転校生と後輩ちゃん-2
翌日からも空斗は相変わらずだった。
多少大人しくはなっているが隙があれば海に言い寄ってきた。
その日の昼休みルコと海が廊下を歩いていると後ろから空斗が話しかけてきた。
「なぁ。1度でいいからお茶してくれへんかなぁ」
「嫌です。私には好きな人がいるし、しつこい人は大嫌いですから」
「そんなん言わんでええやんか。なぁ」
その時、後ろから誰かが廊下を猛ダッシュして来る。
次の瞬間、空斗の体が吹き飛んだ。
猛ダッシュしてきた女の子がドロップキックを空斗の背中ににブチかましたと思うと、後ろから馬乗りになって空斗の首を締め上げた。
「何さらしとんねん? このクソ兄貴がぁ! こらぁ、ボケカス! どっアホウの恥さらしが! 下級生の間で関西弁の先輩がナンパしまくってるて噂になとるから、誰かと思て来てみたら。クソ兄貴やないか」
「ギブ、ギブやぁ」
空斗が廊下手で叩くと女の子が手を離した。
空斗はぐったりして起き上がる気力さえない様だった。
女の子が立ち上がりルコと海に挨拶をした。
「ほんまスンマセン。ウチの馬鹿兄貴が迷惑を掛けてしもうて。私、2―Bの文月 陸言います。宜しく」
ツインテールで小柄なとても可愛らしく礼儀正しい女の子だった。
「陸ちゃんって言うんだ。可愛いね、大丈夫だよ全然気にしてないから。私は葉月ルコ、彼女が水無月 海。宜しくね」
「いや、可愛らしいなんて、ほんまの事言うたら嫌やわぁ。兄貴はしばき倒しておきますんで」
「そこまでしなくても」
「こいつアホやから、体に覚えさせんと」
「そんな事より、陸ちゃん達って引っ越して来たばかりなんでしょ。今度、一緒に遊びに行こうよこの辺も案内してあげるから。いいよね海」
「そうだね、これも何かの縁だし。でも、あっちは勘弁して欲しいけど」
海が倒れている空斗を見る。
「ええっ、ほんまですか? めちゃ嬉しい。兄貴の事は放っておいてください。アホは死んでもアホですから」
しばらくすると隆羅の耳にも巷の噂が届いてきた。
宅が心配して隆羅に会いに来た。
「何だ、タコ。話って」
「サギ聞いたか? T・Dの空殺が街で不良を潰して回っているって」
「ああ、知っているが。放っておけば良いだろ」
「それが、どうもお前の高校の生徒らしんだが」
「また、アイツか?」
「心当たりがあるのか?」
「最近、大阪から転校してきた文月空斗だ」
「何処かで聞いた事のある名前だなぁ。そうだ前に大阪でゴロツキに絡まれていた兄妹を助けた事があってその兄貴が確かそんな名前だった気が」
「で、何でそれがT・Dなんだ?」
隆羅が怪訝そうな顔をした。
「そのゴロツキが知っていたんだよ。俺がT・Dのサギとタコのタコだって」
「しばらく様子を見るしかないな」
「でも、そのうちマジでヤバイのと当るぞ」
「そうなったら本人も気付くだろう」
「しかし、大怪我じゃすまないかもしれないぞ」
「俺にどうしろと言うんだ監視しておけと?」
「そうだな、それは無茶な話だな」
そして日曜日。ルコ、海、陸の3人は地元から少し離れた街に行き買い物をしていた。
「楽しいね」
「そうだね」
「ほんま、おおきに」
「そんな気を使う事ないよ、友達でしょ」
ルコが笑顔で陸に言った。
「嬉しいわぁ」
「ねぇ、海。お腹がすいたんだけど本当にこの辺なの?」
海達は隆羅と宅の馴染みの店『洋食屋ボスコ』を探していた。
「あっ、あったよ。ここだ」
海が2人を呼んだ。
「やっているの?」
「覗いてみよう」
階段を降り海がお店のドアをゆっくり開けた。
「はい、いらっしゃい。おんや、海ちゃんじゃないのか」
「マスター。食事、出来ますか?」
「どうぞ中へ」
海に続きルコと陸がキョロキョロと店内を見渡しながら店に入ってきた。
「あれ? 今日はお友達と一緒なんだ」
「はい」
「じゃ、特別にスペシャルを作ってあげよう」
3人がテーブルにつくとマスターがお水を持ってきて言った。
「ありがとうございます」
その頃、隆羅は街を見回っていた。
不良達や知り合いに情報を聞きながら、すると直ぐに悪い情報が飛び込んできた。
それは馴染みの情報屋からの話だった。
「最近、ここら辺のグループのトップが躍起になって探し回っているらしいですよ」
「あいつらの島は、確かボスコの近辺だったな」
「そうですね」
「サンキュー助かったよ。これいつもの」
「毎度」
隆羅が情報屋に謝礼を渡し歩き出した。
そして空斗は裏路地の高架下で隆羅が見つける前に縄張りを荒らされたグループに捕まりボコボコにされていた。「何がT・Dだ。この偽もんが」
「大阪のだぁ。東京の人間を舐めてんのか、ガキが」
「ウッゥゥ……」
薄れる意識の中で誰かがフェンスを軽々と飛び越えるのが見えた。
「俺が本物のT・Dの空殺の鷺だ」
ぞっとするような声だった。そこで空斗は意識を失った。
海達はビストロでT・Dスペシャルを3人でお喋りしながら堪能していた。
「本当に絶品だね、海。パパはあれっきり約束守ってくれないし」
「ルコ先輩、パパさんて誰なん?」
「そうだ、陸ちゃんはまだ知らないんだね。ルコの育ての親は如月先生なんだよ」
「ひぇ~そうなんや」
「私は今、ルコの家に事情があって居候中なの」
「皆、色々と大変なんやなぁ」
「陸ちゃんはどうしてこっちに来たの?」
「親の仕事の都合かなぁ。兄貴はあんなんやから前の学校にも居れんようになってしもて」
「そうなんだ。でも陸ちゃんはシッカリしてるよね」
「私がしっかりせえなんだら生活できへんもん」
「お互い、ファイトだね」
美味しいご飯を満喫してマスターにお礼を言って店の外へ出た。
階段を上がり裏通りに出るとと誰かが人を担いで歩いてきた。
それに海が誰よりも早く気付いて海が駆け出した。
「た、隆羅」
「パ、高良君?」
「ええっ、何があったん?」
海が隆羅に駆け寄ってきたて、後ろからこちらに向っている2人を見て海に言った。
「よう、海。久しぶりだな」
「えっ、うん。その人は誰?」
海も陸が一緒な事に気付き隆羅に合わせると、隆羅が担いでいた男を下ろす。
「その先でチンピラにボコボコにされて居たんだよ」
「文月じゃないの?」
「あ、兄貴! どないしたん。誰か救急車呼んで!」
陸が動揺している。空斗が傷だらけになって気を失っていた。
「落ち着いて。今、車を呼ぶから」
携帯で隆羅が電話する。
すると数分もしないうちに黒塗りの大きなワゴン車がタイヤを鳴らしながら向かってきた。
空斗をワゴン車に乗せて急いで病院へ運ぶ。
隆羅は助手席に座り何処かに携帯で電話をしている。
後ろに空斗を寝かせて陸が付き添い、海とルコがその後ろの席に座っていた。
「兄貴……」
「大丈夫、気を失っているだけだから」
陸が空斗を心配して泣いていた。
隆羅が優しく声を掛ける。
隆羅が連絡を入れていたのだろう、病院に着くと入り口で待機していた看護婦がストレッチャーに空斗を乗せ処置室に運んだ。
「お前達はここで待っていろ」
隆羅が一言だけ言い残して処置室の中に入って行くと、陸が不安そうな目で海とルコを見つめた。
「なぁ、あの人は誰なん?」
「心配ないから。あの人は、如月先生の甥っ子で海の彼氏なの。高良君に任せておけば問題ないよ」
ルコが陸に優しく言った。
「海先輩、ほんまなん?」
「うん。そうだよ。高良はとっても優しくって頼りになるからね」
しばらくすると空斗の処置が終わりストレッチャーに乗せられ出てきた。医者と隆羅も一緒だった。
「家族の方は?」
医者が3人を見て声を掛けた。
「はい、私です」
「今日1日安静にしていれば大丈夫だ。骨にも異常はないし打撲だけだからね」
「ありがとうございました」
陸が深々と頭を下げた。
文月がストレッチャーで病室に運ばれる。薬が効いているのか眠ったままだった。
「ほんま。すんませんでした。兄が迷惑掛けてもうて」
「気にする事ないさ、たまたま現場の近くを通っただけだから」
「でも、救急車を呼ばなくって良かったよね。呼んでいたら今頃、警察が来て大騒ぎだったもんね」
「そうだね、ルコ。面倒な事になっていたかもね、学校に連絡が行ったら停学じゃすまなかったよね」
「俺達はこれで帰るけど平気かな? もし、何かあったらここに連絡をしてくれ。ここの病院は俺の知り合いだから」
隆羅が名刺を陸に渡した。
その名刺には『水神エレクトロニクスコーポレーション 代表取締役 高良 朋』と書かれていた。
「高良さんて社長さんなん?」
「お兄さんに付いていてあげなさい。何かあればいつでも連絡してきなさい出来るだけ力になるからね」
隆羅が陸に優しく言うと陸がまじまじと隆羅の顔を覗き込んだ。
「しかし、如月先生によう似てんなぁ甥っ子だけあって」
「あんな、堅物なおっさんと一緒にしないでくれよ」
陸はメガネのせいもあって如月だとは全く気付かなかった。
「せやな、如月先生はこんなに若くはないわな。兄貴をしばいてくるわぁ。海先輩、ルコ先輩、今日はおおきに、また遊んでなぁ」
「うん、また学校でね」
海達3人が病室を後にすると陸は溜息を吐きながら病室に入っていった。
病院を出ると隆羅が両手を上にして伸びをした。
「ふわぁ~疲れた」
「もう、パパたら。こっちがドキドキだったよ」
「でも、隆羅って凄いね。名刺まで用意してあるんだ」
「本当だよね。裏で何か悪い事でもしているんじゃないの?」
「ルコ。海との関係を守る為ならなんでもすると決めているんだ。こんな小道具なんて誰にでも作れるだろ」
「そうだよね、禁断の恋だもんね」
「もう、ルコはからかわないで」
「さぁ、帰るか」
隆羅が海の手を取って歩き始めた。
「ええっ、もう帰るの? 久しぶりにパパと外で会ったのに」
「美味しい飯を食べて来たんだろ」
「なんで、パパが知っているの?」
「海が昨日の夜、ボスコの事を聞いてきたからな」
「でも、何で隆羅が文月君を?」
「あいつが人の通り名を騙っていたからな。それにこの街で噂になっていたから気になっていたんだよ。必ずこんな事になるだろうとね」
「パパは大変だね」
「そうそう、世話の焼ける娘も居るしな」
「ブゥー、パパのバカ。それよりあのお店に連れて行ってくれるって約束を忘れていた訳じゃ無いよね」
「もちろん、忘れていた。忙しかったからな」
「じゃ、何処か連れて行ってよ」
「分かった。マンションに連れて帰ってやる」
「もう、パパの大馬鹿野朗!」
ルコが拳を握り締めて叫んだ。
「さぁ、海。今夜は何処に行こうか?」
海が隆羅の顔を見上げて嬉しそうに腕を組んだ。
「パパのいけず!」
ルコが空いている隆羅の腕を取った。
「しょうがないなぁ。買い物にでも行くか?」
「やったー」
ルコがジャンプした。
「ルコには参考書を沢山買ってやるからな。禁断の恋のお礼に」
「いぢわる」
ルコがほっぺを膨らまして拗ねた。
病院では、空斗がやっと目を覚ました。
「あっ痛たたた……ここは?」
「このボケ兄貴は何さらしとんねん。病院やぁ、このどアホ!」
「そうや! T・Dの鷺は?」
「まだ、そんな事言うてんのかボケが」
陸が空斗を叩く。
「痛いやんけ」
「当たり前や。海先輩の彼氏にまで迷惑掛けて」
「水無月の彼氏?」
「そうや。兄貴をここまで運んでくれたんは高良さんや」
隆羅から受け取った名刺を空斗に見せる。
「代表取締役 高良 朋? 社長なん? 水無月の彼氏って? 勝ち目あれへんやんかぁ」
「兄貴、あんな素敵な人に勝てるわけないやん」
「いや、まだ行くでぇ。トコトンまですんのが俺の流儀や」
「堪忍してなぁ。兄貴にもしもの事があったら、私どないしたらええのん。1人ぼっちは嫌やぁ」
陸が空斗に抱きついて泣き出した。
「すまん、陸。もう無茶な事はせえへんから」
「約束やでぇ」
「ああ、約束や」
翌日、空斗は足を引きずりながら包帯だらけで学校に登校して来た。
教室にたどり着くとクラスメイトの視線が集まった。
「おお、文月。ミイラみたいでずいぶん派手だなぁ」
全身傷だらけで体も何とか動かしている状態だった。
「いや、階段でコケてしもうてん。ゴロゴロとなぁ」
「ええ、街で女の子にちょっかい出して男にボコボコにされたようにしか見えないけれど」
「まぁ。ええやんか」
今日の文月は妙に大人しかった。そしてそんな文月が海とルコが話している所に歩いて来た。
「昨日は、ほんまにスイマセンでした」
「別に気にしてないから」
文月が深々と頭を下げるとルコが素っ気無く答えた。
「水無月の彼氏にもお礼を言いたいんやけど」
「高良も気にしてないと言っていたから平気だよ。それにあまり人に会いたがらないからね」
「そこを何とか」
「無理無理、大体ねぇ。人の彼女に言い寄る男に会う彼氏なんか居ないよ。海の彼に殴られたい訳?」
ルコが空斗に止めを刺す。
「そやな、お礼だけでも伝えてもろたらええわ」
「今日は、ずいぶん大人しいじゃん」
「怪我が治ったら。もっと上を目指すんやぁ! あっ痛たたた」
文月がガッツポーズして両手で体を押さえた。
「馬鹿に付ける薬は無いって本当なんだね。海」
「陸ちゃんも言ってたもんね。アホは死んでもアホだって」
「完全にヘタレやんけ」
「何処をどう見てもヘタレでしょ。最初から」
空斗がガクンとうな垂れた。
昼休み。海とルコは仲良く一緒に弁当を食べていた。
空斗は自分の机で購買のパンにかぶりついている。
そこへ陸が教室に駆け込んできた。
「せ、先輩! 助けてぇなぁ」
「どうしたの? 陸ちゃん慌てて」
「あんなぁ、昨日、海さんの彼氏に会ったちゅたら大騒ぎになってん」
陸の声に他の女子が鋭く反応した。
騒ぎになると思った時には手遅れだった。
海とルコ、陸の3人はクラスメイトの女子全員に取り囲まれていた。
「ねぇねぇ、そこの1年生。海の彼氏に会ったって本当なの?」
「そ、そうやけど」
「この人だよね」
1人が雑誌Kanonを出して指差した。
「う、うん」
「本当なら、どんな人だったの?」
女子全員の視線が陸に突き刺さり、陸が圧倒されていた。
殆ど脅迫に近い尋問だった。
警察でもここまではしないだろうとルコと海は思った。
「や、優しくって素敵な人やったで。如月先生によう似とったけど別人やったわ」
「へぇ、何の仕事をしているのかなぁ?」
「海先輩、ルコ先輩。助けてぇなぁ」
陸が泣き出す寸前だった。
すると空斗が名刺を投げた。
「ほれ、水無月の彼氏の名刺やぁ」
「本物なんでしょうね」
「アホか。本人から陸が受け取ったんや、偽物のはずあるかいなぁ」
「水神エレクトロニクスコーポレーション……代表取締役?」
「ええっ、あのMECの社長なの?」
女子の1人が絶叫した。
「それで、最新冬モデルの携帯な訳ね……」
「はぁ~」
クラス中がシーンと静まり返った。
そして陸を追いかけて来た下級生も一部始終を聞いていた。
その日の内に学校中に海の彼氏の話は広がった。
しかし、それ以来その話をする生徒はいなくなった。
話が凄すぎて誰も突っ込めなかったのだ。
昼休みも終わりに近づきクラスメイトは席に戻りだした。
「なぁなぁ、ルコ先輩。高良さんは如月先生の甥っ子なんやろ、甥っ子が大企業の社長なら先生の実家ってどんななん?」
「詳しくは知らないんだ、あまり実家の話はしないから」
「そうなん? 海先輩も知らんの?」
「うん、知らないよ。先生は先生だもん」
「そうやなぁ。そろそろ帰らんと、じゃまた」
「また遊ぼうね」
「うん」
陸がトボトボと疲れきってクラスに帰って行った。
「隆羅も高良も凄いね。ルコ」
「そうだね。パパってどんな頭の中してるんだろう」
「うふふ、そうだね。今度聞いてみよう」
10月になり球技大会が2日間の予定で始まる。
男子がサッカーと野球、女子がバスケとバレーでトーナメント方式で行なわれる。
隆羅がジャージ姿で校庭を歩いていた。
「やった! 2日間、勉強しなくていいぞ!」
ルコが拳を振り上げジャンプして全身で喜びを表現していた。
「ルコはどれだけ勉強が嫌いかなぁ」
「海、だって社会に出て役に立つとは限らないでしょ」
「でも、茉弥ちゃんに教えてって聞かれたらどうするの?」
「ど、どうしよう。あっ、パパが居るじゃん」
「ええっ、そこまで面倒見てもらうの? その頃は近くに居ないかもよ」
「誰かさんと結婚して?」
「そ、そんなんじゃないよ。もう」
「あっ、如月。見つけた」
ルコが指差すと真っ赤になっている海が一目散に如月に向かい走り出した。
「如月先生!」
「水無月と葉月か、試合は無いのか?」
「この後からです」
「なんだ、水無月?」
海が嬉しそうに如月を見ていた。
「先生のジャージ姿ってなんだか新鮮で」
「そうか? 楽だから好きだけどな」
それを少し離れた所で空斗が見ていた。
「この間の仕返しじゃぁ。恥じさらせやぁ」
持っていた野球のボールを如月に目掛けて思いっきり投げた。
「葉月も水無月も靴紐が解けかけているぞ」
如月が2人に注意をし3人でしゃがむ、その上をボールが当ても無く通り過ぎた。
「クソ、なんやねん」
その後も何度と無く同じ事を繰り返す。
サッカーボールを如月に蹴っても他の先生と挨拶をしてかわさた。
如月の後をつけて様子を伺う、如月が体育館に入っていくと空斗も後を追った。
「絶対にチャンスがあるはずやぁ」
「あっ! 先生、危ない」
バレーのアタック練習していたボール如月の方へ飛んで行った。
ボン!と音がして如月の頭に命中すると如月がよろけた。
「先生、スイマセンでした」
「大丈夫、大丈夫」
女生徒が頭を下げると如月は笑顔で手を振りながら答える。
「さすが、如月先生。素敵だよね」
そんな声が聞えてきた。
「なんで、あれが当たって、ワイのが当たらへんのやぁ?」
「こら、馬鹿兄貴。何してんねん、まさか如月先生にちょっかいだしてへんやろうなぁ」
空斗の頭の直ぐ後ろから陸の声が聞えてきた。
空斗の背中に冷たいものが一筋走った。
「せ、せえへんよ。なんも」
「じゃ、なんで。先生にボールを投げたり蹴ったりしてんねんや。コラ」
「そ、それはやなぁ」
「しばかれたいんか? 兄貴?」
陸が空斗の耳を摘み上げる。
「もう、せえへんから。ほんまに。堪忍したってぇなぁ」
「しかし。如月先生は、ほんまに素敵やなぁ」
陸の視線の先には如月が居た。
バスケットボールを拾い上げかなり離れた距離からシュートし綺麗に決まった。
「キャァー!」と言う女生徒の黄色い声援が上がった。
「陸、お前。まさか惚れたんか?」
ボコッ!と鈍い音がすると「ウゲェ!」と空斗が断末魔を上げた。
陸の渾身の裏拳の突込みが空斗に炸裂したのだ。
「いらん事言わんでええねん」
その後も空斗は如月の様子を伺っていたが、付け入る隙は全く無かった。
転がってきたサッカーボールを如月が蹴ればゴールに吸い込まれ、飛んで来た野球のボールをキャッチャーに投げればまるでレーザービームの様だった。
「あかんは……何者なん、如月って? 訳分からんわぁ」
そして球技大会の結果は散々なものだった。
男女とも1回戦敗退、男子は空斗の空回りの大活躍で最下位に終わった。




