2人のクリスマス-3
12月24日クリスマス・イヴ
街中は華やかにツリーが飾られてイルミネーションが光り輝き。
クリスマスソングが楽しげに流れている。
そしてもう少しすると華やかな世界とはかけ離れた所で闇のパーティーが開催されようとしていた。
沙羅達の部屋の呼び鈴が鳴る。
「ママ、誰だろう?」
「ちょっと待ちなさい」
沙羅に緊張が走る。
「沙羅、俺だ。開けてくれ」
「隆羅なの?」
その声は紛れも無く隆羅の声だった。
沙羅から力が抜けてドアを開けると頭に包帯を巻いているが、笑顔の隆羅がそこに立っていた。
「パパだぁ」
「メリークリスマス!」
「あなた体は大丈夫なの?」
「何がだ、こんなに元気だぞ。ほら、クリスマスプレゼントだ」
綺麗に包装された箱をルコと沙羅に渡した。
隆羅が2人を見ると今にも泣き出しそうな不安そうな顔をしながら隆羅の目を真っ直ぐに見ていた。
「そんな顔をするなよ、2人とも。茉弥が不安がるだろ、海を迎えに行って来る。必ず2人で戻ってくるから」
「パパ、約束だよ。約束のキスをして」
「ああ、分かった」
隆羅がルコと沙羅の頬に軽くキスをした。
「一緒にクリスマスしましょうね」
沙羅が隆羅を真っ直ぐに見て言った。
「そうだな、また後からな」
ルコと沙羅は隆羅の後姿を見送る事しか出来なかった。
「ママ、パパを信じて待つしかないね」
「ルコも大人になったのね」
「当たり前じゃん、私だってママだもん」
「そうね、母は強しね」
街外れの廃工場に海は監禁され毛布に包まり震え続けていた。
「隆羅、隆羅……」
海の手には携帯が握りしめられていた。
電源を切ってあるはずの携帯が突然マナーモードでメールの着信を知らせた。
「えっ、何で?」
恐る恐る携帯を開いてみた。
『メリークリスマス! 今から迎えに行くからな。隆羅』
ハートの可愛らしい絵文字つきだった。
海の目から涙が落ちた。
「無事だったんだ、隆羅。信じて待っているから。こんな時にハートの絵文字つきじゃんね。バカぁ……」
海の不安と恐怖心は隆羅からのメール1つで吹き飛んだ。
今まで1度でも隆羅は約束を破った事が無いからだ。
その時、男の声がする。
「時間だ、こっちに来い」
海が毛布から出て男の指示に従う。
「頭、連れて来ましたぜ」
廃工場内の2階の通路に連れてこられる、そこには頭と呼ばれている男が立っていた。
目がギョロっとしていて細身で長身だった。
何処と無く爬虫類に似ていて生理的に受け付けがたい容姿と異様な殺気を漲らせていた。
「ドラゴンはこんな小娘の何処が良いのかね」
海は何も言わず俯いていた。
「どうせ2人で仲良くあの世行きなんだからな。ケッケッケッ」
男が不気味な高笑いをした。
「そろそろ、楽しいパーティーの始まりだ。奴は律儀だから時間通りにもう直ぐ現れるぞ。お前を迎えにな」
すると何処からともなく赤鼻のトナカイが流れてくる、それは口笛だった。
そして工場の1階に真っ赤な衣装を纏いプレゼントの入った袋を担いだサンタクロースが現れる。
「隆羅なの?」
海が呟いた。
「メリークリスマス! 楽しいパーティーにお招きありがとう、スネーク。今日はサンタから悪い子に鉛玉のプレゼントだ」
それは紛れも無く隆羅の声だった。
「ふざけやがって、この道化が! やれ!」
スネークの掛け声と共に銃弾の嵐がサンタクロースを襲う。
凄まじい銃声が消え、静寂が訪れると硝煙と土煙がモウモウと舞い上がっていた。
「跡形も無く消し飛んだか」
「隆羅!」
海が名前を叫んだ。
「お呼びですか? お姫様。たとえ火の中、水の中。銃弾の嵐だって潜り抜け助けに参る所存です」
隆羅の声がする。それはいつもの優しい声だった。
「貴様ら、今宵は生きて帰れると思うなよ! 綺麗サッパリ消し去ってやるからな」
隆羅の声が今まで聞いた事の無い声に変る。
土煙の中から人影が現れる、黒いロングコートに黒いTシャツ、黒のGパンに黒のスニーカーを履き頭に黒いバンダナを巻いている。
そして恐ろしいくらい冷酷で冷血な目をして隆羅が立っていた。
「現れたな、黒い死神 ツインドラゴン! 死にさらせ」
再び銃弾の嵐が隆羅を襲う。
隆羅が懐から2挺の拳銃を抜いて応戦する。
銃弾を掻い潜りながら銃を撃つ姿は、まるで漆黒の蝶がヒラヒラと空を舞っているようだった。
隆羅の2挺の拳銃が火を噴き、次々に銃を手にする男達が倒れていく。
隆羅の動きが止まると頭上から声がする。
「弾切れだろうが。これでも喰らえ!」
その瞬間、まるで黒い蝶が羽を広げたように黒いコートが翻り。
数人の男が呻き声を上げながら落ちて行った。
隆羅が拳銃を懐に入れ数本のナイフを両手で投たのだ。
隆羅の後ろの方で何かが動いた。
「隆羅、後ろ!」
海が叫び。銃声が響く。
刹那、隆羅が紙一重で避ける。
同時に予備の弾倉をGパンの後ろポケットから投げ出し。
拳銃を取り出して空の弾倉をイジェクトし振り向きざまに拳銃に弾倉をダイレクトに装着し撃ち抜いた。
男が呻き声を上げ倒れた。
「化け物め! これを見ろ」
隆羅が見上げるとスネークが海の頭に銃口を突きつけていた。
海の表情が強張る。
「さぁ、どうする? 銃を捨てろ。クリスマスと小娘の誕生日に俺からのプレゼントだぁ。小娘の血で真っ赤に染め上げて祝福してやる」
海は隆羅を信じ、隆羅を見つめていた。
すると隆羅の口が動いた「3つ 数える しゃがめ」と。
隆羅が銃を放り出すと同時にカウントを始めた。
「3! 2! 1! GO!」
海が耳を塞ぎしゃがみ込んだ瞬間、背後でヒュンヒュンと何かが空気を切る音がした。
スネークが海に向けていた銃を隆羅に向け連射する。
その瞬間、海とスネークの背後から凄まじい音がして何かが打ち込まれる。
それは、今までに聞いた事がない様な巨大な雹が降り注ぐ様な音だった。
隆羅は放り投げた拳銃をキャッチし壁際に向かって駆け寄り。
置いてあった資材に足を掛け一気に2階の通路に飛び上がり海の体を庇う。
すると壁やガラスの破片が舞い上がった。
海が目を開けるとスネークの体が何かに踊らされている様に下に落ちて行った。
そして海が振り向くと背後にあったはずの壁に大きな穴が開き。
その向うに軍用ヘリのアパッチが風切り音をさせながらホバーリングしていている。
機体にあるM230 30mmチェーンガンが煙を上げていた。
操縦席では綺羅が片手を挙げて合図した。
「お、おば様?」
すると軍用ヘリのアパッチが飛び去る。
「海、大丈夫か?」
「うん」
「立てるか? すまなかった。巻き込んでしまって」
それ以上、隆羅は何も言わず海を連れて下に降りて、スネークの様子を伺った。
「隆羅、死んじゃったの?」
「生きているさ。こいつが喰らったのはゴム弾だからな、体中の骨はボロボロだけどな」
「へへへ、これでも喰らえ」
スネークが何かのボタンを押したが何も起こらない。
「ありゃ?」
「無様だな。何で俺がツインドラゴンと呼ばれているか最後に教えてやる。この2挺拳銃だけじゃなく空と陸にシルフとサラマンダーと言う2頭の竜を従えているからだ」
隆羅が工場の入り口に目をやると大きな四輪駆動車ハンヴィーに育郎が乗っていて隆羅に合図をして走り去った。
「えっ、宅さんと誰?」
「親父だ。帰ろう、海」
「うん」
隆羅に連れられ廃工場を出ると乾いた銃声が1発だけ工場内に響いた。
隆羅のバイクに乗りマンションへ帰ってくるが一言も会話を交わすことは無かった。
そしてマンションに着いても隆羅は何もしゃべらなかった。
ルコ達の部屋の前。
隆羅が呼び鈴を鳴らすとルコと沙羅が出てきた。
「海、怪我は無い?」
「うん」
「海ちゃん、本当に無事で良かったわ」
「パパ?」
「海を頼む」
海の姿を見て沙羅とルコが胸を撫で下ろして安心すると、隆羅が海の背中を押して玄関にいれドアを閉めた。
「えっ、隆羅。開けて、開けてよ」
海が必死にドアを叩く。
隆羅がドアに寄りかかり開かない様にしていた。
「隆羅、お願いだから。開けて……」
海が泣きながら崩れ落ちた。
「サギ、本当にこれで良いのか? 奴が地獄に落ちたのを確認した。これで終わった筈だが」
「宅、すまない。1人にしてくれ」
隆羅が1人で自分の部屋に向かって歩き出した。
「まったく頑固な奴だ。沙羅頼んだぞ」
育郎は部屋に入らずドアの外で腕を組んで隆羅の代わりドアに凭れて立っていた。
「海ちゃん、話があるの。こっちにいらっしゃい。ルコ、海ちゃんを連れて来て」
「うん、分かった」
ルコが玄関で泣き崩れている海を抱き上げ、付き添うようにしてリビングに連れて行く。
「2人とも、そこに座りなさい」
「はい」
体中から力も何もかも抜けてしまい気の無い返事を海がした。
「ルコもちゃんと聞いて欲しいの」
「うん、分かった」
「海ちゃん、良いわね」
沙羅の言葉に海は返事をしなかった。
「海ちゃん、良く聞きなさい。聞いてからどうするか決めなさい。隆羅は2度とあなたの前に現れないつもりよ。それでも良いの?」
「えっ、そんな……」
沙羅の『2度とあなたの前に現れないつもりよ』と言う言葉で海が我を取り戻した。
「今からする話は、ルコにも関係のある話だから時期が来るまで内緒にしていたの。これは隆羅との約束なの。だから隆羅は海ちゃんに何も話せなかった。どんな気持ちで隆羅が海ちゃんに黙っていたと思うの? 辛いのは海ちゃんだけじゃ無いのよ」
「分かりました」
海が真剣な眼差しで沙羅の目を見据えた。
「まずは、ルコの本当のパパの話からね」
「私の本当のパパ?」
「そう、名前は葉月 仁はづき じん。隆羅と育郎の大親友よ。2人がT・Dて呼ばれていたのを知っているわね、最初は3人だったの。空殺の鷺、足技の蛸、そして陣営の仁。彼は戦略を得意としていたの。ルコが産まれた頃にはもう隆羅の裏の仕事を手伝って居たわ。お金も貰えるし危険だけど何よりも楽しかったみたい。しばらくして、3人が調べていたグループ抗争の爆弾事件に巻き込まれたの。私が体調を崩してしまいルコの面倒を3人が見ていた時にね。育朗は直ぐに離れたから怪我はしなかったの、でも陣と隆羅は爆発を直接受けて重傷を負ったわ。そして、仁は2度と帰らない人になってしまった」
「ママ。何で、2人だけ怪我を?」
「あなたを庇ったからよ」
「私を……」
「そう、ルコを助ける為に。そしてしばらくして育朗は隆羅から今の仕事を薦められて裏の仕事から手を引いたの。隆羅が辞めさせたのよ、これ以上誰も巻き込みたくないから」
「私の為に……」
ルコの目が揺れていた。
「ルコ、あなたの一生に係わる話よ。シッカリ聞きなさい」
「うん、判ってるよ。ママ、でも私は何も覚えてないよ」
「ルコはまだ小さかったしね。ショックで混乱していたから記憶から消してしまったのかもしれないわね。その、爆弾事件を起こしたのが今回のスネークなの」
海は沙羅の言葉を一字一句聞き漏らさないように聞いていた。
「それから数年後に再び事件に巻き込まれる事になる。私が経営コンサルティングの仕事を始めたばかりの頃、裏に精通する会社だとは知らずに仕事を引き受けてしまい困っていると隆羅が助けてくれた。ルコを隆羅の実家に預け私のボディーガードを引き受けてくれたの。でも私が迂闊だった。相手の術中にはまり今回の海ちゃんの様に拉致されそうになった。主犯格がスネークだったのよ。車を爆破され隆羅は瀕死の重傷を負いながらも私を助けてくれた、スネークにも重傷を負わせてね」
海とルコが揺れていた。
沙羅の話を聞いているだけで精一杯だった。
「そして隆羅は生死の狭間を彷徨い意識不明の状態が続いた。意識を取り戻した時に私に言ったの。しばらく2人を警護するって、自分の命なんてなんとも思って無かったわ。だから言ってやったの。命懸けで誰かを守るのは良い事だけど、自分も守れなければするべきじゃないってね。命と引き換えなんて奇麗事に見えるけれど、悲しむ人が必ずそこに居るんだって」
「沙羅さんが隆羅に言った言葉だったんですね」
「海ちゃんは聞いたことがあるのね」
「はい」
「そうして、3人の生活が始まった。仕事も順調に行ったわ、隆羅の実家の系列企業のコンサルティングを手伝わせてもらって駆け出しの私の名前を売り出したくれた。生活も最初はぎこちなかったけれどだんだん良い感じになってきてとても楽しかったわ。育朗もちょくちょく遊びに来てくれるようになって、あっという間の10年だった」
「でも、どうして別れちゃったの?」
ルコが今まで1番知りたかった事だった。
「それは、育朗の気持ちに隆羅が気付いたからよ。守ってくれる奴が居るなら俺は用なしだって、隆羅の言葉に気付かされたの。私も育朗が気になっているんだって」
「それじゃ、パパはパパの10年は……」
「だからこそ、私は海ちゃんと隆羅を応援したいの。隆羅が居なければルコも私もこの世に居なかった。別れた今も守り続けてくれている。命懸けで茉弥までも」
「でも、裏の仕事って」
「それは、隆羅の実家が昔は裏社会に精通していたのは知っているわね。今は表の大きな企業体だけど奇麗事だけではどうにもならない事が出てくる。その処理を隆羅が一手に引き受けているの。その為に表ではどうにも出来ない警察関係の事件も隆羅を頼って舞い込んで来る」
「ママ、警察関係って?」
「裏社会に詳しければそれだけ情報がつかみやすいと言う事よ。でもそれはとても危険な事なの、裏社会と警察は相反する物だから。でも隆羅はそれを遣って退けている。その方が隆羅達にも都合が良いから」
「都合が良いって、ママどう言う事なの?」
「考えても見なさい、今回の様な事件が表に出て来たら大騒ぎになるでしょ。まぁ、隆羅の実家ほどの力があれば警察なんか押さえるのは容易いけれどね」
「そんなに大きな企業なんですか? 沙羅さん」
「日本の何割かを仕切っていると言ったわよね。やっている事は世界レベルよ、医療、バイオテクノロジー、IT関係、世界最先端と言ってもいい研究をしているのよ。公に出来ない事ばかりなの、だからあらゆる方面からも注目をされ時には狙われる。その為の裏の仕事」
「でも、そんな大怪我を何回もしているのに怪我の跡なんて隆羅の体には何処にも」
「医療の最先端の技術よ傷跡を残さない、でも完全に総て消すなんて不可能なのよだから風呂上りだとか暗い所で見ると傷跡がうっすら見える事があるの」
「そんなに傷だらけなんですか?」
「海ちゃんはちゃんと向き合う勇気ある? ここまで話を聞いてまだ隆羅の事を?」
「私も隆羅と約束したんです。いつまでも一緒にいるって、隆羅の居ない人生なんて私には考えられません」
沙羅が海の瞳を真っ直ぐに見て真意を尋ねると、凛とした芯のある顔で海が真っ直ぐな気持ちを伝えた。
「もう、決めているのね」
「はい、私も隆羅が居なければ今の私は居ないですから」
「そう、それじゃ隆羅の心をこじ開けて来なさい。あの馬鹿をぶっ飛ばしてでも」
「はい。行って来ます」
「海、これ忘れないでね」
ルコから小さな紙袋を受け取り海がルコ達の家を出ると外には育朗が立っていた。
「宅さん?」
「全部聞いたんだね」
「はい。聞きました」
「それでも隆羅の事を思ってくれるんだね」
「もちろんです」
海が育郎の目を真っ直ぐに見た。
「そうか、海ちゃんが居れば無敵だな。サギは部屋に居るよ、行ってやってくれ。サギを頼んだよ」
海が階段を駆け上がって行くのを見て育朗はドアを開け家に入っていった。
「育パパ。私」
ルコが泣きながら育郎に抱きついた。
「ルコも全部聞いたんだね」
育郎がルコを優しく抱しめる。
「うん。パパが……」
ルコの言葉は声にならなかった。
「大丈夫だよ、あの2人なら。海ちゃんはサギが認めた唯一の女の子だ、2人を信じよう。そうだろ沙羅」
「そうね、ルコ。言ったでしょ2人はお互いに一緒に居た方が良いって」
「うん、そうだね。ママ少し安心したらお腹すいちゃった」
「何も無いわよ」
「俺が何か簡単に作るよ」
「育パパの手料理だ!」




