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夏休み-6

翌朝、時間通りに集合場所のフロントに行くと綺羅が待っていた。

沙羅が少し驚いたような顔をして挨拶をする。

「あら、おば様。おはようございます」

「はい、おはよう。あらあら茉弥ちゃんオハヨー」

「おお、お袋。ちゃんと来たんだ」

「皆に嫌われたくないですからネ」

綺羅は少し拗ねていた。

「食事をして、何処に行くか決めてくれいいな。沙羅」

「ええ、たくさんお買い物するからね」

「俺達は、付き合うだけだからな」

レストランに入ると知らない顔のスタッフばかりだったけど皆笑顔で迎えてくれて、中には手を振るスタッフもいる。

「凄いね、皆、笑顔で迎えてくれるよ」

「今じゃ、俺達はちょっとした有名人だからな」

「俺達じゃなくて隆羅がでしょ」

「でも、パパが居ない時でも手を振ってくれるよね」

「イチャリバチョーデーだよね。隆羅」

「ああ、そうだな」

「また。2人の世界だ」

隆羅が笑顔で答えるといつもの様にルコがからかう。

「沙羅、何処に行きたいんだ?」

「とりあえず。織物が見たいわ」

「了解した」


食事を済ませて車で市内にあるみんさー工芸館に向かう。

「隆羅、ここは?」

「みんさー織と言う織物が置いてあるんだよ」

館の中に入ると右側に展示販売している場所があり左奥に工房があった。

工房の脇の階段を上がる。

「うわぁ、凄い」

「織物の歴史なんかが分かるんだね。隆羅」

「そうだな」

「パパ、みんさー織の説明をして欲しいな」

「歴史や起源なんかはそこに書いてあるだろう」

「面倒くさがらないでさ。いいじゃん」

「昔、通い婚の風習があった時代に男性からのプロポーズを受けた証として女性が、木綿糸を藍で染めて織り上げた『ミンサーフ』と言う帯を送ったんだ。そして5つと4つの絣模様には「いつ(5)の世(4)までも末永く」という願いが込められており、両脇のムカデの足に似た模様は「足しげくおいでください」という意味が込められていると言われているんだ。これでいいかなルコ」

「凄いね、パパは」

「前にも同じ説明をしたけどな。勉強と同じで覚えが悪いと言うか何と言うか」

「大丈夫よ、隆羅。帰ったら残りの休みは猛勉強させるから」

「要らない事、言わなければ良かったよ」

沙羅が腕組みをしてルコの顔を覗き込みながら言うと海と綺羅が笑っていた。

「あら。この八重山上布って品が良いのね」

綺羅の目が怪しく輝いていた。

「お袋の悪い虫が出てきたか」

「隆羅、おば様の悪い虫って?」

「下に降りれば分かるさ」

「でも、凄いね。紅白に出る歌手の衣装も手がけていたりするんだね」

「天皇や首相の写真なんかもあるんだぞ」


ひと通りみて1階に降りると直ぐに店員が声を掛けてきた。

「手織りの体験なんかもありますがどうですか?」

「海、ルコ。やってみるか?」

「うん。織ってみたい」

「私も!」

海が直ぐに返事をしてルコが海の後に続いた。

そうして、2人は1番簡単なコースターを指導員の説明を受けながら工房で織り始めた。

沙羅がその様子をデジカメで撮っていた。

「隆羅、おば様とミンサーを見たいから茉弥をヨロシクね」

沙羅が茉弥を隆羅に預け展示販売場に向かった。

隆羅は茉弥を抱っこして入り口近くのベンチで座りながら茉弥をあやしていた。

しばらくすると海とルコがやって来た。

「隆羅、出来たよ」

「どれどれ、上手いじゃないか」

青いコースターが綺麗に出来上がっていた。

「パパ、私も一応出来たんだけど」

「どれ、ルコのもいい感じじゃないか味があって」

赤いコースターだった、少し不恰好だが上出来だった。

「本当に? 嬉しいな。ねぇ、海」

「うん、大切に使うんだ」

「お前たちも、向うで買い物でもしたらどうだ」

「うん、そうする」

隆羅も茉弥を抱きながら立ち上がり2人の後に着いていった。

「ルコ、このストラップ可愛いね」

「そうだね、お土産に良いかも」

「欲しい物があれば言えよ、買ってやるから」

「はーい」

「でも、ちょっと高いよね」

バッグなどを見ながらルコが小声で言った。

「しょうがないさ、手織りで1つひとつ作っているんだから」

海も色々と見て回っていた。

ネクタイの所で立ち止まって楽しそうに見ている。

「あら。素敵なネクタイね」

「おば様? 綺麗ですよね。隆羅だったら似合うかなって、でも私には買ってあげるお金もないし」

「あら? お小遣いとか貰ってないの?」

「そんなもの隆羅から貰えないですよ。生活だって見てもらって、欲しい物は買ってもらっているのに。これ以上迷惑は」

「隆羅がそんな事、知ったらどうするかしら。迷惑なんて思っていないわよ、遠慮する必要は無いのよ。隆羅だってそんな気を使って欲しくないはずよ」

「本当は、アルバイトをしようか考えていたんです。少しでも生活費を入れようと」

「寂しい事を海ちゃんは言うのね」

「寂しいですか?」

「そうよ。もっと隆羅に甘えなさい、そして甘えた分は心で返せば良いの。お金よりも、ずーと大切なネ。隆羅の事。大好きなのでしょ」

「はい」

海がまっすぐに綺羅の目を見て答えた。

「じゃ、これを私が海ちゃんにプレゼントするわ。隆羅には内緒よ」

「でも、そんな事」

「海ちゃんは私の娘よ。遠慮なんかしないの」

「ありがとうございます」

海がとても嬉しそうな笑顔をした。

「キャー。海ちゃん可愛い!」

「お、おば様?」

綺羅が海に抱きついて海の顔が真っ赤になった。

その後の、綺羅と沙羅の買物ぶりは凄まじかった。

店員が唖然とするような買い方をした。

「隆羅、あれが……」

「そうだ、悪い虫だ」

隆羅はうな垂れて、海は呆然としていた。


街の中心に向かい、旧離島桟橋に新しく出来た有料駐車場に車を止めて歩いて街の中を見て回る事になった。

「お土産屋さんがいっぱいあるんだね。隆羅」

「ここら辺は、街の中心だからな。市役所もあるし消防署なんかもこの近くだしな」

「でも、通りの向うはあまり人が居ないよ」

海が市役所通りの反対側にある繁華街を指差した。

「むこうの一角は、美崎町と言って夜の繁華街なんだよ」

「隆羅も行ったことがあるの?」

「昔な。バーに良く行っていたからな」

「そうなんだ」

お土産屋が立ち並ぶアーケードにやって来た。

次から次へ沙羅と綺羅はとお土産屋を物色していく、隆羅はいい加減飽きてきていた。

「沙羅、まだ見て回るのか?」

「まだまだよ」

「はぁ~」

隆羅が溜息をついて海を見て口を動かした。

『わき道 抜ける 2本目 待て』

すると隆羅が直ぐ側のわき道を見ている。

「でも……」

隆羅は振り向かなかった。

仕方なく海がわき道に入り、そして次の通りで立ち止まった。

「2本目ってどう言う事? 隆羅、抜けられないよ」

しばらく立ち止まり考えて目の前の店の間の通路に入っていく。

「あれ、通り抜けられるんだ」

その通路は行き止まりに見えるが通り抜ける事が出来た。通り抜けた所で隆羅を待つことにした。

「あれ? 海が居ないよ」

「しょうがない奴だな。探してくる」

ルコは海が居なくなっている事に直ぐに気が付いた。すると隆羅が走り出した。

「タカちゃんまで何処に行くの?」

綺羅が隆羅を呼ぶが気が付かなかった。

「もう、また逃げられたか」

「ママ、どう言う事?」

「隆羅は、海ちゃんを使って逃げたのよ。飽きちゃったんでしょ、買い物に付き合うのに」

「ずるい、私もパパと一緒に行きたかったのに」

「茉弥はどうするの? ルコママ。それに隆羅はこの辺の地理に精通しているわ、追いかけても絶対に見つからないわよ」

「えへへ、ママにママって言われちゃった」

「私が、お昼をご馳走するから。美味しい物でも食べに行きましょう」

ルコが照れながらぺロっと舌を出した。

すると綺羅が沙羅達に言った。

「そのつもりで、隆羅はおば様を呼んだんじゃないかしら。ねぇ、おば様?」

「わ、私は別に。仕事が片付いて一段落したから」

沙羅が横目で綺羅の顔をうと、惚けるように綺羅が沙羅から視線を外した。

「何をしたのかしら? 隆羅達に」

「少し、お部屋の様子をネ」

「ネって、私達の部屋もですよね?」

「だって、私だけお仕事で仲間外れみたいで。ちょっとだけよ」

綺羅が済まなさそうな目をして沙羅を見た。

「ルコ、何が食べたいの? おば様が何でもご馳走してくれるって言っているけど」

「もう、沙羅さんまで。何でもご馳走します、欲しい物があれば言いなさい。買ってあげるから。それでチャラにしてちょうだいな」

「どうする? ルコ」

「やったー。石垣牛!」

「また、お肉なの?」

「だって、美味しいんだもん。早く行こう」


隆羅は直ぐに海の待つ場所に走ってきた。

「海、こっちだ」

海の手をつかんで走り出した。

「隆羅、何処に行くに?」

「とりあえず、この辺は不味い。何処かに移動するぞ」

少し走り大きな交差点近くのレンタルバイク屋に逃げ込んだ。

「スクーターを借りたいんだけど」

「今はこのスクーターしかないけれど良いかな、ちょっと型は古いけど2人で乗っても快調に走るよ」

「隆羅、私、スカートだけど」

「海が嫌なら、別に考えるけど」

「う~ん、大丈夫。ミニスカートじゃないし」

「じゃ、行こう」

スクーターをレンタルして2人乗りで走り出す、店主の言うとおり型は古いけど良く走るスクーターだった。

「隆羅、何処に行くの?」

「まずは、腹ごしらえだ。パスタで良いか?」

「うん、パスタ。大好き!」

スクーターで坂を上がると左手に教会が見えてきた。

道を挟んで両側に学校があり教会の隣の学校の脇道を入りスクーターを止める。

「この先は一方通行だから、歩いて少し坂を下るぞ」

「うん、分かった」

隆羅がスクーターを押しながら、その少し後ろを海が歩いた。

少し坂を下ると看板が見えてきた。

「マッド ティー パーティーって不思議の国のアリスに出てくるお茶会の事だよね」

「そうなのか?」

「隆羅は知っていて来たんじゃないの?」

「ここは、島に居た頃に良く来た事があるけど。店の名前の意味までは知らないぞ」

隆羅が店の前にスクーターを止めて中に入る。

その店は小ぢんまりとしているがとてもお洒落な感じの店だった。

「あら、久しぶり。隆羅じゃない。どうしたの? 突然」

オーナーは女性だった。

すらっとした長身でショートヘアーがとても似合っていた。

「久しぶりだな。しず

「まぁ、あんたはいつもそんな感じだからね。あら、そちらのお嬢さんは? 娘さん?」

「彼女だけど」

「悪い冗談は止めなさい。犯罪者になりたいの?」

静が隆羅を真顔で睨みつけた。

「彼女の、海だ」

「始めまして、水無月 海です」

「始めまして、私は下坂静穂しもさかしずほ。静って呼ばれているわ。隆羅、本当に彼女なの?」

「俺が冗談言っている顔に見えるか?」

「もちろん。この犯罪者め」

静が隆羅の顔を、今度は悪戯っぽく睨みつけた。

「まだ、法律は犯していないけどな」

「海、何が食べたい? あそこにメニューが書いてあるからな」

隆羅が壁に掛かっている黒板を指差した。

「隆羅、あの女の人は誰?」

「俺が、ホテルに入った時に出会った一応先輩かな。歳は同い年だけどな腐れ縁みたいな仲だよ」

「ふうん、そうなんだ。何で隆羅の知り合いは女の人ばっかりなんだろう」

「海ちゃんでしたっけ」

「はい」

「そんな心配は要らないわよ。隆羅は男でも女でも同じ1人の人間として付き合っているのだから腐れ縁みたいな付き合いが多いけど、男友達もいっぱい居るのよ。だけど男連中は皆忙しいからね」

「そうなんですか?」

「誤解は解けましたか?」

「誤解はしていないけど、ちょっと」

「隆羅は、一途だからよそ見は絶対にしないわよ。しないんじゃなくて不器用だから出来ないんだけどね」

静が笑いながら言った。

「何にしますか?」

「何でも良い」

隆羅が海に再度聞いた。普段なら拗ねないのに虫の居所が悪いのか拗ねていた。

「静、お薦めで。パスタを2種類セットで頼む」

「良いのそれで?」

「大丈夫だ」

「少し時間が掛かるけど、待ってくれな」

「うん」

「海、そんなに拗ねないでくれよ」

隆羅が真剣に困った顔をしていた。

「海ちゃん、あまり隆羅を虐めちゃ駄目よ。私は今まで隆羅が付き合ってきた女の子たちを知っているし。隆羅は私が付き合ってきた人の事も良く知っているの。知りたければ全部話すけれど、隆羅のあんな楽しそうな顔は初めて見たの。あなたの事をどんなに思っているか良く分かったわ。それでもまだ、隆羅を責めるの?」

静がサラダとフォークとスプーンのセットを持ってきた。

「そんな、隆羅。本当なの?」

「ああ、知りたければ静に聞けば良い。俺が全部話しても良いが」

「ゴメンなさい。隆羅もいろんな事があって今の隆羅があるんだもんね。私は今の隆羅が好きだから何も聞かない。それに今は、私だけなんだよね」

「もちろんだ」

しばらくして、静がパスタを持ってきてくれた。

トマトのパスタとバジルを使ったパスタの2種類だった。

「あらあら、お熱い事。パスタも熱いうちに召し上がれ」

「いただきます。うわぁ、凄い美味しい!」

「ありがとう、喜んでもらって嬉しいわ」

「隆羅のはどんな味なの」

「ジェノベーゼソースが少し使ってあるけどアーリオ・オーリオソースで少しピリ辛かな」

「えっ? ジェ? アーリオ・オー?」

「ほら、交換しよう」

「うん」

海が難しい顔をしながら皿を交換した。

「こ、これも凄く美味しい! バジルソースでぺペロンチーノみたいに少し辛いけど」

「良かったわね、隆羅」

「ああ、悪かったな」

「そんな、遠慮する仲じゃないでしょ」

海を見る2人の目がとても優しく感じた。

「静さんの目も、隆羅が料理を作ってくれた時と同じ目だ。とっても優しい目」

「静とは、美味い酒と美味い料理を一緒に飲んだり食べたりしたからな」

「私も、美味しい料理を食べている人の顔を見るのが好きなの」

「隆羅も、同じ事を言っていたっけ」

「そんな所が共通するものがあるから今までこうしていられるのかもね。はい、これ隆羅が好きだったパンよ。海ちゃんが殆ど食べちゃったものね」

「あっ、ゴメン隆羅。つい美味しくって」

「いいさ。海がそれで元気になるんならって、このパンも気になってしょうがない目をしているだろう」

「だって、隆羅が好きだったパンってやっぱり気になるじゃん」

「少しだけだぞ」

「うん、ありがとう」

そのパンは胡桃入りのライ麦のパンだった。

「美味しいね、隆羅」

「こうやって千切りながら、パスタソースをつけて食べるのが美味いんだ」

「本当だ。私、幸せかも」

「はいはい、ご馳走様。デザートよ」

静がデザートを持ってきてくれた。

「ここのデザートも絶品だぞ」

手作りのデザートも堪能して、静に礼を言ってお店を後にする。


「さぁ。次は何処に行きたい?」

「あのね、隆羅が住んでいた所見てみたい。遠いの?」

「ここから、目と鼻の先だけど」

「じゃ、行こう!」

海が手を挙げて合図した。そこには1分もかからずに到着した。

「あのマンションだけど」

「何階に住んでたの?」

「あそこの部屋だ。3階の」

「へぇ、そうなんだ」

「こんな所見て楽しいのか?」

「うん。隆羅の事をいっぱい知る事が出来るから」

スクーターを出してサザンゲートブリッジを渡り公園に向かう。

「海が綺麗だね」

「そうだな」

サザンゲートブリッジを渡ったところにある公園の防波堤の上で追いかけっこをする。

「もう、隆羅はずるいよ。そうやって直ぐに下に降りちゃうんだから」

「海は、真似するなよ。怪我をしたら困るから」

「どう、困るの?」

隆羅の動きがピタリと止まった。

「どう答えて欲しいんだ?」

「何で質問を質問で返すかなぁ」

「人を困らすような質問をするからだ。海が怪我をしたらデージ チムグルしくなるサーネ」

「ずるい! 島の言葉じゃ判んないよ」

「ずるく無い。行くぞ」

「隆羅のバーカ」

「また、拗ねたのか? 今日は良く拗ねるな。しょうがない、ほらスクーターに乗ってくれ」

何も言わずに海が後ろに乗った。

「隆羅、ここは?」

サザンゲートブリッジから直ぐの通り沿いにあるお洒落な外観のお店だった。

「ジェラートでもいかがですか? 王女様」

「じゃ、マンゴーとパインのダブル!」

「俺は紅芋とシークワーサーをダブルで」

「美味しいね、隆羅」

「機嫌は直ったかな? 王女様」

「王女様って、あっ!」

海が何かを思い出して赤くなった。

「ジェラートにスクーターって隆羅の部屋で見た『ローマの休日』みたい」

「ほら、交換だ。こっちのも気になるんだろ」

「うん、隆羅。ありがとう」

「少し、静かで涼しい所で一休みしよう。それに嫌な予感がするから、もう出よう」

「ええっ、嫌な予感って?」

隆羅と海がスクーターで店を出ると入れ違いで沙羅達がタクシーでやって来た。

「ああっ! パパ達だ」

「まるで、アン王女とジョー見たいね。しかし、相変わらず良い勘しているわ。見てなさい絶対に捕まえてギャフンと言わせてやるから」

沙羅が隆羅達に向かい中指を立てた。

「隆羅、今のルコ達じゃないの? 沙羅さんが怒っていたみたいけれど」

「良いんだ。放っておけ」


730交差点を越えて左折する、少し走ると大きな赤瓦の建物が見えてきた。

「隆羅、大きくって綺麗な建物だね」

駐輪場にスクーターを止めて、建物の中に入るとそこは静寂に包まれた図書館だった。

「静かで、涼しいだろ」

「うん、大きな図書館だね」

「夏はここが1番なんだ」

図書館の1番奥に歩いていく、そこには大きなソファーが設置されていて隆羅が腰を掛けた。

「隆羅も、本を読みに来たの?」

「寝る為だが」

「もう、隆羅ってば」

「ここは静かだし涼しいし、何より無料だからな。魅力的だろ」

「もう。私、何か探してこよう」

しばらくすると海が数冊の本を持って戻ってきた。

「何を読むんだ?」

「読むんじゃなくて調べるの。ほら、沖縄方言の本」

「たぶん判らないぞ、そんな本じゃ」

「また、そんな事を言う。いいもん」

海が隆羅の横に座り本を開いて調べ始めた。

「チム、チム。あっ、あった。肝?」

「デージは無いや。隆羅」

切なそうな目で隆羅を見る。

「どうしたんだ? 海。そんな目をして」

隆羅が腕組みをしたまま横目で海を見てから俯いて目を閉じてしまった。

「判らないの!」

「隆羅ってば、教えてよ」

隆羅の体を揺さぶる。

「静かにしないと怒られるぞ」

「だって」

「さっきの言葉は、ウチナーヤマトグチといって最近の方言なんだ。本当のオジィ、オバァーがしゃべる方言を解る人は少なくなってきているんだよ」

「で、あの言葉の意味は?」

「チムは肝から意味が転じて心と言う意味。グルシーは苦しい。デージは凄くとか大変とかニュアンスによって違うかな」

隆羅が目を閉じたまま教えた。

「チムが心で、グルシーが苦しい。デージが凄くって隆羅……」

「シィー」

隆羅が口に人差し指を当てる。

「凄く、心苦しいって。ゴメンなさい私いつも……」

隆羅は何も言わず目を閉じていた。海が隆羅の腕にしがみ付いてくる、ほんのり甘い匂いがした。

「海は、なんだか甘い匂いがするな」

「隆羅」 

海を見ると海が顔を近づけてきた。

隆羅が海の口に人差し指をあてる。

「来た。行こう」

「えっ、何が来たの?」

訳も解らず隆羅に手を引かれていく、隆羅が本棚の影から館内を見渡す。

「こっちだ」

体を屈めながら青少年ラウンジに入り通り抜けて玄関を出る。

そして急いでスクーターに乗りスクーターを出した。

「隆羅、どうしたの?」

「沙羅達だよ。何があっても捕まえたいらしい」


来た道を戻りジェラート屋の前を通り漁港の方に向けてスクーターを走らせた。

学校が見えてきて学校の裏の防波堤で止まった。

「隆羅、なんでこんな所に?」

「ここはアパートから程近い海岸、サウスウエストブリッジが良く見える。考え事をする時に、良く来る場所だ。防波堤の上に腰を下ろして海を眺める」

隆羅がスクーターの下を覗きながら言った。

「ああっ、ここもアクアマリンの場所なんだ」

「おおっ、こっちもあったぞ」

隆羅がシール見たいな物をスクーターから剥がした。

「隆羅、それは何?」

「さぁ、何でしょう」

ちょうど通りかかった白と黒のツートンカラーの車にそのシールを付け、隆羅が防波堤の上に駆け上がった。

「気持ちが良いな」

両手を上に挙げ全身で隆羅が伸びをした。

「隆羅、ここには良く来たの?」

「ああ、夜に月を見に来たり。昼間釣りをしに来たりな」

「1人で月を見に来たの?」

「さぁ。それはどうだったかなぁ」

「絶対、1人じゃなかったでしょう」

「昔の事だからなぁ」

「そうやって恍けるんだ」

「昔は昔、今は今だよ」

隆羅がテトラポットの上を歩きながら水際に近づく。

隆羅が1番下のテトラポットの上に立っている。

漁船が近くを通り過ぎようとしていた。

「隆羅、危ないよ」

「これからはいつも海の側に居て、これから……だけの思い出にするからな」

漁船の音に隆羅の言葉がかき消され、波が打ち寄せてくると隆羅がテトラポットを駆け上がった。

海の横を優しい風がフワッと通り抜けると後ろに隆羅が立っていた。

「さぁ、行こうか?」

「隆羅、よく聞えなかったの。もう1度お願い」

すると隆羅の口が動いた。

「本当に良いんだよね。私で? 本当に私だけなんだよね」

「もう、既に2人だけの想い出は始まっているだろ。楽しい事も辛い事も色々あるけれどな」

「うん。そうだね」

「まだ、俺の過去の事が気になるか」

「うん、気になるよ。だって大好きな人の事いっぱい知りたいもん」

「たとえば、ここでキスした人との事もか?」

「ええっ、隆羅。今なんて言ったの? だ、誰と、キ、キスしたって!」

隆羅が笑いながら海の言葉を無視してスクーターに向かう。

「ねぇ、隆羅ってば。教えなさい! 絶対に許さないんだから」

海がスクーターの後ろに乗り隆羅にしがみ付く。


その頃、沙羅達は街中に出来た真新しい警察署の駐車場に居た。

「悔しい! 隆羅にしてやられたわ」

「沙羅さんも懲りないわね。隆羅に1度でも勝った事があるの?」

綺羅が困り顔で呟いた。

「色ボケしている今なら行けると思ったのに!」

「あらあら、色ボケの隆羅に負けちゃったのね」

「おば様!」

沙羅が綺羅を睨んだ。

「おお、怖い。怖いお婆ちゃんですね、茉弥ちゃん」

「おば様。ママが凄い顔になっているけど」

「ルコまで、笑わないの!」

「ママ、もう諦めてホテルでゆっくりしようよ。私、疲れちゃった」

「そうしませんか。沙羅さん」

「解りました」


隆羅と海はスクーターを返して車で牧場の中を走っていた。

「隆羅、ここって何処なの?」

「ほら、あそこ」

「ああ、私達が泊まってるホテルだ」

高台から下を見ると宿泊先のホテルが見えた。

少し走り整地された場所に車を止め、車から降りた。

「綺麗だね」

目の前に広がる名蔵湾がオレンジ色に輝いていた。

隆羅が石の上に座り胡坐をかいた、海が隆羅の横に座ろうとすると隆羅が膝を叩いた。

「まだ、教えてもらってないですけど」

海が隆羅の膝の上に座り隆羅の目を見た。

「何の事だ?」

「誰とキスしたの? あそこで!」

「子どもの頃のルコだよ。ルコにキスされたんだ。ほっぺに」

「なんで、紛らわしい事言うかな」

「知らない女の子だったらどうしたんだ?」

「分からない」

「そうか」

「うん」

海の体から力が抜けて隆羅に体を預けてきた。

「今までちゃんと付き合った事がある女の子は3人だけだ。沙羅は別としてな。もう10年以上前のことだよ」

「何で別れちゃったの?」

「若さ故、すれ違い、そんな所かな」

「そうなんだ。何でそんな話をしてくれたの」

「海だからかな」

「私だから? 本当に?」

「本当だ」

「ありがとう」

「そろそろ、ホテルに戻るか」

「そうだね、皆待ってるね」

「1人だけ怖い顔をしてな」


ホテルに戻るとロビーでルコが待っていて沙羅は見当たらなかった。

「ルコ、どうしたんだ。1人で」

「パパ達を待っていたの。料理長さんが一席設けたからどうぞって」

「悪かったな待たせて。行こうか」

『ゆんたくはんたく』に着くともう宴会は始まっていた。

支配人、藍、スギそして沙羅やルコ、綺羅、皆が賑やかに料理やおしゃべりを楽しんでいた。

「おおっ、主賓のご到着だぁ」

「遅いよ」

「ラブラブで」

スギが叫ぶといろんな冷やかしの言葉が飛んで来る。

しばらくすると通り雨でクローズになったプールサイドバーの舞も合流して石垣島最後の夜を楽しんだ。


翌日の昼過ぎにテスト飛行の例のジェットで帰路に付く。

青い海がドンドン遠ざかりやがて見えなくなる。

そうして1週間の楽しく色んな事があった石垣島での夏休みが終わった。

羽田に着き遅めの昼食をとり綺羅と別れ夕方マンションに到着した。

「隆羅、マロンを迎えに行こうよ」

「そうだな、荷物を部屋に置いてからだな。沙羅達はどうするんだ?」

「少し、休んでから考えるわ。ルコ食事は外で済ませましょう」

「うん、分かった。パパ達は?」

「マロンを迎えに行って買い物をして部屋でゆっくりだな」

「そうなんだ。じゃ、海またね」

「うん、明日ね」

マロンを近くのペットショップに迎えに行き買い物を済ませて、隆羅が簡単な料理を作り夕食を食べることにする。

「わぁ、隆羅の手料理久しぶりだ。おいひいなぁ」

「食べるか、しゃべるかどっちかにしろよ」

「えへへ、怒られちゃった」

「明日から、また仕事だな」

「頑張って働いてね」

「そうだな、海も勉強シッカリな」

「うん。分かってる」

食事を済ませ片づけをして、リビングのソファーでくつろぎながら2人でコーヒーを飲む。

「楽しかったか。石垣島は?」

「うん。今までで1番楽しい旅行だったよ、隆羅の事いっぱい知る事できたしネ」

「そうか、それは良かったな」

「それでね、はいこれ」

海が綺麗に包装された長細い包みを出した。

「なんなんだ、これ?」

隆羅が包みを開けると、ミンサー織の綺麗な青いネクタイが箱に入っていた。

「あのね、隆羅に似合うかなぁって見ていたら。おば様が買ってくれたの」

「お袋が?」

「そう」

海が申し訳なさそうな顔をしていた。

「そんな顔をしてどうしたんだ?」

「怒らないの?」

「どうして、怒らないといけないんだ。海が見立ててくれたんだろ」

「そうだけど、おば様は内緒って」

「お袋は、海の事を娘だって言っていたんだろ」

「なんで、分かるの?」

「親子だからさ。ネクタイありがとうな」

「うん」

「何か言いたい事があるんじゃないのか?」

「えっ、別に何も……」

海が視線を隆羅から逸らした。

「遠慮なんかしていたら怒るぞ。海」

「あのね、隆羅。少しだけお小遣いが欲しいのだけど」

隆羅が真っ直ぐに海を見つめると海がモジモジしながら答えた。

「なんで、今まで言わなかったんだ? 友達との付き合いもあるのだろう」

「でも、いつもルコと一緒でお金使わないし。それに、隆羅に生活まで見てもらって欲しい物は買ってもらっていたし。言えないよそんな事」

「そうか」

隆羅が立ち上がり寝室に行く。

「隆羅、怒っているの?」

「怒ったりしないさ。俺からそう言う話をするべきだったな。すまない」

隆羅が手に何かを持って戻ってきた。

「隆羅が謝る事ないよ。隆羅にはいっぱいしてもらっているのに」

「毎月1万円を小遣いとして渡すから」

「そんなに沢山必要ないよ」

「使わなければ、貯金すればいい。それとこれは海の携帯だ」

隆羅が通帳と印鑑にカードと携帯電話を海の前に置いた。

海が通帳を開いて見る。

「た、隆羅、凄い沢山お金が入ってるよ」

「今まで、海の両親が入れていた生活費だ。それはお前のお金だ」

「でも、それじゃ」

「海が、大人になって必要な時に使えば良い。これは沙羅も了承している事だからな」

「うん、分かった。ありがとう」

「こんな携帯、見たこと無いけど」

「今年の冬に発売の携帯だからな。ウチの系列の会社の物だ」

「まだ、出てない携帯なの?」

「そうだ、普通に使えるようにしてあるから。モニターとして使ってみたら良い」

「隆羅、本当にありがとうネ。私、何も出来ないのに」

「海。海がこうして側に居てくれれば良いんだよ。遠慮なんかしたりしたら本当に怒るからな」

「うん。でも、こんなにしてもらっているのに」

「海は、今、幸せか?」

「凄く、幸せだよ。だって大好きな人と毎日一緒に居られるんだもん」

海がとても優しく微笑みながら答えた。

「海のそんな笑顔を見られれば、俺は何も要らないんだ」

「嬉しい、おば様が言ってたの心で返せば良いって。私も隆羅が側に居てくれれば本当は何も欲しくない」

そうして、高校最後の夏休みも過ぎて行った。

思い出をいっぱい作り、また少し距離が近づいたような気がしていた。


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