自閉症児★龍君
「すいません、二階に住んでる者ですが、表に子供の靴が落ちてたんで、御宅のじゃないかと思って………。」
私は、ノゾキ穴に、近所のリサイクルショップで買った激安の子供のズックをかざした。
ガチャリとドアがチェーンの分だけ開いた。
「うちのじゃないけど…」
思い切り無愛想に答えたのは、ノーメイクの沢尻エリカ?って思うほどの美女。年は私と同じくらい。
私、キララは、大学中退のあと2~3年経過してるから、二十代前半ってとこ。
子供を虐待する母親は、もっと、元ヤンみたいな感じかと思ったけど、髪は黒いし、普通の人だった。
私は率直に言った。
「あのさ、子供をドアに突き飛ばしてたでしょ。」
とたんにドアを閉めるから、足を入れて、閉めさせない。
「帰ってよ!変な言いがかりはやめて!警察呼ぶわよ!」
「呼べば?あんたが、児童虐待してるって言うだけよ。話を聞いてよ。あんたのこと、責めにきたんじゃないの。私が子供を預かるから、ちょっと外に気晴らしにでもいって来たら?って言いに来たのよ。」
「………あなた、専業主婦?おせっかいよしてよ。」
「私はニート。働いてないから、暇なの。子供預からせてよ。ご飯あげて、テレビ見させとけばいいんでしょ。泣いたら、あんたに電話するわ。どこにでも、おせっかいなやつっているのよ!」
彼女はドアを開けて、玄関の中に入れてくれた。
「散らかってるから、部屋にあげられないわ。」
「ここでいいわよ。ちょっとだけ、ベビーシッターのバイトしてたことあるから、だいたいのことは、わかってるわ。着替えと、お気に入りのオモチャ持たせて。あと、いつも見てるDVDとか。」
「………出かけたいとこなんか、ないわよ。」
「じゃあ、一人で部屋にいたら?とにかく連れてくから。」
「待ってよ!あの子………障害があるの。きっと手に負えないわよ。」
「あんただって、手に負えてるとは、思えないわよ。障害ってなによ。チューブで流動食?レインマン?ダウン症?取り扱い説明してよ。とにかくうちで、預かるから。…あんたには、休憩が必要よ。」
「自閉症よ。知的障害をともなう…。レインマンよりは、扱いやすいわ。とにかく、アンパンマンを見せてれば、おとなしくしてると思うわ。」
「了解。」
彼女は、オモチャとアンパンマンのDVDと着替えを持たせて、私の部屋…(と言っても、アンドレの部屋だけど)に息子を連れて来た。
「10時までには、戻って来てよね。」
「わかったわ。じゃ、龍、このお家でお留守番しててね。」
「じゃ、龍、お留守番しててね。」
龍君は,無表情にママの言葉を繰り返した。そして、ぐずったりもしないで、ママにバイバイした。
龍君が言われた言葉を繰り返すのは、エコラリア(反響言語)って言って、自閉症児★特有のものなんだって。何食べる?って聞いても、何食べる?って帰ってくるから、最初はとまどったんだけど、キララもいい加減なやつなんで、途方に暮れたりはしなかった。冷蔵庫開けて、何食べる?って聞いたら、だまって、パックのハムとったので、食べさせた。