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トラブル-1

大型連休も終わり、その後に待ち受けていた試験も無事終了して。

そろそろ鬱陶しい梅雨の時期になろうとしていた。

海は昼休みに弁当を食べて終わり、窓際の自分の席で外を見ていた。

向かいの校舎の廊下で指をパチンと鳴らす音が微かに聞えた。

目だけを動かし音の方に視線をやると隆羅が何かを言っている、言っているのではなく口を動かしているのだ。

『ルコと屋上』と。

海が席を立ちルコを誘った。

「ルコ、行こう」

「えっ、何処に?」

「いいから、いいから早く」

ルコの手を引っ張りながら自分達の教室のある校舎の屋上に連れ出す。

「海、何の用なの?」

「ちょっと待っててね」

しばらくするとガチャンと屋上のドアが開く音がして隆羅が屋上に来た。

「ええっ、いつの間に約束したの?」

「さっき、ルコと屋上にって」

「でも、パパは教室には。あっ、向うの校舎に居たっけ読唇術みたいなやつだ」

「テストはどうだったんだ2人とも」

「そこそこかなぁ」

「私はギリギリかなぁ」

海は嬉しそうに答え、ルコは気まずそうに答えた。

「ルコはもう少し頑張らないとな。茉弥の事もあるけどそれを理由には出来ないぞ」

「うん、分かってる。私はママで高校生なんだもん」

「でも、海とパパって凄いよね。口元を見るだけで分かるんでしょ」

「少しだけね、長い会話は分からないけれど単語だけなら分かるかなぁ」

「屋上は気持ちが良いが、そろそろ次の授業だ。戻るぞ」

隆羅が海とルコの頭を撫でる。

「うん」

「はーい」


向かいの校舎の廊下から同級生が見ていた。

「あれ、如月先生と海じゃない」

「ええっ、どれどれルコも一緒じゃん問題ないよ」

「そうだね、それに海もだいぶ明るくなって来たもんね」

「そうそう、如月先生とルコのおかげだもんしょうがないよ。あの3人が仲の良いのは」

「海の両親。まだ、見つからないのかなぁ」

「見つかっても、海は戻らないんじゃないの?」

「そうか、もう直ぐ1年になるんだもんね」

「おーい、お前ら先生が早く準備しろって」

男子生徒が声を掛けた。

「あっ、いけない次の授業の準備の係りだったんだ」

「コラァ、廊下を走るな!」

女生徒2人が走り出すと直ぐに先生に見つかって注意される。

「すいません。早く行こう」

「うん」


校内で3人で会話する機会が増えてきて周りの生徒達にも次第に認知され始めていた。

そんなある日、あの雑誌が発売日より早く隆羅の元に送られてきた。

「海、あの雑誌が来たぞ」

「ええっ、本当?」

「どれどれ、凄いなこれは大騒ぎになるぞ」

「えっ……」

海が雑誌を見て固まっていた。ちょうどその時携帯がなった。

「もしもし、高良さんの携帯で宜しいでしょうか?」

「はい、そうですけど」

「先日のアウトレットモールで取材をさせていただいた雑誌Kanonの卯月ですが、雑誌は見ていただけたでしょうか?」

電話の声はあの女性記者の卯月で、とても不安げな声だった。

「はい。今、拝見させて頂いています。彼女も喜んでいますので約束を守っていただいてありがとうございます」

「そうですか、良かった。発売日に謝礼と雑誌の方を送らせていただきますので、これで失礼致します」

隆羅の言葉に安堵して電話口の向うで「やったー」と言う声が上がっていた。

「脅かしすぎたかな。海、海?」

「大丈夫か? 海」

「ど、どうしよう。隆羅」

海が雑誌の見開きを見て固まったままだった。

目次にも海の写真が使われていて、次の見開きは一面2人の記事だった。

ゴールデンウィークのベストカップルの見出しがあり。

全身のツーショットはあるが隆羅の顔は写真の大きさがそれ程大きくなくメガネも掛けているので分かりづらかった。

そして大き目のツーショットは海がメインで隆羅の顔は判りにくい様に写されていた。

そのほかの写真も総て海がメインだった。

名前の方も約束どおり「高良さん」「海さん」とだけ記載されていた。


沙羅とルコに連絡をすると直ぐに部屋に来た。

「見せて、見せて! 凄い事になっているよ、ママ」

ルコが雑誌を見て驚いていた。

「あら、隆羅。洋服以外は本当におまけね」

「しかし、俺達以外に居なかったのか。あのへタレ記者」

「でも、カメラマンの腕は確かね。隆羅の顔を上手く隠しているわ」

「まぁ、そうしなければマジで潰すけどな」

「あれだけ脅してこれだけの仕事が出来れば良いんじゃない」

「さっき、連絡があって。お礼を言ったら電話口の向うがお祭り騒ぎだったぞ」

「可哀そうに生きた心地がしなかったんでしょうね」

「沙羅があんなに脅すからだろうが」

「あら、聞えていたのね」

「もちろんだ」

沙羅が呆然としている海の顔を覗き込んだ。

「海ちゃんはどうかしちゃったの?」

「さぁ、雑誌を見てからあんななんだ」

海が放心状態でソファーにヘタレ込んでいた。

「海ちゃん。どうしたの?」

「沙羅さんどうしよう、もう学校に行けないよ」

海は今にも泣き出しそうな声で沙羅に訴えかけた。

「大丈夫よ、最近は校内で隆羅と話す機会が増えたんでしょ。それに旅行には私達も一緒だったんだしね。隆羅が何とかしてくれるわよ、ねぇ、隆羅」

「それで、3人で話をする様になったんだ」

ルコが驚いたような顔をしながら感心していた。

「そうね、少しずつなら誰も不審がらないしルコが一緒なら問題ないものね」

「えっ、この為にわざわざあんな事を、私の為に?」

「少しでも廻りに3人の関係を認めさせておけば多少違うだろ。でも直接は助ける事はできないからな、そこは頭に入れておいてくれ」

「海ちゃん安心しなさい。隆羅は雑誌の取材なんて安請け合いする様な男じゃないの、絶対に守ってくれる男よ。今までだって自分の事は投げ打ってでも助けてくれたでしょ」

「はい、隆羅を信じます」

海が沙羅の眼を真っ直ぐに見て答えた。

「そう、それで良いの。こんな雑誌の取材なんてめったに受けられないのよ、ラッキーだと思いなさい。それと彼氏が居ると分かれば変な虫も寄ってこないしね。そうそう海ちゃん。ルコと下の部屋からお茶菓子でも持ってきてくれないかしら。それと茉弥がそろそろ起きる時間だからルコ連れて来なさい」

「はーい、海。行こう」

「うん」

2人がルコたちの部屋にに向かうのを確認して沙羅が少しキツイ口調で隆羅に言った。

「隆羅、あなた何を考えてあんな取材を受けたの? 危険すぎるでしょ!」

「そうだったかな、海の両親の目にでも留まればと思ったんだが」

「海ちゃんの両親の手がかりを探す為に……そうだったの。そこまでは気が付かなかったわ、他に手段がないんだものね」

「ああ、手を尽くしてみたんだが何も判らなかったからな」

隆羅は実家の力を借りて海の両親の行方を捜していたが、未だに見つけられないでいた。

「キッチンを借りるわよ、お茶を入れるから」

沙羅がキッチンに向かうと2人が茉弥を連れて戻ってきた。

隆羅の部屋でお茶会が始まった。


数日後、雑誌Kanonが発売された。

校内は海の話で持ち切りになり大騒ぎになっていた。

「おい、見たか? Kanon」

「見た、見た。あれA組の水無月だろうあんなに可愛かったんだ」

「でも、隣の彼氏もすげえ格好良いぞ」

「本当にベストカップルだよな。でも、彼氏はこの学校の奴じゃないよな」

「そうそう、でも女子の話じゃ如月に似ているって言ってたぞ」

「でも、高良ってどう考えても苗字だろ、如月は名前が隆羅だぞ。字も違うし」

ルコと海が登校して教室に入るとあっという間に人だかりが出来た。

「海ちゃん。誰と旅行してたの?」

「彼氏は何処で知り合ったの?」

「何処に行ったの、2人きりなの?」

一方的に質問攻めに合い海は戸惑っていた、ルコが助け舟を出す事さえ出来なかった。

「おーい、そろそろ予鈴が鳴るぞ席に着け。他のクラスの生徒は教室に戻りなさい」

如月が海の事を気にして早めに教室に入ってきた。

「先生、今日はやけに早いな」

男子生徒が怪訝そうに言ってきた。

「たまには、良いだろ。テストも終わって少し弛み気味だからな、気を引き締めに来たんだ」

「相変わらず厳しいなもう」

「ちゃんとしていれば先生は何も言わないだろ」

「はーい」

予鈴が鳴り、生徒が予鈴に気を取られている時に、隆羅の口が動いた「大丈夫か」と海はただ頷いて答えた。


授業が始まり授業の間の休憩時間は教室の移動やクラスメイトからの質問に少しだけ答えていた。

昼休み前の授業の終わりに隆羅は教室の向かいの廊下に居た。

そして海と目が会うと「ルコと弁当」と口を動かした。

「えっ? ルコ? 弁当?」

海が不思議に思って居ると授業が終わり鐘がなる。

すると直ぐに校内放送が始まった。

「3年A組の水無月 海さん至急進路指導室まで」

「海、何をしたの?」

ルコが心配して海に聞いてきた。そこで隆羅の言葉の意味を理解した。

「ルコ。お弁当を持って一緒に進路指導室まで来て」

「うん、分かった」

2人で弁当を手に教室を飛び出した。

「あっ、海ちゃん。待ってよ、聞きたい事いっぱいあるのに」

海の回りに集まりかけていた女生徒が地団駄を踏んでいた。


海がノックをして進路指導室に入る。

「失礼します。3ーAの水無月です」

「こっちにいらっしゃい」

進路指導室の中に居たのは副担の英語の堤先生だった。

「堤先生、私が何か?」

「そうじゃないの、何だか雑誌の事で大変な事になっているから如月先生がここで食事させてやってくれって」

「そうなんですか?」

ルコがほっと一息ついて安心した。

「ゆっくり食事しなさい、先生はこれで失礼するわ。30分位したら鍵を閉めに来るからね」

「あのう、如月先生は」

「今、来客中よ」

「そうですか有難うございました」

「良かったね、海」

「うん、でもこの後どうしよう」

「覚悟して教室に戻るしかないよね」

「そうだね、とりあえずお弁当を食べよう」

「そうしよう」


ゆっくりと弁当を食べ終わって教室に戻ると、大勢のクラスメイトや生徒が待ち受けていて廊下まで人だかりが出来ていた。

「海ちゃん、誰と旅行に行ったの?」

「海、ルコ達も一緒だったよね」

ルコが必死にフォローするが焼け石に水だった。

「じゃ、あの彼氏は誰なの?」

「それは……」

ルコが詰め寄られて困っていた。

指が鳴った気がして海が隆羅を探す。

向かいの校舎に隆羅の姿が見えた。

すると「俺の 甥っ子」と隆羅の口が動いた。

「如月先生とルコの家族が一緒で、その人は先生の甥っ子なの」

海が周りに集まったクラスメイトにはっきりと答えるとルコが驚いていた。

もう覚悟を決めるしかなかった、隆羅の事を信じて。

「ええっ、先生の甥っ子なの? だから似ていたんだ」

「じゃ、付き合っている訳じゃないの」

「うん。でも、とっても良い人だよ優しくって」

「先生に聞いてみようよ」

「でも、先生は何処にいるのかなぁ」

その時、渡り廊下で声がした。

「コラ! 廊下を走るなよ」

「す、スイマセン」

廊下を走っている生徒を注意する如月の声だった。

「居た! 渡り廊下だ」

誰かがそう叫ぶとクラスメイトが一斉に渡り廊下に向かった。

「流石だね、パパ」

「うん!」

隆羅が海への好奇心を一遍に自分に向けた。

「先生、如月先生!」

「どうしたんだ大勢で?」

「あの、ゴールデンウィークにルコちゃん達と旅行したって本当ですか」

「そうだが何か問題でもあるのか? 水無月も葉月達と暮らしているから一緒だったが」

「この、男の人は誰ですか」

1人の女生徒が雑誌Kanonを指差した。

「こいつは、クソ生意気な先生の甥っ子だ。葉月と水無月だけじゃ退屈だろうと誘ったんだが失敗したよ、こんな大騒ぎの原因を作るなんて」

隆羅の声は普段より大きかった。そして渡り廊下は声がよく響き渡った。

周りの生徒も聞き耳を立てていた。

「なんだ、そうだったんだ。やっぱり高良って苗字だったんだね」

「でも海ちゃんて凄く可愛いよね」

「そうだね、先生はどう思いますか?」

「どうと言われてもな、良いんじゃないか雑誌に載る機会なんてめったに無いしな」

「これからも2人で会ったりするのかなぁ」

「それは、2人の自由じゃないのか、連絡先も聞いていたし」

「先生の甥っ子か、良いなぁ」

「先生、私達にも誰か紹介してくださいよ」

「そんなに甥っ子や親戚がいる訳無いだろうが、そろそろ予鈴が鳴るぞ教室に戻りなさい」

「はーい」

ぞろぞろと各々の教室に戻って行った。

見事な隆羅の一本勝ちだった。


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