赦なくぶん殴りに行った。
だが、目の前にいる彼女は人間であり、大事な仲間だ。だからこそ、殺しかねない攻撃は迂闊に出来ない。
「やり辛いなぁ」
「同感。リリィの才能は攻撃じゃなくて防御。こんなところで知りたくなかった」
自然とこぼれた愚痴が口から漏れる。
それに同意するクレアの表情は若干険しい。
まだ軽口を叩ける余裕はあるが、攻めあぐねているという事実は一向に変わりがない。
そもそも、リリィが纏っているのは金属鎧。
生半可な攻撃では鎧が弾く。だからと言って強い攻撃をしかければ、勢いあまって彼女を死なせる危険性がある。
それゆえに何の消耗なく気絶させるのは、至難の技だ。
ただ問題がそれだけなら、良かった。
まだ何とかなっていたかも知れない。
リリィが積極的に攻撃してくれたなら、その力を利用してカウンターを仕掛ければ楽に落とせるだろう。
けれど彼女の戦法は、終始後の手。
こちらから仕掛けない限り、動こうとはせず、ただ挑発を繰り返すだけ。
闇雲に時間だけを食えば、後ろからグリードグリズリーが表れる危険が十二分にあり得る。
その恐怖に怯えつつも、この場をどう乗りきるか、それだけ考え続ける。
「――さっさと気絶して」
そんな中、再びクレアが動き出した。
その手には小ぶりのナイフが握られている。
体術を織り交ぜた素早い攻撃は全て頭部へと集中している。
「おっとっと、でも、その程度の攻撃は無駄ですよ」
最低限の危険と判断された物は武器の柄で受け流され、フェイントの混じった弱い攻撃の全ては鎧で受け止められていた。
そしてお返しとばかりににこやかな表情のまま再びウォーハンマーが横なぎに振るわれる。
「クレアっ!」
「うるさい、この程度大丈夫」
心配して思わず声を上がる。
紙一重でそれを避け、再び距離をとるも、その額には汗が浮かんでいる。
口では大丈夫と言いながらも、かなりギリギリの証拠だ。
それにしても強い。
守りは堅く、小手先の攻撃すら差し支えを覚えない力はシンプル故に強い。
正直模擬戦の時は手を抜かれていたんではないのか。
その疑問を抱くほどだ。
もしそうだというのなら、自分の弱さを思い知らされる。
それに歯噛みしつつも、ゲームではこんなイベントはなかったことを思い返す。
それについては驚きもしたが、この状況を引き起こした原因が何なのかだんだん予想が着いた。
それは、リリィが持つ特性「恐慌心」だ。
発動条件は二つ。一つはパーティで唯一生き残った時、もう一つが奇襲攻撃を受けた時が発動条件だ。
その効果は自身に状態異常、混乱の付与、自身の攻撃力を戦闘終了まで二倍とする単純明快なものだ。
条件の前者が先程、置いていって一人にする事も当てはまるのならば、今リリィは状態異常、混乱となっているのだろう。
そう考えると、今までの狂ったような言動も納得がいく。そのことは後々謝らなければならないが、治療方法は分かる。
「なぁ、クレア」
「コースケ、癒しの杖はまだ使える?」
「え? あ、ああ、使えるけど」
こちらからソレを提案する前に、確認するように聞かれたる。
一応念のために背中に装備してた癒しの杖を見せた。
「じゃあいつでも使えるようにして、ちょっとゴリ押しする」
「え? あっ――」
杖を一瞥すると返事をする前に、駆け出したクレアを目で追いかける。
一体何をする気なのか。考えはあるようだが、嫌な予感を感じてしまう。
「またですか? 懲りない人ですね、でも良いですよ。何度だって壊してあげますよ」
そろそろ鬱陶しいと感じているのだろう。
表情を歪ませせつつも、迎え撃つように再びウォーハンマーが振り上げられる。
「その考えが命取り」
速さなら圧倒的にクレアが上なのだろう。
武器が振りおろされるよりも先にリリィの懐まで潜り込む。
そして小ぶりのナイフを寝かせて鎧の隙間へと突き刺した。
凄まじい衝撃音があたりに響くが、それ以上に驚くべきなのは
「殺す気なのか!?」
これはさすがに事前に教えられたら止めていただろう。驚きの声が自分の口から上がる。
鎧に阻まれたとはいえ、ナイフが脇腹へと刺さったのだ。
もしあれが致命傷ならばと考えるとゾッとする。
だが、刺されたリリィの方はと言えば、驚きはしもすぐ面白げに笑う。
何が一体と言うよりも先にポキッと小気味の良い音を立て、刃先が零れていた。
「その程度の対策してないと思いましたか? ずいぶんとお甘いことですねぇ!」
そう言うと無慈悲に振りおろされる小振りの槌がクレアの頭に向かって振るわれる。
焦ったようにクレアが人形を懐から飛ばすが、それすらも粉砕し、迫っていく。
「クレアッ!」
今からじゃ間に合わないかも知れない。
けれど、少しでも彼女たちが死ぬ運命を避けるためには動きださなければ意味がない。
必死に手を伸ばして妨害しようとするが、その手は無慈悲にもクレアの頭を叩く。
その瞬間を見たくないと、目をつぶれば、何かを砕く。いや叩くような音が見えた。
恐る恐る目を開けば、リリィが前のめりに倒れ、その顔面に向けて膝を叩きこんでいた光景だった。
「え、あ、なん、で?」
理解が追い付かない。そう言った体の言葉が口から漏れた
「もらった」
そんな大きな隙を見逃すはずもなく。
用の済んだナイフから手を離し、むき出しの頭部に向けて踵が落とされる。
それは避ける術もなく流れるような動作で行われ、リリィの身体が雪へと沈み。
「うそ、ですよね?」
「うそじゃない、これが結果」
そんな事実は認められないのだろう、小さくリリィが呟く。
だが圧倒的ともいえる経験が勝負の差だったのだろう。
ヒュンヒュンと風を切る音ともに、リリィの首が締まっているのか小さく沈んでいる。
それを外そうと必死にもがくが手甲では取りずらいのだろう、苦悶の声だけを上げつづけ
最後には小さく息の吐く音とともに雪へ沈んだ。
「……殺したのか?」
確認するように絞り出した声は自分でも分かるほど、震えていた。
人を殺した、そんな事実を認めたくない。
だが、今見て見ぬ振りをするのは間違いだ。
自分のリリィの二の舞になるのは目に見えている。それでも言わなければ、と目を向ける。
「コースケは失礼、手加減はした。それに癒しの杖で治療すれば死なない」
「だからって、他に手段は無かったのか? いや、それよりもどうやって攻撃を?」
あまりにもひどい強硬策に、反論してしまう。もっと穏便な違うやり方はなかったのだろうか。
このままではリリィの身体に傷が残る。その上クレアへの反発心が、今までより強くなるだろう。
「あるにはあった」
「だったら――」
「でも、武器を向けてくる相手にいつまでも優しく出来ない。無意識でも、武器を向けた以上、痛い眼にあってもらう」
それとも、とまだ続きがあるのか、こちらに振り向くと厳しい視線がこちらを捉える。
「私達、代わりに死んだら良かった?」
そう言うつもりでは無い。だが、クレアからはそう捉えられたのだろう。
厳しい眼で見続けられるが、それも数分すると小さなため息とともに閉じられた。
「……治療」
「え?」
「いいから治療。すんだら、ここから離れる。分かった?」
一体どう言う事だろう。
そう聞き返す前にリリィを指さしてもう一度言われると、ようやく意味を理解した。
慌ててリリィの傍に近寄ると、癒しの杖を握って練習通りゲームの画面を頭に思い浮かべる。
「あ、待った」
そのまま杖の能力を起動しようとする前に、クレアが思い出したように声を上げた
何故待ったをかけたのか。
疑問を口にするよりも先に再び風の切る音が耳に響く。
まただ、と警戒するよりも先にクレアの手に青白い光の塊が集まった。
半透明色だが、糸だと分かる。一体いつからと口に仕掛けるが、まずは治療に専念だ。
「首を絞めかけてる状態じゃ治療しても、また苦しむだけ。だから解いた」
そう言うクレアに反省の色は無い様に見える。
むしろ当たり前の事をやっただけという態度に思う所がないといえば嘘になる。
けれど、それは今でなくても後で出来る。今は急がねばと、目を閉じる。
(対象はリリィ=ハルマーク、使用アイテムは癒しの杖――連続使用!)
どれ位やれば怪我が治るのかは分からない。
だが、そろそろ良いだろうと恐る恐る目を開ける。
先程殴られた部分の腫れが引いている。
ただ一部赤に染まっている以上、ちゃんと治っているのか判別が着きにくい。
「どう?」
「多分、応急処置ならすんだ。だけど、これじゃちゃんと治っているのかが分からない」
確認するようにクレアが声を掛けてきた。
医者でない以上、怪我の具合は分からないが腫れが引いている以上、応急処置としては充分だろう。
ただ完全に傷がふさがっている、と確信めいたものはない。
だからこそ下手に動かしてしまえば、ぶりかえす可能性は充分に高い。
「怪我が軽微なら充分。コースケはリリィを背負って、私は二人の武器持つ」
「もう少し治療してからでも――」
「あの怪物がうろついている環境を目の前にして、悠長にしたいなら好きにすれば良い」
そう言うと早々に街へと向けて歩き出していくクレアに驚く。
たしかにこの場に居たら例の怪物―グリードグリズリー―に襲われるが、下手に動かして怪我が、酷くなったりしたら、治療した意味がない。
板挟みの状況だが、怪物に襲われるよりも慎重に背負えば、傷も広がらない筈だ。
「ま、待ってくれよ! というかリリィの護衛は!?」
そう言いながら、クレアの後ろ姿に追い付くために早歩きで向かっていった。
25
一方その頃、浩介たちとは別の森に探索に来ていたロロナは一匹の怪物。
コースケ達がつい先ほど遭遇した同じ個体、グリードグリズリーを前に自分の獲物、二振りのロングソードを振るっていた。
ただその刃には熱く燃え盛る炎を纏わせており、それの柄を握っているロロナは熱さを感じるどころか鼻歌交じりにグリードグリズリーを切り刻んで行く。
それに対してロロナを狩ろうとするグリードグリズリーも必死に自慢の腕力に任せて力任せに暴力を振るう。
そのどれもが、かすりもしない。それどころか攻撃を振る度に、切り傷が一つ、また一つと増えていく始末だ。
「どうした、熊公? 頑張って一発当ててみろ」
止めを刺そうと思えば、いつでも出来る相手だ。
だが、狩るべき対象は目の前の相手だけでは無い。
この森の何処かに存在しているはずの番を呼び寄せるために時間を掛けている。
ただわざと血の香りを森に撒き散らせ、呼び寄せようとしているのに、一向にその姿を表そうとしない。
既に繁殖期は終わったとされるが、まだ番で暮らしているはずの時期だ。
(それなのになぜだ? 食欲に忠実なグリードグリズリーが何故表れない?)
血と餌の香りがすれば一直線に向かい、他の獣が仕留めた獲物ですら、その場で奪う。
それどころか同族であっても、飯の対象とするほど食に飢えた獣がこれだけ血の香りに反応しないと言う事は考えられるのは一つ。
「もうすでに、番とは別れたというのか? ――だったら、探さなければならんな」
一匹だけでも面倒だと言うのに、二匹目を当てもなく探さなければならない。
考えるだけで面倒臭い事態に小さくため息が零れる。
「グォォオォォ!!」
そんな中放っておいたグリードグリズリーが、隙だと見て咆哮とともに飛び掛ってくる。
「おぉ、すまんな。だが、おしまいだ」
謝罪の一言共にロングソードを眼球に向け、鋭い一撃を放つ。
直後、切っ先は眼球を貫いて後頭部まで伸びる。
わずかに暴れはするものの、グリードグリズリーは声も絶え絶えに、絶命した。
ただ、元々は剣の攻撃を通さない程の硬い皮と皮下脂肪に無理やり剣を突き立てたのだ。
剣はそのまま根元からパキリと小さな音を立て、根元から折れ武器としての能力を失った。
「やれやれ、また新しいのを買い足さんとな」
これで何本目か、もはや忘れた。
ただいつも贔屓にしている店主が知れば、折れた柄を見ればまた皮肉を飛ばしてくるだろう。
けれど、大物相手に武器一本の消耗で狩れたと言うのは、マイナスよりもプラスが大きい。
いつもどおり、製作費に色を着ければ、また強度の方を重視した私用の武器が出来上がるはずだ。
(それにしてもクレアたちはどうしているかな。正反対の場所に居るはずだから、遭遇する事は無いはずだが)
もう一匹が何処に行ったか知らないが、そこまで遠い距離を行くはずもないだろう。
そう予想を立てると、武器を鞘に戻して獲物の傍に近寄る。
仮に討伐したとしても、それを倒したと言う証が無ければ、ランクが高くても信用はされない。
グリードグリズリーの場合は犬歯と耳、可能であれば両方。跡形が残っていなくても、それだと判る物を持って来れば、討伐の証となる。
それらを剥ぎ取り用のナイフで切り取ると、腰袋に乱雑に突っ込み街へと戻ろうとする。
だが、その足を止め顎に手を当てると少し考え事をする。
「少し、探すか」
しらみつぶしに探すのは趣味では無い。
ただここでもう一匹の番を潰しておかなければ、いつ下町の人間に被害が及ぶか分からない。
(やれやれ、少しの間、酒はおあずけだな)
自分へのご褒美として取ってある酒の入った水筒に触れながらも、小さくため息を零す。
ただ他の森も調べると決めた以上、今日は諦めるしかない。
もう何度目かのため息か。
早々に街に帰って温かい酒を飲みたいと思うと、自然とその足幅は広く早くなっていた。
ただ彼女の勘は外れ、既にもう一頭が街に向かっていると言う事を予想することもなく、森から森へと足を運んでいた。
感想、批評を募集しております。
きついお言葉でも受け止めますので、よろしくお願いいたします。




