すれ違い-2
そして約束の日曜日がやって来た。
隆羅が作った朝食を2人で食べる。会話は殆ど無く黙々と食事をする。
「下の駐車場で待っているから」
「うん、分かった」
隆羅が先に部屋を出て行った。
「こんなに呆気なく終わっちゃうものなのかな恋って」
気が重いまま海がエレーベターに乗り駐車場へ向かうと隆羅は見慣れない外国の車に乗って待っていた。
「隆羅、この車は?」
「俺の車だが」
「そう」
「乗ってくれ」
「うん」
隆羅の車のコンポから曲が流れていた。
ジャパニーズヒップホップだろうか確かミス・マンディーだと海は隆羅から聞いた事があった。
隆羅は何もしゃべらなかった。
「ねぇ、どこまで行くの?」
高速に乗りしばらく走っていた。
「もう、少しで着くよ」
「浮島?」
標識にそう書いてあった。
長いトンネルに入り、そしてトンネルを抜けるとそこには、海が広がっていた。
「隆羅、ここは?」
「東京湾の人工島、海ほたるだ」
駐車場に車を止めエレベーターで上に行き、海が見えるテラスに出た。
夏の日差しが眩しいが、潮風がとても心地よかった。
「あの、白い建物は何?」
「あれは、トンネルの換気口の為の人工島だよ」
「ねぇ、隆羅。私に話って?」
海が先に話を切り出した、本当は聞くのがとても怖かった。
でも聞かないと先に進めない気がしたからだった。
隆羅がいつに無く真剣な眼差しになった。
「今、このままでいれば、もっと辛い思いをさせてしまうかもしれない。だから、ここでもう一度海の気持ちを聞きたい。俺と一緒に暮らすか、それとも沙羅の家で暮らすか」
「それは、私の覚悟が足りなかったって事?」
「そんな事はない、ただこれ以上、辛い思いはさせたくないだけだ」
海が唇をかみ締めて両手を握り締めて隆羅に向き合っていた。
「ずるい! そんなのずるいよ! いつも、いつも私の気持ちばかり聞いて、隆羅の気持ちは何処に在るの? 私に向いてくれいるの?」
それは、最初から感じていた気持ちだった。
「そうだな。すまなかった、もうこれで終わりにしよう」
隆羅の目がとても哀しそうな目になっていた。
その時、隆羅の携帯が鳴った。
「もしもし。パパ、ルコだけど」
「どうしたんだ? ルコ」
「海と一緒なの?」
「ああ、そうだが……」
「海に変わって。お願い」
隆羅の声には張りが無く寂しげに聞こえた。
「海、ルコからだ」
隆羅が海に携帯を渡す。
「もしもし、ルコ。どうしたの?」
「ねぇ、海。今どこに居るの?」
「隆羅と東京湾の海ほたるって言う海が見える所だよ。隆羅が外で話があるからって」
「その話って、もしかして」
「そう、私の気持ちを聞きたいって。でも……終わりにしようって言われちゃった」
海の声も隆羅以上にとても寂しそうだった。
「駄目! 絶対に駄目!」
ルコが今までに聞いた事の無いような強い口調で海に言った。
「ええっ、何で? ルコがそんな事言うの?」
「海、良く聞いて。私、ママに言われたの前にパパのONとOFFは別人だから辛いよって言ったのは間違いだったの。もし、パパが最初から海に優しくしたら周りの人からどう見られると思う?」
「えっ、それは」
「たぶん、みんな妬んだりやっかんだりして海にいい感情は持たないよね。そして確実に虐めや嫌がらせの対象になる。そして、パパがそれを気にすればするほど状況は悪くなる、一番辛い思いをするのは誰か考えてみて」
「それは、私……」
「そう、そして友達まで失う事になる。パパはそんな事だけにはしたくないって、海にはこれ以上辛い思いはさせたくないって。俺はいくらでも悪者になるって、それで海が離れていくならしょうがない。いつか判ってくれる時があるだろうって」
「私、自分の事しか考えていなかった。隆羅がこんなにも……」
「そう、海はパパに愛されている、パパは口には出さないけれど海の事が好きなんだよ、誰よりも。だから絶対に駄目! さよならなんて判った? 海」
「うん……ありが……」
海の感謝の言葉は声にならなかった。
「隆羅……」
「答えはでたか?」
隆羅が哀しい目で海の目を見つめて言った。
海の目からは大粒の涙があふれ出ている。
「嫌ぁぁ、1人は嫌ぁ。ゴメンなさい。隆羅の気持ち考えていなかった。ルコに教えられたの」
海は立ち尽くし拳を握り締め、溢れ出る涙がテラスの床に落ちた。
「私は隆羅が好き。どうしようもなく好きなの。でも……隆羅の気持ちが見えないの。隆羅の心が読めないの。ちゃんと言葉で言って! 言ってくれなきゃ分かんない。隆羅の口からちゃんとお願いだから。もう、何も失いたくない。隆羅まで失ったら私どうすれば良いの? 独りぼっちは、嫌だ……」
海は泣きながら隆羅に精一杯の自分の気持ちをぶつけた。
「ルコに、また助けられたな」
隆羅が海の肩に手を置いて真っ直ぐに海の顔を見つめる、その瞳からは優しさが溢れている。
「海、良く聞けよ。一度しか言わないからな」
「うん」
「海の事が好きだ。絶対に離したくない」
「隆羅ぁぁぁぁぁぁ」
ありったけの力で海が隆羅に抱きついた。
「海、顔グジュグジュだぞ」
「良いんらもん」
「海?」
隆羅が海の名前を呼ぶと海は隆羅の顔を見上げた。
「うん、な……」
また、言葉を消されてしまった、前よりも熱く確かな物に。
そしてしばらく人目も気にせず抱き合っていた。
「なぁ、海?」
「何?」
「さっきから、どこかで誰かの腹の虫が鳴いているみたいだが。気のせいか?」
「隆羅のじゃないの」
「俺の腹の虫は、あんなに可愛く鳴かないが」
「……じゃない」
「聞えないんだが」
「しょうがないじゃない! 安心したらお腹が空いたの。若い証拠なの!」
「若いね、はいはい。そういう事にしておきましょう、お嬢さん」
「直ぐ、棘のある言い方する」
「いえいえ、決してその様な事は」
「隆羅のバカ! 大嫌……」
「嫌いですか?」
「意地悪、そんな訳……」
「ほら、飯食いに行くぞ」
「うん、行こう!」
隆羅が腕を腰にあてた。
すると海が嬉しそうに腕にしがみついてた。
海が見えるレストランで食事を楽しみ、海ほたるで2人だけの時間をゆっくりと過ごした。
学校でも隆羅の態度に変化が見られる様になってくると生徒や職員も優しく見守ってくれた。
「水無月さん、良かったね。最近、如月先生優しくしてくれて」
「それは、みんなのお陰だよ。先生に話しに行ってくれたんでしょ」
「だって、友達じゃん」
「ありがとう」
「でもさぁ、あのままだったらかなりヤバかったよねぇ」
「そうそう、先生方からも如月先生に批判が出ていたんでしょ」
「ええっ、それって本当なの?」
海は全く知らなかった、そこまで隆羅の立場が追い詰められていたなんて。
「ほら、如月先生って保護者にも人気があるし信頼もされていたから、PTAからも話が出ていたって教頭がブツブツ言っていたもん」
「下手したら、吊るし上げもんだったらしいよ」
「そんな事に、なったら先生は」
「まぁ、ならなかったから良いんじゃない」
「そうそう、このまま先生と付き合っちゃえば。ルコだって留学で居なくなちゃうんだしさぁ。海だって先生の事好きなんでしょ」
「そんな事、無理無理。だって私なんか……」
「でも、直ぐ近くなんでしょお家」
「そうだけど、年も違うし。みんなと友達でいたいもん」
「そうだよね。みんなの憧れだもんね、先生は」
「おーい。チャイムはとっくに鳴っているはずだが」
「スイマセンでした。如月先生」
「じゃ、授業を始めるぞ」
みんなを見る目がそうなのかも知れないが。
海には特別に感じていた、優しい目で私だけを見守ていてくれるのだと。




