プロローグ
ゲーム内には、二種類のヒロインが存在する。
一つは物語の華であり、主人公にとっては恋人でもあり、よき人生のパートナーでもある人生の勝ち組と言っても過言では無い者達だ。
もう一方は、物語の華達をより綺麗にしたてあげる、脇役。
主人公の良き相談相手であり、よき冒険のパートナーであるが、決して表舞台には立てない人生の負け組とも言っても良い人達だ。
しかし、どちらも一方的な面から見れば、そう見えるだけだろう。
だが、もしも表舞台に立てない、いや、立とうとしなかった人物たちが表舞台に引き上げられるとすれば、それは負け組と言えるのだろうか。
いや、むしろ童話の中にある『灰被り』や『醜いアヒルの子』のように今まで光の当てられていなかっただけで、魔法のように物語の主役に成れるかも知れない。
これは、そんな表舞台に立とうとしなかった彼女たちと共に歩む一人の学生の話。
1
彼は自分の手に持っている携帯ゲーム機の画面に映し出されている映像に声が出なかった。
悲願と言っていいほど目指していたルートに入る事に成功し、数々のイベントやメインヒロインという名の障害を乗り越えて、ようやくラスボスが居るステージまで到達したと言うのに、用意されていた結果はあまりにも残酷なものだった。
「――――貴方が死ぬなんて嫌。だから、私の分も生きて」
まさに悲劇のヒロインらしい、ありがちな展開、面白味も無く空笑いすら起きない結末。
そう言った方が正しいのだろうか。
先程までラスボスと相対していたが、明かされた真実によって自信喪失を起こしていた。
その隙を見逃す事など無く、ラスボスの手によって凶刃が振るわれる。
その刃先に目を向けながらも、避ける気力も沸かなかった彼の目の前に、一人の少女が割り込んでくる。
だが振るわれた刃は止まるわけもなく、彼では無く、彼女の腹部へ深々と突き刺さった。
その光景に怒りや困惑、悲しみと言った感情の数々が彼の中から溢れ出し、何か言葉にしようにも当てはまる言葉が思い浮かばず、パクパクと魚の口のように開閉するだけだった。
「ク、クレアッ! 頼むから返事をしてくれ!」
そんな中、主人公がクレアに悲鳴にも似た声を掛けるが返事は無い。
その代わりとして、腹を貫かれた彼女の口と腹部から血が吐き出され、彼女の衣服や足元、貫いた槍を紅く染めていく
もちろん、クレアと呼ばれた少女は自身の腹部を貫く大槍の柄に手を添え、引き抜こうとする。
それも無駄な抵抗であり、徐々に槍を引き抜こうとする力も弱まり、ついには身体ごと槍に身を預け、力なく腕が揺れるだけだった。
その光景にラスボスが高笑いを上げると、クレアと血を槍から払いのける。
既に息を引き取ったのだろうか。糸の切れた人形のように呆気なくふきとばれると、主人公の目の前で倒れピクリとも動こうとしない。
「我の邪魔をしおった忌々しい女め。だが、安心しろ。次は貴様をさっきの女の所に送ってやろう」
赤と黒を基調とした服装を纏った目の前の男は、クレアを殺したにもかかわらず、愉快そうな表情を浮かべる。
再び槍の切っ先を主人公へと向けられた。
だが先程の言葉に主人公も怒りを覚えたのか、一度は床に放した剣を再び握りしめ、放たれた槍を打ち払う。
その行動にラスボスは不愉快そうな表情を浮かべはするものの、それお構いなしと主人公達に突撃しボス戦が始まった。
最後の戦闘が始まるとラスボスが訳の分からないポーズを取りながら、長ったらしいセリフを語り始める。
だが一週目で聞いた事のあるセリフを真面目に読む気は起きず、画面内に居る自分が育てたパーティーへと目を向けた。
そこには少し前まで一緒のパーティーに入っており、お気に入りのキャラクターである人物―クレア―が存在していなかった。
前衛、後衛共に三人、計六人で構成した部隊が今ではクレアが死亡したせいか後衛が二人へと減り、部隊は五人と少なくなっていた。
その光景を見て、ようやく彼女が死亡してしまった事を実感し、画面の向こうに居るラスボスに対して怒りが向けられる。
だが、主力でありお気に入りのキャラクターであるクレアが死亡したせいだろうか、彼のやる気が異常なまでに激減し、ラスボスの攻撃によって仲間が一人、また一人と戦闘不能状態へと陥っていく。
その中にはこの作品のメインヒロインと呼ばれる存在も居たが、彼にとってメインヒロインはお気に入りのキャラクターでは無い。
むしろ、彼にとってはこの作品内では隠れた敵でもあるメインヒロインが、戦闘不能になり可愛らしい悲鳴を上げても可哀想などいった感情は微塵も沸かなかった。
結局の所、面倒臭さを覚えつつも全能力を最大値まで上げていた主人公の攻撃によってラスボスをさっさと倒し、ボス戦は終了を告げた。
しかし一週目に比べ、ラスボスを倒した事による彼の喜びは無いに等しい。
ボス戦が終了した所で再びイベントに入るが、同じセリフを二度も聞くほど優しい人間では無い。
スキップボタンを押して話を進めるが、少しだけ彼にとって喜ばしい事が入ってきた。
ラスボスが倒れた後、未読文章でもあったのか文章スキップが急に止まる。
その事に首を傾げ、疑問を抱きながら話を進めていくと、今度は息を引き取ったと予想していたクレアが体を震わせながらも、主人公に近寄っていく。
ゆっくりと主人公がクレアを抱き締める。
その事にクレアも嬉しそうに微笑みを浮かべると、そのまま震えた手で主人公の頬に触れる。
「ラウル、今まで、ありがとう。こんな私を、好きでいてくれて」
ここでようやく思い出すが、メインヒロインの時もこれに似たイベントは発生していた。
だが、製作者側も胸くそ悪い展開を制作するのは辛いのだろう。
この後特殊なアイテムを入手していた場合に限り、生存フラグを強制的に立たせる事が可能となっている筈だ。
しかし何かしらの違和感と、BGMが先程からバッドエンドを見た時の音楽から一向に変わらない事に不信感を抱いてしまう。
「もう、良いよ。私は幸せだったから、今度は貴方が私に縛られないで貴方の思うように、生きて」
傍から聞いていれば、彼女の覚悟が凄まじいなと称賛に値するだろう。
けれど、このキャラクターを愛していると言っても過言では無い彼にとって、彼女から発せられた言葉は死刑宣告を告げられると同意義だ。
その上、先程話していた秘匿蘇生アイテムを入手しているにもかかわらず、それを一向に使おうとしないのはどういう事だろうか。
少し前に主人公自身が入手したアイテムを使おうと言う発言もあったような気もするが気のせいなのだろうか。
たしか肝心のアイテムを入れている袋はメインヒロインが持っているはずだが、その薬を一向に取りだそうとする様子もない。
その事に違った怒りが湧きたつが、携帯ゲーム機が一度大きく振動すると城全体が崩壊するのか、土埃と共に城の一部だったものが主人公の近くへと降り注いでいく。
他のメインヒロインたちからは悲鳴を上げながらも、ここから出ようと提案される。
それに対して主人公も抱き締めているクレアを見るが、彼女の手によって主人公が突き飛ばされた。
その光景に主人公も呆然とするが、メインヒロインに腕を引かれると城から脱け出していく。
「ありがとうラウル。――さようなら、幸せに」
そんな中、一人瓦礫の山に囲まれ身動きの取れなくなったクレアは涙を零し、主人公達が去っていった方向へと顔を向ける。
最後の言葉を残した直後、クレアを押しつぶすには充分過ぎる大岩が彼女に向かって降り注いだ。
「クレアッ!」
その音に思わず声を発してしまう。
言ったのは自分だろうか、それとも画面の中の彼だろうか。
どちらかなのかは判らないが、最悪な事実が嘘であるようにと引き返そうとする主人公の腕が掴まれた。
「駄目よラウルっ! あの子の気持ちを無駄にしないでっ!」
このままじゃ自分たちがクレアの二の舞になるのは事実だ。
歯ぎしりを鳴らすと大人しく従い、外へと向かって再び走りだす。
そのイベントを眺めながらも、ゲームをプレイしていた彼も気を抜いたら零れそうな涙を抑えるために歯を食いしばっていた。
2
「あの子だけ逝っちゃうなんて、運命にしては残酷すぎるわ」
ようやく城から抜け出せ、ただの瓦礫と化していく城を眺めながらメインヒロインの一人が悲しそうにつぶやく。
「選択肢としては、間違ってないんだろうけど、薬を試す価値位はあったんじゃ」
一人で画面に向けて何かを言うのは、傍から見れば痛い子扱いだろう。
けれどそう思わなければ、納得できない所もある故に呟きは止まらない。
「ねぇ、ラウル。あの子は幸せに成って、そう言ったけど、これからどうするの?」
そんな中、メインヒロインの一人が主人公に声を掛けていた。
その表情は悲しげなものだが、自分自身も主人公がこれからどういう選択を選ぶのか非常に気になっていた。
今まで仲の良かった恋人が死亡していることから無気力状態に陥ってもおかしくない事だが、少しだけ考える素振りを見せていた。
「――そう、だな。俺は最初の街に戻るよ」
傷んだ心を休ませるためだろうか。
それともクレアと最初に出会った思い出を守るためだろうか。
目の前の主人公が何を考えているか、予想もつかないが、彼は今後の事を仲間達へと伝えていた。
「そう、私も着いて行って良いかな」
メインヒロインの中でも内気な子が彼に着いて行く事に許可を貰おうとおずおずと手を挙げる。
それを一瞥すると主人公は否定する事無く、着いて来ればいいさとだけ答え歩き始める。
数十秒後エンドロールが流れ始め、死亡したクレアと過ごした日常のイベントCGが流されていき、少しだけ感慨深くなるが、物語最後のイベントが始まる。
何が起きるのだろうかと内心不安と期待を抱きつつテキストを読み進めていく。
そこには一ヶ月の月日が経ち、彼について行ったメインヒロインと結婚式を挙げ、お姫様抱っこをされているヒロインと主人公の姿が映っていた。
二人の表情は誰から見ても判るほど幸せそうな表情を浮かべ、青い空にはそんな彼らを祝福するように半透明な姿で浮かんでいるクレアの姿が映っていた。
その光景に内心複雑になりつつも読み進めると、スクリーンが薄い茶色に染まって行き、左下にはゲームの終了を告げる『Fin』が書かれていた。
そして最後の特典として真っ暗な画面へと切り替わると『「純白の着物」を入手しました』とだけ表示されタイトル画面へと戻っていた。
これはゲームクリア時に一番仲の良かったヒロインによって手に入るものが変わるのだが、今回はクレアにとって縁の深いアイテムのようだ。
「は、ははは……はぁっ」
無事にクリアし、開放感から笑い声だけが上がるが、途中からため息が零れ落ちる。
「ゲームクリアできるのは良いんだけど、これは報われなさすぎるだろ」
話としては非常に面白い作品であった。
これまでのRPGの名作に比べても、遜色のない程の良く作りこまれた作品だと思う。
ただ一つ納得できない事があるとすれば、サブヒロインの生存フラグを確立できてない所だろう。
メインヒロインには生存フラグを立たせる手段は用意されているにもかかわらず、サブヒロインにはそういった情報が一つとして出てきてないのだ。
そのため、誰もが苦しむ事を控えてサブヒロインを攻略しようとはしない。
またパッケージ及び広告ではヒロインの全てを全攻略可能と言う事と、店で流れていたPVに3D技術を惜しみなく詰め込まれた物語の舞台と戦闘シーンに目を引かれて購入したのだ。
ただ、中身を開いてみればゲームは戦闘以外にも一部のキャラクターのみにしか力を入れてなかった。
しかし、ゲームの記録できる容量を考えてみれば、コレが限界だったのだろう。
それでもメインヒロインとサブヒロインの扱いの差があまりにも大きいと言わざる得ない。
大雑把に言ってしまえば、メインヒロインの時は自分の悩みを打ち明け、それを主人公の手で解決したり、ヒロインが覚醒するイベント戦が用意されていたりと豪華な仕様に対して。
サブヒロインはそれが用意されていない。それどころか過去をちょろっと話す程度でイベントが終わるので、設定上では重たいキャラなはずなのに内容が薄っぺらいせいで感情移入が難しいところがある。
だが、それを差し引いても各キャラクターの魅力はある程度引きだせているので十分楽しめた作品と言っても過言では無い。
「うーん。中々楽しめたし、サブヒロインメインでリメイクか新作作ってくれないかな」
本体をテーブルの上に置くと、傍に置いていたゲームの説明書を取ると、内容を流し読みしながら愚痴をこぼしてしまう。
自分でも無茶苦茶な事を言っているとは思うが、メインヒロインで話が濃かった以上、サブヒロインの話も掘り下げてほしいという願望が出てしまう。
「ま、無理だよな。さて、クレアルートのアイテムも入手した事だし、もう一回クレアルートを目指そうかな」
そう言うと説明書を元の場所に戻し、ゲーム機の電源を入れる。
流れ出るオープニングに耳を貸しながらも、リメイク作は発売されないのかも知れないだろうと内心思ってしまう。
正直この作品の評価は上位の立ち位置であり、ストーリーとしては既に完成されているので、アンケートで自分の我儘を言っても、それが通される可能性は限りなく低い。
そのためついつい大きなため息をこぼれるも、目の前の画面へと集中し始める。
オープニングが終了し、タイトルが表示されると慣れた手つきでロード画面へと移る。
いつものように『周回プレイを開始いたしますか?』が表示され、YESの選択肢を押す。
――唐突に聞き覚えのない声が部屋に響いた。
(ようやく見つけた)
その言葉に少しだけ動揺し、周りに目を向ける。
しかし傍には何も存在せず、不気味さすら覚えてしまう。
何故テレパシーのような事を受けなきゃいけないんだと言う疑問を抱きながらも、再度ゲーム画面に目を向けようとするが、再び声が脳内へと響く。
(一つ質問。もし、クレアを救える事が出来ると言うのなら、キミはクレアを救いたいかい?)
質問内容が先程の死亡したクレアの事である
何故そんな質問をしてきたのか疑問には思うが、興味の引く質問であるのは間違いない。
もちろん、それが出来るのであれば答えはイエスだ。
もしこのゲームの世界の中に入れるのであれば、クレアの傍に立って彼女が死亡する以外の幸せな世界を味あわせてあげたいと思ってしまうほど、彼女の事を救いたいのだ。
(そうか、ではそうしてもらおうかな。――君にチャンスを上げよう、それをどう生かすのもキミ次第だ)
チャンスとはいったい何の事だと脳内の相手に対して質問を投げ返そうとする。
それの返答よりも早く、手に持っていた携帯ゲーム機の画面が眩い光を部屋の中に放つ。
それに対して思わず腕を上げて光を遮ろうとするが、数瞬後何かに吸い込まれるような感覚を受けると同時に、頭部に強い衝撃を受けて彼の意識は途切れた。