前編
夜の暗闇に包まれる部屋の中、一本の蝋燭が二人の男女を照らしている。その二人を私、清連は闇の中から見守っていた。
私の弟、光鶴の十六回目の誕生日。これは、わが領土では成人として認められる歳となる。
そんな弟と向かい合っている女性、『雷花』。彼女は人間ではない。我が領主の家系に代々仕えている人型の上級使い魔『式神』たる存在のひとりである。
彼女はその中では若く新参な方だが、弟との仲の良さは誰もが認めるところだ。兄である私から見ても、彼女になら弟を任せられると確信を持って言うことが出来る。
その二人を暗闇の中から見守る一族の面々。そんな数多の視線の中、弟の光鶴は手のひとつすら震わせることすらなく、堂々と成人の儀式を進めてゆく。
「続いて、血魂の儀を」
現在の領主である父が、儀式の最後の仕上げにしてもっとも重要な工程――血魂契約の段階に入る事を告げる。
光鶴が儀式用の短刀を手に取り、右の小指を軽く傷つける。そして雷花も同様に自らの左小指を傷つけ、お互いの小指の血を触れ合わせる。すると、小さな蝋燭以外一切の明かりがなかった部屋が、まばゆい光に包み込まれる。
そして光が収まったそこには、未だ身体を発光させる雷花と彼女の主となった光鶴の二人がいつの間にか手を取り合っていた。血魂の儀を行ったあとの魂が繋がっているような感覚は私もよく知っている。儀式の間もずっと私の後に控えている我が式神、『歌姫』と契約を交わした二年前の誕生日に、私も体験したからだ。
父が儀式の終了を告げた途端、暗闇の中で今や遅しと待ち構えていた家臣や式神たちが一斉に灯りをつけ、次々に料理を運びこんでいく。弟の誕生日と式神契約の両方を兼ねた祝いなだけあり、いつもにもまして華やかで賑やかな宴となっているようだ。
「おめでとう、光鶴」
「あ、兄さん。ありがとう」
「ありがとうございます、清連様」
皆が道を開けてくれたので、弟に声をかけた。光鶴は先程までとは打って変わり、照れくさそうにはにかんでいる。深々とお辞儀をしている雷花にも、頭をあげるよう合図して、声をかけることにした。
「やぁ、雷花も。光鶴のこと、よろしく頼むよ」
「はい! この身にかえましても!」
グッと拳を握り、花のように朗らかな笑顔で答えてくれる。彼女なら、経験の浅い弟をサポートし、力になってくれることだろう。
実兄である私の挨拶が終わると、順番待ちをしていた皆が口々に光鶴と雷花へ祝福の言葉をかけていく。そして弟は、指の手当てを受けながら丁寧に返事をしていく。
それを見て、私はようやく肩の荷が下りた気分になった。これで私がいくなっても弟が父の後を継ぐことができる。そう、私より何もかもが優れている弟が。
相変わらず多くの人に囲まれている弟を尻目に、こっそりと部屋を出る。ついに、予てから考えていた計画を実行にうつす時がきた。今なら、この騒ぎに乗じることで誰にも気付かれず、家を抜け出すことが出来る。
我が家は代々領主を務める家系であり、広大な敷地と屋敷をもっている。そしてそれを大きく囲む外壁に一箇所、誰にも気づかれていない綻びが存在する。私はそこへさらに手を加え、この日のために人ひとり分ほどの抜け穴を作ってあったのだ。路銀などの準備もすでに万端。
いざ屋敷の外へ抜けだそうとしたまさにその時。
「清連様。どちらへ行かれるのですか」
背後から私の名前を呼ぶ、聴きなれた声がした。
おそるおそる振り返ると。そこには独特な巫女服に身を包んだ女性。他の者達と一緒に宴の手伝いをしていたはずの私の式神、歌姫がいつもと変わらぬ無表情でまっすぐこちらを見ていた。
現在の状況。壁に空いている穴から今まさに抜けだそうとした体勢で固まっている私。しかも旅支度万端。言い訳のしようもなかった。いったい何故バレたんだ。誰にも気付かれないよう慎重に準備していたというのに。
契約済みの式神の身体能力は常人をはるかに凌駕する。それは、戦闘向きの式神でない歌姫とて例外ではない。しかも屋敷の結界内でしか実体化出来ない未契約の式神と違い、契約をすれば外でも自由に活動することができる。今無理やり逃げ出しても、あっという間に捕まるのは一目瞭然。
「う、歌姫。これは――」
「どちらへ、行かれるのですか」
「うっ! そ、その……」
私が言い淀んでいると、まるで人形のように同じ表情をした歌姫がスタスタと詰め寄ってくる。
終わった――。私が諦めの境地に達しようとしたそのとき。歌姫は私の身体を荷物ごと軽々と抱え込んだ。連れ戻される。かと思った途端、ふわりとした浮遊感を感じた。一瞬、何が起こったのか分からなかったが、唯一理解できたのは、歌姫が遥か上空へと跳躍したこと。そしてまるで永遠かと思われた時間の後、いつの間にか大人何人分もの高さをほこる外壁の向こうへと着地していたことだけだった。
「清連様。もう一度お聞きします。どちらの方へ行かれるつもりなのですか」
「へ? い、一度西の街を経由して北の荒野へ……と」
「承知いたしました。舌を噛むので、口を閉じていてください」
未だ通常稼働しきれていない頭で求められているであろう答えを口にすると。どういうことなのか、と聞く前に歌姫はすでに走り出し、夜の闇の中を駆け抜けていった。
次に私が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋に挿し込む朝日の光の中でのことだった。
「おはようございます」
何がなにやら分からぬまま声のした方へ顔を向けると、教本のような姿勢で深々と朝の挨拶をする歌姫がそこにいた。横を見るとたたまれたばかりの布団。どうやら歌姫も同じ部屋で泊まったということらしい。式とはいえ、女の子と一緒の部屋で夜を明かした! ……などと甘酸っぱい気分にまったくならないのは何故だろう。
「あー、ここは? これはどういう状況?」
「はっ。夜中のうちに西方の街に到着しましたが、清連様が気を失っておられたのでひとまず宿を取り、お休みいただいておりました次第であります」
いや、うん。一個も理解が追いつかないが――。
「ここは、西方の街ってことでいいんだな? ……って、一晩で?」
「御意に」
我が屋敷から西方の街までは、まっすぐ歩いて三日。仮に人間が全速力で走ったとしても丸一日かけてたどり着くかどうか。そんな距離を一晩で……否、夜中に到着したというのが本当なら、屋敷を出発したときすでに日が変わった後だったから――。そりゃ、気も失うわ。
未だに頭がついてきているとは言いがたいが、ひとまずこの歌姫は私の家出を阻止すること無く、むしろ支援してくれたということらしい。行儀や規律にうるさく、お目付け役のように感じていた歌姫だけに、正直意外だった。我が屋敷の式神たちは先祖代々受け継がれてきた、いわば生きた家宝のようなもの。契約しているとはいえ、ある意味本当の主人は領主である父であり、悪い言い方をすれば私たちを管理したがっていた父の間諜も同然だと思っていたのだから。
「して、これからのご予定は? 北の荒野へ向かうと仰られておりましたが」
「うーん……」
仕方ないか。ここまで来た以上、歌姫も一蓮托生。私の計画を話しておくほうが良いだろう。それで反対されれば、それまでだ。歌姫が本気で連れ帰ろうとすれば、私には手も足も出せないのだから。
「先日、父へ盗賊の討伐依頼が来ていたのを知ってる?」
「はい。確か、北の荒野に数年前から住み着いた盗賊の被害が無視できない規模になってきた、と」
「そう。そしてその盗賊に『化物』とやらがいる、という噂だ」
「化物、ですか?」
この情報は知らなかったのか歌姫が珍しく怪訝な顔をする。
父への報告書しか見ていない歌姫が知らないのも無理は無い。屋敷に来た使者たちが家臣と話しているのを盗み聞いただけの何の確信もない噂なのだから。だからこそ、父への報告には記載されなかった。しかし、化物の正体が何であれ、父が手をだしあぐねるような強力な力を有し人々に害を及ぼしているのは事実。このまま野放しにしておけば、弟が領主を継ぐ頃には手がつけられない事態になっている可能性もある。
「だから私はその噂の真偽を調査し盗賊を殲滅させよう。と、考えている」
「なるほど……」
そう言って、何かを考えるように歌姫は言葉を切った。
そんな危ないことはさせられない、やはり連れて帰る。私は次に歌姫の口から出てくるであろう台詞を思い、どう説得するかを考えた。
「それでは、どのようにして?」
「……は?」
「ですから、どのような手段で賊を殲滅させようと考えていたのですか?」
「いや、それは、実際に見て情報を集めないと何とも」
「要するに、行き当たりばったりですか」
「うっ。ま、まぁ、そうとも言うけど……」
「しかし、まず情報収集が必要なのは同意です。だから直接荒野へ向かわず、被害の多いこの街へ立ち寄ったのですね」
納得した、と頷く歌姫。予想していたのと違う反応に、肩透かしを食らった気分だ。だが、とりあえず説得の必要はなさそうだったのでよしとしよう。
ではさっそく街で聞き込みを行いましょう。と、やけに積極的な歌姫に促され、ひとまず街の市場にて朝食を購入しつつ情報収集を行うことにした。
大勢の護衛に囲まれず、初めてまともに歩く街は新鮮でそこはまるで新しい発見の宝庫だった。どれもこれも知らない物だらけで、あれは? これは? と歌姫に質問し通しだった。歌姫はそんな俺の問に、いつもの無表情でひとつひとつ丁寧に答えてくれた。いつしか市を見るのに夢中になり、いつの間にか聞き込みを歌姫ひ任せきりになってしまっていたのは、仕方ないと思う。宿に帰ってから気付いた自分に、そう結論付けた。
「今日集めた情報を整理しよう」
集めたのは主に歌姫だったが、空気を読んだのかそのことについては何も言わず、市場で購入した用紙に黙々と集まった内容を書きこんでいく。
まず、盗賊が主に出現するのは西と東の街をつなぐ街道の、北の荒野に面している部分のいずれか。決まった時期や位置があるわけでは無く、襲われるのも商人の馬車だったりただの旅人だったりとバラバラだった。これでは出現を予測するのは不可能だ。だが、拠点だけは判明している。荒野入り口にある小屋だ。そこへ立ち寄ろうとした役人が、小屋を占拠している盗賊の一団を発見しているのだそうだ。ここまで分かっていて退治されていない理由は単純明快。退治に出た者が、ことごとく返り討ちにあっているからだ。どうやら噂の『化け物』とやらの仕業のようだ。
とりあえず明日、もう一度さらに詳しい情報がないかを調べることに決め、今日は就寝することにした。同じ部屋で寝ることに緊張を覚えなかったわけではなかったが、歌姫がさっさと寝てしまったうえに、私も柄にもなくはしゃいだ疲れか、あっさりと眠りに付くことができた。
翌日。今度は私もちゃんと聞き込みに参加した。とはいえ、市場巡りをしなかった訳ではなかったが。昨日は主に通行人や立ち寄った店の店員から話を聞いていた。しかし今日は、旅の商人や見回りをしている警備隊員からも情報を集めた。
そして盗賊団の首領の人相、そして例の化物とやらの特徴を入手することに成功。街中でも注意を呼びかけているらしく、聞き出すのは思っていた以上に容易だった。
件の『化物』というのは、最初は他と同じ普通の人間だったのが、いざ形勢が悪くなると突然巨大化してあっという間に全てをなぎ払い、荷をかっさらっていくのだそうだ。
「これは……」
話を聞いていた歌姫が、何かに気付いたように声をあげる。それは恐らく化物の正体について。そしてそれは私がこの噂を聞いてから考えていた予想と、同じ結論だろう。
思っていたよりもたくさん情報が手に入ったので、そろそろ宿へ戻って作戦でも考えようかと思い歩いていた。その時。
「清連様っ!」
突然、私を呼ぶ声がした。かと思った次の瞬間には、私と歌姫はすっかり取り囲まれていた。何者か、と問いかけるまでもない。彼らは、我が家に代々仕えている式神。その中でも、現在誰とも契約していない者たちだった。
「清連様、お探し申し上げておりました。さぁ、お屋敷へ戻りましょう」
「……舞姫」
私たちを包囲した一団から一歩前へ進み出たのは、我が家に仕える中でも最強とうたわれる式神、舞姫。その強さは単純な肉弾戦であれば契約した式神ですら手も足も出ないほど。しかし、何故かは知らないが舞姫は長い間、誰とも契約をしないことで知られていた。契約者のいない式神が、屋敷の結界の外で実体化できるはずがない。
「舞姫。誰かと契約していたのか?」
「いいえ。私たちが結界の外へ出られるのは、この宝具のおかげです」
舞姫がその腕に装着されている腕輪を掲げた。
「この宝具には、簡易的に屋敷の結界と同じ効果を得ることが出来るもの。もちろん契約時の力を発揮することはできませんが、屋敷内と同じように動けます。つまり、いくら契約しているとはいえ、歌姫では我々を突破することはできません。無駄な抵抗はなさらぬよう」
確かに、私はもとより歌姫でさえも、まともに戦っても相手になるとは思えない。唯一、歌姫の能力を使うことが出来ればその限りではないかもしれないが――。
「それとも、歌姫の能力をお使いになられますか?」
「ぐっ……」
やはりバレている。私が歌姫の能力を使えないこと。否、使ったことがないということが。
歌姫と契約した後、私は能力の鍛錬を一切行わなかった。才能がなかったわけではない。しかし、戦いのための訓練というのがどうしても好きになれなかったのだ。だから契約する式神にも、戦いから遠い歌姫を選んだ。
「どうしてここが?」
「清蓮様がおられなくなったことに気付いたあと、屋敷から街まで続いている足跡を発見いたしました。そして、少し聞き込みをしたところすぐに発見することが出来ました。盗賊団の事を聞いて回っている巫女服と少年の二人組の事を」
納得せざるを得なかった。というか、ゴタゴタしていたとはいえ、何故気付かなかったのか……。まぁ、そもそもが無計画同然だったのだから、当然の結果と言えなくもないが。
「ご理解いただけたようですね。では、歌姫を確保しろ!」
「……は?」
周りを包囲していた式神たちが、歌姫を拘束する。歌姫は相変わらずの無表情のまま、まるでそうされることが分かっていたかのように自ら手を合わせ大人しく拘束具をはめられていた。
「そ、そこまでしなくても私たちは逃げたりしない!」
「例えそうだとしても、罪人にはしかるべき処置を与えなければならないのです。ご察しください」
「ざ、罪人っ!? 歌姫は何も悪くない! 私が勝手に家出しただけで……」
「いいえ。歌姫の罪状は次期当主の誘拐。清蓮様は、不本意にも歌姫によって連れだされたのです」
舞姫が、まるで断定するかのような口調で告げる。
「違う! これは誘拐なんかじゃ――」
「いいえ。これは式神の暴走による誘拐です。決して次期当主が自ら逃亡するなどという不名誉な事態ではありません。式の暴走も名誉な事態ではありませんが、過去に例がなかったわけではありません。もちろん、被害者である清蓮様には何の罰則もございません。まぁ、ご当主様のお説教くらいはあるかと存じますが」
舞姫の言が私の頭をグルグル回る。その内容を理解するまで、しばらくの時間を要した。
つまり、家の体面を保つため歌姫を生贄するっていうのか! 事実を曲げ、罪をかぶせて!
「な、なんだよそりゃ! 歌姫! 歌姫も黙ってないで何とか――」
だが、しかし。当の歌姫は。今まさに冤罪で捕まっている歌姫は。悲しむでも諦めるでも悔しがるでもなく。ただ、私を見て微笑んでいた。
ここにきて、私はようやく気付いた。歌姫は、最初からそのつもりで。自ら罪を被るつもりでいたのだ。考えてみれば、屋敷を抜けだしたところでいつまでも逃げ切れるはずがない。領主の力はそれほど大きく、人探しが得意な式神だっている。歌姫はそれでも、こうなることが分かっていたにもかかわらず、戻ってくださいとは言わなかった。やめて下さいとは言わなかった。考えられる理由は、ただひとつ。
私の望みを、叶えるため。
「歌姫!」
「掟に従い、歌姫は永遠に近い封印を施されます。次期当主様におかれましては、例外的処置として新たに式神を選定し契約していただきます。ご心配なく、封印された式神に契約による力の供給がなされることはありません。罪を犯した式神が大人しく契約を破棄しない可能性を考慮し、ほぼ完全に繋がりを断たれた状態になりますので」
「そんな! 悪いのは私だ! 罰するなら私を――!」
「お気持ちは分かります。しかし、ご理解ください。『次期御当主様』」
「っ――!」
舞姫の言葉の外に、『次期当主としての自覚を持て』と言っているのが分かった。人の上に立つ者の責任を。そういう立場に生まれた義務を全うしろと。
身体から力が抜け、膝をつく。舞姫が慌てて私の身体を支えるが、私はそんな舞姫に構うことなく、他の式達に拘束され相変わらず微笑んでいる歌姫を見る。まるで息子の成長を見守る母親を思わせるような、その笑みを。
私はそのとき初めて、本当の意味で歌姫を理解しようと思った。その笑みに何を思っているのか。決して優秀な契約者じゃなかった私のために、どうしてここまでできるのか。
契約とは、魂の繋がりである。
そのとき、お互いの血を繋ぐ契約を通じて、歌姫の声が私に入ってくるような気がした。もちろん実際に声がしたわけではないし、幻聴だと言われても間違いじゃないかもしれない。しかし、確かに聞いたのだ。『愛しておりました』、と。
「やっぱりだめだ!」
急に立ち上がった私を、支えていた舞姫は見上げて驚く。
「こんなこと、納得できるわけがない!」
「な、納得できるできないではないのです! 次期当主としての自覚と責任を――」
「歌姫っ!」
他の皆と同じく驚き固まっていた歌姫が私の呼びかけにハッと我に返り、そしてそれまでとは違う笑顔となって。そして、ゆっくり頷いた。
「ご随意のままに」
舞姫たちが構え、戦闘態勢を取る。
「清蓮様! 大人しくお屋敷へお帰りくださ――」
「やるぞ、歌姫!」
「はいっ!」
なおも私たちに訴えかける舞姫を尻目に歌姫を呼ぶ。すると、拘束された歌姫の身体が青く淡い光を放ち始めた。そして契約を通じ力が送られていくにつれ、その光はさらにその輝きを増していく。
「くっ! 清蓮様、申しわけありません! しばらく眠っていただきます!」
舞姫が私を気絶させようと手を振り上げる。――しかし、遅かった。
分かる。歌姫の能力が。何が出来るのか、どうすればいいのか。言葉や理屈でなく。なんとなくだが、確かに理解できた。
「「静寂の唄」」
私と歌姫の声が重なる。
そして、目にも留まらぬ速さで振り下ろされた舞姫の手刀が私を捉える直前。まるで時が止まったようにその動きを止めた。
舞姫も、他の式たちも、私たちの様子を遠目に伺っていた野次馬すら、身動ぎひとつすることなく完全に静止している。辺りにはただ、歌姫の歌声だけが響いていた。静寂の中、ただただ歌声を紡ぐその姿は、身体から溢れ出し羽衣のようにたなびく光の帯も相まりまるで天女を思わせる荘厳さがあった。
歌姫がその歌を歌い出した瞬間から、その声の届く範囲内にいる全てのものは例外なくその動きを止める。歌姫とその契約者である私以外は。
「ごめん」
固まっている舞姫の腰についていた歌姫の拘束具の鍵を取り、歌姫の身体を自由にする。ついでに彼女らの持っていた拘束具も没収しておく。
「……清蓮、様……また同じ過ちを……繰り返す気……ですか……?」
驚いた。歌姫の能力下にあって、契約もしていない舞姫が口を動かした。この分じゃ、あまり長くは留めていられないかもしれない。
「確かに、また考えなしに行動して、同じ間違いを犯そうとしているのかもしれない。でもここで歌姫を見捨てたら、この場はそれでよくても私はダメになってしまうような。そんな気がする。だから、せめてこの答えが出るまで……ごめんなさい」
「お、お待ち……くださ……」
搾り出すように声を出す舞姫を尻目に、私は歌姫を伴って駆け出した。何事かとさらに集まってきた野次馬の間を潜りぬけ、宿に置いてあった荷物だけを回収し、さっさと宿代を払い、能力の効果が切れる前に街を脱出していった。
あまり長い時間は続かないだろう。そう判断した私たちは、出来る限り街から離れた。今度はちゃんと痕跡を消しつつ。
とはいえ、以前ほど距離も時間も稼げたとは思えない。早急に行動を起こす必要がある。
「それで、どうするおつもりなんですか? 家を敵に回して……」
通常状態に戻った歌姫がいつもの無表情で告げてくる。いつもと同じ顔が、何故だか少し責めるような印象を受けて居心地が悪い。
「と、とにかく! 当初の目的だった盗賊退治へ向かおうと思う」
「盗賊退治へ? ひとまず他の街に身を隠したほうがよろしいのでは?」
「無駄だよ。どこへ行ってもいつかまた追いつかれる。今度は向こうも本気で来るだろうし、こっちの能力対策もされるだろう。だから、とにかく追いつかれる前に目的を果たす」
「まぁ、清蓮様がそう仰るのであれば、御意に。しかし、果たしてそう上手くいくでしょうか? 功を焦っては仕損じますよ?」
「大丈夫。すでに作戦は考えてある」
そうして私たちは、荒野にあるという盗賊の隠れ家へ向かった。もちろんその途中で盗賊と鉢合わせすることがないよう十分注意を払いつつ。