ゴールデンウィーク-5
翌朝は、昨日の騒ぎで疲れていたのか皆ゆっくりとしていた。
「うん~、痛てててて……あっ痛!」
「もう、バカみたい」
隆羅が目を覚まし伸びをすると脇に痛みが走り海が目を覚ましてしまった。
「バカ言うな。忘れていたんだ」
「ちゃんと診てもらった方がいいんじゃないの?」
「そうだな、帰ったら病院だな。その前に腹ごしらえだ」
「もう、隆羅は食べる事ばっかり」
「育ち盛りだからな」
「それ以上、もう育ちません」
「じゃ、こう出っぷりと中年親父みたいに」
隆羅が手でお腹が出ているゼスチャーをする。
「別れるもん」
「即答ですか? 海さん」
「そんな、隆羅見たくないもん」
「それじゃ、ヨボヨボと猫背で無精髭で」
「傷口触るよ」
海がふざけて隆羅の痛めている右脇に手を伸ばすと隆羅が顔をしかめた。
「うっ!……なんて」
「えっ、ゴメン大丈夫。隆羅が嫌がる事言うからだよ。もう、信じられない」
隆羅が舌を出してゆっくり体を起こし、海の頭を撫でて軽くキスをした。
「さぁ、食事に行くぞ」
「うん」
着替えをして顔を洗いルコや沙羅を呼びに行く。
「おーい、食事に行くぞ」
「もう準備は出来ているわよ。遅いくらいよ」
沙羅が部屋から出てきた。
「悪いな」
「パパ、昨日はありがとう。体は大丈夫なの?」
「大丈夫だ。頑丈なのが取り柄だからな。茉弥おはよー」
「だぁ~」
「よし、茉弥来い」
茉弥が隆羅に手を伸ばしてきた。
隆羅が茉弥を抱っこしてレストランに歩き出した。
隆羅は左手で茉弥を抱きながら食事をしていた。
「パパって、子どもの扱いとても上手だよね」
「そうか?」
「そうだね、何でなの? 隆羅」
「いろんな仕事していたからな。保育所の手伝いもしていた事あるしな」
「隆羅が、似合わないよ」
「失礼だな、海。人気あったんだぞ、若い頃だけどな」
「それは、子ども達に? それともママ達に?」
ルコが笑いながら突っ込んだ。
「両方だ、今と変わらないだろ」
「そうだね、生徒にも保護者にも人気だもんね」
海が妙に納得した。
「それを、海が独り占めにして」
「ルコ、酷いよ。独り占めなんて、でもそうなれたら良いなぁ」
「それって、結婚したいって事?」
「だって、女の子の夢じゃん」
「いいな、海には夢があって」
ルコが羨ましそうに海の顔を見ていた。
「何をルコはしょぼくれた事を言っているんだ。お前もこれからだよ」
「そうかな」
「当たり前でしょ、もっと前向きに生きなさい」
沙羅が力強く言った。
「そうだね、頑張らなくちゃ!」
「さぁ、そろそろ出発するぞ」
「はーい」
部屋に戻り荷物を持ってフロントへ行き隆羅が清算を済ましている間、沙羅とルコがフロントにお礼を言っていた。
ホテルを出て車に乗り込む。
「パパ、今日は何処に行くの?」
「アウトレットモールで買い物三昧だ」
「やった! パパありがとう」
ルコがはしゃいで飛び跳ねている。
「沙羅に買ってもらえな」
「ええ、ママに?」
「出発の時に約束していただろ」
「隆羅! 余計な事を」
「そうだった。ママありがとう」
「仕方ないわね。もう」
車で30分ほどでアウトレットモールに到着した。
駐車場に車を入れてモールまで歩く、しばらくすると入り口が見えてきた。
「凄い、こんな気持ち良さそうな所で買い物なんて素敵だね。パパ」
広いショッピングモールの中は緑生い茂る木々に囲まれた綺麗なお店が立ち並んでいて、少し雪を残している八ヶ岳が良く見えた。
「そうだな、広いから携帯で連絡取り合いながら買い物しよう」
「そうだね」
「茉弥は、私が面倒見るわ。隆羅ばかりじゃ悪いものね。ルコは足を怪我しているし」
「任せるよ、沙羅……」
「ストップ! それ以上言ったら脇を殴るわよ」
「怖い、怖い、ではグランマ宜しく」
「ルコ、行くわよ」
「沙羅。欲しい物があれば連絡しろよ」
「もちろんよ、欲しい物だらけだもの」
「お手柔らかに。海、俺達も行こうか」
「うん!」
二手に分かれて買い物をする。
隆羅と海は腕を組みながらモール内をブラブラしていた。
「海は、何が欲しいんだ?」
「んん、これといって無いかも。隆羅とこうしているだけで幸せなんだもん」
「何処かの誰かさん達と違って安上がりだな」
「でも、大好きな人との時間ってお金じゃ買えないでしょ」
「そうだな、プライスレスだな」
しばらくショップを見ていると、隆羅の携帯が鳴った。
「どうした、ルコ。分かった直ぐに行く」
「隆羅?」
「どうしても欲しい物があるらしい。沙羅には断られたみたいだ」
「行って見よう」
少し歩くとショップの前にルコと沙羅が居た。
「パパ、こっち、こっち」
「何が欲しいんだ?」
ルコに手を引かれて連れられて隆羅がショップの中に入る。
「この、バッグが欲しいんだけど」
隆羅が手にして見たとたんに「却下かな」と隆羅が即答した。
「ママの言ったとおりでしょ」
「ねぇ、パパなんで駄目なの?」
「大きさが中途半端だし使いづらい」
「でも、欲しいのに」
「ルコ、今まで隆羅が駄目だって言った物で良かった物なんて1つも無いでしょ」
「そうだね、パパのそういう所は確かだもんね」
「ねぇ、ルコ。それってどう言う事なの?」
海が不思議そうな顔をしていると沙羅が教えてくれた。
「海ちゃん。あのね、隆羅と買い物に来て隆羅が駄目って言った物は必ず使わなくなるのよ。私も駄目って言われたのに後でこっそり買って何回も後悔をしているの」
「沙羅の無駄遣いの元凶はそこか。まったく、しょうがないな」
隆羅が呆れて沙羅の顔を見た。
「でも、隆羅。なんでそんな事が分かるの? そんなに詳しいの?」
「隆羅はファッションの事なんかあまり詳しくは無いはずよ、私も知りたいわ」
「パパ、何でなの?」
3人が一斉に隆羅に詰め寄り聞いてきた。
「インスピレーションかな」
「また、そんな曖昧な事を言う」
ルコが不機嫌そうに言った。
「他に言い様が無いんだ、しょうがないだろう。欲しいと言う人が着ていたり、持っているイメージが出来たらOK、それ以外はNGなんだ」
「自分は無駄遣いばかりしているくせに」
まだ、ルコは剥れていた。
「自分で稼いだ金だ良いじゃないか。さぁ、海行こう」
「ハーイ」
「また、絶対に電話するからね!」
隆羅が手をヒラヒラとさせながら上げて答えた。
しばらく歩いていると海がショップの前で急に立ち止まりウインドウの中に飾られている洋服に釘付けになっていた。
「どうしたんだ?」
隆羅がショップの中を覗くとカップルのマネキンがシンプルで落ち着いた感じの柄違いのシャツと色違いの軽そうなカーディガンを着ていた。
女性の方は薄いグレーのチェック柄のシャツにカーキ色のカーディガン、男性は淡いブルーのシャツに薄いグレーのカーディガンで一見ペアルックに見えないペアルックだった。
「中に入って見てみるか?」
「う、うん」
店内に入り海が覗き込んでいた洋服を店員を呼んで見せてもらう。
「こちらは一点物になっています」
「海、試着してみたらどうかな」
「えっ、良いの?」
「構わないさ」
海がに入りしばらくして「どう? 隆羅」と言いながら海が出てきた。
「ん……」
隆羅が首を傾げ店員を呼び何かを告げる、しばらくすると店員が小さな花柄のフレアースカートを持ってきた。
「これも?」
海が尋ねると隆羅が何も言わずに頷いた。
「どう?」
不安そうに海がフィッティングルームから着替えを済ませて出てくると隆羅が今度は一回ゆっくり瞬きをした。
「良いんじゃないか、とっても似合っているぞ」
「本当、でも高いよこれ。勿体無いよ」
「聞かなかったか? イメージできた物しかOKしないって」
「でも……」
店員を呼びタグを全て取ってもらい支払いを済ませ、着ていた物をお店の袋に入れてもらう。
「少し待っててくれ」
「えっ、隆羅どこに?」
海を待たせて店の奥に隆羅が歩き出し、しばらくすると隆羅が着替えをして現れた。
「隆羅、それって」
少し着崩しているものの、お揃いの男物のシャツとカーディガンだった。
「どうかな?」
「えへへ、格好良いよ隆羅。本当にありがとう」
「泣く事はないだろ」
「だって、凄く嬉しいんだもん」
海が涙声になっていた。
海の持っているお店の紙袋に隆羅の着ていた物も入れて隆羅が肩から下げた。
「そろそろ合流して食事にしよう」
「うん!」
海が隆羅の腕に跳び付いた。
隆羅が沙羅達に連絡を取るとちょうどモールの真ん中にあるイタリアンレストランで待ち合わせる事になった。
端整な顔立ちの海の髪が風になびいて輝いている。
横には長身の隆羅がいて2人は買ったばかりのペアルックの服を着て歩いている。
すれ違う人の多くが振り返った。
「隆羅、何だか恥ずかしいね」
「でも、こうしてこの服で歩きたかったんだろ」
「うん、隆羅は何でもお見通しなんだね」
海が頬を薄っすらと赤く染めて隆羅の顔を見上げた。
「何でもじゃないさ。俺だって完璧じゃないんだから」
「そうだね、完璧な人なんていないもんね」
「完璧な人間なんて詰まらないだけだからな」
「隆羅、ここで待ち合わせなの?」
「そうだが、まだ来ていないな。いつもの事だけどな、中で待つか」
モールの中心にあるイタリアンレストランに着き、店の中に入ろうとすると後ろから声を掛けられた。
「すいません。私こう言う者なのですが」
女の人が名刺を隆羅に差し出した。
名刺には編集部の名称と卯月美樹と書かれていた。
「雑誌Kanonの人が私達に何か用ですか?」
「あのう、とてもお似合いだったので取材をさせて頂きたいと思いまして」
「隆羅、凄く有名な雑誌で学校の皆も必ずチェックしているから絶対駄目だよ」
海が隆羅の袖を引っ張り耳打ちした。
「今、あまり時間が無いので」
「そこを何とかお願いします」
卯月と後ろのカメラマンが深々と頭を下げた。
少し離れた所からルコと沙羅が歩いてくるのが見えた。
隆羅が目で沙羅に合図をする。
ルコが隆羅に声を掛けようとするのを沙羅が止めた。
「どうしたの、ママ?」
「何か取材を頼まれているみたい。少し大人しく見ていましょう」
会話が聞えるところまで近づき2人が立ち止まった。
「お願いします。Kanonの特集で是非、お2人の記事を」
女性記者が深々と頭を下げながら懇願した。
「ええっ、ママ。Kanonってあの超有名なファッション誌だよね」
「そうね、隆羅のお手並み拝見と行きますか」
「大丈夫なの?」
「見ていなさい。断れる状況じゃないけど、交渉次第でどうにでもなるのよ」
遠巻きに隆羅と海を見守る事にした。
「どうする、海?」
「私は少し嬉しいけど、でも無理だよ。友達にばれちゃうもん」
「そうだな」
「あのう、駄目ですか?」
卯月がとても渋い顔をして本当に困っている様子だった。
隆羅が沙羅の視線に気付いた。
「こちらの条件だけクリアー出来れば構わないですよ」
「本当ですか? ありがとうございます。必ずクリアーしますので、これで投稿に間に合う良かった」
卯月が胸を撫で下ろした。
近くのオープンテラスで取材が始まった。
隆羅の出した条件は男性のアップはNG、そして年齢は公表しない。
それと出版前にチェックさせる事だった。
「隆羅、もし守ってくれなかったらどうするの?」
「俺が全力で叩き潰す」
ワザと聞えるように強い口調で言う、卯月とカメラマンが驚いて萎縮していた。
「あらあら、隆羅は本気ね」
沙羅がぼそっと言った。
「何が本気なの? ママ」
「もし、隆羅の出した条件をクリアーしないで出版したら、あの出版社潰されるわよ」
「でも、そんな事」
「隆羅の実家で言ったでしょ、日本の何割かを仕切っているって」
「ママ、そんな事したら……」
「2人の事がバレたら大騒ぎになるわ、1番傷つくのは海ちゃんだもの。本気で潰すわよ」
沙羅の声も女性記者には聞こえていた。
すると卯月が沙羅達に近づいて来た。
「あのう、スイマセン。あのカップルのお知り合いですか?」
「ええ、友人よ」
「今のお話って本当なんですか?」
「本当だけど、そんな事を公表したら大変な事になるわよ。ねぇ茉弥ちゃん」
沙羅が茉弥の顔を覗き込んで茉弥に話すように言った。
「そ、そんな事しませんよ。失礼しました」
卯月の顔が少し青ざめて、カメラマンの所に戻った。
「ママ、わざと聞えるようにしゃべったでしょう」
「あの位じゃ、ルコと茉弥のお礼にもならないわよ」
沙羅がルコのおでこを軽く突付いた。
「そうでした、命の恩人なんだもんね」
「そうよ、ママもルコも茉弥もね」
「でも、あの2人良く似合っているね。ベストカップルって感じで」
「だから取材に捕まったんじゃない」
取材が終わり、卯月が隆羅と簡単な確認をしていた。
「最後にお名前だけでも記載させて頂けませんか。それと雑誌をお送りする住所も」
「良いですよ。彼女が海と書いてカイ、苗字はNGで。私は高良と言います、名前の方は色々と問題がありますので勘弁してくださいね。ここに送ってください、私は忙しくってあまり家に居ないので知り合いの家です。編集の仕事をしているんで」
卯月に手渡されたノートに隆羅が書いて渡した。
記者の卯月とカメラマンが深々と頭を下げて走り去った。余程、切羽詰まっていたのだろう。
「ふぅ~疲れたな。海」
「もう、隆羅。私ドキドキしっぱなしだったんだから」
「待たせたな。沙羅、ルコ。食事にしよう」
「お疲れ様」
沙羅が笑いながら言った。
「パパ、学校でまた大騒ぎになるよ」
「大丈夫だ、その時は学校ごと潰すから」
「ば、馬鹿な事言わないで」
ルコが真に受けて後ずさりした。
「冗談だよ」
「ママの話を聞いていたら冗談に聞えないんだもん。だけど2人ともその格好とっても素敵だね」
「ルコ、ありがとう」
海が隆羅の腕をつかんだ。
「さぁ、がっつり食事にしよう」
「そうだね」
食事をして沙羅やルコそして茉弥の買い物をする。
「本当に、パパを納得させるの難しいよ。海は良いよな」
「海はセンスが良いんだよ」
「えへへへ、そうなのかなぁ」
「そうね、隆羅とそういう所は似ているのかもね」
「でも、海はパパに怒られる事あるの?」
「えっ、あるよ。凄く怖いけど」
「そうなんだ、怒った事無いのかと思っていたよ」
「俺だって駄目な物は駄目とちゃんと言うし怒りもするぞ。お互い本気でぶつからないとな」
「そうね、言いたい事をはっきり言うのが1番ね。気兼ねなんてしていたら相手の事なんて分からないものね」
「そろそろ、帰るぞ。それだけ買えば十分だろ、明日から学校だからな。タコのお土産は買ったのか?」
「ええ、漬物をいっぱいね」
「相変わらず渋いな、親父臭い」
「しょうがないじゃない、好きなんだから」
駐車場に向かい車に乗り帰路につく、中央自動車道に乗り都内へと向かった。
それ程遅くならないうちにマンションに到着した。
「お疲れ様でした。隆羅、無理しちゃ駄目よ、無理も出来ないでしょうけれど」
沙羅が茉弥を抱っこして言った。
「そうだな、しばらくは大人しくしているよ。ルコも明日、学校でな」
「うん、明日。バイバイ、海。また明日ね」
「うん、じゃね」
部屋に入るとと、マロンが出てきた。
「マロン、お留守番ご苦労様」
海が抱き上げる。
「ニャア~」
「いつの間にか我が家の住人になったな」
「だって、この子のおかげで隆羅と恋人になれたんだもん」
「そうだったな」
隆羅がソファーに腰を降ろすと海がキッチンに歩き出した。
「今、コーヒー入れるね」
「サンキュー」
マロンが隆羅の膝の上に乗って来た。
「お前が大人しい猫で良かったよ」
「ナァ~?」
マロンが甘えた声で鳴いた。
「大人しくなかったらどうするの?」
「ゲージの中かな」
「ええ、可哀そうだよ」
「していないだろ。海がまめに掃除をするから毛も気になんないしな」
「だって、私が飼い主だもん。はい、コーヒー」
「ありがとう」
海が隆羅の横にポンと勢いをつけて座った。
「痛!」
「あっ、ゴメンなさい。響いた」
「少しな。大丈夫だ、気にするほどじゃないから」
海が隆羅の肩に頭をのせてきた。
「やっと、2人きりになれたね。でも楽しかったなぁ、また思い出が増えちゃった」
「まだまだこれからだよ。辛い事や哀しい事もあるかもしれないけどな」
「隆羅と2人なら乗り越えられるって信じているもん」
「信じているか」
「隆羅は?」
「そうだな、信じているよ」
海を抱き寄せキスをする。
そして、海を強く抱しめると脇に痛みが走った。
「痛ったたたた」
「大人しくしていないと、駄目だよ」
「ルコにまた邪魔されたな」
「ふふふふ、そうだね」
「あはは……痛ったたた」
「笑っても痛いの?」
「響くんだよ、ちょっとした呼吸の差で。本当に厄介だな」
「もう、しょうがないなぁ」
「しばらくは静かにしてないとな」
「そうだね」
2人寄り添いながら静かな時間を楽しんだ。
後日、あの雑誌が波乱を巻き起こす事など今の2人に関係なかった。
少しずつ確かに2人は強い絆で結ばれ始めていたのだから。




