夏休み-5
翌朝、海達は朝早く集合場所の離島ターミナルにタクシーで向かった。
隆羅はフロントで藍の出勤時間を聞いていた。
しばらく桟橋で時間を潰しレストランに向かう。
レストランには藍以外にも数人のスタッフが居た。
「おはよう」
声を掛けながら隆羅がレストランに入る。
「おはようございます。あれ、先輩? 海ちゃんと一緒じゃないんですか?」
「海に、頼まれてな」
「ええっ、もしかしてまた今夜やってもらえるんですか?」
「ああ、それで少し条件があるんだが」
隆羅が藍と話を詰め始めた。
「そんな事ならお安い御用ですよ。舞も喜ぶし、早速バーに行きましょう」
藍が他のスタッフに指示をだし準備させ隆羅達はプールサイドバーに向かった。
「あれ、係長に先輩。今日はどうしたんですか?」
藍が舞に事情を説明をすると舞の顔が輝きだした。
「直ぐに、着替えてきます」
舞が走り出して着替えに行くとクロが舞の代わりにバーに入る。
「クロ、何だか悪いな」
「とんでもないですよ、自分は昨日休みで見逃して悔しい思いをしたんです。今夜見られるなら、このぐらいなんでもないですよ」
しばらくすると舞がTシャツに着替えを済ませ走って戻ってきた。
「さぁ、始めるぞ」
隆羅がビーチに向かい歩き出した。
「せ、先輩。何処に?」
「ついていきなさい」
藍に言われて桟橋近くのビーチの手前の木の下に向かう、そこには長テーブルとシェイカーや水の入ったボトルが数本準備されていた。
「舞、いいか厳しく行くからな」
「はい」
舞の顔が真剣になった。
「練習は砂の上や芝の上ですればビンを割る事も無いからな、暑いのは我慢しろ」
「基本はこんな感じかな。基本さえ出来れば後は組み合わせだけだからな」
初めに簡単なボトルの回し方を教える。
隆羅が目の前でやってみせ、隆羅の実演を見て舞が同じように練習する。
「なかなか良い感じじゃないか」
「前に見たのを真似して少しだけ練習していたんです」
「じゃ、次は組み合わせて行こうか」
少し難易度が高くなる、それでも舞は必死に吸収しようと懸命に練習を繰り返す。
木陰とはいえ砂浜のの照り返しが強く汗が噴出した。
「お疲れ様です。舞、頑張っているじゃん。先輩、差し入れです」
スギが様子を見に顔を出して冷たいドリンクを持ってきてくれた。
「悪いな、スギ。舞、少し休もう」
「でも……」
「根詰めても良い事はないぞ」
「はい」
木の下に座り汗を拭きドリンクを飲んで一休みする。
「先輩、どんな感じなんですか?」
「かなり、良い線いってるぞ。頑張り屋だしな」
「そうなんですか、良かったな。舞」
「はい、頑張ります」
しばらく休憩をして練習を再開する。
「今からは、本番向けの練習だ。2人で同じ動きをしてカクテルを作る、最初はゆっくりとそして徐々にスピードを上げていくからな」
「はい、分かりました」
「1・2・3・4 2・2・3・4 3・2・3・4……」
隆羅の掛け声だけが響いたしばらくするとテンポが上がってくる。
「1・2・3 2・2・3 3・2・3……」
ガチャンと音がして舞がボトルを落とした。
「大丈夫か?」
「大丈夫です、汗で滑っただけです」
「よし、最初から」
「1・2・3・4 2・2・3・4 3・2・3・4……」
段々形になり始めていた。
気が付くと桟橋にギャラリーが集まっていた。
調理場・レストラン・フロントのホテルのスタッフ、それにお客さんも数人。
「凄い!」
「格好良いな」
周りの声で舞のリズムが狂いだす。
「舞、集中しろ。笑顔を忘れるなよ」
「はい!」
ギャラリーが集まった事で良い緊張感が生まれてくる。舞が笑顔になった。
「そうだ、自分が楽しむんだ。そうすればお客さんも楽しんでくれるからな」
何度と無く繰り返し練習して形になり始め、段々舞が自分の物にしていく。
そして最後の決めのポーズをとった時、ギャラリーから歓声と拍手が上がった。
「先輩! そろそろ時間です」
藍が数人のスタッフと呼びに来た。
「分かった。舞は俺が寮に連れて行くから、片付けを頼む」
「舞、どんな感じなの?」
「まだまだ、かなぁ」
「そんな事は無いぞ、8~9割がた出来ているからな。時間が無い、行こう」
「はい」
隆羅と舞が駐車場に向かうと見物していたレストランのスタッフに藍が声を掛けた。
「ねぇねぇ、どんな感じだった?」
「凄い、格好良いんです。練習であれだけなら本番がメチャ楽しみですよ」
「良かった」
藍が胸を撫で下ろした。
寮はホテルから車で数分の所にあった。
「舞、どの位で準備できる?」
「15分くらいで」
「じゃ、20分したら迎えに来るから」
「はい、分かりました」
舞を迎えてホテルに戻り、直ぐにプールサイドバーに向かう。
「ほら、弁当だ」
「ありがとうございます」
「腹ごしらえしないと仕事にならないからな」
隆羅が出来立ての弁当を舞に渡して、カウンターで弁当を食べているとカウンターの中では藍が準備を始めていた。
「舞は凄いんだね。見ていた子が感心していたよ」
「憧れだったから、今でも夢見たいですよ」
「本番は、これからだからな」
食事を済ませカウンターでビールジョッキを滑らせる練習をする。
並々と水の入ったジョッキをカウンターの上を滑らせる。
最初はこぼれていたが段々こぼれなくなっていった。
「要領をつかめばなんて事はないだろ」
「そうですね」
その頃、海達は西表島ツアーから離島ターミナルに戻ってきていた。
「パパ達、どうなっているんだろうね」
「隆羅、大丈夫かなぁ。舞ちゃん泣いてないかなぁ」
「もう、2人とも。あなた達はいつも学校で隆羅から授業を受けているんでしょう、隆羅はそんなに厳しく教えているの?」
沙羅が呆れていた。
「えへへ、ママ。そうでした分からない事は優しく分かるまで教えてくれるんだった」
「そうそう、不真面目にすると凄く怖いけどね」
「さぁ、私達もホテルに戻らなきゃ」
送迎のバスには乗らずタクシーに飛び乗った。
ホテルに戻りシャワーを浴びてバーベキューテラスに向かう。
テラスの方がワイワイと騒がしかった。
「何があったのかな? 凄い人がいっぱい居るよ」
オープン前なのにテラスには人だかりが出来ていた。
藍を見つけ海が声を掛ける。
「藍ちゃん!」
「ああ、海ちゃん。こちらへどうぞ」
「いいの? オープン前でしょ」
「今日は、特別よ」
藍がテーブルに案内してくれた。
その席は海側のカウンターが良く見える特等席だった。
海が隆羅の方を見る、舞と打ち合わせをしていた。
気付いた隆羅が「楽しかったか?」と口を動かした。
「うん、とっても楽しかったよ」
「相変わらず、2人は凄いなぁ」
海が声を出して答えてルコが感心し席に着いた。
カウンターでは藍が隆羅に近づきインカムを渡す。
「先輩、お願いします」
「俺が、やるのか? また?」
「これだけ騒ぎになったら誰が仕切るんですか?」
「了解した」
隆羅がインカムを付けマイクテストをして藍にOKサインを送る。
「何が始まるんだろう。ワクワクするね、ルコ」
「何だか凄い事になって来てた気がするけど」
「これが、本当のショータイムなんでしょ。隆羅の最後の」
「でも今度来た時には、またやってもらえるんじゃないの? ママ」
「それは、どうかな。あの舞ちゃんだってこれからドンドンと成長してこれからは彼女のショータイムとして始まるんじゃないかしら」
その時、スピーカーから隆羅の声が流れた。
「バーベキューテラスをご利用いただきありがとうございます。ショータイムは8時過ぎを予定しております。ごゆっくりどうぞ」
隆羅の声がテラスに優しく響くと集まっていたお客達も動き始めた。
「流石ね。パニックにならない様にお客を誘導したわ」
「良かった。どうなるかと思いましたよ」
沙羅が関心していると藍が海達のテーブルにジュースを運んできた。
「前も、隆羅がしゃべっていたの? 藍ちゃん」
「そうよ、凄く素敵だったんだから。楽しみにしていてね」
海が藍に聞くと藍が海にウインクした。
「オープンします」
藍が声をスタッフに掛けた。
隆羅の案内もありゆっくりとお客が入り始める、それでも直ぐに満席になった。
ドリンクのオーダーも徐々に増えだしたが2人はゆっくりと出していた。
日が傾き始めてお客が集まり始めた。
「石垣島の夜は、まだまだこれからです。今は目の前に広がる雄大な自然の贈り物を楽しみましょう。日本一美しいサンセットです」
隆羅の声と共にスローなBGMが流れる。
「海? もう、乙女な顔をしちゃって。でも素敵だよね、いつもと違うパパって」
「うん」
「また、好きになった。海ちゃん?」
「はい、沙羅さん」
日が海に沈んであたりは暗くなってきた。
ショーの時間が近づくと噂を聞いたギャラリーが集まり始めてテラスの周りには人だかりが出来始めた。
「舞、準備はいいか?」
「は、はい」
隆羅が舞を見るとガチガチに緊張していた。
そんな舞の様子を見て隆羅が急に変な事を言い出した。
緊張していた舞は隆羅の言われるまま言葉に従った。
「お腹をへこませて体の中の空気を全部吐き出す。」
「お腹を膨らませながら鼻から大きく息を吸う」
「もう、1回初めから」
それを見ていたルコが不思議に思い沙羅に聞いた。
「ママ、あれ何をしているの?」
「腹式呼吸をさせて落ち着かせているのよ。舞ちゃんは今日がデビューなんでしょ、緊張でガチガチなのよ」
「凄いなパパは、やっぱり」
海は何も言わず、ただ隆羅を見つめていた。
「そろそろ、行くぞ。大丈夫だな。舞」
「はい、ありがとうございます。落ち着きました」
「ギャラリーの皆様にお願いがあります。他のお客様にご迷惑にならない様にお願いいたします」
隆羅が声を掛けた。
時計の針が8時を回っている、オーダーもかなり溜まっていた。
「それでは、今宵もお楽しみください」
隆羅と舞が片手を挙げ指を鳴らす。
「イッア!」
隆羅が掛け声を上げる。
「ショータイム!」
2人の声と共にお客さんやギャラリーも叫んで場内が同じ空気に包まれた。
アップテンポの曲にあわせて隆羅が踊るようにカクテルを作り。
舞が生ビールを注ぎながらカウンターの上を滑らせる。
それを藍・スギ・クロ3人が華麗に受け取りテーブルに運んでいく。
「す、凄すぎる。海、昨日もこんな感じだったの?」
「昨日は、隆羅1人だったけど。今日はもっと凄いかも、2人とも息がぴったりで」
「驚いたわ、1日でここまで出来るなんて。隆羅の教え方が上手いだけじゃなくて、舞ちゃんに元々才能があったのね」
クルクルと回るボトル。
そしてキン・キン・キンと心地よい音がしてシェーカーを振りグラスに氷が注がれカクテルが出来上がっていく。
それに合わせる様にジョッキがカウンターの上を滑っていく。
隆羅が、舞に目で合図を送ると舞が隆羅の横に立つ。
そして曲が終わり、隆羅が藍に合図を送る。
先程より更にアップテンポな伴奏が始まり、隆羅がリズムを取る。
「1・2・3 ゴー!」
2人が目の前にそれぞれ2つのシェーカーを置き。
グラスをその横にリズムに合わせ置いていく。
次の瞬間、ボトルが宙を舞う。
それをキャッチし手のひらでクルクルと回しシェーカーに正確に注いでいく。
2人の息がぴったり合い全く同じ動きをする。
マイクは切られていたが海には分かった、隆羅が舞の横でリズムを口ずさんでいるのを。
そして、2人同時にシェーカーを振る。
隆羅が舞のリズムに合わせている。
グラスに注ぎフルーツを飾り付け2人の前に4種類の違うカクテルが出来上がり、2人が両手を広げた。
「ウォー!!!」
と歓声が上がり拍手が鳴り響き、舞は肩で息をしていた。
藍がカクテルをテーブルに運びカウンターに戻り、藍・スギ・クロそして隆羅と舞がお辞儀をした。
「アンコール!」
何処からか1人の声が上がった。
それは次第に大きな掛け声に変わっていた。
「アンコール!」「アンコール!!」「アンコール!!!」「アンコール!!!!」
藍が指示を請うために隆羅を見る。
「舞、どうする? もう1つのトリプルをやるか?」
「でも、あれはまだ自信が」
「大丈夫だ。自分を信じろ、今までは完璧だ」
「はい。やります!」
舞の目が自信に溢れていた。
舞自身も今なら何でも出来る気がした。
隆羅が藍に合図すると、藍が手を上げて入り口のスタッフにOKサインをだす。
曲が別の曲に変わった。
2人が今度は3つのシェーカーとグラスを並べると曲が流れ始める。
今度は隆羅のインカムが入っていた。
「さぁ、皆さんもご一緒に」
隆羅が両手を挙げ手拍子をしてリズムを取る。
「1・2・3 ゴー!」
リズムに合わせてお客さんやギャラリーが手拍子をした。
クルクルとボトルを回しながら隆羅が面白可笑しくリズムを取った。
「ボトルを回して! シェーカー 1・2・3!」
「3・2・1で! ボトルをポン!」
「右・左 右左!」
舞が失敗しそうになっても隆羅の掛け声で修正して行った。
「凄い、凄いよ! ルコ」
「もう、ビックリ」
海やルコ達もリズムに合わせ手拍子をする。
ギャラリーに混じって手の空いたホテルのスタッフも沢山見に来ていた。
そして、2人同時にシェーカーを次々に振り。
グラスに注ぎリズムに合わせて飾り付ける。
曲が終わると同時に6種類のカクテルが仕上がり、2人が手を広げた。
拍手と歓声が鳴り響いた。
舞が涙を流している。
「先輩、ありがとうございました」
舞が感激のあまり隆羅に抱き付いた。
指笛が鳴り、お客が歓声を上げる。
「舞、まだお前の仕事はこれかだからな」
「はい、スイマセンでした」
舞が涙を拭いた。
「後は頼んだぞ」
隆羅がお客に一礼をしてカウンターを後にし、海達のテーブルにやって来た。
「パパ、お疲れ様」
「茉弥はぐっすりお寝んねかぁ」
隆羅が茉弥の顔を覗き込んで海の横に座る。
「隆羅、凄かったよ」
「西表島はどうだったんだ? 海」
「水牛車に乗ったり、板みたいな根っこの木を見たり、それとボートで川を上ったの。とっても楽しかったよ」
「ええ、海。本当に? 私には上の空にしか見えなかったけど」
「ちゃんと観光も楽しんだもん」
「海ちゃんは、隆羅の事が気になってしょうがなかったのよね」
「もう、沙羅さんまで」
そこに藍が料理を運んできた。
「藍、頼んでないけど」
「これは、ホテルからのサービスです。支配人にOKも貰っています」
ホテルの支配人もショーを見に来ていたのだ。隆羅が一礼をすると支配人も軽く片手を上げて合図した。
「遠慮なく、頂こう」
「わーい。もうお腹ペコペコ」
皆でバーベキューや料理を楽しんだ。
舞を見ると活き活きとし笑顔が輝いていた。
クローズの時間も近づき、お客もまばらになってきた。
舞が隆羅達のテーブルに挨拶をしにやってきて深々と頭を下げた。
「先輩や皆さん、本当にありがとうございました」
「そんなに畏まらなくても、私達もとても楽しかったし」
ルコが舞に言う。
「海ちゃんが先輩に頼んでくれたんでしょ」
「えへへ、私ももう1回見たかったしね。これからもショーはやるの?」
「本当は、ホテルを辞めようと思っていたんです。憧れだけでこの島に来てしまって目標も何も無く。仕事は楽しかったけど、やっぱり何か違うって思っていました。でも、今は違います。絶対にショーを自分の物にしたいと思います。憧れの先輩のショーを間近で見られて、そして一緒にショーに参加できてとても幸せです。後輩も育てないと、私でショーを終わらせたくないから。必ず自分の物にしますから見に来てくださいね」
「絶対に来るよ、隆羅を連れてね。約束するよ、舞ちゃん」
「本当にありがとうございました」
「舞。オーダーだよ」
「はーい。今、行きます。じゃ、失礼しました」
藍が呼ぶと舞が一礼をしてカウンターに戻る。
「良かったね。隆羅」
「そうだな」
「隆羅、あなた知っていたのね。彼女が辞めようとしていた事」
「さぁ、俺は何も知らないぞ」
藍が隆羅達のテーブルにやって来た。
「先輩、本当にありがとうございました。舞もこれで残ってくれると思います」
「やっぱり、藍ちゃんがパパに言ったんだ。舞ちゃんが辞めるかも知れないって」
「いいえ、私は何も言って無いですよ」
「でも。今、残ってくれると思うって」
「先輩は、分かるんですよね。何となく雰囲気で」
「何の事を言っているんだ?」
「本当なの? 隆羅」
隆羅がとぼけると海が問い詰める。
「何がだ、海?」
「海ちゃん、本当なんだよ。だって私も舞みたいに引き留められて今があるんだもん、大好きな人ともここで出逢えたし。全部、先輩のおかげなんだ。仕事が残っているので私はこれで失礼します」
藍がお辞儀をして仕事に戻った。
「パパって本当に底が見えないよね。裏でとんでもない事をしてたりして」
「うふふ。案外そうかもよ」
「ルコも沙羅さんも怖い事言わないで下さい」
沙羅が不敵な笑いを零すと海が隆羅の腕をつかんだ。
すると隆羅が優しく海の頭に手を置いた。
「さぁ、部屋に戻ってゆっくりするか。今日は、疲れたからな」
「隆羅、明日は今日の貸しを返してもらうわよ。買い物に1日付き合ってね」
「へいへい。了解いたしました。倍返しですか」
「隆羅、何か文句でも?」
「ございません。沙羅お嬢様」
海の手を取り逃げ出すように隆羅が席を立った。
「明日は9時集合よ」
沙羅の声が後ろから聞えてくる。
隆羅が手で合図した。
部屋に戻りのんびりする。
隆羅がシャワーを浴び出てきてベッドに寝転ぶと海が隆羅の横に座った。
「知らない隆羅の事、あとどれ位あるのかなぁ?」
横目で海が隆羅を見る。
「なんなんだ、その目は?」
「別に、なんでもないけれど」
「海にだって、俺にいえない事の1つや2つあるだろう」
「私に? 無いもん。だって隆羅の半分しか人生歩いてないもん」
「そうだったな。俺の半分か……」
「隆羅、そんな顔しないでよ」
隆羅の目がとても寂しそうだった。隆羅が体を起こして真剣な顔で海に向き合った。
「海、実は俺……」
「嫌! そんな目をした隆羅の話なんて聞きたくない!」
海が耳を両手で塞いだ。
その時、隆羅の携帯が鳴った。
「もしもし、タカちゃん絶対に駄目!」
「お袋、何が駄目なんだ?」
綺羅の声に隆羅の声が笑っていた。
「ええっ、あっ。そのママね、あのう。ずるい鎌掛けたのね!」
「明日、9時に集合だからいいな。来ない時は、皆にバラスからな」
隆羅が電話を切ると海が不思議そうな顔をしていた。
「隆羅? いったい何が?」
「別に何も無いけど」
「そうやって、いつもはぐらかすんだから。隆羅なんか嫌い」
「嫌いか……」
「えっ、隆羅。ゴメン」
海がベッドに潜り込むと隆羅が立ち上がり海が慌てて起き上がる。
隆羅の口が「トイレ」と動きトイレに入っていく。
「もう! 隆羅のバカ! 本当に信じられない。大嫌い!」
海が涙目になって叫び布団に包まった。
隆羅がトイレから出てきてベッドに横になり、布団に包まっている海を布団の上から抱しめ言った。
「俺は、こうしていられるだけで幸せなんだがな」
「隆羅、私も。あれ? 動けないよ。隆羅」
布団に包まれ身動きが取れなくなっていた。
「嫌いなんだろ? 海は」
「違う、そうじゃなくて。隆羅、隆羅ってば」
しばらく動けないで居ると隆羅の腕から力が抜けた。
「隆羅?」
海がやっとの思いで布団から這い出して隆羅を見ると疲れて眠ってしまっていた。
「お疲れ様、隆羅。本当に子どもみたいなんだから」
海が隆羅の腕の中に潜り込んだ。




