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ゴールデンウィーク-4

隆羅は車を出し赤い橋に向かう。

少しずつ日が傾きかけていた、山の日暮れは早かった。

「どうしよう、誰も通らないよ」

どの位時間が経ったのだろう、ザワザワと風で煽られる木々の音が余計に恐怖心を煽り。

日が傾きルコの居るくぼ地は陰になり気温が下がってきた。

「パパ、ママ。ゴメンなさい、助けて……」

茉弥はルコの不安なんてどこ吹く風で何も分からずはしゃいでいた。


隆羅が赤い橋の袂に着き、車からロープを取り出しトレッキングコースに入る。

「この先のはずだが」 

橋の袂から沢に下りて辺りを見渡してエスケープロードを探す。

しばらく歩くと本コースのその先は険しくなっていてその脇に階段があった。

「ここだな」

隆羅が階段を駆け上がり少し荒れた道を進む。

「おーい。ルコ、何処だ!」

隆羅が声を掛けながら歩いた。

ルコの耳にも隆羅の声が聞えてきた。

「パパ、ここだよ!」

「ルコ、下に居るのか?」

ルコが不安を吹き飛ばすようにありたけの声で叫ぶと直ぐ上の道から隆羅の声がした。

「うん、足を捻って動けないの」

「じっとして居ろよ」

隆羅がロープを太い木に結び崖を降りて窪地に降りた。

「パパ。ゴメンなさい」

「もう、安心だ、お前が泣いたら茉弥が不安がるだろ。こっちの足か?」

「痛い!」

隆羅の姿を見て安心したのかルコが泣き始めた。

隆羅がルコの左足を触り周りを探し当て木になりそうなL字に近い木を見つけてきた。

すると隆羅が上着のシャツを脱ぎ腰に下げていた小さなナイフでシャツを裂き始めた。

「パパ、何を?」

「動くな、痛めた足首を固定するから」

痛めたルコの足に木を当て裂いたシャツで固定する。

「これで平気だな」

ルコの足首を固定すると、隆羅が茉弥をスリングごと受け取り体に掛けてルコをおんぶする。

「パパ、これで上に登るの? 無茶だよ」

「俺を、信じろ。しっかりつかまって居ろよ」

隆羅がロープをつかみながら上に登り始めた。

高さはそれ程無いのだが落ち葉がかなり積もっていて登りづらい。

茉弥が前にそして、ルコが背中に掴まっていてバランスの取り方が難しかった。

手を伸ばしロープをつかんだ時に、踏ん張っていた隆羅の右足が滑った。

「キャー」

ルコが悲鳴を上げる。

茉弥とルコをかばい右脇から崖に衝突して、落ち葉の下にあった岩か何かに隆羅の脇に当り鈍い音がした。

隆羅が歯を食いしばり堪える。

「うっ! くぅ……」

「パパ、大丈夫?」

「ルコは怪我していないな」

「うん、私は大丈夫。でも今、変な音が」

「俺は大丈夫だ」

右手で枝をつかみ体制を整えて登り始める。

そしてエスケープロードまで登りきった。

「ふぅ、ここまでくれば一安心だ」

「パパ、怪我したんじゃ」

「たいした事無いよ、それより車まで行ってとりあえず沙羅達に連絡してから病院だな。ルコの足を見てもらわないとな」

ルコをおんぶして歩き出し東沢に向かう。

階段を下りてしばらく沢を歩くと赤い橋が見えてきた。

茉弥を見ると疲れたのかぐすりと寝ていた。

「もう少しだからな。茉弥はいい子だ、しばらく寝ていてくれよ」

登りが続く、そして赤い橋に上がる最後の階段を登り始める。

ルコが隆羅の様子が変なのに気付いた。

「パパ、本当に大丈夫なの。何だか様子が変だよ」

「さっきぶつけた所が痛むだけだ、なんとも無い」

隆羅の呼吸が妙に浅く肩で息をしていた。

階段をゆっくり登り橋の近くの駐車場に向かう。

隆羅が車のスライドドアを開けルコを座らせ茉弥を預けると携帯を出し電話を始めた。

「沙羅か、ルコと茉弥を保護した。今、何処に居る?」

「隆羅、本当にありがとう。今、ロビーに居るわ」

「悪いがフロントでこの近くの病院を調べてくれ。ルコが足を捻挫したらしい」

「分かったわ、少し待って」

沙羅がフロントで病院を調べ、フロントのスタッフが病院に連絡を入れてくれた。

「30分くらいの所に少し大きな病院があるらしいわ。」

沙羅から住所を聞き隆羅が車を出した。


その病院はこの辺りでは一番大きな病院だった。

連休中だったがホテルのスタッフが連絡をしていたので医者が待機していてくれた。

整形外科の外来に行きルコの足を見てもらう。

「軽い捻挫だな、少し安静にしていれば治るだろ。一応レントゲン撮っておくかな。おや、あんたその脇腹をちょっと見せなさい」

ルコが車椅子に座らされ看護婦さんが付き添いレントゲンを撮る為に診察室から出て行った。

先生が椅子から立ち上がり徐に隆羅のTシャツを捲る。

「あんたの方が酷いかもな。一緒にレントゲンだ」

Tシャツに血が滲み隆羅の脇がどす黒く青痣になっていた。

レントゲンを撮って外来に戻る。

「娘さんは軽い捻挫だ。お父さんの方は肋骨に2本ヒビが入っているな、サラシで固定しておくから。シャツを脱いで」

隆羅がシャツを脱ぐと先生がサラシで固定していく。

「まぁ、体をこれだけ鍛えていれば、大丈夫だな」

「ありがとうございます」

「娘さん、処置するから入ってきなさい」

ルコが呼ばれて茉弥を抱っこしたまま車椅子で看護婦に付き添われ入って来ると、隆羅の体にはサラシが巻かれている。

「パパ、その包帯」

「はい、お父さんはこれで終わり。足を出して」

ルコと入れ違いに隆羅が待合室に出て行く。

「あのう、パパの体は?」

「たいした事は無い、肋骨にヒビが入っただけだ。体もかなり鍛えてあるし安静にして居れば問題ないよ。しかし、あんたの足は見事なまでの応急処置をしてあったが、あれはお父さんが」

「はい、そうです」

「たいしたもんじゃ。はい、これでお終い。可愛らしい赤ちゃんだな、大人しく寝ている」

医者が優しい目で茉弥の顔を覗き込んだ。

「茉弥って言います」

「若いのに大変じゃな、頑張りなさいよ。じゃが無理は行かんぞ」

「ありがとうございました」

ルコが松葉杖を一本持って、車椅子で出てきた。

「さぁ、帰るか。沙羅と海が待っているからな」

「うん」

「ほら、茉弥おいで」

隆羅が茉弥をゆっくり抱っこするとルコが松葉杖を突いて立ち上がった。

看護婦さんに一礼をして受付で支払いを済ませた。

「ルコ大丈夫か?」

「うん、私は大丈夫。それよりパパは」

「なんとも無いぞ。慣れているしな、タコとつるんで居た時はこんな怪我しょちゅうしていたからな」

車に向かい、ドアを開け沈んだ顔のままのルコを座らせ茉弥を渡す。

そしてホテルへ向かった。


ホテルの正面玄関に車を着けるとロビーから沙羅と海が心配そうな顔で出てきた。

「沙羅、茉弥を頼む。俺は車を置いて来るから」

「分かったわ、茉弥いらっしゃい」

沙羅が茉弥を抱っこすると「よいしょと」ルコがゆっくり車から降りて松葉杖を突きながらロビーに入っていった。

隆羅は車を駐車場に置いてロビーに向かった。

沙羅がフロントのスタッフにお礼をしてソファーに座っているルコの所に戻ってきた。

「本当に、あなたって子は。何かあったらどうするの」

「でも、無事で良かったよね。ルコも茉弥ちゃんも」

「本当に、ゴメンなさい。茉弥まで危ない目に遭わせて、それにパパにまで怪我をさせて」

ルコがポロポロと涙を流しながら泣き出してしまった。

「海ちゃんの言うとおり無事で良かったわ」

すると茉弥が目を覚まし愚図り始めた。

「はいはい、お腹がすいたのね」

沙羅が用意してあった哺乳瓶でミルクを与える。

「でも、隆羅の怪我って?」

海が不安そうな顔をしてルコに聞いた。

「私が崖から滑り落ちてしまって、茉弥を抱っこして私をおんぶして崖を登っている時にバランスを崩して脇を岩か何かにぶつけたの。病院で肋骨にヒビが入っているって」

ルコが泣きながら話をした。

そこへ隆羅が戻ってきた。

「隆羅、怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫だ、このくらい心配するな」

海が立ち上がり隆羅に駆け寄ってTシャツを見ると右脇に血が滲んだ後があった。

隆羅が安心させようと優しく海の頭を撫でる。

「本当に? 良かった」

「沙羅もあまりルコを責めるなよ、無事だったんだし怪我もたいした事無いんだしな」

「隆羅、あなたって本当に甘いんだから。でも、ありがとう」

「気にするな、それより食事にしないか腹が減って倒れそうなんだよ」

「そうね、隆羅は着替えないとね」

「そうだな、こんなボロボロじゃレストランにも入れないしな。ルコは着替えなくて平気なのか」

「私は大丈夫」

「そうか、今日は風呂にも入れないしな。海、悪いが体拭くの手伝ってくれ」

「うん、分かった」


隆羅と海が部屋に戻り、海がバスルームでタオルをお湯で濡らし隆羅の上半身を拭く。

「悪いな、こんな事させて」

「遠慮なんてする事ないじゃんね」

「そうだな」

「右手を上げて」

「こうか、うっ!」

隆羅が顔を歪めた。右手は肩の高さまでしか上げられなかった。

サラシを外している脇がどす黒く痣になっていた。

「痛むの?」

「流石に、キツイな。ルコ達には絶対に言うなよ」

「うん、分かってる。でも、こんなに無茶して」

「守らなければならないモノはどんな事をしても守る。それじゃ駄目か?」

「駄目じゃないけれど、怪我までして。もし隆羅に何かあったら私……」

「昔、ある人に言われた事があるんだ。命懸けで誰かを守るのは良い事だけど、自分も守れなければするべきじゃないってね。命と引き換えなんて奇麗事に見えるけれど、悲しむ人が必ずそこに居るんだって」

「それでも、守れなかったら」

「その時は、スーパーマンかウルトラマンにでも頼むさ」

「もう、隆羅のバカ」

「さぁ、飯食いに行くぞ」サラシを巻き直しフリースだけを着て海とレストランに向かった。


食事を済ませて部屋のリビングでゆっくりする。

ルコと茉弥は部屋に戻ると直ぐに風呂に入り横になった。余程疲れたのだろう。

今は海が風呂に入っている。

隆羅と沙羅がソファーに座って話をしていた。

「隆羅、今日は本当にありがとう。生きた心地がしなかったわ」

「無事だったんだから良いじゃないか」

「でも、またあなたに怪我をさせてしまった」

「こんなの、怪我の内に入らないよ」

「腕も上げられないくせに」

「よく分かったな」

「当たり前でしょ、伊達に10年も一緒に居たわけじゃないのよ」

「そうだったな」

「私達親子って駄目ね、あなたに助けられてばかりいて。あの時も隆羅が大怪我してそのおかげでこの命が助かった。そのうえルコを育てるって言ってくれたのに」

「お互い様なんだよ、みんな。助けたり助けられたり、俺だって何度もルコや沙羅に助けられているんだ。卑屈になる事も媚を売る事も必要も無い人間は全てフィフティー・フィフティーなんだ」

「そうね、私達がそんな事をしたら隆羅は一緒には居ないわよね」

「そうだ、それで良んだ」

「でも、いつまで隠し事をするつもりなの」

「それは……」

隆羅が伏し目がちに言葉に詰まっていた。

「いつまでも隠せる物じゃないでしょ」

「そうだな、覚悟が出来ればだな」

「それじゃ、バレるのが先か覚悟が先かよ」

「海の事を考えると……」

「そうね、私達の問題じゃないわね。隆羅と海ちゃんの問題ね」

「私がどうかしましたか?」

すると海がバスルームから出てきた。

「隆羅と何処まで行ったのかなぁって話」

「うっ、それは隆羅しゃべったの」

「俺は、何もしゃべっていないぞ」

海と隆羅が2人して少しうろたえている。

「あらあら、そっちの覚悟もまだなのね駄目な隆羅」

「邪魔ばかりする親子が近くに居るからな。海、もう寝るぞ」

「うん、沙羅さんお休みなさい」

「おやすみ、明日もよろしくね」

「じゃな」

「また、明日」

隆羅と海がベッドルームへ入っていくのを見て、沙羅が和室に歩き出した。

「私もそろそろ寝ましょう」


隆羅と海がベッドで横になって話をしている。

「ねぇ、隆羅。沙羅さんと何を話していたの?」

「他愛の無い話だよ」

「教えてくれないんだ」

「気になるのか?」

「だって沙羅さんは隆羅の元奥さんで、今も仲の良い友達なんでしょ」

「元奥さんって言ったってルコから聞いているんだろ」

「聞いているけれど」

「時期が来たらキチンと話すよ」

「そんなのばっかり。でもいいや隆羅が話してくれるまで側に居るから」

「側に居てくれるか。嬉しいな」

「本当にそう思うの?」

「ああ、本当だ。俺も海とはいつまでも一緒に居たいからな」

「嬉しいな、隆羅」

海が抱きついてきた。

「くぅっ!」

「あっ、ゴメン痛かった?」

隆羅の顔が一瞬痛みに歪んだ。

「少しな、そんな顔をしないでくれ。こうすれば平気だからな」

左手で海を抱き寄せると海が隆羅の左胸に耳をあてた。

「隆羅の鼓動が聞える」

「しばらくは無理は利かないな」

「大人しくしてないとね。でも、またお預けだ」

「何がだ?」

「隆羅のバカ。そこまで言わせるの」

「そうだな、焦る事もないさ自然体でな」

「そうだね、おやすみ」

「おやすみ」


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