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成人式

短い冬休みと正月が過ぎて行き。

海とルコにとっては最後の高校生活が始まった。


海とルコがおしゃべりをしながらいつもの様に学校に向かう。

「また、学校だね。海」

「本当にルコは、勉強嫌いなんだね」

「学校に行ったら大騒ぎなんだろうなぁ。終業式の日に3人がいっぺんに休んだんだもんね」

「そうだね。でも隆羅がきっと何とかしてくれるよ」

「パパに任せるしかないか」

「そうそう」

「ルコは卒業したらどうするの?」

「茉弥が大きくなるまで子育てに専念して、それから働くの」

「そうなんだ」

「海はパパのお嫁さんだもんね」

「うん。だけど私も何かしたいな。何がしたいかは今は判らないけれど」

「そうか。これから探せば良いじゃん」

「そうだね」

「早く行かないと予鈴が鳴っちゃうよ」


2人が走り出す、教室に入るとちょうど予鈴が鳴り始める。急いで席に着いた。

「おはよう」

如月が教室に入ってくるとクラス委員長が号令を掛けようとする。

「ああ、委員長。今日はこのままで。まず初めに皆に謝らないとな。終業式の日に急に休んでしまって本当に申し訳なかった。この通りだ」

如月が号令を掛けようとした委員長を止めて頭を深々と下げた。

「先生、何があったんですか? 葉月さんも水無月さんも急に休んだし」

「面目ない。実は終業式の前日に葉月と水無月に手伝ってもらって探し物していたんだが、先生がイスに登って探し物をしていたら足を踏み外して倒れてしまい。その時に頭を強く打って怪我をして病院に担ぎ込まれてしまってな、気が付いたのが翌日の夜だったんだ。葉月と水無月にも迷惑を掛けてしまい申し訳い事をした」

「そんな話あるかいなぁ、3人で遊びに行っとたんちゃうんかいなぁ」

「文月、そんなに疑うのなら確かめて見るか? その時の傷がまだ残っているが」

「よっしゃ。ワイがクラス代表として確かめたる」

空斗が教壇に向かい歩き出して、教壇に居る如月の側頭部の髪をかき上げる。

「うわぁ、エグイわぁ先生。ほんまなん? こんな傷でよう生きとったなぁ」

如月の側頭部には何かでえぐられた様な傷が残っていた。

「勝手に先生を勝手に殺すなよ。誤解は解けたかな」

「そりゃ、そんだけの怪我ならしゃないわな」

空斗が納得して席に戻るとクラスの生徒も納得してくれたようだった。

「君達にとって高校生活最後の学期だ。杭の残らないようにな。委員長」

委員長が号令を掛けてホームルームが終わる。


数日後、成人式の日。

晴天で抜けるような青空が広がっていた。

海は隆羅に連れられ隆羅の実家で着付けやメイクをしてもらっている。

隆羅はソファーに座り海の準備が出来るのを待っていた。

「お袋、まだなのか? 遅れるぞ」

「タカちゃん、もう少しだから」

奥の部屋から綺羅の声がした。

「はいはい。お待たせしました」

綺羅に連れられて海が正月の時の着物に着替えて現れた。

「おっ、正月の時より一段と大人ぽいな」

「それはそうよ、今日はメイクもばっちりだもんね」

「お袋、あのケサランパセラン見たいのは無いのか?」

「もう、タカちゃんは。これでしょ、プラチナフォックスのストールよ」

お正月の時より華やかに着付けられ、髪も綺麗にセットされてメイクもばっちりだった。

「綺麗だぞ、海」

「隆羅もなんだかいつもと違う雰囲気でいい感じだよ」

隆羅は濃い茶系のスーツに綺麗なブルーのシャツで渋めのゴールドのネクタイを締めていた。

「そうか、海の晴れの日だからな」

「ねぇ、隆羅。凄く高そうだね」

海がストールを手で広げて着物に目をやる。

「良いんだよ、お袋が好きでやっているんだから。お袋は海やルコの笑顔を見るのが何より楽しんだよ。遠慮なんかしたら怒られるぞ」

「さあさあ、時間が無いんでしょ。急ぎなさい、タカちゃん今日は別の車で行きなさいね。判った」

「そのつもりだよ」

玄関に出ると既に車が用意されエンジンがかかっていた。

「あっ、この車は知っているよ。ミニだ」

赤いボディーに屋根は白くなっていて白いラインが入ったミニクーパーだった。

「海も知っているんだな」

「うん。可愛いくて大好きなんだ」

「そうなのか、数年前まで通学に使っていたんだよ」

「ええっ、本当なの良いなぁ」

「海が免許を取ったら使えば良い」

「でも、もったいないよ」

「乗らない方が可哀そうだろ。さぁ、行こう時間が無い」

「うん」


式典会場へ向かう。

成人式の式典は毎年地元の文化センターホールで行われる。

そこはレンガ調の真新しい大きな落ち着いた建物で隣に綺麗な公園が併設されていた。

駐車場から溢れた車が路上に列を成していた。

「止められる所無いね」

「大丈夫だよ、あそこが空いているだろ」

隆羅が指差したのはギリギリ車が1台入れるくらいのスペースだった。

「でも、あんな狭い所にどうやって入れるの?」

「簡単さ、つかまってろよ」

「うん」

隆羅が車を外側に振りスピードを上げてサイドブレーキを引いてターンさせながらスライドさせて空いているスペースに車をねじ込んだ。

「もう、無茶ばっかり」

「怒った海の顔も可愛いぞ」

「バカ」

車のタイヤの音が鳴り響き会場の入り口にいた女の子達が騒ぎ出した。

「ねぇ、あの赤い車って。もしかして」

「そうだよね、あの車は絶対に如月先生だよ」

「でも、なんで如月先生が成人式に来るんだろうね」

隆羅が車から降りると直ぐに声を掛けられた。

「如月先生!」

数人の振袖姿の女の子が声を上げて手を振っていた、隆羅が手を挙げて返事をする。

そして助手席に向かい海を車から降ろした。

「隆羅、あの女の子達は?」

「学校の教え子だよ。海の事も覚えているかも知れないぞ」

「うん。なんだか複雑だなぁ」

海が不安そうな顔をする。

階段を上がり会場の入り口に向かうとあっという間に隆羅と海の周りに人だかりが出来た。

「先生、お久しぶりです」

「みんな、元気そうで何よりだな」

「先生、隣に居る子は? あれ? 確か水無月さんだよね」

1人の女の子が海の事を憶えていた。

「は、はい。でも私あまり憶えて無くてゴメンなさい」

「そんなに気にする事ないよ。だって水無月さんは体が弱くって小学校の時休みがちだったしね、しょうがないよ」

「ありがとう」

「水無月さんはまだ高校生くらいだよね」

「はい。高校3年です」

「今は、俺が担任なんだ」

「でも、先生が何で? 水無月さんと一緒なんですか?」

「ちょっと事情があって、先生が水無月の保護者代わりなんだよ」

「ええっ、如月先生が保護者代わりなんて羨ましいなぁ」

楽しくお喋りをしていたが式典が始まる時間が近づいていた。

「さぁ、皆! 成人なんだから大人の対応をしてくれよ」

「はーい」

隆羅の周りに居た女の子達はそれぞれ友達と会場に入って行った。

そして、会場の入り口から少し離れた所でこちらを見ている視線に隆羅が気付く。

「海、こっちに」

隆羅に手を引かれて歩き出すと直ぐに海も気が付いた。

「隆羅、嫌だよ」

「駄目だ、言う事を聞くんだ」

2人が歩いている先には海の母親が黒いワンピースを着て立っていた。

「お母さん」

海が一言だけ喋るが母親は何も答えなかった。

「並んで写真を撮るぞ。いいな海」

「う、うん」

海が仕方なく母親の横に立つ。

2人ともぎこちなく硬い表情をしていた。笑ってと言う方が無茶な願いなのだろう。

その時、隆羅の後ろに何処から現れて誰が着ているのか知らないがクマの着ぐるみが派手に転んだ。

すると、2人の表情が緩んで笑った。

その瞬間を見逃さず隆羅はシャッターを切った。

しかし、シャッターの音に気付いて2人の表情が強張った。

「お母さん、来てくれてありがとう。隆羅行こう」

海が前を向いたまま言うと直ぐに歩き出した。

隆羅が海の母親を見ると無言で頭を下げていた。

隆羅が頭を下げて海の後を追う、クマの着ぐるみが手足をバタつかせて起き上がれないでいるのを隆羅が起こした。

「大丈夫か? お袋、ありがとうな」

クマが頭を押さえて首を振り逃げるように走り去った。

「海、待てよ。あれで本当に良いのか?」

「隆羅、ゴメンなさい。今は無理だから」

「海が謝る事はないさ。時間と言う薬しか効かない事なんて人生にはいくらでもあるからな」

「ありがとう」

海が目に涙を浮かべていた。隆羅がハンカチを取り出し涙を拭う。

「晴れ姿が台無しだぞ」

「うん」

2人で会場に入る。

海は新成人の席には行かず隆羅の側に居た。

「ここで良いのか?」

「ここが良いの、隆羅の横が。だって知らない人ばかりで不安なんだもん」

海がそっと手を繋いできた。


式典は騒ぎだす者も居らず滞りなく終わった。

記念品を受け取り会場の外に出ると隆羅の教え子達が待ち受けていた。

「先生、一緒に記念撮影させてもらっていいですか」

「そうだな。お祝いだしな」

「やった! 水無月さんも一緒に」

次から次へと隆羅はここでも引っ張り凧だった。

海はそんな人気者の隆羅を嬉しそうに見つめていた。

「水無月さんて、凄く綺麗になったよね」

海を憶えていた子が話しかけてきた。

「そんな事無いですよ。私なんか全然」

「そうかな、凄くいいと思うよ」

「如月先生って凄く人気あるんですね」

「今も変わらないんでしょ。優しくって皆の事を見ていて、ちゃんと叱ってくれる先生」

「そうですね。昔からあのままなんだ」


そんな事を話していると見覚えのある女の人が現れた。

あの清里の旅行で取材を受けた卯月とカメラマンだった。

「やっぱり海さんだ」

「ええっ、Kanonの人がなんで?」

「今、成人式会場を回ってミス新成人を探せって企画で取材をしていたのよ。お願い出てくれないかなぁ」

「また、ですか?」

海が教え子と楽しそうにお喋りをしている隆羅の方を見た。

「海さん、あの人は?」

記者の卯月が顔を近づけて小声で聞いてきた。

「彼の叔父さんです」

「ええ、あの怖い彼の」

「叔父さんはもっと怖いですよ。余計な事を言うと」

「ひぇ~なんでそんな人ばっかりなの海さんの周りって」

卯月の顔から血の気が引いていた。

隆羅が海の側にやって来ると海を憶えていた隆羅の教え子が聞いてきた。

「水無月さん、この人は?」

「あっ私、雑誌Kanonの記者をしていまして」

「えっ、あの有名な雑誌の凄い」

「あのう、もう1度取材をお願いしたいんですけれど」

卯月が隆羅の顔を伺う。

「海、良いじゃないか記念に」

「うん。叔父さんの許可が出たのでOKですよ」

「海、詳しい説明を聞いて置けよ。トラブルの元だからな」

「せ、説明をさせて頂きます。取材は海さんのみで。特大号の企画にエントリーしてもらいファン投票でミス新成人を公平に決定させて頂きます。ミスに選ばれると当社の方から賞金と副賞が、準ミスにも副賞が贈られます。詳しい事は今月号のKanonに出ていますので」

卯月が隆羅の顔色を伺いながら海に取材の趣旨を説明する。

今月号のKanonを渡され海が記事を読むと取材がはじまった。


式典会場の入り口や隣の公園で撮影が行われている。

何事かと野次馬が集まって遠巻きに見ている。

「何の取材なんだ?」

「なんだか雑誌Kanonのミスコンの取材らしいよ」

「あの美人は誰?」

「ほら、私達の学校に居たじゃない体が弱くって休んでばかり居た子が」

「ええっと、確か水無月さんって言ったけ」

「そうそう」

「凄い綺麗になったよね」

「凄いなぁ、今からアタックしようぜ」

「無理、無理。だって左手の薬指に指輪していたもん。あんなに綺麗なんだよ、彼氏が居ないわけ無いじゃん。それにあんたじゃ確実に撃沈よ」

「ひでえなぁ。もう」

隆羅は会場の脇にある公園に続く広い階段に座りながら海の取材を眺めていた。

海は隆羅に時々目をやりいつもの笑顔で取材や撮影に応じている。

そして隆羅に近づく影があった。

隆羅が振り返りもせずに話しかけた。

「お袋か?」

「タカちゃん、怒ってないの?」

綺羅が隆羅の横に腰を下ろした。

「何でだ? 怒ったほうが良いのか」

「そうじゃないけど、タカちゃんには敵わないわね。なんであのクマが私だって判ったの?」

「お袋が必ず覗きに来るだろうと言う予想と、要所にいる警護の気配と言うか俺からすれば丸見えだけどな」

隆羅が静かに笑っている。

「まだまだね」

「今日はありがとうな。良い写真が撮れたよ」

「でも、親子なのに悲しいわね」

「親子だから余計にだろう、しょうがないさ。海が親になったら必ず判る時が来るさ、親になってみて親の言葉が身に染みるもんだからな」

「あら、タカちゃんも身に染みたのかしら」

綺羅が隆羅の顔を覗き込んだ。

「ああっ、ルコを10年育ててきて実感したよ。親の大変さをね」

「そう。それじゃ、ママはこれで撤収しましょ。海ちゃんに宜しくね」

「また、転ぶなよ」

「ええっ、わざとじゃ無いって気付いていたの?」

「当然だろ、誰の息子だと思っているんだ」

「はぁ~、じゃあね」

綺羅がうな垂れて帰って行く。

「本当に感謝しているからな」

隆羅が声を掛けた。


海が取材を終えて隆羅の所に戻ってきた。

Kanonの記者とカメラマンは隆羅に会釈をして足早に大型スクーターで別の会場に向かった。

「お疲れ様」

「ふぅ~。緊張するね。また学校で大騒ぎになるのかなぁ?」

「それは、大丈夫だと思うぞ。2回目だからな」

「隆羅、お腹が空いたょ」

「そう言えば、起きてから何も食べてないなぁ。何が食べたい?」

「美味しい物」

「分った、行こうか」

「うん」

隆羅と車に向かう。


しばらくしてKanonの特大号が出版社から送られてきて大騒ぎになったのは海だった。

「海、どうしたんだ?」

「た、隆羅?」

「大丈夫なのか、海?」

隆羅が雑誌を広げて見ると有名雑誌Kanonだけあってかなりのハイレベルなお嬢様が掲載されていた。

その中でも海の笑顔が際立っていた。

「隆羅。私、お嬢様なんかじゃないのにどうしよう」

「他の子は着物をただ着ているけど、海は着物を着こなしている感じがして良いじゃないか」

「でも、みんな凄い着物を着て凄く可愛い子ばっかりで恥ずかしいよ」

「そうか、海もかなり綺麗だと思うけど」

「それは、隆羅だからでしょ」

「それに海の着物やストールだって良い物だぞ」

「そうなの?」

「ストールだけでも数十万、着物はトータルで100は下らない筈だけど」

「へぇ? 嘘」

ポカンとした顔をして海が床にへたり込んだ。

「おいおい、大丈夫か? ミスコンは着物を審査するんじゃ無くて人を審査するんだろ。海はいつもの笑顔で良いじゃないか」

「そうだけどさぁ」

「大丈夫、なんて言ったって海はMECの社長の恋人だからな」

「バカ、バカ、バカ。隆羅の大バカ! 人の気持ちも知らないで」

そんな冗談みたいな事を隆羅が笑うと海がポロポロと涙を流し泣き出した。

「少し調子に乗りすぎたかな。ゴメンな、海は普通の女の子だもんな」

海を抱き上げて膝の上に座らせる。

「海、もう少し自分に自信を持っても良いんじゃないか、俺が唯一認めた女の子なんだから」

「それは嬉しいけれど、私は私だもん」

「どんなに高価でゴージャスな格好をしていてもTシャツにGパンだけでも、俺の大好きな海には変わりはないだろう。それに海は俺が大きな企業の社長の息子でも普通の高校の先生でも関係ないだろう、違うか?」

「うん。私は隆羅が好きなの」

「海は海で居ればいいんだ。俺はありのままの海が好きなんだから」

「ありがと……」

優しくキスをされる。

海が隆羅の首に腕を回した。


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