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夏休み-2

翌朝。1人で寝ていたせいか早く目が覚める。

海が時計を見ると6時を廻ったところだった。

「隆羅のバカ。散歩でもしてこよう」

隆羅の鼻をつまみ、海は外に出た。

空は白みはじめていて、朝の風がとても気持ちが良かった。

部屋の脇を通ってビーチの桟橋の方へ歩き出す。

海は凪いでいて波一つなくとても静かでサラサラと潮風がそよいでいた。

「う~ん、気持ち良い。最高!」

両手を上に伸ばし体全体で伸びをして深呼吸をした。

少し散歩をしながらレストランの方を歩いていると声を掛けられた。

「海ちゃん、おはよー」

昨日出会ったばかりの山中が笑顔で手を振っていた。

「山中さん、おはようございます。早いんですね」

「朝食の準備があるからね。海ちゃん。藍でいいよ。」

「でも、山中さんは年上だし」

「関係ないじゃん、もう友達なんだし」

「えっ、でも」

「イチャリバチョーデー。沖縄の言葉で1回会えば兄弟の様なモノって言う意味なの、如月先輩の大好きな言葉よ。ここのホテルはそんなフレンドリーで心の触れ合いを大切にするをモットーにしているの。先輩が居た頃に提案した事なんだけどね」

「係長、何しているんですか?」

中山を見つけて走ってきたのは杉田だった。

「ごめん、スギ。今、行く」

「あっ、海ちゃんだ。おはよう」

杉田が海を見ると笑顔で挨拶してくれた。

「スギは可愛い女の子には目聡いネ」

「おはようございます。杉田さん」

「スギでいいすよ。それより準備しなきゃ」

「そうね、海ちゃんまたね」

「じゃあ」

藍とスギがレストランへと走った。

海は何だかとても嬉しくなった、この島にはまだまだ海の知らない隆羅が居そうでワクワクしていた。


自分達の部屋に近づくと目覚ましの鳴る音が聞えた。

「いけない、目覚ましいつもの時間にセットしたままだ」

海が慌てて部屋に駆け込むと隆羅が手探りで音の鳴る物を探していた。

急いで目覚ましを止めると隆羅が頭を押さえながら起きだした。

「痛ったたた」

「おはよー、隆羅」

「なぁ、海。頭が凄く痛いんだが?」

「お酒の飲み過ぎじゃない?」

「いや、飲み過ぎの痛みじゃなくて、何かで殴られた様な痛みがコブも出来ているし」

隆羅が顔を顰めながら頭を擦っていた。

「ええっ、どこ? 本当だ、どうしたんだろね」

「その手にあるのは?」

海が恍けて隆羅の頭を触る。そして海の手には目覚ましが握られていた。

「これ? 目覚まし」

「少し、凹んで無いか?」

「し、知らないよ」

「首筋にキスマークが」

「えっ、嘘?」

海が慌てて首筋を確認しようと鏡を探していた。

「嘘だ、引っかかったな」

「もう、隆羅のバカ。昨日、隆羅が酔っ払って抱きついてきたから」

「それで、殴られたと」

「少し、違う。酔っ払って直ぐに寝ちゃったから、ゴメンなさい」

「それは悪かったな」

海が隆羅の横に座った。

「隆羅……」

海が隆羅の目を見つめる。

「なぁ、海。絶対にルコが呼びに来るぞ」

「でも……」

隆羅が海に軽くキスをした。

「パパ、海。おはよー」

するとドンドンと部屋のドアをノックする音とルコの声が聞こえてきた。

「ほらな」

「本当だね」

2人で大笑いして外に出ると、完璧に出掛ける準備をしてルコと沙羅に茉弥が待っていた。

「早く、朝ごはん食べて出掛けよう」

「朝飯はいいが。こんなに早く出掛けても、どこの店も開いてないぞ」

「隆羅。とりあえず朝ごはんにしようよ」

「そうだな」仕方なく着替えをしてレストランに向かう。

「ねぇ、海。やけに嬉しそうだね」

「何が? ルコ。いつもと同じだよ」

「そうかなぁ」

「そうそう」

海とルコが楽しそうに並んで歩いている。

「隆羅、海ちゃんに何かしたんでしょう」

「痛っ!」

海の嬉しそうな様子を見た沙羅が頭を小突いた。すると隆羅が頭を擦った。

「やっぱり、何かして殴られたのね」

「逆だ、疲れて何もしなかったから殴られたんだ。毎日毎日、補習授業だぞ」

「学校の先生も大変なのね」

「出来の悪い生徒が居るとな、中には赤点ギリギリで喜んでいる生徒も居るけどな」

「ば、バカ。パパ、それは……」

ルコが振り向いて慌てていた。

「どうした、ルコ? 俺はルコだとは一言も言ってないぞ」

「し、しまった」

ルコが慌てて口を手で押さえたが『覆水盆に帰らず』『後悔先に立たず』発してしまった言葉は飲み込めなかった。

「ルコ、あなた。成績が悪かったら何処にも連れて行かない約束だったのに、帰ったら猛勉強ね」

「嫌だよ、学校でも勉強、家でも勉強」

「それが、学生の仕事だからな」

「プゥー。パパのバーカ」


朝食を済ませ、ホテルを出発する。

沙羅を街まで送り東回りで車を走らせる。

「石垣島もだいぶ変わったな、車も増えたし建物も様変わりしている」

「そうなんだ」

「俺が石垣島に来た時は、コンビニが1軒しかなかったからな」

「1軒だけなんて信じられない」

「今じゃ、市内のいたる所にあり、ハンバーガショップも大手が2つ、ドーナツ屋にフライドチキン屋もあるからな」

「今と昔とどっちが良かったの?」

「それは、立場によって違うからな。地元の人は便利になり生活は良くなったかもしれない、でも一方で街が汚れてきたと言うナイチャーがいる」

「ナイチャーって?」

「本土、つまり沖縄以外の土地の人間の事だ。でも、石垣島の人は沖縄本島の事を沖縄と呼ぶけどな」

「変な感じなんだね」

「本島に行く事を沖縄に行くと使うんだ。そして自分たちの事を島ンチューと言い、沖縄本島の人の事をウチナンチュー、宮古島の人の事を宮古ンチューと呼ぶ。島によって言葉も文化も全く違うからな」

「それは、離島でもなの?」

「そうだな、離島でもだ」

「ねぇ、パパ。海はどうしたの? さっきから一言もしゃべらずに外を見ているけど」

「さぁ、どうしてだか。ちょっと寄り道するぞ」


大きな大型店舗の駐車場に入り車を止め店舗に入りエスカレーターに乗ろうとして声を掛けられた。

声を掛けてきた男の人は白髪交じりにの短い髪で真っ黒に日焼けをしたがっちりとした体型の男の人だった。

「おんや、隆羅じゃないか」

「竹さん、お久しぶりです」

「あらぁ、こちらの娘さん方は?」

「娘のルコと」

「許婚の水無月 海です」

「ば、バカ。海はなんて事を……」

突然、海がありえない様なことを口走り隆羅がうろたえていると、竹さんの唇がにやりとして大きな目が光っていた。

「隆羅、許婚って? お前、不味いんじゃないの?」

「竹さん、か、彼女です。本当に。それと孫の茉弥です」

「孫が出来たのに、こんな若い彼女と隆羅もまだまだヤンチャだな」

「また、後からお店の方に顔を出しますんで」

「ああ、無理しなくていいよ。楽しんで来い」

隆羅の方をポンと叩き軽くルコ達に会釈をして竹さんが立ち去った。

「パパ、今の人は?」

「昔、ホテルで世話になった和食の板前さんだ。噂になるな確実に」

隆羅が少し困ったような顔をしている。

とりあえず2階に上がり買い物をする。

「何を見に来たの?」

「キャップだ、暑くて敵わないからな」

色々と見てみたが気に入った物が無かった。

ルコはあまり興味を示さなかったが海だけは嬉しそうにキョロキョロしていた。

「行こうか」

「うん」


大浜、宮良、白保と抜けてしばらく走り、玉取崎に着き、展望台に上がる。

「うわ、綺麗だよ。見てみて茉弥凄いね」

「ルコ、本当に綺麗だね。ハイビスカスの花がいっぱい咲いてる。茉弥ちゃんも嬉しそうに笑ってるよ」

展望台の上まで上がると目の前に景色が広がり眼下には光り輝く珊瑚礁の海が広がっていた。

「海が凄い綺麗!」

「気持ちが良いね、風が吹いていて」

「右側の海が、太平洋。左の海が東シナ海だ」

隆羅が指を差しながら案内をする。

「東シナ海なんて始めて見たよ。隆羅」

「ここから先の石垣島の最北端の灯台はここよりも凄いんだ」

「パパ。早く行こう。海もほら」

「うん」

車で、20分位だろうか曲がりくねった一本道を走る。

明石を抜けてしばらく車で走り、平野と書いてある標識から横道にそれる。

牧場の中を進み小さな駐車場に車を停めて、脇にある坂道を歩いて登っていく

「……」

「……」

海とルコが言葉を失っていた。

坂道を登りきると少し広くなった場所があり下に降りる階段がある。

その先には真っ白な灯台が建っていて、その先には大きな大きな海がどこまでも広がったていた。

すると隆羅がルコから茉弥を受け取り灯台がある階段とは反対側の少し小高くなった丘に登って行く。

「ほら、こっちに」

「凄い、水平線があんなに」

「海が、光ってる」

白い砂浜に、エメラルドグリーンの海。そしてコバルトブルーの海。

お昼前で真上とまでは行かないが太陽の光が海に差し込んでいた。

「隆羅、あそこから海の色が違うけど」

「あそこが、リーフの切れ目なんだ。あの先は深くなっているんだよ」

「パパ、ここの海は?」

「太平洋と東シナ海の合わさる場所かな」

しばらく、キラキラと輝く海を眺める。

「ルコ、下の灯台に行ってみよう」

「そうだね」

「海、行こう」

「うん」

海とルコが手を繋いで丘を降り、階段を下りて灯台へと向かう。

「隆羅、ここの灯台の名前は?」

「平久保崎灯台だ」

「ここも気持ちが良いね。パパ」

「そうだな。ここは日の出も綺麗だけど、サンセットがお薦めの場所なんだ。よく、1人で見に来た場所なんだ」

「本当に1人で?」

ルコが少しふざけて疑うような目で隆羅を見た。

「1人でだ。休みの日に気が向いたらブラッと来てたからな」

「1人でなんだ。彼女とか居なかったの?」

ルコが少し冗談ぽく聞いてきた。

「居なかったと言えば、嘘になるかな。若かったしな」

「どんな人だったの?」

「どんなって普通の子だよ」

「海より可愛かった?」

「ルコ。怒られたいのか?」

「えへへ、冗談だよ。もう」

海はルコと隆羅の会話が聞えているのか、聞えない振りをしているのか海を眺めていた。

「海、そろそろ観光客も増えて来たから移動するぞ」

「はーい」

車で来た道を戻っているとかなりの数の車とすれ違った。

「パパ、車が多いね」

「レンタカーだな、殆ど」

「なんだか小さな島だと思っていたのになぁ」

「そうだな、でも観光で成り立っている島だからな」

「仕方がないのかぁ」

「残念だけどな」

しばらくして三叉路に出てきた。


「少し、早いけど飯にするか。この辺で知っている店はこの先の店くらいなんだ」

「でも、お店いっぱいあったじゃん」

「俺が居た頃は、こんなに無かったんだよ」

「そうなんだ。やっぱり観光客が増えたからなんだね」

少し行くと、黄色い可愛らしい平屋建てのお店が見えてきた。

「隆羅、ここなの?」

「そうだけど、何かあるのか。海?」

「う、うん。なんでもないょ」

裏手の駐車場から小道を通って表の入り口へ向かう、中から女の人が手を振っていた。

それに気付いた隆羅が会釈をした。

「お久しぶりです」

「久しぶりだな、隆羅。今、何をしているんだ?」

背の高い男の人が声を掛けてきた。

「一応、高校の先生を」

「あの隆羅がか? 笑わすなよ」

「笑ってください、本当なんですから。食事したいんだけど、今日はチビが居るけどいいですか?」

「チビって赤ん坊がか?」

「ええっと、孫なんですけど」

「はぁ? 孫」

「あらあら、可愛い。お名前は?」

手を振っていた小柄な女の人がルコに聞いてきた。

「茉弥って言います」

「茉弥ちゃんか、あなたがママ?」

「はい」

「隆羅君の娘さん?」

「はい、パパは私の育ての親なんです」

「そうなんだ、この可愛らしいお嬢さんは?」

「同級生の海です」

「こんにちは、はじめまして」

海が少し恥ずかしそうに頭を下げて挨拶をした。

「同級生って、高校生なの?」

「はい、そうです。担任はパパなんです」

「隆羅が、学校の先生って本当だったんだね」

「隆羅、ちゃんとして」

海が少し戸惑いながら隆羅の袖を引っ張っている。

「悪い、悪い。こちらは、昔、世話になった石田さん夫婦だ。」

「ヨロシクね。奥のテーブルへどうぞ」

「ありがとうございます」

テーブルに着くと直ぐにルコが茉弥にミルクを与えると美味しそうに飲んでいた。

「ここのお薦めは、石垣牛のシチューかタコライスだけど何にする」

「「お肉!」」

海とルコの声が揃った。

「セットで3つお願いします」

「はいよ」

「でもさぁ、何で娘さんの同級生が一緒に旅行に来ているの?」

「今、海は自分と一緒に暮らしているんですよ」

隆羅が普通に言うと、しばらく間があり……

「ええっ!」

「それって、意味分からないけど。生徒と同棲って事なの?」

「というか、少し事情があって。それに彼女ですから」

「やっぱり、隆羅だね。変わってないや」

「変な事、言わないで下さいね。お願いしますよ」

「言わないわよ。はい、どうぞ」

奥さんがカボチャの冷静スープと島魚のカルパッチョを運んで来てくれる。

「それにしても、隆羅のところはなんでそうなのかなぁ。高校生の娘に子どもが居てその同級生が彼女で別れた奥さんも一緒に来たんでしょ?」

「変ですか」

「ええ、十分ね。さぁ、召し上がれ」

「いただきまーす」

海とルコは話なんて殆ど聞く耳持たずに美味しそうな料理に釘付けになっていた。

「冷たくって美味しい、このスープ」

「この、カルパッチョのお魚も美味しいよ」

「はい、ご飯とシチューね」

「隆羅、このご飯は何?」

「黒紫米と言う、古代米が入ったご飯だよ。味があって美味いぞ」

「この、シチューのお肉柔らかくってとろけそうだよ。パパ」

「石垣牛の頬肉を使っているからな」

ルコと海が黙り込んで黙々と食べている、隆羅もゆっくりと食事を楽しんだ。

食後にセットのコーヒーや紅茶を飲みながら、デザートのアイスを食べて居ると海が隆羅の脛を軽くけった。

「海、何か用か?」

「えへへ、ゴーヤー」

照れながら脛をまた蹴ってきた。

「それで、ニコニコしていたのか。海は」

「パパ、何のこと?」

「石神島、大型店舗で買い物、許婚、玉城崎で石神牛の煮込み」

「ああっ、それってアクアマリンの」

「そうだ、石垣島がモデルだからな」

「あの、橋にも、ビーチーパーリーのビーチにも連れて行ってやるからな」

「うん、ありがとう」

海が満面の笑顔で答えると石田さんが、あのライトノベルを手にしていた。

「なぁ、隆羅。もしかしてコレってお前が?」

「石田さん、そ、それを何処から?」

「少し、前にお客さんが持ってきたんだよ。これってココですか?って」

「遊びで書いていた物を、編集をしている親友に持ち出されて連載するはめになったんですよ。勝手にモデルにしてスイマセンでした」

「いやいや、全然構わないよ。その代わりサインしてくれ、お客に自慢するから。かなりの人気らしいぞ」

「サインは構わないですけど、あまり」

「無理だな。『仲村 歩』はウチの友達だとアピールしないとな」

「お手柔らかにお願いしますね」

笑いながら隆羅が本と色紙にサインをした。

「でも、あまり表には出ないよな」

「一応、教師の副業は禁止されているので不味いんですよ」

「そうか、そうだったな。写真はNGか?」

石田さんがデジカメを持ち出してきて隆羅の顔色を伺った。

「この格好で、みんなで集合写真なら良いですよ」

「それじゃ、1枚だけ」

みんなで店の中で写真を撮る。

「これで、自慢が出来るぞ。でもサインなんてあまりしないんじゃないのか?」

「しないですね。誰も顔も知らないですから、それが1枚目ですよ」

「世界で1枚だけって言う事か? 高く売れそうだな」

「勘弁してくださいね」

「冗談だよ」

ココでも、観光客が何組か訪れたので席を開ける為に出る事にした。

「石田さん、ご馳走様でした。また来ますんで」

「隆羅、元気でな」 

挨拶を済ませ店を出る。

後ろで観光客が驚いている声が聞えた。

おそらく早速石田さんがサインを自慢したのだろう。

車を西海岸へと向けて走り出す。


右手には海が見え左手には鬱蒼と緑が生い茂った山並みが見えた。

「パパ、何だか海の感じが違うね」

「そうだな、西海岸は東シナ海だからな」

「なんだか、優しい感じがするね。隆羅」

「海もそう思うのか。俺も東海岸は男性的で西海岸は女性的だと思っていたんだよ」

「パパ、何が違うの?」

「それは、言葉にするのは難しいな。ビーチの感じや泳いでそう感じたんだから」

「隆羅、あの山。変わってるね」

その山は遠くからでも直ぐに判るような、矢じりの様に尖がった感じの山だった。

「あの山は、野底のマーペーだな」

「野底のマーペー? 変な名前だね」

「マーペーは女の人の名前だよ」

「そうなんだ」

「悲しい伝説のある山なんだ。昔、黒島にカニムイとマーペーと言う恋人が居た。2人は道を挟んで向かい合った家に住んでいて。そしてある日、琉球の役人が来て道の右半分は島に残り左半分は石垣島の野底に強制移住させられ。そしてマーペーは野底に移住させられ開墾をさせられた。どうしてもカニムイに逢いたいマーペーは黒島を見ようとこの野底岳に登った。しかし、目の前には沖縄最高峰の於茂登岳があり黒島を見る事が出来なかった。悲しみに暮れたマーペーは泣きながら山頂で石になってしまった。と言うお話だ、民謡にもなっていたはずだ」

「そんな、お話がある山なんだ」

「重税や強制移住に苦しめられた、昔の人達の話は今も民謡や伝説になって島々で語り継がれているんだ」

「楽しいだけの南の島じゃないんだね」

「そうだな、もっと島の事を知ってもらいたいと思うぞ」

「隆羅、いっぱい教えてね」

「そうだな。でもそんな悲しい伝説があるけれど、ここの山頂からの眺めは絶景だけど茉弥がいるんじゃ難しいな。かなり急な登りもあるからな」

しばらく、走ると民家が増えてきて米原キャンプ場に着いた。

キャンプ場内に車を止めてビーチにでる。

「眩しい」

「ここも、凄く綺麗だね。隆羅」

「ここで、毎日の様に泳いでいたんだ」

「凄く、遠浅なんだね。パパ」

「あそこの、色が青くなっている所が珊瑚礁の切れ目でリーフと呼んでいる。ビーチから切れ目の手前までをラグーンと言って、いつも波が穏やかなんだ」

「あっちにも、何かあるの?」

「あそこには、駐車場があり売店もあって便利だけど完全に観光地化しているからな。あまり好きじゃないんだよ、海も汚れてきているしな」

「そうなんだ」

「それは、しょうがない事なのかもしれないけれど、何とかしないと数年先にはこの綺麗な海も汚れてしまうだろうな。せめて皆がゴミを捨てないようにしないとな」

「そうだね、まずは1人ひとりからだね。茉弥が大きくなったら、またこの海を見たいもんね」

「でも、ココのリーフの外は綺麗だぞ。魚がいっぱい居てな」

「私は、茉弥が大きくなったら連れてきて遊ぶんだ」

「その頃、俺はヨボヨボのお爺ちゃんかな」

「ぱ、パパ。海が怖い顔してるよ」

「冗談だよ、海。バカだな」

隆羅を睨みつけている海の頭を撫でるが海は拗ねたままだった。

「隆羅、次は何処に行くの?」

「ああ、海を怒らせちゃった」

「ほら、行くぞ」

隆羅が手を出すと海が少しだけつまんで来た。

車でまた走り出すとT字路に出て左折する。

しばらくすると標識が見えてきた。

「おがみ崎?」

「うがん崎と読むんだ。沖縄の母音は「あ」「い」「う」と3音が基本で。「え」は「い」に「お」は「う」と発音する事が多いんだ」

「この辺て、牧場が多いんだね」

「黒毛の和牛を育てているんだよ、石垣島の牛は温暖で海が近いためにミネラル分を多く含んだ草を食べて足腰が強く、胃袋が大きい為に有名ブランド牛として育てる為に仔牛の殆どが県外に出荷されてしまうんだ」

「なんで、胃袋が大きいと良いの?」

「胃袋が大きいと大きく育つんだよ、大きく育てばそれだけ取れる肉の量が違うだろ」

「なんだか、ちょっとグロイ話だね」

「昼に石垣牛を食べて美味いと言ってたじゃないか」

「えへへ、そうだった」

「海は、まだ機嫌直らないのか?」

「そんなんじゃ、ないもん」

海は少し落ち着きが無かった。

「それならいいけどな」

坂を下り、急な上り坂を登ると灯台が見えてきた。駐車場に車を止める。

「着いたぞ。石垣島の西の端、御神崎灯台だ」

「た、隆羅。その……」

「ほら、あそこだ」

海にトイレットペーパーを渡して隆羅が指をさすと海が走り出した。

「パパ、あそこって?」

「トイレだよ」

「私も行きたい」

茉弥を隆羅に抱っこさせルコも走り出した。

しばらくすると2人で楽しそうに話をしながら出てきた。

「さぁ、行くぞ」

「はーい」

灯台の横の階段を登ると目の前にコバルトブルーの真っ青な海が広がった。

「わぁ、凄い青い海!」

「平久保とは、また違う感じで綺麗だね」

ルコと海が走り出す。

「足元気を付けろよ」

「うん」「はーい」

「凄い、絶壁だね。隆羅」

「そうだろ、直ぐに外海だからな。波は荒いし流れも速いからな」

「泳げるの?」

ルコが不思議そうな顔をする。

「この下の、ビーチで泳げるぞ。もの凄くリーフの珊瑚は綺麗だぞ。潮の流れが強くって危険だけどその分、人が入らないし水が綺麗だからな」

「隆羅、舟がいっぱい」

「ダイビング船だな、この辺はダイビングポイントがいっぱいあるからな」

右手に見える珊瑚礁が広がる海に小さな船が何艘か浮かんでいる。

「パパはダイビングするの?」

「何回かした事があるけど、この島はダイビングしなくても綺麗な珊瑚や魚を見る事が出来るからな。嵌まりはしなかったぞ」

「そうなんだ」

「ねぇ、隆羅。あの島は?」

「西表島だな」

「大きな島だね」

「八重山群島の中で一番大きな島だからな。こんどは、ゆっくり離島めぐりなんて良いかもな」

「隆羅と2人でね」

「私は、ココでも邪魔ですか?」

「そんな事、言ってないだろ。さぁ、次の場所に行こうか」


車に戻りしばらく海岸線を走り、隆羅が途中で車を止めた。

「パイナップルでも食べるか?」

「うん、食べたい」

「スイマセン、パイナップルを下さい」

隆羅が声を掛けると奥からオバーが出てきた。

「はいはい。観光の人ね?」

「昔、石垣島に住んでいたんですよ」

「ええ、そうね。じゃ、美味しいところをカットしてあげようね」

その場でパイナップルをカットしてくれた。

少し小ぶりだけど、とても甘い匂いがした。

「いただきます」

「うわ、甘い!」

「凄い、美味しいよ。隆羅」

「完熟のパイナップルだからな。でも食べ過ぎると口の中が痛くなるからな」

「うん、でも止まらない」

「隆羅、あそこってもしかして名底湾?」

海が店の前に広がっている海を指差した。

「そう。名蔵湾だ。ここで冬場カニ獲りをするんだ。今はどうか知らないけれどかなり獲れるんだぞ」

「美味しいの?」

「タラバや松葉に比べたらどうか分からないけどな。甘みがあって獲れたては格別だからな」

「ふうん、そうなんだ」

しばらくパイナップルを食べのんびりした。

「出発するぞ」

車を出すとオバーがいつまでも手を振っていた。


その後、八重山民俗園に立ち寄る。

「隆羅、ココは?」

「ここは。昔の家や生活がよく分かるように展示されているんだよ。観光スポットの1つなんだ」

園内を歩いて回り海人の家や士族の屋敷、農民の屋敷などを見ながら観光客の団体に紛れて説明を聞く。

「パパ。あそこに居るの、水牛だよね」

「凄い、立派な角だね。隆羅」

「昔のトラクターだな。水牛で畑や田んぼを耕したり、物を運んだりサトウキビを搾る原動力だったりな。頭が良くて働き者だからな」

「隆羅って何でも知っているんだね」

「そんな事はないさ。あっちにリスザルが居るんだぞ」

リスザル園に入る。

団体の後に入った為かあまり寄ってこなかった。

「なぁ、海。そんなにしがみ付かなくってもいいだろ」

海が怖いのか隆羅の腕にしがみ付いてきた。

「だ、だって。何だか怖いんだもん。ひゃあ~」

リスザルが海にちょっかいを出した。

「大丈夫だって、何もしやしないよ。ルコ、茉弥は寝てるのか」

「うん、ぐっすり。車の中でミルクあげたから」

「そうか、茉弥にも見せたかったな」

「そうだね」

「しかし、暑いな。どこかで一休みしたいけど、何処も観光客でいっぱいだなぁ。少し市内まで戻って涼しい所に行こうな」

「うん」

市内に戻り、コンビニに寄って買い物をする。

隆羅はお茶やジュース、お菓子などを買っていた。

「パパ、アイス買って」

「いいぞ。海も食べたい物あれば言えよ」

「うん」

「海、どれにしようか。迷うね」

「そうだね」

アイスを買い、食べながら車に戻る。

隆羅が後ろのドアを開けクーラーボックスにお茶やジュース、タオルなどを入れていた。

「パパ、これから何処に行くの?」

「見晴らしのいい展望台だな」

「じゃ、レッツ ラ ゴー」

ルコが拳を突き上げた。


車で10分もすると、一方通行の山道に車は入って行く。

くねくねと蛇の様な坂道を進んでいくと色々な木々が生い茂って太陽の光りを遮り所々薄暗くなっている。

「隆羅、恐竜が出てきそうだね」

「そうだな、あの大きなシダに似ているのはヒカゲヘゴと言って3億6千年前からあったとされていて生きた化石と言われているからな」

「木陰は涼しいんだね。パパ」

「東京みたいに蒸し暑くないからな」

「着いたぞ」

山頂の駐車場に着くと視界が一気に開けて市内が一望できた。

ルコが茉弥を抱っこして海が駆け足で展望台に上がる。

隆羅はクーラーボックスをもって展望台に上がった。

「わぁ、小さな島がいっぱい見えるよ。隆羅」

「あの大きな島が西表島、その手前が小浜島、1番近い島が竹富島そしてその向うが黒島でその脇にあるのが新城島」

「涼しい、風が抜けて気持ちが良いね。パパ」

「そうだろ、ココはあまり観光客も来ないからな」

「あっちにも展望台があるよ」

「あそこは、バンナ公園の展望台だよ。道が綺麗に整備されて展望台も大きくなって観光バスも上がってくるからな」

「えへへ、公園見つけた」

海が展望台にあるローラー滑り台を見つけた。

「遊んで来ても良いぞ。ほら、茉弥を抱いていてやるからルコも遊んで来い」

「ええ、だって私達もう高校生だよ」

「1回、滑ってみろ。お尻を着くと汚れるからな」

「うん、ルコ行こう」

海に引っ張られルコも渋々ついて行く。

「なんだかんだ言っても、キャーキャー喜んでいるじゃないか」

しゃがんでローラー滑り台を滑り降りると、その先にある小さなフィールドアスレチックで追いかけっこをして2人が遊んでいるのを隆羅が見つめていた。

「待て! 海。やったな」

「やだもん」

2人の声が響いていた。

少しすると息を弾ませながら戻ってきた。

「楽しかった。汗だくだ」

「もう、海はずるいんだから」

「ほら、冷たいタオルだ」

隆羅がクーラーボックスからよく冷えたタオルを出して2人に渡した。

「気持ち良い」

「パパは、本当に凄いな」

2人が隆羅を挟み隣に座ってもたれかかって来た。

「暑いぞ」

「隆羅」

「私もたまにはいいじゃんね」

海が甘えて隆羅の肩に頭を置くとルコも海の真似をして隆羅の肩に頭をもたげた。

「しょうがない奴らだな」

「パパ、本当にここってゆっくり時間が流れているよね」

「そうだな、こんな時間の流れが人間本来の時間の流れなのかもな」

「癒しだね、隆羅」

「ああ」

しばらく飲み物を飲みながら3人でボーとしていた。

「そろそろ、行こうか」

「そうだね」

車で再び山道を走る、しばらく走ると天文台と書かれている標識が見えてきた。

「天文台なんかあるんだ」

「石垣島は北回帰線のすぐ北側の北緯24度に位置していて、ジェット気流の影響も少なく大気が安定していて星がまたたかず、南十字星など本土では見られないたくさんの星を観測することができるらしいからな。でもこの時間じゃ入館は無理だな」

時計を見ると5時前になっていた。

「もう、こんな時間なんだ」


市内に向かい車で青いアーチ橋のサザンゲートブリッジを目指す。

「海、ここがあの橋だよ。サザンゲートブリッジと言う橋だ」

「本当に、青くってアーチ型凄いな」

「沙羅に連絡取ってみるか」

隆羅が携帯で連絡を取っている。

「パパ、こんな街中なのにこんなに海が綺麗なんだね」

「ここは、潮の流れが強いんだよね」

「そうだ」

海が答えて隆羅が海の頭を撫でた。

「向うに公園があるんだね」

「まだ、公園しか出来てないけどな。沙羅を迎えてホテルに戻ろう、今日はバーベキューだぞ」

「やったー! お肉!」

沙羅を市内で拾いホテルに戻る。


部屋でシャワーを浴び前日に7時に予約したバーベキューのテラスに向かうと藍が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

「海ちゃん、ルコちゃん今日は楽しかった?」

「うん、石垣島を観光してきたの」

「そうなんだ、良かったね。先輩、とても詳しいでしょ」

「凄い面白かったよ」

「私も、先輩にいろんな事教わったからね。さぁ、こちらの席にどうぞ」

1番海側の席を用意していてくれた。

「先輩、飲み物は?」

「生ビール2つと、お薦めの甘めのロングカクテルを2つヨロシクな」

「かしこまりました」

藍がウインクしながらプールサイドバーに向っていった。

「隆羅、今日。おば様はどうしたの?」

「連絡がないからな。那覇に居るのかもしれないし、何処にいるのやら気まぐれだからな、お袋も」

「パパみたいだね」

「ルコ、それは違うな。俺は巻き込まれているだけだ」

「でも、石垣島に居たんでしょ。何で?」

「大学の時に、冬場に長野のスキー場でバイトをしていて、そこで世話になった人に誘われたんだ。沖縄の石垣島で仕事を手伝わないかって」

「隆羅、その人ってもしかして浜木町の」

「ビンゴだ、海。アクアマリンにどっぷりだな、今日の海は」

「あの隆羅の私小説の」

「私小説じゃないフィクションだ。沙羅、間違うなよ」

「同じじゃない」

「全く違うからな」

「お待たせしました」

藍が注文した飲み物を運んで来てくれた。

「こちらはグアバジュースと泡盛のカクテル、こちらはパッションジュースとラムのカクテルになります。名前は先輩に聞いてね」

海がバーの方を見るとあの女の子が手を振ってくれた。

そして周りのスタッフも皆楽しそうに仕事をしている。

「パパ、カクテルの名前教えて」

「この、赤い方がハイビスカスレディ。この綺麗なオレンジと赤のグラデーションの方がF・サンセットだ」

どちらのカクテルもカットされたパイナップルやオレンジそしてハイビスカスの花が飾られていてとても綺麗だった。

「隆羅、ここのスタッフって楽しそうに仕事をしているよね」

「そうそう、それに数年前に1回だけ来た私の事も覚えていてくれたし」

「スタッフが楽しめなきゃ、お客さんも楽しめないだろ。お客が主役でスタッフは脇役だけど、ここは1つの舞台の上なんだよ。仕事さえキチンとしていればかなり自由なホテルだからな。乾杯しようか」

「乾杯!」

テラスのトーチに火がともり、日が傾いて水平線の上に太陽がある。

他のお客さんもスタッフもしばし見とれている、海が呟いた。

「凄い、綺麗な、サンセット。生まれて始めて見た」

「このカクテル美味しいね」

ルコが声を上げると藍が料理を運んできた。

「料理の方、お待たせしました」

「うわぁ、美味しそう。お肉にシーフードに沢山ある」

「あちらに、ご飯やスープやフルーツもありますからご自由にどうぞ。それと先輩、明日はどうするんですか?」

「せっかく石垣島に来たんだから綺麗な海で泳ぎたいからな。でもチビが居るから米原はキツイし、海が石崎に行きたいって言っているから石崎だな。川平に寄ってからだから昼後ぐらいになると思うけど」

「奥ですか? 手前ですか?」

「奥だな。砂浜が広いしな、どうかしたのか?」

「いいえ、ちょっと聞いてみただけですよ」

藍が隆羅たちに気付かれないようにスギに合図を送っていた。

「そうか、じゃ食べよう。どんどん焼くからじゃんじゃん食べてくれ」

「ハーイ」

「沙羅も明日は一緒で良いのか」

「ええ、大丈夫よ。隆羅にも楽しんでもらわなきゃ罰が当たるわ」

「十分、楽しんでいるぞ」

心地よい海風に吹かれながら、リゾートを満喫した。

「パパ、明日は泳ぎに行くの?」

「そうだ、ちゃんと日焼け止めをしてな。太陽がキツイから茉弥には気を付けろよ」

「うん、大丈夫。ママとちゃんと準備していくから」

「お腹、いっぱいだ」

「満足してもらえたかな」

「隆羅、ありがとう」

「パパ、ご馳走様でした」

「さぁ、部屋でゆっくりするか。明日は9時頃に集合でいいかな」

「パパ、もっと早くに集まって出発しようよ」

「ルコ、せっかく石垣島にいるんだからのんびりしよう。時間を自由に使えるそれが1番の贅沢だからな」

「そうだね」

藍やスギに見送られテラスを後にする。

彼女達が何を企んでいるのかは、隆羅達は何も知らなかった。


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