修学旅行-3
夜が明ける。
昨夜の吹雪が嘘の様に、お日様が顔をだし抜けるような青空が広がっていた。
「あれ? 私いつの間に寝ちゃったんだろう。あっ隆羅」
海が目を覚ますと隆羅に抱きしめられて腕の中で眠っていた。
目の前に隆羅の顔があり優しい眼差しで海を見つめていた。
「おはよう。海」
「隆羅、隆羅! 良かった」
優しくキスをされ隆羅に抱きつきキスをする。
「海のお陰だよ」
「隆羅、駄目。駄目だってば……もう」
しばらくして海がシャワーを浴びて髪を乾かしていて、隆羅がバスルームから出てくるとルコの声がした。
「海、開けて」
ドアが開くとそこには隆羅が立っていた。
「ルコ、おはよう」
「パパ、もう大丈夫なの? でも、その格好」
隆羅は腰にタオルを巻ているだけだった。
「ちゃんと穿いてるぞ」
「もう、バカ。海、早く部屋に戻ろう」
「うん」
海が髪をタオルで拭きながら出てくる。
「2人ともありがとうな」
「パパ、後からね」
「ああ」
海とルコが部屋に向かい歩き出す。
深夜の騒ぎには誰も気付いていない様だった。
「海、何があったの?」
「私も良く判らないの寝てしまったから。でもこれが」
ルコに1枚のメモ書きを渡す。
「えっ、おば様が助けに来てくれたの?」
「うん、そうだと思う」
昨夜の出来事をルコに一部始終話した。
メモ書きには『隆羅を守ってくれてありがとう 綺羅』とだけ書いてあった。
部屋に戻るとまだ、皆は眠っていた。
朝食時間の館内放送が流れて皆が起きだす。
「あっ海だ。おはよー」
「おはよう」
「2人とも戻って来てたんだね、先生は?」
「もう大丈夫だよ、たいした事無かったみたい」
「へぇ、そうなんだ。愛の力だね、ルコと海の」
「お腹ペコペコだよ。ルコ、ご飯食べに行こう」
「そうだね」
皆で朝食会場に向かう。
朝食後はスキー教室が始まる。
ウェアーに着替えてゲレンデにグループごとに集まった。
「今日は、昨日よりも上に行って長いコースを滑ってみましょう」
インストラクターがコースのボードを指差しながら説明をする。
インストラクターの後についてリフト乗り場にやって来た。
「ここの、リフトは少し早いですからタイミングに気を付けてくださいね」
3人乗りのリフトに海とルコが2人で乗る。
「気持ちいいね、朝は」
「そうだね」
しばらく乗っていると急斜面のコースが見えてきた。
リフトの前の方で歓声が上がる。
下を見ると黒いウェアーのスキーヤーが粉雪を舞い上げながら滑っていた。
「隆羅だ!」
「凄い上手だね。インストラクターが憧れる訳だ」
海が声を上げるとルコも見とれていた。
リフトを降りて林間コースを滑りだす。
インストラクターの後に続いて滑っていく、みんな転ばずに滑りを楽しんでいた。
しばらく滑るとホテルが遠くに見えてきた。
緩やかな斜面で広いコースの上をみんな思い思いに滑っていると後ろの方から、もの凄いスピードで滑り降りてくるスキーヤーがいた。
ボーゲンで滑る生徒の間をすり抜けて滑走している。
ストックは持たずに何かを抱きかかえていた。
黒いウェアーがルコの横をすり抜ける。
「きゃあー」
ルコが転んで黒いウェアーが一瞥して滑っていく。
「如月のバカ!」
ホテル前のゲレンデに着くと如月がトランシーバーで何かを話していた。
「私、文句言って来る」
ルコが如月に向かい進もうとするとインストラクターが宥めた。
「葉月さん、許してあげてくださいな」
「絶対に許さないんだから」
「それじゃ、これを聞いてください」
インストラクターからイヤホンを渡され、ルコが耳につける。
「急病の子どもは親と一緒に病院へ搬送完了しました」
「先生は、大斜面へ宜しく」
「了解」
「これは?」
ルコが良く判らずにインストラクターに聞いた。
「如月先生はパトロール隊の手伝いをしているんですよ」
「じゃ、あの時抱えていたのは」
「上で具合が悪くなった子どもでしょう。如月先生ぐらいならリフトより早いし安全ですからね」
「そ、そうだったんだ。それなら仕方が無いか」
ルコが改めて如月を見るとウェアーに雪をつけて何かを落としていた。
「こりゃ着替えないと駄目だな」
「先生、どうしたんですか?」
パトロールの隊員が近づき如月に聞いてきた。
「具合の悪い子どもを上から降ろしてきたら汚されてしまって」
「それじゃ、私が上がりますので先生は着替えを」
「悪いが頼みます」
如月がホテルに向かった。
「ねぇねぇ、インストラクターのお兄さん頂上は危ないの?」
ルコが皆を代表してインストラクターに質問をする。
「そんな事はないですよ。初心者でも途中からゴンドラで降りることも出来ますから」
「それじゃ、行って見たいなぁ」
「ちょっと待ってくださいね。上の状況を聞いてみますから」
インストラクターがトランシーバーで連絡を取っていた。
しばらく確認の連絡をして皆に向かった。
「頂上は今、空いていると言う事なので行って見ましょう」
「やったー」
ルコ達のグループが手を挙げる。
「でも、帰りはゴンドラで戻る事になりますのでくれぐれも逸れない様に皆さん注意して下さいね」
「ハーイ」
ゴンドラに乗り山頂の下まで行く。
ゴンドラに全員乗り切らなかったので2グループに別れる。
最初のグループが上で待っているとしばらくして残りのグループがゴンドラで上がってきた。
「綺麗な眺めだね。海」
「そうだね」
天気も良く白い雪が輝き、青い空と白い山並みのコントラストがとても綺麗だった。
「お待たせしました。次のリフトまで少し滑ります、着いて来てくださいね」
インストラクターに連れられて少し滑り乗り継ぎのリフトまで行き更に上がる。
そこは360度の大パノラマだった。
スキー場全体が一望できて周りの山並みがはっきり見えた。
「うわぁ、来て良かったね」
「そうだね。凄い綺麗」
グループ全員が壮大な景色に見とれていた。
「それじゃ、そろそろ良いですか。行きますよ、ゆっくり降りますのでくれぐれも逸れないように。それと途中少しコースが狭くなりますので注意して下さいね」
インストラクターが先に滑り出す。
それに続いてみんな順序良く滑り出した。
樹氷の中を滑る、雪や氷がキラキラと輝いてとても幻想的だった。
そして登って来た時とは違うゴンドラ乗り場に向かう、ルコと海はグループの最後尾で滑っていた。
ルコが左に寄りゴンドラ乗り場へと向かった。
海もルコの後を追う様に左に寄ろうとすると、後ろから人が滑ってきて交差しそうになりバランスを崩し右方向へ滑っていってしまった。
「海。こっちだよ」
ルコが海を呼ぶ。
「うん、分かってるんだけど」
海が思うように行きたい方向に進めないで戸惑っていると初心者らしい女の人が海に向かって滑ってきた。
「キャー、退いて退いて。お願い!」
「えっ、そんな事言われても」
海が必死に逃げようとする。
何とかぶつからずに済んだが海は尻餅を着いて反対側の斜面に滑り落ちてしまった。
「海。そっちは駄目!」
「葉月さん? どうしました」
ルコの声がゲレンデに響くとインストラクターが声を掛けた。
「海が人とぶつかりそうになってあっちの斜面の方へ」
ルコが急斜面の方を指差す。
「今、ヘルプを呼びますので、先に皆さんはゴンドラに乗って下で待機していて下さい」
ルコ以外の生徒に指示を出し、トランシーバーでヘルプを呼ぶ。
「第2ゴンドラ頂上で、1人ロスト。ヘルプ頼みます」
「了解! 数分で向かいます」
「大丈夫かな、海」
ルコが心配してインストラクターを見上げた。
「今、直ぐヘルプが来ますので。少し待ちましょう」
「はい」
その頃、空斗達のグループも山頂にやって来ていた。
「うひょー。めちゃ気持ちいいやんけ。絶景やな」
「凄い景色だな。最高!」
上級者グループの誰もがはしゃいでいる。
「しかし、こっちの斜面はあかん。マジ、びびるわぁ」
そこは上級者でさえあまり滑らない為に新雪が積もりかなりのテクニックを要する急斜面の難所だった。
そこに空斗達の後ろから目の覚めるような綺麗なブルーのウェアーがその斜面に飛び出した。
「あほや、そんな勢いで滑れる訳あらへん」
空斗が呆気にとられるが、そのスキーヤーがもの凄い勢いで急斜面を新雪やコブを物ともせずに滑り降りていく。
「すげー! あんなにスキー上手い人見たことねえぞ」
みんな見とれていた。
青いウェアーがあっという間にその斜面を滑り降り、そのまま滑り去った。
数分もしないうちに、ルコと一緒に居るインストラクターに連絡が入った。
「今からロスト探します。下で落ち合いましょう」
「あの人ですね」
インストラクターが指差した。
腕にオレンジ色の腕章みたいな物を着けている、ブルーのウェアーを着たスキーヤーがかなりのスピードで滑り降りてきてルコとインストラクターの近くに止まり手で合図をした。
「さぁ、みんなが待っていますから葉月さん。彼に任せて下に降りましょう」
「はい」
ルコとインストラクターがゴンドラに乗り込んだ。
海はスキー板を外してしまい何とか外れたスキー板の所までたどり着いて板を着けようとしていたが、なかなか装着できずに焦っていた。
周りではみんな楽しそうに斜面を滑って下りていた。
「どうしよう、板がはまらないよう。みんなとも逸れちゃったみたいだし」
だんだん心細くなってくる。
滑る事に夢中で誰も海を助けようとはしなかった。
「あれ、何で填まらないんだろう。困ったなぁ」
何回教わった通りに板を装着しようとしても外れてしまった。
そこへ綺麗なブルーのウェアーを着たスキーヤーが近づいてきて声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「あっ、板が填まらなくって」
「僕の肩につかまって足を上げて」
海が言われた通りに男の肩につかまり足を上げる。
男がストックで海のブーツの底に着いた雪と板の雪を落とした。
「これで填まるはずだから」
「はい」
海が板を填めると綺麗に装着できた。
男がトランシーバーで何かを話し始める。
「第2ゴンドラ山頂付近。ロスト者、確保しました。このまま連れて降ります」
「了解。第2ゴンドラ乗り場で待ちます。どうぞ」
板が填まったのは良いがこの斜面を降りる事は海には難しかった。
海が困ってモジモジしていると海の頭を男が撫でた。
「しょうがない奴だな。まだ気付かないのか?」
「えっ? その声」
プチパニックになっていた海は全く気付かなかった。
ニット帽を深く被りゴーグルをしている為、顔も良く判らなかった。
青いウェアーにオレンジの腕章をしていたのでインストラクターだと思っていた。
「隆羅なの?」
ゴーグルを外すと海が隆羅の顔を見たとたんに泣き出してしまった。
「泣くな、もう大丈夫だから」
「だって、心細くって。みんなとも逸れちゃって。それに隆羅。ウェアーの色も違うし」
「具合の悪い子どもを抱きかかえて降りたら汚されてしまったから着替えたんだよ。みんな下で待ってるぞ。行くぞほら」
「でも、こんな所滑れないよう」
「ボーゲンの格好をして」
「えっ、うん。こう?」
海が隆羅に言われるままボーゲンの格好をする。
「それでいい。そのまま」
隆羅がカニ歩きをして斜面を登る。
ボーゲンをしながら海のスキー板の間にスキー板を滑り込ませて、海を後ろから抱しめ海の耳元に顔を寄せると海が隆羅の腕を抱しめた。
「隆羅。ありがとう」
「言う通りにするんだぞ良いか?」
「うん。分かった」
後ろから隆羅に抱えられながら2人で急斜面を滑っていく。
「右に重心を」
隆羅が的確に指示を出していく。
「ストックを上手く使って重心移動するんだ」
「こう?」
「そうだ、そうするとスムーズに重心の移動が出来るから」
「こうして、こう? あっ本当だ」
海が隆羅に言われた通りにストックを突くとスムーズに曲がる事が出来た。
「少し、スピードを上げるぞ。ハの字の板を少し狭くして。海、そんなに体に力を入れていたら疲れるだけだぞ」
「う、うん」
「大丈夫だから。リラックスして」
「うわぁ、気持ち良いね」
「そうだろう」
少しだけスピードが上がり難しいと思っていた斜面を滑り終わる。
「ここからは1人で滑れるな」
「う、うん」
海が不安そうな顔をして隆羅の顔を見上げた。
「それじゃ、滑り方を教えながら下まで行こう」
「本当に? 嬉しいな」
隆羅がお手本を見せながら滑っていく。
「まず、板をそろえて滑る。曲がりたい所で足を広げて曲がる。そして板をそろえる」
海がそれを見て滑りだす。
「上手いじゃないか、その調子だ」
しばらく練習をしながら滑り、今度は少しレベルアップをする。
「今度は、曲がる時にも板をそろえるんだ。見ていろよ」
隆羅が手本を見せる。
曲がる時に山側の板を少し持ち上げ板をそろえ滑っていく。
海が真似をしながら滑りだす。
「こうして、こうだ。キャー」
「海、大丈夫か?」
「うん。平気だよ」
海が転んでしまい隆羅が声を掛けると直ぐに立ち上がり滑り出した。
「そうそう、良い感じだ」
「えへへ、隆羅の教え方が上手いからだよ」
「それじゃ、少し速く滑る練習をしよう。今まで見たいに大きなターンじゃなくて小さくターンを繰り返しながら滑るんだ。上手にストックを使って重心移動をする。行くぞ」
「よし! 私も」
海が隆羅のお手本をじっと見て海が滑り出す。
「うわぁ! 気持ちいい。景色が流れてる」
隆羅の側まで滑りボーゲンで止まる。
「止まる時も、曲がる時と同じで少し強く踏ん張ると止まれるぞ。慣れない時は今の止まり方が一番良いけど。急に止まりたい時には試してみろ、山側に体を傾けないと飛んでいってしまうけどな」
「うん。やってみるね」
「もう、これで海も中級者以上だな。さぁ、みんなが待っているから急ごう心配してるはずだからな」
「そうだね。でももう少し隆羅と2人で滑りたいなぁ」
「しょうがない奴だな、少し遠回りして帰るか」
「えっ、本当に?」
「みんなには内緒だぞ」
「うん」
ルコ達のグループはゴンドラを降りて、他のお客の邪魔にならないように少し移動して海の帰りを待っている。
ルコとインストラクター以外の生徒は目の前のゲレンデで滑って遊んでいた。
「大丈夫かな、本当に」
「大丈夫ですよ。ちゃんと見つかったって連絡もあったし。あそこからは滑って降りてくるしかないですから少し時間が掛かりますけどね」
インストラクターがルコを安心させる。
「そうだよね」
「それに……」
インストラクターが話そうとすると後ろから聞き覚えのある関西弁が聞えてきた。
「葉月、こんな所で何しとるんや?」
「海と逸れてしまって戻ってくるのを待っているの。文月こそゴンドラなんかで降りてきて情けないなぁ」
「しゃないやんけ、1番上で滑っとたら1人が転んで足を捻ってしまったんやから」
「なぁんだ、そうなんだ。ビビって降りて来られなかったのかと思ったよ」
「あほか。それよりメチャ凄い奴が居ってん。山頂の難所の急斜面をもの凄いスピードで降りて行きよったんじゃ。青いウェアーを着た奴やってんけどな」
「あっ、戻ってきましたよ」
その時インストラクターが指差した。
「海!」
ルコが手を振ると海も手を振り返した。
「何があったんでしょう? 彼女もの凄く上達していますけど。やっぱり流石ですね」
「えっ? 何が流石なんですか?」
「ほら、側にいる人ですよ」
海と綺麗なブルーのウェアーの人がシュプールを描きながら滑り降りてくる。
あのオレンジの腕章を着けた人だった。
「本当だ、海。いつの間にあんなに上手くなったんだろう」
海がとても綺麗な滑り方でルコに向かって来て目の前で綺麗に雪を舞い上げ止まった。
海がゴーグルを外しインストラクターとルコに頭を下げる。
「心配をかけてスイマセンでした」
「大丈夫だったの、海?」
ルコが海の肩をつかんだ。
「うん。凄く楽しかったよ」
「楽しかった?」
「先生、ありがとうございました。助かりました」
インストラクターが青いウェアーの男に頭を下げた。
「先生?」
ルコが首を傾げる。
「葉月、どうしたんだ?」
「パパ?」
「先公?」
ブルーのウェアーの男がゴーグルとニット帽を外すとルコと空斗の声が重なった。
「あの、メチャ上手の奴は先公やったんか。クソ、むかつくわぁ。午後からわいと勝負やぁ!」
「やれやれ。一難去ってまた一難か」
空斗が如月に宣戦布告し如月ががっくりと肩を落とした。
「葉月さん。今、パパって?」
インストラクターがルコに小声で聞いてきた。
「あの、実は。如月先生は私の育ての父親なんです」
「そうなんですか。素敵なお父さんですね」
「はい!」
その後、ホテルで昼食を食べながら海とルコはおしゃべりをしていた。
「もう、海はずるいんだから」
「でも、板が外れてなかなか填まらないし。誰も助けてくれなくって心細かったんだよ」
「本当にパパは、いつも海を見ているよね」
「今日はたまたまだよ。たぶん」
「そうかなぁ、怪しいなぁ」
「でも、スキーってとっても楽しんだね」
「そうでしょうよ、ラブラブで2人きりで特別レッスンだもんね」
ルコがフォークで皿を突っつきながら拗ねていた。
「もう。ルコは直ぐいじけるんだから」
「そうだ! この後、私もパパに教えてもらおう。海からも頼んでね」
「ええっ、でもパトロールの手伝いがあるんじゃないの?」
「大丈夫。海が頼めば絶対に嫌とは言わないから」
「もう、ルコのバカ」
午後からは自由時間になっていたが、文月が如月に勝負を挑む噂があっという間に広がってスノークロスコースの周りには人だかりが出来ていた。
ゴール地点近くに海とルコがいた。
スタート地点には如月と空斗それにインストラクター達の中から数人がエントリーして総勢六名が立っていた。
「文月、一発勝負だからないいな」
如月が空斗に確認をする。
「ええで、絶対に負けへんから」
スタートする。
一斉に6人が滑り出して頭は空斗が取った。
そして2連ウエーブ、バンクのコーナーを抜けて大きなウェーブが目の前に来る。
空斗がジャンプするとその横を青いウェアーがすり抜ける。
「あかん、何であんなに安定してんねん。追いつかれへん」
「すげー」
「うぉー」
とギャラリーから歓声が上がる。
そして連続ウエーブ。
ジャンプするごとに如月に離されて行く。
インストラクターでさえ着いて行くのが精一杯だった。
下から見ているとジャンプしながらもの凄い速さで滑ってくるのが見える。
「怖くないのかなぁ」
「ルコもやってみたら」
「絶対に無理。怪我したらパパに怒られるもん」
「うふふ、そうだね」
そしてゴール直前の5連続ウエーブに如月が突っ込んでくる。
一気に飛び越すと最後のウエーブに着地してそのままゴールに滑り込み雪を舞い上げて止まった。
そして空斗がゴールする。
空斗に続いてインストラクター達が次々にゴールした。
「やっぱり、パパは凄いね」
「うん。もうビックリ何でも出来るんだね」
「これで、女の子の扱いが上手ければ完璧なんだけどなぁ」
「ぶぅー。そこは今のままで良いの」
「それもそうだね、これ以上モテモテじゃ海が困るもんね」
空斗が息を切らしていた。
そこに涼しい顔をした如月が近づいてくる。
「文月、これで満足だろ。手加減無しだからな」
「当たり前じゃ、手加減なんかされてたまるかいな。はぁ、はぁ」
「勝負ありで良いな」
「待ってぇなぁ、もう一本勝負やぁ。今度は俺の得意なボードでジャンプ勝負や」
「やれやれ、しょうがない奴だな。それで最後だぞ」
「よっしゃ! 次はこてんぱんにしたるさかいなぁ」
それを聞いていたギャラリーや生徒達が次々にボードのコースに移動を始めた。
「おいおい、次はスノボーでエア勝負だってよ」
「すげーのがきっと見られるぞ」
「行くきゃないよなぁ」
「しかし、文月もしつこいね。海」
「そうだね、でも隆羅の格好良い所もっと見たいけどね」
「そっか、ラブラブだもんね」
「もう、ルコはからかわないで」
ルコと海も移動を始めた。
如月と空斗は一度ホテルに戻りブーツを履き替えボードを持ってビックキッカーのあるコースに向かった。
そのコースには大小2つのジャンプ台があるコースだった。
「文月、悪いが少し練習させてくれ。ジャンプはやった事が無いんだよ」
「ええで、いくらでも練習しいな。待ってるさかい」
如月がインストラクターと話をしはじめる。
ジャンプの仕方とトリックを聞いているようだった。
インストラクターが手を使って説明していた。
そして数人のインストラクターが手本を見せる為にジャンプし始める。
それを見ながら説明を受けている。
そして如月が練習を始めた。しかし、それは練習と言うより完璧にエアをマスターしている様にしか見えなかった。
「あれの、何処が練習やねん。ほんまに初めてかいなぁ」
スリーシックスティ、ファイブフォーティ、セブントゥエンティ次々に決めていく。
そして縦回転や捻りを入れていく。
練習を終えて如月が空斗の側にやって来た。
「文月、大体感覚が分かったから始めよう」
「先生、ほんま初めてなん?」
「ボードは初めてじゃないけれど、キッカーやエアはやった事がないんだよ。判定はどうするんだ?」
「そやなぁ。3本滑って歓声が大きな方でいいんちゃうか」
「それで、いいんなら構わないが。これで最後の勝負だからな」
「ええで、ほんならワイが先攻で見本を見せたるわ」
空斗が先攻で滑る。キッカーでジャンプしてボードをグラブしエアを決める。
2つ目のキッカーでは逆手でグラブした。
「ウォー」と歓声が上がった。
次に如月が滑り始める。
ジャンプして体を斜めに大きく回転させエアを決める。
2本目は縦に回転する。
「すげー。なんだあれ」
「誰なんだあのボーダー。プロじゃないのか?」
歓声と言うよりどよめきに近かった。
「まるで鳥みたいだね。ルコ」
「これが本当の白鷺だね」
「さぁ、文月。残り2本だ」
「あかん、もうええよ先生。完敗や」
空斗が力なくガックリとうな垂れた。
「しょうがない奴だな。男だろう、この状況をどうするんだ」
観客は次はまだかと期待満々で待っていた。
「文月、ちょっと耳を貸せ」
如月が空斗に耳打ちをする。
「分かったな良いか?」
「しゃないなぁ。やったろうやないけぇ!」
2人でスタート地点に立つ、如月がビッグキッカー側。そして空斗がミデアムキッカー側に立った。
「何が始まるんだ」
「おいおい、何をするんだいったい?」
観客がざわめく。
「せーの、ヤッホー!」
空斗が掛け声を上げる。
2人同時に滑り出し全く同じタイミングでジャンプし別々のトリックを決める。
そして次のキッカーでも全く同じタイミングでジャンプした。
「すげーぞ!」
「超クール!」
もの凄い歓声が上がった。
そして最後のトライ、2人で交差しながら滑り降りてドンピシャでジャンプし今度は全く同じトリックを決める。
一糸乱れぬ動きだった。
次のジャンプでも全く同じ動きをする。
「ウォォォォー!!」
歓声がコースを包み込んだ。
ランディングして如月と空斗が拳を当てる。
「メチャ気持ち良い!」
空斗が両手を空に突き出し雄たけびを上げる。
「文月これで満足だろ。俺はもう懲り懲りだからな」
空斗に片手を挙げて如月がホテルに向かった。
空斗は生徒達に囲まれていた。
「海、私達も行こう」
「うん」
2人で如月の元にむかった。
勝負の後は、ルコの建ての願い出で如月のスキー教室が始まった。
大勢の生徒が参加希望したがくじ引きで参加者が決められた。
海はインストラクターと如月のスキー教室を見ていた。
「いやぁ、凄い物を見せてもらえて幸せですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、毎年やってくれないかなぁ」
「それはどうでしょうね」
海が笑った。
「でも、如月さんが学校の先生で良かったですよ」
「えっ? 何でですか」
「だってスキー教室の先生だったら僕達失業しちゃいますよ」
「ふふふ、そうかも」
「教え方が凄く上手いですからね。私も勉強させてもらってきます」
インストラクターが如月の方へ滑って行った。海はいつまでも隆羅の姿を眺めていた。
その日の夕食後、ホテル内の室内プールに女生徒が集まっていた。
みんな廊下からガラス越しに中を見ている。
「あっ痛たた、はしゃぎ過ぎやな」
空斗が腰を擦りながらやって来た。
女生徒達が羨望の眼差しでプールを見ている。
「格好良いね」
「綺麗な泳ぎ方だよね」
空斗がプールを見ると1人の男がゆっくり泳いでいて綺麗にターンしてまた、泳ぎ始めた。
「なぁなぁ、誰なん?」
「えっ、如月先生だよ」
「へぇ、あのおっさんなん」
そこに、ルコと海が歩いてくる。
「よう! 完敗男」
ルコが空斗に声を掛けた。
「うわ、感じ悪う。完敗って」
「本当の事じゃん」
「あんなぁ。如月と対等にトリックを決めたんやでぇ」
「それは、如月が文月に合わせたんじゃん。違うの?」
「そ、そうかも知れへんけどな。しかし、あのおっさん何であんなにタフなん?」
「何でも疲れた体をほぐすのにスイムが一番なんだって」
「へぇ、そうなんや。知らんかったわぁ」
「文月も泳いでくれば」
ルコが空斗の肩を力強く叩くと空斗が顔を歪めた。
「あっ痛たたたた」
「どうしたの、そんな顔して」
「いや。今日、はしゃぎすぎて体中がガタガタやねん」
「ダサ、おっさん臭いなぁ。どっちがおっさんだか」
「おっさん言うな。まるでヘタレ見たいやんかぁ」
「転校初日から文月はヘタレでしょ」
「ふふふ、そうだったね」
如月を見ていた海が笑う。
「クスクス」と他の生徒達も笑いを堪えていた。
「ああ、もう好きにしいや。もう寝よ寝よ」
空斗が腰を擦りながら部屋に向かった。
「あはははは」
後ろで大きな笑い声が上がった。
「さぁ、みんなもそろそろ部屋に戻らないと消灯時間だよ。如月の雷が落ちるぞ」
ルコが脅かすとみんながゾロゾロと部屋に向かった歩き出した。
海が如月の方を見ると、ちょうどプールからあがった所で目が合って海がみんなに判らない様に小さく手を振る。「お・や・す・み」と如月の口が動いた。
海は頷いて部屋に向かった。
色々な思い出がいっぱいの修学旅行も最終日になる。
朝食後少しだけ自由時間があり、生徒達はお土産を買ったりして過ごしていた。
その後、ホテル前の広場で閉講式があり、クラスごとにバスに乗り込み学校に戻る事になる。
「お世話になりました」
インストラクターやホテルの人にお礼を言う。
「如月先生。来年も宜しくお願いしますね」
インストラクターが声を掛けると「また、来年」と言って如月が最後にバスに乗り込んだ。
クラス委員長が班長から連絡を受け如月に全員の点呼を報告する。
「如月先生、点呼終わりました」
「それじゃ、出発するか」
「ほら、委員長」
クラスの女の子が委員長を急かした。
「あのう、先生」
「どうした、委員長?」
「先生の隣の席空いていますよね」
「空いているが」
委員長がメガネを指で直して深呼吸する。
「今回の修学旅行の殊勲賞として、水無月さんを隣の席に座らせてあげて下さい。お願いします」
委員長が頭を下げた。
「いいぞ!」
「先生の看病をしたんだもんね」
「ヒューヒュー」
などと声が上がる。
「先生なら別に構わないが」
如月がOKを出すとクラスメイトが海に声を掛けた。
「ほら、海。早く」
「ルコ、どうしよう」
「いってらっしゃい」
ルコが笑顔で手を振る。
「もう、ルコまで」
海が真っ赤になり席を立ち、如月の横まで来る。
「失礼します」
海が恥ずかしそうに席に着いた。
「じゃ、出発だ」
如月の合図でバスが走り出した。
しばらくすると海が疲れたのか如月の肩を枕代わりにして眠ってしまう、その写真もばっちり撮られていた。
その写真には幸せそうな海の寝顔ととても優しい如月の眼差のツーショットだった。




