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夏休み-4

翌朝、海が目を覚ますと隆羅の姿が見当たらなかった。

しばらくベッドの上でボーとして居ると部屋のドアが開く音がした。

「隆羅、何処に行っていたの?」

隆羅がトレーを持って部屋に入ってきた。

「朝食をテイクアウトさせて貰ったんだ」

「はぁう~」

海があくびをして時計を見ると9時半になっていた。

「ほら、朝ごはんだ」

隆羅が海にトレーに乗った朝食を渡す。

綺麗に盛り付けられた洋食だった。

「何だか、映画の主人公みたいだね。ベッドの上で朝食なんて」

「そうだな、こぼすなよ」

海はベッドの上で足を伸ばし、足の上にトレーを置いて食べ始め。

隆羅は横のベッドに座り膝の上にトレーを置いて朝食を取った。

朝食を食べ終わり隆羅が片付けを始めた。

「海、このカップを持っていてくれ」

「うん、私も手伝うよ」

「大丈夫だ」

隆羅が食器をティシュで軽くふき取り重ねて部屋の外にトレーに乗せて置いた。

「海、カップをくれるか」

「はい」

海が隆羅にカップを渡すと、ステンレスボトルから何かを注いで渡してくれた。

「隆羅、これは?」

「舞、特製のカフェオーレだ」

「美味しい。隆羅もここに座って」

「ああ」

隆羅がベッドに上がり海の横に座りカフェオーレを飲む。

海が寄り掛かってきた。

「幸せ。こんなに幸せでいいのかなぁ。凄く自由で居られて皆と居ると自然に笑顔になるの。これが隆羅の言っていた自然体って言うやつなんだろうな。皆がこの島が好きになり住み着いちゃう理由が判る気がするなぁ」

「海にも判って来たんだな」

「うん、何となくだけどね。今日は何処に遊びに連れて行ってくれるの?」

「米原の海でシュノーケリングをしようかと思っているんだ。綺麗な海の中を見たいだろ」

「本当に、海の中を覗けるの?」

「ああ、とても綺麗だぞ」

「早く、準備して行こうよ」

海が普段どおりの海に戻っていた。

「そうだな。それじゃ水着に着替えてくれるか」

「うん、あれ? でも水着は」

「軽く水洗いしてベランダに干してあるぞ」

「ええっ、隆羅がやったの?」

「他に誰がするんだよ、海水がついたままじゃ不味いだろ」

「そうだけど、恥ずかしいよ。もう」

「俺が取り込んでくるか?」

「もう、駄目」

海が赤くなりベッドから飛び出し水着をとりバスルームに入って行った。


準備を済ませ米原キャンプ場に向かう。

キャンプ場には入らずに大きな駐車場と売店があるところに車を止めた。

「車がいっぱいだね、殆どレンタカーだ。ここが一昨日言っていた所だね」

「そうだ」

隆羅がメッシュバッグとライフジャケットを車から取り出して、ビーチに向かい歩き出した。

「人がいっぱいだ。でもゴチャゴチャとしてないんだ」

「内地の海は異常なんだよ。あんな芋洗いみたいな海水浴場はゴメンだよ」

「内地って本土の事だよね」

「ああ、そうだ。海は凄いな」

「えへへ、褒められちゃった」

ビーチに荷物を置いて、準備を始める。

「海、これを着てくれ」

「隆羅、これって何?」

「日焼け止めの為と珊瑚や岩から体を守ってくれるんだ。足は日焼け止めを塗っておけよ」

海が隆羅から受け取ったラッシュガードを着て日焼け止めを塗りマリンブーツを履いた。

「少し、シュノーケリングの講習を浅瀬でするぞ」

「うん」

2人で海に入いる。

最初は、マスクだけを着けてマスクとシュノーケルの使い方を隆羅がお手本を示しながら教える。

その後でフィンを着けてフィンの漕ぎ方と立ち上がり方などひと通り講習した。

「隆羅って、ダイビングショップの人みたいだね。とっても教え方が上手、分かりやすいし。それに、ふふふ」

「何が可笑しいんだ?」

「隆羅、周りを見て」

隆羅の耳元で海が囁いた。

周りを見ると何組かの観光客が隆羅の講習に耳を傾けて居た。

「それじゃ、リーフの外に出てみるか」

隆羅がライフジャケットと2人のフィンとマスクそれにビニール袋を持って歩き出した。

「隆羅、その袋に何が入ってるの?」

「刺身の残りだよ、ホテルで貰ってきたんだ。魚を呼ぶのに使うんだ少しだけな、行くぞ」

隆羅が海の手を引きながら器用に大きな岩のような珊瑚の上を歩き出す。

海も転ばないように注意しながら隆羅の後の続いた、少し歩くとリーフの上に出た。

そこから先は海の色が全く違った。

「深そうだね」

「それなりにな、これを着けていれば溺れる事はないさ」

隆羅が海にライフジャケットを着ける。

「さぁ、マスクを着けてくれ」

「うん」

隆羅は既にマスクを着けていた。

「俺が先に行くから、合図をしたら海も来てくれ」

「分かった」

隆羅が先に海に入りフィンを着けている。

そして海に手招きをした、海が恐る恐る海に入った。

ライフジャケットの為に体は簡単に水に浮いた、隆羅が海のフィンを指差す。

海が足を少し上げると隆羅がフィンを着けてくれた。

「海の中を見てごらん」

隆羅に言われて海が海の中を覗くとそこには青い世界が広がっていた。

何処までも青く黄色や青などのカラフルな魚達が泳いでいた。

波打ち際から珊瑚礁が海の中に落ち込んでいて底は見えないけれど恐怖感は無かった。

真上から太陽の光が差し込み光のシャワーを浴びているようだった。

隆羅が刺身を取り出し細かく揉み解すと無数の小魚が集まって来た。

隆羅が海に刺身を渡す、すると海の手にも魚が集まった。

しばらく魚達と戯れていると隆羅が行こうと手で合図をする。

海の手を取って珊瑚礁に沿うように泳ぎだす、少し泳ぐと淵の様になったところに出た。

隆羅が顔を水面から出した。

「どんな感じだ。海の中は」

「もう、感激だよ! 凄く綺麗で、まるで、空を飛んでいるみたい。帰りたくなくなちゃうよ」

「それは、嬉しいな」

「ねぇ、隆羅。ジャック何とかやって」

「潜る所を見たいのか? 良いぞ」

海の手を離して隆羅がシュノーケルをくわえると海もシュノーケルをくわえて海の中を見た。

隆羅が息を軽く吸い、体を水中に向け足を伸ばすとスゥーと何の抵抗も無く潜り始めた時々鼻をつまんで耳抜きをしている。

まるで青い世界の吸い込まれていくようだった。

海の真下で隆羅が息を少し吐いた、隆羅の吐いた息が気泡になって上がってくる。

それを追いかけるように隆羅も上がってきた。

「隆羅、凄い。私にも出来るようになるかなぁ」

「練習すれば直ぐになれるさ、でも深く潜るにはそれなりの練習が必要だけどな」

「こんな青い世界が同じ日本にあったんだね」

2人で海中散歩を楽しみ、浅瀬に戻りしばらく遊ぶ。

ビーチで横になりからだを温める。

「そろそろ、いい時間かな」

「隆羅、何の時間が良いの?」

「美味しいパンがそろそろ焼き上がる時間なんだ。体を拭いて買いに行こう」

「うん」

体を拭いてTシャツを羽織って車に道具を放り込み車を出すしばらく走る、海側にある小さな木の看板を目印にわき道に入るとと可愛らしい真っ白な建物のパン屋が見えてきた。

パンの焼けるいい匂いが漂っていた。

「隆羅、美味しそうだね。何がお薦めなの?」

「カレーパンが美味しいけど、凄く辛いからな。紅芋のアンパンも美味しいぞ」

いくつかのパンを買って店を後にする。

「体が塩ぽいね。べとべとだぁ」

「水浴びをするか」

少し車を米原の方に戻り小さな橋の所に車を止めた。

「ここに、何があるの?」

「小さな滝があるんだよ。今は誰も居ないからラッキーだぞ」

隆羅が橋の脇から下に降りた。

海も後を着いていく、直ぐに小さな滝が見えた。

隆羅がゆっくり滝壺に入って行く。

「冷たくって気持ちが良いぞ。海もおいで」

「つ、冷たい。でも体が日焼けで火照っているから、気持ちが良いね」

海が足をつけてゆっくり入り滝の下で髪に着いた海水を洗い流した。

「ヒカゲへゴがお日様を遮って涼しいね」

「静かだな」

海が隆羅に寄り添った。滝の水音と蝉の鳴き声しかしなかった。

しばらくするとガヤガヤと誰かが降りてくる気配がした。

「そろそろ、行こう」

隆羅が海の手を引き滝壺から上がる。

入れ違いで地元の子ども達がやってきた。

「気を付けて遊べよ」

「はーい。ナイチャーのニィニィ、ネェネェ。バイバイ」

隆羅が子ども達に声を掛けて橋に上がり体を拭いて車に乗る。

「いい子達だね。隆羅」

「そうだな、シャイな子が多いけどな」

車を於茂登トンネルに向けて走らせた。


トンネルの手前の公園の駐車場に車を止めて、クーラーボックスから飲み物を出しパンを持って木陰に座った。

近くで家族連れが水遊びをしている。

「隆羅、ここは何?」

「ここは、トンネルから湧き出す水を使って小川を造り市民の憩いの場所になっているんだ。ここなら小さな子どもでも安全に水遊びが出来るからな」

隆羅が、紙袋からパンを取り出した。

「紅芋パンで良いか?」

「うん。わぁ、まだ温かいね」

そして隆羅はカレーパンを食べ始めた。

「紅芋も餡子がいっぱいで美味しい。フランスパンの生地なんだね」

隆羅は普通にカレーパンを食べていた。あれ程、激辛だと言っていたのに。

「隆羅、カレーパン1口ちょうだい」

「大丈夫か? 辛いぞ」

「大丈夫だよ、隆羅だって普通に食べてるじゃん」

隆羅からパンを受け取り1口かじる。

かじった瞬間、海の顔つきが変わった。

「ん、んんん」

目に涙を浮かべ、口を半開きにして首を振っていた。

「しょうがないやつだな」

隆羅が海の口元に手を出すと海が1口だけ噛んだパンを出した。

「かりゃいひょ(辛いよ)、たきゃりゃ(隆羅)」

「ほら、ゆっくりお茶で口をゆすぐ様に飲むんだ」

「ひぃ~、たかりゃのバカ」

「自分で大丈夫だって言ったんだろ、バカなのは海だ」

海が出したパンを口に放り込んだ。

「ああ、ばっちいよ」

「何でだ? ただの食べかけだろう、ルコが小さい時はしょっちゅうだったぞ」

「それは子どもの頃の話で」

「子どもも大人も関係ないだろ、親子か恋人の差だけだろ」

「そうだけどさ」

近くで遊んでいた家族連れの小さな子どもが海に向かって歩いてきた。

1~2才だろうかまだ頼りない歩みだった。

「うふふ、可愛いな。おいで」

海が手を差し出すと海の手を小さな両手でシッカリ握り海の顔をみて笑っていた。

そこへ子どもの母親がやって来た。

「ユー君、駄目よ。お邪魔しちゃ、ゴメンなさいね」

母親が子どもを抱きかかえ会釈をして帰って行った。

「いいな、あんな可愛い子」

「やっぱり、女の子は子ども欲しがるものなのかなぁ」

「それは、好きな人の子どもならね」

「海が、ちゃんと高校を卒業したらだな」

言い終わらないうちに隆羅が立ち上がった。

隆羅の言葉が良く聞き取れずポカンとした顔を海がしている。

「ほら、行くぞ」

隆羅の呼ぶ声に海がハッとした。

「ねぇ! 隆羅。今なんて言ったの? 私がちゃんと卒業したら何なの? ねぇてば! 隆羅」

「早くしないと、置いていくぞ」

海が慌てて隆羅の後をおいかけ隆羅が車に乗り込んだ。

「ねぇ、本当に卒業したらなの?」

「何がだ?」

「だから、結婚とか」

「結婚なんて俺がそんな事を言ったか?」

「ずるいよ。隆羅が卒業したらって言ったじゃん」

「前に、いつも側に居てやるとは言ったけどな」

「隆羅のいけず! 私はさっきの言葉忘れないし、信じるからね」

「一寸先は闇と言うからな」

「もう、隆羅のイヂワル」

海が可愛らしい頬を膨らませた。

「怒った顔も可愛いぞ。海」

「もう、バカ」


車はトンネルを抜け市内へと向かっていた、しばらく走ると左側に湖みたいなものが見えてきた。

「隆羅、あれは何なの?」

「農業用のダム湖だよ。石垣島には大きな川が無いから幾つものダムがあるんだ」

ダムの近くまで車で入っていく。

「何だか、島にいるって感じがしないね」

「そうだな。観光農園にでも寄ってフルーツでも食べてみるか?」

「うん、良いかも」

車を出し、しばらく走り観光農園に向かう。窓から山並みが見えてきた

「隆羅、あの山凄いね」

「あれが、於茂登岳だよ。頂上にテレビ塔が見えるだろ」

「隆羅は登った事あるの?」

「1回だけな。景色もあまり見えないし、野底のマーペーの方が登るなら楽しいぞ」

「私は、山登り苦手だなぁ」

「じゃ、今度はマーペーに登ろうな」

「苦手だって言ってるのに」

「頂上は気持ち良いのになぁ」

観光農園に着き、車を止めて園内に入る。

入り口の壷にお金を入れて園内を散策する。

「隆羅、いろんな色のハイビスカスがあるんだね」

「街中でも注意してみればいろんなハイビスカスを見られるんだぞ。赤、白、黄色、オレンジ、ピンクそれに八重咲きのハイビスカスもある」

「椰子の木やブーゲンビレアもいっぱいだ。隆羅フルーツは?」

「食べる事ばっかりだな」

「フルーツは美容にも良いんです」

「分かったよ、あそこの建物にあるからな」

建物に入ると色とりどりのフルーツが並べられていた。

「隆羅、見た事の無いフルーツばっかり」

「パインは食べただろ。マンゴ・パパイヤ・パッションフルーツ・レンブ・アテモヤ・スターフルーツ・カニステルかな」

「隆羅、凄い。レンブってどんな味?」

「梨の味に似ているかな」

「じゃ、このイボイボのフルーツは?」

「アテモヤ。森のアイスクリームと呼ばれていて、甘くてクリーミーな感じかな」

「この星型のフルーツは?」

「これも、梨みたいな食感かな、甘みは少ないぞ」

「この黄色いのは?」

「別名エッグフルーツ、卵の黄身を食べてる感じだよ」

「何だか、微妙な感じ満載だね」

フルーツの盛り合わせを隆羅が頼んだ。海が食べながら不思議な顔をしていた。

「やっぱり、パイナップルかマンゴーが1番かな」

「そろそろ、ホテルに戻ってプールにでも行ってゆっくりするか」

「そうだね、待ち合わせの時間までだいぶあるからね」


今夜は食事を市内で食べようと沙羅達と約束をしていた。

観光農園をでてホテルまではそれほど時間は掛からなかった。

駐車場に車を止めてフロントで鍵を受け取りそのままプールに向かう。

隆羅はプールサイドのサマーベッドに横になり、海はプールで泳いでいた。

「隆羅、とっても気持ちが良いよ」

日が傾いていたが、まだまだ明るかった。

隆羅が起き上がり海の所に歩いていく。

「海。もう、ゆっくりした方が良いぞ。バーでのんびりしよう」

隆羅が海の手を引っ張りプールからあげた。

海が笑顔で答えてから軽くシャワーを浴びタオルで濡れた体を拭きシャツを羽織りバーに向かう。

バーには舞が居た。

「舞ちゃん。今朝はカフェオーレありがとう」

「美味しく入れられたかなぁ」

「とても、美味しかったよ」

「如月先輩もいらっしゃい」

「あれ、今日は1人なのか?」

バーベキューテラスのオープン時間が間近なのに舞が1人でバーに居るのを海が不思議がった。

「そうなんですよ、ヘルプの子が体調を崩して急に休んでしまったから」

「この時期は、どこも忙しくってヘルプ頼めないからな」

「でも、みんなが手伝ってくれるから大丈夫だと思うんですけど」

ジュースを頼んで海と2人でまったりとしていた。

今日は少し雲が多く綺麗なサンセットは望めそうになかった。

「オープンするよ」

藍の声が響いた、藍に目をやると手を振っている。

海が手を振り返した。

藍の声と同時に待っていたお客がバーベキューテラスに流れ込んできた。

最初のうちはドリンクのオーダーに何とか間に合わせていられたが、慣れないヘルプのせいでオーダーが溜まりだし舞が焦りだした。

「隆羅、舞ちゃん大変そうだよ。何とかならないかなぁ」

海が心配そうに隆羅に声を掛ける。

「仕方が無い、俺が何とかしよう」

「隆羅、大丈夫なの?」

「任せろ」

海が不安そうな目で隆羅を見た。

隆羅がシックなアロハシャツと短パンのままバーカウンターの中に入り藍に目で合図をする。

藍が頭の上で両手で大きなOKサインを出して大きく何度も頷いた。

それを見た隆羅がヘルプの子に声を掛ける。

「アップテンポの曲に変えて」

「わ、分かりました」

ヘルプのスタッフがカウンターを飛び出し藍に耳打ちをする、藍が直ぐに指示を出していた。

その間に隆羅はお酒を並べ替えてレシピを確認していた。

「飲み物はまだですか?」

「ビールは?」

お客の請求の声があちらこちらで聞え始めザワザワし始めていた。

流れていた曲が小さくなりアップテンポの曲のイントロが流れ始めた。

隆羅がお客に聞えるように片手を挙げ指を鳴らし声を上げた。

「さぁ、今宵も楽しもう! イッア ショータイム!」

隆羅の声がテラスに響くと、ザワザワしていたお客が一斉に隆羅に注目した。

次の瞬間、隆羅が曲にあわせて踊るようにお酒のボトルを操りながらカクテルを作り始めた。

クルクルと手の平の上でボトルが回り。

グラスに氷が注がれ。

次々にシェーカーを心地よい音を鳴らしながら連続して振りカクテルを仕上げていく。

それをいつの間にかカウンターに付いた藍がテーブルに運んでいく。

カクテルを出すと今度は生ビールを注ぎ始めた。

そしてビールを注いだジョッキをカウンターの上を次々に滑らせる。

それをスギと藍が交互に受け取りテーブルに運び出す。

舞が呆気に取られて隆羅を見ていた。

長めの曲が終わると殆どのドリンクがテーブルに行き届いていた。

隆羅が両手を広げ挨拶をするとお客さんからは拍手や歓声が上がった。

カウンターの前ではお客に藍とスギがお辞儀をしていて入り口の方を見るとレストランのスタッフも見に来ていた。

「凄い。憧れのショータイムだぁ!」

「舞ちゃん、あれは何なの?」

舞が唖然として海も驚いていた。

「あれは、先輩が昔やっていたのよ。ここで毎晩」

藍が不意に声を掛けてきた。

「係長。私、感激しちゃいました」

「舞は、ちゃんと先輩を見て良い所を吸収しなさい。2度とこんなチャンスは無いわよ、憧れていたんでしょ」

「はい!」

舞が笑顔で返事をした。

すると藍がサラダとソーセージの盛り合わせを持ってきてくれた。

「海ちゃん、これサービスだから食べてね」

「藍ちゃん、隆羅はあんな凄い事をしていたの?」

「そう、毎晩ね。最初は遊び半分でやっていたんだけど、今日みたいにパニックになった日があって先輩が機転を利かせてお客さんを楽しませたの。それが好評で先輩が居る時はいつもね。実は舞はお客さんとして先輩のショーを見て憧れてここにやってきたの、でもその時はもう先輩は居なくって残念がっていたの」

隆羅を見ると舞にボトルの扱い方をレクチャーしていた。

「でも、信じられないな。学校ではあんなの想像できないもん」

「先輩って学校ではどんななの?」

「髪の毛を綺麗にセットして、ビシっとスーツを着て。真面目で厳しくって、でも凄く気配りしてくれる優しい先生」

「ここでも、レストランに居る時はそうだったなぁ。蝶タイして黒服着て、でもOFFは凄くラフで楽しくって優しかったよ」

「そうそう、ONとOFFではまるで別人。だけど堅苦しい格好は嫌いって言ってたけ」

「もう1日だけ、先輩ショーをやってくれないかなぁ」

「私が頼んでみる」

「ええっ? 海ちゃん本当に」

「うん、やってくれるか分からないけど」

「嬉しい。舞や他の皆に、もう1度見せたいんだ、お願いね」

海の手元に置いてある隆羅の携帯が鳴った。

海が隆羅に向かい携帯を持ち「電話」と口を動かすと隆羅が目で合図した。

「舞ちゃん、また今度な。先客があるんだ」

「ありがとうございました」

舞が深々とお辞儀をした。

隆羅がカウンターから出てきて電話を掛ける。

「さぁ、海。行こうか沙羅達が待っているから」

「うん」

「先輩、今日はありがとうございました」

藍が深々と頭を下げた。

「なんでもないさ、この間のビーチパーティーのお礼だよ。待ち合わせがあるからこれで行くからな。後は頼んだぞ」

「はい」


海と一緒にプールサイドバーを後にしてフロントに向かい、タクシーに乗って待ち合わせの居酒屋『湖南』に向かう。居酒屋に入ると沙羅とルコが先に始めていた。

「パパと海は遅いんだから、またラブラブしていたんでしょ」

「違うよ、イッア ショータイムって」

席に着き飲み物を頼むと海が片手を挙げて隆羅の真似をした。

「何それ?」

「凄い、格好良かったんだよ。隆羅がカクテルを踊るように作って、生ビールをカウンターの上をサァーって滑らせて」

海が興奮して振り付きでしゃべりまくっていた。

「海、興奮しすぎだよ」

「まるで、映画のカクテルみたいなのね」

「そうそう、沙羅さん。そんな感じ」

「パパが? 信じられないよ。それより今日は何をしていたの?」

「米原のリーフの外をシュノーケリングしたり、焼きたてのパン食べたり、滝に行って水浴びしたり。凄く楽しかったよ」

「なんだか、海ばっかりずるいなぁ」

「ルコは何を言っているの。子どもの頃に同じ様な事をしてもらったじゃない」

「ええ、でもママ。今が良いんだもん」

「茉弥が大きくなったらね」

「しょうがないか」

ルコと沙羅が料理に箸を伸ばした。

海は神妙な顔つきになって隆羅の目を見て話し始めた。

「ねぇ、隆羅。お願いがあるんだけど」

「何だ、海?」

「もう1度見たいな、ショータイム。駄目?」

「勘弁してくれよ」

「だって舞ちゃんなんか隆羅のショーを見て憧れてあのホテルに来たんだよ。お願いだからもう1回だけ」

海が手を合わせて隆羅を見つめた。

「そんな目をして見るな。沙羅、悪いが」

「分かったわ、貸しよ。海ちゃん私達と明日は西表島をツアーで観光しましょう」

「えっ、でも隆羅は?」

「やるんならトコトンなのよね、隆羅」

「しょうがないだろ、海の頼みなんだから」

「じゃ、やってくれるの?」

「ああ、ちゃんと舞ちゃんにもレクチャーしないとな」

「ありがとう。隆羅大好き」

海が嬉しそうに隆羅に抱きついた。

「はいはい、ラブラブしてたら料理が冷めるから頂きましょう」

「はーい」


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