夏休み-1
これから楽しみな高校生活最後の長い夏休み。
それはとても熱い熱い夏休み楽しみ。
夏休みの前半は如月パパが当番で毎日のように学校に行ってしまって、土日も補習の準備でバタバタとしていたけれど。
私は海と茉弥を連れて買い物に行ったり、ベランダで水浴びをさせたりして過ごしているんだ。
それでも時間があれば如月パパは3人を連れてプールに行ったり、みんなで食事をしたり楽しく過ごす時間も大切にしてくれたんだよ。
そして夏休みも残り半分になった時に……
海が楽しそうにハミングしながら大きなバッグに荷物を詰めていた。
「海、何をしているんだ? 旅行か?」
「あれ、聞いて無いの? 沙羅さんが旅行に連れて行ってくれるって。隆羅の荷物も一応詰めておいたけど」
「そんな話、聞いてないぞ。何処に行くんだ?」
「それは、知らないよ。とっても楽しい所だって、隆羅も明日からしばらく夏休みなんでしょ」
「ああ、確かに有給を取ってあるが。明日の午前中は引継ぎがあって学校だけどな」
「そうなんだ、変だなぁ。お昼頃出発って聞いたけど」
「まぁ、楽しんで来ればいいさ」
「そうなの? 隆羅と一緒じゃなければ私ちょっと嫌かも」
「沙羅に誘われたんだろ、行って来いよ」
「でも、少し詰まんないなぁ。隆羅の居ない時間なんて」
「海、自分の時間も大切にしないとな。今は今しかないんだ、今楽しいと思える事が一番楽しんだぞ」
「そうだね」
翌日、隆羅は補習の引継ぎの為に学校に居た。
それ程時間が掛からずに引き継ぎはスムーズに終わり校庭を見ると暑い中でも運動部が部活をしていた。
しかし夏休みと言う事もあってそれ程大人数ではなかった。
「さぁ、休みは何をするかなぁ。しかし、海が居ないと……って。俺は何を言っているんだろうなまったく」
海とまったく同じ事を考えてしまう自分がそこに居た。
「とりあえず、帰るか」
独り言を言いながら校舎を出ると携帯が鳴った。
「タカちゃん、迎えを行かせたから急いでね」
「おい、お袋? 切れたナンなんだいったい、迎えって?」
綺羅が用件だけ矢継ぎ早に言うと携帯が切れた。
少しするとヘリコプターが近づいてくるのが見えた。
しかし、どこからどう見ても軍用ヘリなのだ。
嫌な予感がするが仕方なく校庭に向うと隆羅の近くにUH-60ブラックホークが着陸した。
「まったく無茶な事ばかりしやがって」
校庭で部活をしていた生徒は深いオリーブグリーンの軍用ヘリコプターが突然校庭に着陸して、呆気に取られていた。
校舎に居た先生方も驚いて何事かと校庭に出てきた。
そんな先生方に一礼をして隆羅が乗り込むと直ぐにブラックホークは飛び立った。
「如月先生ですよね、あれはどう見ても」
「ええ、そうですね」
「そうそう、私聞いた事があるわ。確か如月先生は大企業の御曹司だって」
「それは、本当なんですか? 堤先生」
「いえ、私も人伝で聞いただけですから」
その頃、海達は羽田空港ビッグバードの南ターミナルに居た。
「飛行機で何処かに行くんですか? 沙羅さん」
海が不思議に思い沙羅に尋ねた。
「そうらしいんだけど」
「そうらしいって、もしかして沙羅さんも詳しい事を知らないんじゃ」
「ええ、そうなのよ」
「ママ、しっかりしてよね」
「しょうがないじゃない、おば様にここに来るように言われたんだから」
「おば様って、隆羅の?」
「そうよ」
「皆さんお揃いね。こっちにいらっしゃい」
そこに綺羅の声が響き綺羅が迎えに現れゾロゾロと綺羅の後を着いて行く。
「あのう、おば様。何処に行くんですか?」
「あら、海ちゃんお久しぶりね。南の島よ」
「南の島って何処の?」
「大丈夫、とても楽しい所だから。さぁ、これで移動しましょう」
綺羅の先には、映画でしか見た事も無いような大きな黒塗りのリムジンが止まっていた。
リムジンに乗り飛行場内を移動する、しばらくすると黒いジェット機が見えてきた。
ジェット機と言ってもジャンボよりは小さいがかなり大きな機体だった。
「荷物は置いたままで、飛行機に乗ってね。運ばすから」
綺羅に言われるまま飛行機に乗り込む。
「沙羅さんとルコちゃんはここ、海ちゃんはそっちに座ってね。茉弥ちゃんはこのカプセルがいいかもね」
そのカプセルは揺りかごの様になっていた。
「あの子は、遅いわね。何をしているのかしら」
「他に誰か来るんですか?」
「主役よ、ご到着みたい」
ルコが綺羅に聞くとヘリコプターの音がしてジェット機の横に軍用ヘリのUH-60ブラックホークが着陸した。
そしてドアが開き眩しそうな顔をしてスーツ姿の隆羅が降りてきた。
「海、凄いよ! ハリウッドの映画みたい」
「…………」
ルコが興奮して海に声を掛けるが海の返事が無かった。
「海? 海!」
「ルコ、呼んでも無駄よ。2人の世界にトリップしちゃったみたいだから」
いくら呼んでも返事は無く、海はトロンとした表情をしていた。
そんな海を見て沙羅が呆れていた。
隆羅がタラップを上がり機内に入ってくる。
「皆さんお揃いで。お袋、一体この騒ぎは何があるんだ?」
「ゴールデンウィークに顔を見せてと言ったのに、タカちゃんは皆で仲良く清里に旅行に行ったでしょ。ママを仲間はずれにして、だから今回は仲間はずれにならないようにしたの」
「で、この騒ぎか。学校に軍用ヘリまで着陸させて」
「あら、許可はちゃんと取ってあるわよ」
「許可とかそんな問題じゃ無いだろ。どこまで行くつもりなんだ」
「沖縄の石垣島よ」
「俺は、降りるぞ」
隆羅がそう言って振り返るとそこでドアが閉められた。
「嵌めたな。沙羅は知っていたんだろ」
「隆羅。私がおば様に逆らえると思っているの?」
「そうだな。しょうがないか。しかしだな、この機体は開発中の筈だが」
「テスト飛行よ、ちょうど良いでしょ」
「皆の命を懸けてのか?」
綺羅は暢気に答えているが隆羅の顔は真剣そのものだった。
「お、おば様、それって大丈夫なんでしょうね」
「うちで開発した最新鋭機よ、ジャンボの倍は速いわよ。茉弥ちゃんはカプセルに入れてあげてね、その中は地上と同じ環境になるようにセットされているから」
「心配するな、大丈夫だから」
「隆羅がそう言うなら……」
沙羅が心配そうな顔で言うが既に乗り込んだジェット機は離陸する為に滑走路に向かい。
茉弥はとうにカプセルの中で気持ち良さそうに眠っていた。
隆羅が上着を脱いでネクタイを緩め海の隣に座った。
海は満面の笑顔だった。
「海、やけに嬉しそうだな?」
「だって、隆羅が清里のホテルで話してくれた沖縄の島に隆羅と行けるんだよ」
「そうだな、夏休みだもんな。楽しまなきゃな」
「そうそう、今楽しいと思えることが1番なんでしょ」
「そうだな」
ジェット機が滑走を始めた。
そして飛び立ちかなりの高度まで上昇した。
「そろそろ、大丈夫かな。俺は寝るぞ」
隆羅がシートを倒すとそれに合わせて海もシートを倒し隆羅の肩に頭を置いた。
「2人は相変わらずね。でもこの飛行機凄いわ」
「あら、沙羅さんには判るのねたいしたものね。私も少し休みましょう、1時間ちょっとで到着するからね。おやすみ」
「ママ。1時間でって早すぎない?」
「おば様が言ったでしょ。ジャンボの倍だって、外を見て御覧なさい。戦闘機と同じ高度を飛んでいるのよ」
「嘘でしょ。うわぁ、凄い真っ青だ」
そこは今まで見た事も無いような青い世界だった。
綺羅の言うとおり1時間もすると徐々にジェット機が高度を下げ始めた。
「到着するわよ。シートを戻しなさい」
「隆羅、起きて。着くってよ」
「分かった」
「海、俺に掴まっていろ」
「なんで? 分かった」
海に起こされて隆羅がシートを戻して隆羅が前のシートに手を着いた。
海は少し不思議に思ったが隆羅の言うとおりに隆羅の体に掴まった。
着陸した途端に逆噴射と急ブレーキがかかり前のめりになりそうになった。
「きゃあ!」
ルコが声を上げた。
「ビ、ビックリした。隆羅、何だったの?」
「石垣島の空港は滑走路が短いから着陸と同時に逆噴射を掛けないと止まれないんだ。さぁ、降りるか」
タラップに出ると真夏の太陽の強い日差しが刺す様だった。
歩いて到着ロビーに向かいそのまま外に出る。
「ねぇ、隆羅。荷物はどうするの?」
「運んでくれるさ」
「誰が?」
「ほら」
飛行機の方を見るとスーツ姿の男達が荷物を運んでいた。
「お袋、車はあれか」
「そうよ」
駐車場にあったのは清里に行った時の様なとても大きなワゴンだった。
隆羅が運転席のドアを開けて乗り込む。
海は助手席に、沙羅とルコ、綺羅は後ろに乗り込んだ。
しばらくすると後ろの扉が開けられ荷物が運び込まれた。
「何処のホテルなんだ?」
「ホシザキ リゾートよ」
「了解」
隆羅が車を出す。空港から20分ほどでホテルに着いた。
そのホテルは沖縄独特の赤瓦のコテージタイプのホテルだった。
チェックインを済ませ、部屋に向かう。
館内にはハイビスカスやブーゲンビリアなどの南国の花が咲き乱れていた。
「この、3軒がそうだな」
ルームナンバーを確認して隆羅が荷物を持って端のコテージに入っていく。
「隆羅、待ってよ」
海が隆羅の後を追いかけた。
「じゃ、私達は真ん中のお部屋にしましょう」
「そうだね」
沙羅がそう言ってルコが茉弥を連れて部屋には入る。
「残ったのが私のお部屋ね」
綺羅も自分の荷物を持ち部屋に入った。
「隆羅、素敵な部屋だね」
部屋の中は籐家具で統一されたアジアンチックな部屋だった。
「着替えるかな」
「隆羅、いつもの服しか持って来て無いよ?」
「問題ないさ」
隆羅が着替えを済ませベッドで横になり伸びをすると海が隆羅の横に寝転んだ。
「石垣島か……」
「いつ頃、ここに居たの?」
「大学をでてしばらくな」
「そうなんだ」
「やけに、嬉しそうだな」
「だって、まだ知らない隆羅の事を知る事が出来るかもしれないんだもん」
すると隆羅の携帯が鳴った、綺羅からだった。
「なんだ、お袋?」
「夕食を7時に予約してあるから、それまで自由時間にしましょう」
「分かった、お袋は明日からどうするんだ?」
「タカちゃんと海ちゃんの顔を見られて満足だし、それにあのジェットの報告もあるし別行動ね。用があれば連絡するわ」
「そうか」
隆羅が携帯を切ってベッドから起き上がって海に声を掛ける。
「海、ホテルの中でも散歩するか」
「うん、行こう。でも、沙羅さん達は?」
「大丈夫だ。前に来た事があるしな」
「えっ、そうなんだ。家族旅行だったの?」
「そうだな、散々連れ回されたけどな。行くぞ」
「うん!」
部屋を出てビーチに向かう、防風林の中に道があり遊歩道みたいな感じになっていた。
林を抜けると目の前に綺麗な海が広がっていた。
「あっ、桟橋がある」
「転ぶなよ」
「子どもじゃないんだから。キャー」
海が急に走り出して隆羅の注意も届かないうちに海が躓いて手を着いてしまった。
隆羅が海を抱き起こすと目を細めて海を見ていた。
「子どもみたいだな。よっこらしょと、大丈夫か?」
「う、うん。隆羅、笑っているんでしょ」
「ぜんぜん、そんな事はあるぞ」
「ぶぅー、変な日本語だし」
「ほら、行くぞ」
「うん、ありがとう」
隆羅が手を出すと海が嬉しそうに隆羅と手を繋いで桟橋の端まで行く。
「しかし、暑いなぁ」
「でも、潮風が気持ちいいよ」
海の髪の毛が海風に揺られてキラキラと輝いていた。
「綺麗だな」
隆羅がしばらく見惚れている。
「ねぇ、隆羅。どっちが綺麗なの?」
「髪が」と口を動かした。
「う、ずるい。似た言葉は区別付かないよ」
「海がだよ」
「えへへ、ありがと。でも海も綺麗だよね」
「ここは、名蔵湾の中だから泳ぐにはあまりお薦めは出来ないけれどな」
「ええっ、こんなに綺麗なのに?」
「そうだな、もっと綺麗だぞ石垣島の海は。さぁ、行こうか」
ビーチに戻り砂浜を2人で手を繋ぎながら歩く。
「砂の感じも違うんだね」
「手に取って見たらよくわかるぞ。白い砂の中に細かい珊瑚の欠片や貝の欠片で出来ているだろ」
「本当だ、いっぱい混ざっているね。あれ、この変わった形の砂は何?」
海の掌には子どもが描いた太陽みたいな砂と海星の様な砂が付いていた。
「海は幸せになれるかもな。それは太陽の砂、そしてこの小さいのが星の砂だ」
「この砂浜にも星の砂があるんだ」
「大抵の砂浜にはあるぞ。有孔虫と言う珊瑚の仲間に近い生き物の骨格だな」
「生き物なのこれが」
「死骸だけどな」
「ムードぶち壊しじゃん」
「悪かったな」
「でも、幸せにしてくれるんでしょ」
「それは、少し違うかな。幸せになりたいのなら自分も頑張らないとなれないぞ」
「頑張るもん。誰よりも幸せになるんだから」
「海は頑張り屋さんなんだな」
「うん。隆羅、上に何かあるよ」
ビーチより一段高くなった所に傘の様な屋根が見えてその横にはビーチパラソルが並んでいた。
「プールとプールサイドバー、そしてバーべキューテラスがあるんだよ。トロピカルジュースでも飲むか?」
「飲みたい」
プールサイドバーに行きカウンターに座ると、真っ黒に日焼けをした青いポロシャツの良く似合う女の子の店員がメニューを出してくれた。
「凄い、海がキラキラしてる」
「何を飲むんだ」
「隆羅のお薦めは何?」
「オリオンビールかなぁ」
「もう、それは自分が飲みたいんでしょ」
「マンゴー、グヮバ、パッションフルーツ、パパイヤ、シークワーサー何でもあるぞ」
「ねぇ、このティーダってどんなの? 第一回八重山カクテルコンペティション ソフトドリンク部門 最優秀賞作品って書いてあるよ」
「美味しいぞ、甘くて」
「じゃ、これ」
「俺は、ヒラミを」
「はい、かしこまりました」
店員の女の子が笑顔で返事をして注文したドリンクを作りはじめた。
「隆羅、ヒラミなんてどこにも無いよ?」
「シークワーサーの別名でヒラミレモンでも通じるぞ」
「ふうん、そうなんだ」
カウンターの中では女の子が手際よくドリンクを作っていた。
ミキサーの中にバナナやアイスクリーム、赤いジュースや赤いシロップを入れてミキサーにかけていた。
ティーダはトロピカルグラスに入っていて黄色いハイビスカスがデコレーションされた綺麗なピンク色のジュースだった。
「こちらが、ティーダになります。こちらがヒラミです。ごゆっくりどうぞ」
「わぁ、可愛い。どれどれ」
海がストローでティーダを一口飲んだ。
「た、隆羅。凄く美味しいよ」
「よかったな」
「隆羅のは、どんな味がするの?」
「ほら、味見してみろ」
海が隆羅の前にあるグラスを手に取り黄色いジュースを少しだけ飲んだ。
「レモンみたいな感じかなぁ」
「沖縄特産の柑橘系のミカンの原種に近い果物だからな」
「このティーダってとっても美味しいけど何が入っているんだろう」
「グヮバジュース、バナナ、バニラアイス、カルピスとグレナデンシロップにレモン果汁」
「なんで、隆羅が即答出来るの?」
「企業秘密です」
「企業じゃないくせに。ケチ」
「ケチ言うな。コラ」
そんな話をして居ると、バーベキューテラスの入り口の方から数人の男女が駆け出して近づいて来た。
「居た! やっぱり先輩だ!」
「本当だ! 主任!」
「お、久しぶりだな。みんな元気だったか」
駆け寄ってきたホテルのスタッフ達に隆羅が笑顔で答えた。
「主任、いつ来たんですか?」
「おいおい、山中。主任は止めてくれよ。今日、着いたんだ」
「あれ、その女の子は? 娘さんじゃ無いですよね」
「彼女、だな」
隆羅が照れ臭そうにはにかみながら答える。
「か、彼女って。バツイチで娘さんみたいな彼女、犯罪ですよ」
「犯罪って言うな」
「ああっ、彼女にティーダですか。自分が考えたドリンクなんて嫌らしいなもう。主任は」
「た、隆羅。この人達は?」
海が突然現れ親しげに話をしているスタッフ達に困惑している。
「ここのスタッフだぞ」
「はじめまして、山中 藍って言います。昔、如月先輩と働いていたんです、そのドリンクは如月先輩が考えて、私がコンペで作って優勝しちゃったんです。先輩に半分無理矢理に嫌々出されたんですけどね」
「ええっ、隆羅ここで働いていたの? それでこのドリンクは隆羅が考えたって」
「まぁ、そうなんだが。後でゆっくり説明するからとりあえず紹介だけな。後ろに居るのが黒崎と杉田、そして坂上だ」
名前を呼ばれたスタッフが順ににこやかに海に手を振った。
するとひょろっとした杉田が音頭をとった。
「先輩、そのめちゃくちゃ可愛い彼女の紹介をヨロシク!」
「彼女の名前は水無月 海。世界で1番大切な人だ」
隆羅の言葉に反応して海が耳まで真っ赤になった。
「ウォォォー!」
スタッフ達の歓声が上がった。
「今回は2人きりなんですか?」
「沙羅達も来ているぞ」
「沙羅さんって前に来た時の奥さんの?」
「今は大切な友達だからな、それに娘のルコと俺のお袋と孫付きだ」
「孫って? 先輩、お爺ちゃんなんですか? すげえなぁ」
真っ黒に日焼けした黒崎が目をまん丸にして驚いた。
「如月さんってグランパなんだ。でもなんだか格好いいかも」
「それより、お前達。時間は大丈夫なのか?」
小柄な女の子の真面目そうな坂上が照れるように言うと、隆羅が腕時計に目をやって時間を確認した。
「やばい、マネージャーに怒られる」
「後からな」
「ハーイ」
4人が慌ててレストランの方に向かって走り出した。
「隆羅、ちゃんと説明をしてちょうだい」
「何だか、沙羅みたいだな。海? 海ちゃん」
とても低い海の声がして隆羅がからかうように言っても海の返事は返ってこず、代わりに海の怖い視線が返ってきた。
「大学を出てから、何年かここで働いていたんだ。このドリンクも山中が言っていたとおり俺が考えた物なんだけど他に聞きたい事は?」
「少し驚いちゃった。知らない隆羅がいて、あんな風に楽しそうに私以外の人と話すのはじめて見た」
「この島はそんな島なんだ。肩書きや年齢なんて関係なく自然体で居られる島なんだよ。今回はこんな形での石垣島になったけどな。本当は俺が海を1番連れてきたかった所なんだよ」
「そうなんだ、私も自然体で居られるかなぁ?」
「海なら大丈夫だよ。2~3日すれば分かるさ」
それは直ぐに実感できるようになった。
「あの、山中さんとお知り合いなんですか?」
カウンターの中に居た日焼けした女の子が聞いてきた。
「昔、ここで働いていたからね。このプールサイドバーを考えて立ち上げたのも俺達だしね、1週間くらいステイするからヨロシクね」
「はい、こちらこそ」
女の子が笑顔で答えた。
そしてもう1人ヘルプの女の子がバーに入ってくる。
「海、そろそろ行こうか、ここも夕食の準備で大変だから」
「うん、そうだね」
隆羅が伝票にサインをして席を立った。
テラスを見るとスタッフが忙しそうに準備をしている。
さっき隆羅と話をしていたスタッフと目が合うと手を振ってくれた、海も自然に笑顔になって手を振り返していた。
約束の時間まであったのでブラブラして売店を覗いて見ていた。
「可愛い髪留めが沢山ある、これも可愛いなぁ。隆羅?」
「良いんじゃないか、似合いそうだぞ」
「本当に?」
「ああ」
レジで会計をしていると売店の外からルコの声がした。
「居たよ、ママ。探したんだよ、パパ」
「プールサイドバーにしばらく居たけどな」
「また、海が何か買ってもらってる。ずるい」
「いいんだもん。隆羅が買ってくれるって言うし」
「この頃、海も言うようになったよね」
「良い事じゃないか」
「そうね、良い事よね」
沙羅が珍しく隆羅の言葉に同意した。
「ママまで言うかなぁ」
「海ちゃんが心を開いている証拠。そろそろ時間よ」
皆で綺羅が予約をした、島料理&寿司処『ゆんたくはんたく』に向かう。
レストランとは別の棟になっていて、店の前で綺羅がド派手なアロハを着て立って待っていた。
「みんな、揃っているのね、行きましょう」
「お袋、なんだその派手なアロハは?」
「良いじゃないの南国チックで、駄目なの? タカちゃん」
「駄目じゃないけどなぁ」
「じゃ、OKなのね」
「まぁ、よしとするか」
「おば様、予約の時間が」
「そうね」
店に入る、店内はとても落ち着いた昔の沖縄独特の民家のような造りになっていた。
「いらっしゃいませ」
「予約してある如月です」
まだ、時間が早いのかお客はまばらだった。
入り口から直ぐのところにカウンター席があり、そこから板前の男の人が出てきた。
「あぃや、隆羅じゃないか。久しぶり」
「お久しぶりですカニさん。ご無沙汰しています」
「こっちの人達は、前に来た時に一緒だったよな」
「ええ、そうです。今は友人ですけど」
「だぁだぁ。可愛いワラバーが、もしかして孫? そんでこっちのチュラカーギィーが今の彼女かな。藍から聞いたけど」
「そうですよ。娘と同級生です」
「ハッシェ、デージなぁ。この犯罪者、このこの」
「カニさんまで言いますか。もう、藍に言われましたよ」
板前のカニさんが隆羅のわき腹に肘鉄砲を入れていると他のお客さんが数組入ってきた。
「隆羅、ゆっくりしていけな」
「はい、有難うございます」
そして、案内された座敷もとても落ち着いた感じで白い壁には綺麗な青いミンサー織が飾られていた。
「凄いね、隆羅。みんな優しくって今の人は誰なの?」
「あの人は、宮里さんって言って。和食の総料理長だよ」
「そうなんだ、凄い人なんだね」
「そうだな、でも酒を飲むととても面白い人だぞ」
「隆羅、明日の予定はどうなっているの?」
「拉致されてきた、俺に聞くか? 沙羅」
「だって、おば様は別行動なんでしょ」
「そうだが、何も予定は無いぞ。島内観光でもするか?」
「街まで連れて行ってもらえれば、私はいいわ」
「ルコはどうするんだ?」
「私は、特に考えてないけど」
「じゃ、ルコ。隆羅に島を案内してもらおうよ」
「そうだね、海がそう言うなら」
「じゃ、決まりだな」
そんなお喋りをしていると料理が運ばれてきた。
島魚のマース煮、ゴーヤチャンプルー、海ぶどうやお刺身が沢山乗っているサラダ。
ジーマミー豆腐の揚げだし、ジューシーにアーサー汁、まだこれから出てくるようだった。
すると目を輝かせながらルコが隆羅に聞いてきた。
「パパ、さっきおじさんが言っていた。ワラバーって何?」
「子どもの事だよ」
「じゃ、チュラカーギィーは?」
「美人という意味だな」
「ハッシェ? デージナー」
「本当に凄いなと言う感じかな。沖縄の言葉にはその使う時によって多少ニュアンスが違うからな」
「じゃ、隆羅。今度は料理の説明をして」
今度は海が沖縄の料理について質問してきた、海の顔は興味津々といった顔だった。
「このマース煮は塩で炊いた魚、魚はミーバイだなハタの仲間だ。そして苦瓜の炒め物、海ぶどうは海藻の仲間で下の野菜は青いパパイヤだな。ジーマミーはピーナッツの事、ジューシーは沖縄風炊き込みご飯、アーサーは岩海苔だ、さぁ、食べないと冷めちゃうぞ」
「いただきまーす」
隆羅と沙羅そして綺羅の3人はお酒を飲みながら料理をつまんでいた。
「隆羅、何を飲んでいるの?」
「島酒、泡盛の古酒だ。味見してみるか?」
「うん」
海が恐る恐る一口飲んだ。
「不思議な香りがするけど、まろやかで甘みがあって美味しいね」
「海ちゃんは、良い酒飲みになれるわよ」
沙羅が微笑みながら海に言った。
「もう、沙羅さんは酔っ払っているんですか?」
「うふふ、そうかもね。隆羅」
「酒飲みだけにはならないでくれよな」
「隆羅までそんな事を言うかなぁ」
「でも、まだ外は明るいんだね。パパ」
「暗くなるのはこの時期だと8時頃かな、東京と1時間ぐらい違うからな」
「へぇ、そうなんだ。でもその分いっぱい遊べるね」
「そうだな」
その後も料理が運ばれてきた。みんなで次々に空いたお皿を作り出した。
「もう、お腹いっぱい」
「美味しかったね」
「そうね、お部屋でゆっくりしましょうか。大人はみんな酔っ払いだし」
「そうだな」
「ご馳走様でした」
料理長の宮里さんにお礼を言ってそれぞれ部屋に戻った。
隆羅が先に風呂に入ってシャワーを浴びている。
海は鼻歌を歌いながらベッドに座り、家から持ってきた目覚まし時計を枕元において着替えを準備していた。
「海、出たぞ」
「なんだか眠そうだね」
とても眠そうな欠伸をしながら隆羅がバスルームから出てきた。
「毎日、補習できつかったからな。また、目覚まし持ってきたのか?」
「だって、これじゃなきゃ起きられないんだもん」
「そうだったな」
「隆羅?」
隆羅がベッドに腰掛けている海の横に座るとキスをされ押し倒された、そして隆羅の顔が首筋に……
「駄目だって。お風呂まだだし、心の準備が。あれ?」
「スゥ~ スゥ~」
「隆羅の大バカ!」
海が黙り込んで耳を澄ますと隆羅の寝息が聞えた。
枕もとの目覚ましをつかみ、隆羅の頭を叩くとガチャンと大きな音がしたが隆羅は起きなかった。
「もう、信じられない」
海も風呂に入り、怒ってもう1つのベッドに潜り込んで目を無理矢理閉じた。




