新学期と誤解-2
翌日、青葉台大学付属青葉台高等学校では……
学校中の生徒が右往左往して天と地をひっくり返した様な大騒ぎになっていた。
「凄かったんだよ。超綺麗な女の人と腕組んで楽しそうに歩いてて、芸術劇場の中にあるお洒落なイタリアンレストランで乾杯して。ドラマみたいだったよ、格好良過ぎるよね、絶対あれは如月先生の恋人だよ」
「ほらほら、この凄く綺麗な女の人が如月先生の恋人だよ」
携帯の画像を自慢げにお披露目している。
「ええっ、凄い。私に写メしてお願い」
あっという間に、2人が腕を組んで歩く写真と隆羅の恋人の話は学校中を駆け巡り。
この話を知らない者はいないくらいになっていた。
そこに何も知らずにルコと海が楽しそうにお喋りをしながら教室に入ってきた。
「ルコ、聞いた? 如月先生の恋人の事」
「ええっ?」
聞かれたルコでは無く、隣に居た海が驚いた。
「ほら、これがその恋人」
携帯の画面を開いて見せる。
画面には腕を組みながら歩いている隆羅と見知らぬ女の人の姿が映し出されている。
「でも、これだけじゃ恋人か分からないじゃん」
「あのね、C組みの子がレストランで2人きりで楽しそうに食事している所を見たんだって」
海の頭に昨夜のスーツの残り香の事が浮かんできた。
ルコが海の顔を見ると海の微妙な表情の揺れを見逃さなかった。
「海! 海? ちょっと来て」
「ええ? 何? ルコ」
突然ルコに腕を引っ張られて上の空だった海が我に返る。
人気の少ない渡り廊下でルコが海に詰め寄った。
「海、これはいったいどう言う事なの?」
「ルコ、そんなに怖い顔しても私よく分からないよ」
海は訳が判らず戸惑っているとルコはそんな事お構いなしに海に言い寄った。
「昨日の夜はなんか変わった事無かった?」
「別に変わった様子も無かったけれど、私が部屋に戻った時はシャワー浴びてたし。でも……」
「でも、何なの?」
「上着が脱ぎ捨ててあって、香水の匂いが少ししたけど」
「まぁ、写真であれだけ、腕にしがみ付けば香水くらい移るよね。パパは何て言っていたの、その人の事?」
「古い付き合いの自由人だって」
そこで、ルコが少し落ち着きを取り戻した。
「そうか。でも、上着が脱ぎ捨ててあったんなら本当にただの友達かもね」
「ルコ、何で?」
「だって、浮気したのなら海にばれない様に、上着なんか投げ捨てて置かないでしょ」
「そうだけど、いつもの事だし……」
海は不安で堪らなかった、それでも隆羅を信じたい気持ちでいっぱいだったのだ。
「やっぱり心配だよね」
「でも、隆羅は浮気なんかしないって、私は信じるけど」
「本人に確認しよう!」
「ええ、そんな事して大丈夫なの?」
「白黒つけなきゃ、私の気が納まらないの」
職員室の先生方も生徒達に負けず劣らず如月先生の恋人の話で持切りになっていた。
そこに如月が職員室に入ってきた。
「如月先生、おはようございます」
「おはようございます。今日は何だか学校中が騒がしいですね」
「何を暢気な事言っているんですか? 騒ぎの張本人は先生ですよ」
「私が何かしましたか?」
「生徒が先生のデートの現場を見たとか、腕を組んで歩く写真まで」
「私が女性とデートしたら可笑しいのですか? プライベートな事は学校と関係無いじゃないのですか」
「まぁ、それはそうなんですが。人気者の先生だけに大騒ぎに」
「先生方も浮き足立っているなんて事はもちろん無いですよね」
如月がこれ以上浮き足立たないように先生方にしっかりと釘を刺しておく。
「そ、そんな事はもちろん」
「では、沈静化させて下さいね。プライベートの事で大騒ぎするなと、お願いできますよね」
「も、もちろんですよ。ね、皆さん」
「はい」
如月が少し厳しいぐらい真面目な表情で言うと、教頭が同意を求めると直ぐに先生方も返事をした。
普段から生真面目で通している如月には何も言えなかった、それに学校の評価を下げるわけにも行かないからだろう。
如月が落ち着きが無くザワ付いている教室へ向かう。
「おはよう」
「おはようございます」
如月が教室に入ってきたのに気付くと騒いでいた生徒が席に着いた。
「ホームルームの前に言っておきたい事がある。先生のプライベートな事で大騒ぎになっている様だが、先生にも色々な友人が居る。その友人との付き合いを詮索するのは結構だが公の場で大騒ぎするのはどうかと思うんだが」
「先生の恋人なんでしょ?」
クラスの男子が声を上げて聞いてきた。
「友人だと言ったはずだが。この際だから聞きたい事があれば答えておこう、それで君達が納得するならな」
如月がしっかりとクラスの生徒達を見て言った。
「腕を組んで歩いて恋人じゃ無いなんて誰も信じませんよ」
「信じようが信じまいがそれは君達の勝手だ。彼女とは古い付き合いで妹の様なもので恋愛感情はお互い一切無いが、他に聞きたい事は」
「何処に住んでいて、何と言う名前ですか?」
「そこまではプライバシーに係わる事は答えられない。関西在住の女性だ、前回会ったのは数年前だ。このくらいで良いかな」
「先生には恋人は居るのですか?」
「その質問は的外れだと思うが。先生に恋人が居たらいけないのかな? 何か問題でもあるのかな? 僕から皆に聞いてみたいんだが」
逆に質問されて誰も何も言えなくなった。
当たり前である、独身の大人の男性に恋人が居たらいけないなんて事は無いのだから。
生徒の中では収束に向かっている様だったがほんの一部ではまだ燻っていた。
予鈴が鳴りホームルームが終わり如月が教室を出ようとすると、ルコが如月に話しかけてきた。
「如月先生、後で少しお話したい事があるのですが」
「分かった。昼休みに生徒指導室を空けておくから」
「ありがとうございます」
ルコが業とらしいくらい深々と頭を下げる。とても重い空気だった。
如月の恋人の話が広まるのもアッと言う間だったが終息するのも早かった。
如月の毅然とした態度や先生方の協力があったからだろう。
昼休み昼食後に生徒指導室にルコと海がやって来た。
「失礼します」
生徒指導室に入るとソファーに腕組みをして如月が座っていて手を差し出し座るように促した。
「話ってなんだ、ルコ?」
「学校で苗字で呼ばないんですね」
いつもと違い強い口調だった。
「先生にじゃなく如月隆羅に話があるんだろ」
「海が不安になって居ます。説明をして下さい」
「教室で話した事が全てだが」
「本当に何も無かったんですね」
「言った筈だぞ。信じるも信じないもお前達次第だと」
「それは、そうだけどパパが疑われるような事したんでしょ」
ルコが真っ直ぐに隆羅の目を見ながら詰め寄った。
「誤解を受けるかも知れないが友人と会うのに許可が居るのか?」
「でも、女の人と2人って……」
「彼女は妹と同じ様なものなんだ。名前は睦月 雅、和歌山に住んでいて本人は嫌がるが芸術家、アーティストだ。知り合って15年位かな、今まで1回も恋愛感情をお互いに持った事が無い。それでも信じてもらえないならしょうがないな」
「じゃ、パパ。海が他の男の人と2人で出かけたらどうするの? 嫌じゃないの?」
「ねぇ!」
ルコが強い口調で隆羅に詰め寄ると隆羅が海の目を射抜くように見て海の気持ちを聞いてきた。
「海はどう思っているんだ?」
「私は隆羅を信じたいけれど……」
「パパ答えて! 海が他の男とデートしたらどうするの!」
ルコがソファーの前のテーブルを叩いて立ち上がり叫んだ。
「俺は海を信じるが。海がデートしたいのならすれば良い、好きにしなさい」
とても静かに隆羅が答え、深くため息をついて哀しそうな顔をして生徒指導室を出て行ってしまった。
生徒指導室に残されたのルコと海にしばらく沈黙が訪れる。
ルコが先に口を開いた。
「海、ゴメン。パパの気持ち試すような事しちゃった。どんなに海の事が好きなのか分かっているのに。また、あんなに哀しい顔にさせちゃった」
ルコの目から涙が零れている。
「大丈夫だよ、ルコ。隆羅は信じるって言ってくれたのに、信じるって言えなかった。私がバカだ……」
海の頬にも温かいものが流れていた。
次の日から、如月はいつもの様に淡々と授業を行い。
そして家ではパソコンの前で連休明けのテストを作っていた。
テストは生徒でもある海に見せる訳にもいかず、海が居ない部屋で海と会話をする事も無く如月は作業をしていた。
そんな事が数日続き週末の土曜日を迎える。
ルコと海は友達に部活の手伝いを頼まれて休日の学校に来ていた。
「海、あれからどうだったの?」
「隆羅は家でテスト作っているから、あまり顔も合わさないし話す事あんまりしないよ」
「そうか、テストが出来たら大丈夫だよね」
「どうなんだろう、それは私にも分からない。でもね、前に隆羅の実家に行った時に言われた事があるんだ」
「何て言われたの?」
「私を失うのが怖いって。その時の隆羅の瞳が凄く揺れていた。こんなに私の事を守ってくれてとても強い人だと思っていたのに、こんなに弱い人なんだなって優し過ぎるんだよね。でも、優しくないとあんなに強くなれないんだと思う。だからいつも側に居てあげたいの。それが出来ない今がとても辛い」
海が涙を必死に堪えた。
「私も何をしているんだろうって、あれから思っちゃった。私を育てる為に10年もパパで居てくれた人の言葉を信じられないなんて、それに海とパパの事を応援するって決めたのに。許してくれるかなぁ、ママに相談してみようか」
「そうだね。でも、私は隆羅に謝りたいな、『信じている』ってちゃんと伝えなきゃ」
その時、友達が声を掛けてきた。
「ルコ! 海! 今日はどうもありがとうね、もう大丈夫だから」
「うん、分かった。また、月曜日にね」
「海、帰って。ママに話を聞いてもらおう」
「うん、そうだね」
体育館を出て下駄箱に向かい靴を履き替えて、昇降口を出て校門へ向かう。
校庭や体育館からは運動部の元気な掛け声が聞えていて、校門に目を向けると信じられない光景が飛び込んできた。
隆羅が登校に使っているバイクで私服に革のジャンパーを着て待っている。
ルコと海が駆け出した。
「こ、こんな所で何やっているのよ。バカ」
ルコが慌てて如月に注意した。
「バカでも何でも良いんだよ。海を待っていたんだ」
「私を?」
「そうだ、これを着てヘルメットを被ってくれ」
隆羅が温かそうな少し大きめの上着とヘルメットを海の方に差し出した。
「隆羅、私……」
海が何かを言おうとするが隆羅はそれ以上は何も言わず海の目を見つめたままだった。
「うん、分かった」
海が上着を着て髪の毛を束ねてヘルメットを着けた。
隆羅がヘルメットの後ろのスイッチを入れる。
「声、聞こえるよな」
「うん、聞える」
「少し、怖いかもしれないが。俺にしがみついていてくれ」
隆羅がバイクに乗りタンデムステップを降ろすと海が後ろに乗り隆羅の体にしがみ付いた。
「パパ、何処に?」
「大阪だ」
「ええっ、これから?」
「今日中か明日には戻る、沙羅に伝えておいてくれ。心配するからな」
「ねぇ、パパ。今日のバイクなんだか音がいつもと違うけれど」
「特別仕様にしてある」
「特別?」
「じゃ、行ってくるからな」
隆羅がアクセルを開けると簡単に前輪が浮いた。
「ひやぁ」
海が驚いて声を上げると「大丈夫か?」と隆羅が左手で海の手を優しく触った。
「うん、大丈夫」
その隆羅の声はとても落ち着いたいつもの優しい声で海は安心した。
首都高に乗り東名高速へと向かう用賀を過ぎ東名に入った。
「海、これから飛ばすからシッカリつかまっておけよ」
海が隆羅の体に回している腕に力が入った。
「あまり、ガチガチにならなくて平気だからな。俺の体から外に体を出すなよ」
「うん」
アクセルを更に開けシフトをチェンジするとグンと言う加速で周りの景色が後ろへと信じられない速さで飛んで行った。
「隆羅、今、どの位の速さなの?」
「180って所かな」
「ええ、大丈夫なの?」
「心配ない。バイクも俺の腕も確かだ。もう少し出すぞ」
隆羅がアクセルを吹かして更に加速していった。
「そうじゃなくてさ、もう知らないから。馬鹿」
信じられない速度のバイクに乗っている筈なのに怖いという感覚は無かった。
風になった様な感じと言えば良いのだろうか、高級な乗用車に乗っているかの様な安心感さえしたのだ。
海の心配していた物が追いかけてくる高速隊のパトカーだ。
しかし隆羅のバイクに追いつけずに少しずつ放されていく。
隆羅が胸ポケットからゴソゴソと何か手帳みたいな物を取り出すとバイクの速度が遅くなり、あっという間にパトカーが横に並んだ。
「貴様、止まらないか! 路肩に寄せて停車しろ!」
警官がマイクで叫んでいる。
隆羅が手帳のような物を警官に見せると警官の顔が引きつり最敬礼をした。
手帳をポケットにしまいアクセルを再び開ける。
片手で警官に合図をするとパトカーはそれ以上追いかけては来なかった。
「隆羅、今のは何だったの?」
「通行手形を見せただけだ。つかまっておけよ無敵モードで行くからな」
ありえない速さでバイクを走らせる。景色を眺める、そんな余裕は全くなかった。
速度の感覚など殆ど無くなり漂っている感覚だけになっていったのだ。
途中で給油をしてすぐにバイクを走らせた。
「海、大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
「何かあれば直ぐに言えよ」
「分かった、隆羅。あの湖みたいのは?」
「浜名湖だけど」
「えっ、浜名湖?」
「200キロ以上で走っているからな。もう少ししたら休憩を入れるから」
しばらく走りサービスエリアに入り再び給油を兼ねて休憩に入った。
「適当に、好きな物を食べてくれないか」
海は隆羅から財布を渡された。
「隆羅は?」
「ホットだけで」
「うん、分かった」
隆羅は何かを考えている様だった。海は軽く食事をして隆羅はコーヒーを飲んでいた。
「ねぇ、隆羅。私ね」
「そろそろ行こうか」
隆羅の言葉に遮られてしまった。
名神高速に入っても隆羅はスピードを緩めなかった。
京都を過ぎ大阪に入り高速を降り中心街に向かう。
昼過ぎに東京を出た筈なのに夕方までには時間がかなりあった。
しばらくするとバイクはとても落ち着いたギャラリーの前で止まった。ギャラリーには睦月 雅 個展「優」と書いてあった。
「着いたぞ、海。降りてくれ」
「隆羅、ここってあの女の人の?」
「そうだ、彼女の個展会場だ」
ヘルメットを外してバイクにロックして隆羅が歩き出しギャラリーに入っていく。
海が慌てて隆羅の後を追いかけてギャラリーに入った。
ギャラリーにはとても優しい感じの絵や彫刻が展示されている、作品を見ただけで彼女の人となりを感じ取る事が出来た。
「隆羅、どうしてここに?」
「彼女と会わすのが1番良いと思ってな」
「た、隆羅! 来てくれたんだ」
雅が隆羅を見つけて目をまん丸にして駆け寄って来て。
そして満面の笑顔で嬉しそうに隆羅の首に手を回して抱きついた。
「おいおい。このあいだ会ったばかりだろう」
「でも、個展に見に来てくれたのは初めてでしょ」
「まぁな」
「あら、そちらの女の子は?」
海に気付き雅が慌てて隆羅から離れた。
「始めまして、水無月 海と言います」
海が緊張した面持ちで自己紹介をしてお辞儀をした。
「私は隆羅から聞いていると思うけれど睦月 雅と言います。宜しくね。隆羅まさか娘さんじゃないよね。あの、水無月さん。失礼だけどお歳は?」
「19歳です」
「ええっ。若い! 隆羅この子って……こんな所で立ち話もなんだからこちらにどうぞ」
雅が驚きながらも直ぐに落ち着きを取り戻して会場内の小さなテーブルに隆羅と海を案内した。
「ゴメン、コーヒーを3つ頂戴」
雅がアシスタントに声を掛けた。
「隆羅、この子が彼女なんでしょ」
「そうだ」
隆羅が少しだけ沈んだ声で雅に言った。
「また、そんな顔してる。この間の事で何かあったのね、彼女と2人で話をさせてもらえないかなぁ?」
「分かった。海、聞きたい事があれば雅に何でも聞いてくれ」
「う、うん」
海が戸惑いながら返事をすると隆羅が席を外して個展会場の作品を見に行ってしまう。
そこにアシスタントがコーヒーを持ってくると雅が海に真っ直ぐに向き合い話し始めた。
「どうぞ、飲んで」
「はい、ありがとうございます」
「水無月さん、何があったの? もしかして、生徒さんに見られて大騒ぎになったとか」
「そんな感じです。でも直ぐに隆羅が生徒に説明をして収まったんですけれど、私とルコが隆羅を問い詰めてしまって……」
「そっか、それであんな顔をしているのね」
「あんな顔ですか?」
「そう。あの顔は自分を責め続けている顔なの隆羅は決して人を責めない。いつも周りの人を優先して考える、そして何かあると直ぐに自分で抱え込む。そんな奴なのよ」
「良く知っているんですね。隆羅の事を」
海は不安に包まれて思わず雅から視線を外してしまった。
「隆羅から聞いているんでしょ私達が付き合いが長い事は。でも今まで1度も恋愛感情を抱いた事なんて無いの。信じえもらえるかは水無月さん次第なんだけどね。不思議な関係といった方が良いのかな兄妹みたいな感じで血の繋がりなんて無いのにね変でしょ。水無月さんは男と女の友情って信じられるかなぁ」
「よく分からないけれど、とても素敵な事だと思います」
「そう、ありがとう。私は気兼ね無く隆羅に甘えるしわがままも言う。隆羅はいつも優しいからそれに答えてくれる。だから誤解される事も今まで何回もあった、でもこの関係は壊れなかった。それに私には心に思っている人がいるの」
「えっ、その人って」
「もう、2度と会えないわ。死んでしまったから。この事も隆羅は知っているわ」
「でも、それじゃ」
海は雅の顔を真っ直ぐに見ていた。
「そうね、寂しすぎる。もう10年以上前の事だもの。でも隆羅はそれで良いじゃないかって言ってくれた。そして俺に出来る事ならなんでもするから何かあれば連絡をくれって。本当はね、彼が死んでしまった時に私も死のうとしたの。隆羅が居なければ私は死んでいたわ。そして絵の道を教えてくれたのも隆羅だった。元々好きで絵を描いていたけれど周りの人には恥ずかしくって内緒にしていたのに、アイツだけは知っていたの。水無月さんは気付いた事無い? アイツは周りの人の事を良く見ている、そして手助けしてくれる。何よりも最優先にしてね」
「いつも、私やルコの事を……」
「そうでしょ。そんな隆羅が本気で1人の女の子を好きになった」
「本気で?」
「本気じゃなければ、こんな所まで来ないわよ。あなたを失いたく無いからここまで連れて来たの、私と話をさせるためにね。今まで1度も個展には来てくれないのに水無月さんが羨ましいな」
「私どうしたら良いのか分からなくって」
「それは、水無月さん自身が考える事なんじゃないの? 好きなんでしょ隆羅の事が」
「はい、大好きです」
海がどこまでも真っ直ぐな瞳で雅に答えた。
「なら大丈夫よ。素直な気持ちを伝える事、でも分かってあげてね隆羅にも付き合いがあるという事を。私は今までと同じように隆羅と付き合っていくつもり大切な友人だから、そして水無月さんともお友達になりたいなぁ」
「私とですか?」
「ええ、駄目かしら。出会いは縁だもの。星の数ほどのって言うけれどそれでも実際に見える星の数は3000個、それに比べて人は60億人もいるのよ。出会いは奇跡なの。そして心から好きな人と出逢えるなんて奇跡以外にはあり得ないじゃない」
「何だか睦月さんって凄いです」
「隆羅の受け売りよ、プラトンの話しも聞いた事が無いの?」
「プラトンですか?」
海が首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「ええ、プラトンの人間球体説よ。男と女は元来ひとつの球体だったって言うお話よ。『ある日、球体の男と女がとても仲の良い事に神が嫉妬して半分に切ってしまったの。以来この世には元の半身を求める男と女の半球体が彷徨っている。だから形・サイズ・色等々ぴったり一致する半球体にめぐり合うことはミラクルなんだ』って言うお話よ。これを聞いた時に、私の半球体はもう居ないのねって言ったら隆羅は笑い飛ばしたわ。そんな神か仏の様な悟った様な事を言ってなんでそんな事が私に分かるんだって、人生に絶対なんて無いんだ。運命からは逃げられないけれど、運命と戦う事は出来るだろって。でもまだ出逢って無いのよね、仕事では少しずつ認められているけれどね」
「素敵なとても優しく感じる作品ですよね」
「ありがとう。でもあなたと隆羅の方が素敵よ、私も応援するからね」
「睦月さん」
「いい、ちゃんと伝えなさい言葉でね。分かってくれているなんて思っちゃ絶対に駄目。必ず後悔するわよ。自分の言葉でしっかりと伝えなさい」
「はい、分かりました」
海が雅の目を真っ直ぐに見て答えた。
「隆羅。これから時間あるんでしょ」
「少しならな」
ホールで作品を見ている隆羅に雅が声を掛けた。
「食事に付き合ってね。この間のお礼もしたいから」
「礼なんてそんな仲でもないだろう」
「いいの。個展にも来てくれたし、彼女まで紹介してくれたから」
雅がアシスタントと何かを話しをして3人でギャラリーを後にする。
そしてタクシーで京橋に向かい大阪城の直ぐ近くにあるビルの最上階のレストランに着いた。
雅がタクシーの中から携帯で予約を入れておいたのだろう。
直ぐに支配人らしき人が出迎えた。
「睦月様、ご予約有難うございます。大変申し訳無いのですが窓際の……」
雅の後ろに目をやり支配人がしばらく固まった。
隆羅が海と雅に分からない様に口に人差し指を当て支配人に何も言わないように目配せをした。
「しばらく、お待ちください」
そう言って支配人が下がる。
しばらくすると窓際の席に案内された。
「大変お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
「あら、窓際はいっぱいだと」
「はい、特別にご用意させて頂きました」
支配人に案内されたテーブルからは光り輝く大阪の街が一望できる席だった。
「凄い! 綺麗な夜景。見てみて隆羅」
海が目を輝かせて嬉しそうに言った。
「綺麗だな、大阪の夜景も」
「良いでしょここ。さぁ何を食べようか」
各々が食べたい物を頼み、3人で味見をしながら食事を楽しむ。
「水無月さんと呼ぶのも何だか余所余所しいわね。海ちゃんで良いかしら?」
「構わないですよ」
「それじゃ、海ちゃん。隆羅の先生ぶりはどうなの?」
「凄い人気ですよ。真面目でとても厳しいけど女生徒の憧れの先生かな」
「へぇ、隆羅がね。私はどちらかって言うとOFFの時の隆羅しか知らないからなぁ」
「別人ですよ、凄いなって思います」
「それは隆羅が自分にとても厳しい人間だからね。でもとても優しいんでしょ」
「そうですね。ちゃんと皆の事見ていてくれるし、適切なアドバイスもしてくれるから」
「そうなの隆羅?」
雅がわざと隆羅にふる。
「そうなのと聞かれても俺は当たり前の事をしているだけだからな」
「その当たり前の事を当たり前の様に出来るのが凄いのよ」
「そうなのか、俺には良く分からんが」
「相変わらずね」
しばらく会話を楽しみながら食事をする。
食事が終わり食後にコーヒーを頼んだ。
「すまん、ちょっと電話だ」
隆羅の携帯がマナーモードで着信を知らせると隆羅がレストランの入り口に向かった。
「今日も、隆羅に助けられちゃったな」
「えっ、何故ですか?」
「ここのレストランかなり人気があって中々窓際の席は予約出来ないのよ。電話した時も無理かもって言われたし、着いた時も始めに支配人は謝っていたでしょ」
「そう言えば、そうですね」
「あれは、隆羅を見て席を用意してくれたの。隆羅は私たちに気付かれない様にしていたみたいだけど隆羅って何者なのかしら?」
「実家は日本の何割かを仕切る企業だって」
「ええっ、海ちゃん。隆羅の実家を知っているの?」
伏し目がちに不思議そうにしていた雅のクリッとした目が更に大きくなり輝いていた。
「はい、とっても大きなお屋敷でした。まるで昔の大名屋敷みたいな」
「ますます、本気なのね」
「そう言えば、おば様も女の子を連れて来たのは初めてだって」
「それでも、すれ違ちゃたりするのね。大好きな証拠ね」
「そうなのかなぁ」
「大好きだから不安になるんでしょ。海ちゃんも隆羅も」
「そうですね。でも少しずつ隆羅の事を知って行きたいです」
「でも、人には言えない事もあったりするわよ」
「私も思います。隆羅がとて哀しそうな顔をする時に、少し怖いけど」
「それでも乗り越えて欲しいな。隆羅と海ちゃんなら、お似合いだしね」
「からかわないで下さいよ。雅さん」
「あら、私は本気よ。本当はもっとラブラブなんだろうなって」
「それはその……」
海が赤くなり俯いてモジモジしていた。
「ビンゴなんだ。良いなぁ2人を見ていると私も恋人欲しくなっちゃった」
「雅さんはとっても素敵で綺麗なんだから、きっと良い人居ると思いますよ」
「ありがとう。でも、今は創作活動が楽しくてしょうがないの。しばらくは恋人はお預けかなぁ」
そこに隆羅が戻ってきた。
「悪いな、親父からだったよ」
「また、仕事の話?」
「いや、連休中に少しでも顔を出せってお袋が煩いらしい」
隆羅と海の会話がいつもの会話になっていた。
「ゴメン、ちょっとおトイレ」
雅が席を立ち隆羅に判らない様に海にウインクした。
海も気付き目で合図する。
「あのね、隆羅」
「なんだ」
「ゴメンなさい。疑うような事をして。でもね、凄く不安になるの」
海が隆羅に頭を下げて心から謝った。
「悪かったな、俺の方こそ不安にさせて」
「うんん、私がいけないの。もう平気、隆羅はちゃんと私の側に居てくれるんだもん。それに私も隆羅の側にいつも居る。そうだよね」
「そうだな」
「だから、自分ばかり責めるのは止めようお願いだから。どちらかが一方的に悪いなんて事は無いんだからネ。何かあったらお話して2人で考えよう」
「分かった。ありがとうな」
隆羅が海の頭を優しくクシャっと撫でた。
「えへへ、何だか隆羅に触られるの嬉しいな」
「仲直り出来たみたいね」
海が隆羅の手を触ると2人の所に雅が戻ってきた。
「雅に助けられたな」
「そんなのお互い様よ。さぁ、お開きにしましょう」
「ご馳走様でした」
「また、東京に遊びに行くから、今度は3人で遊びましょ」
「はい」
「そうだな」
「ねぇ、これから東京に帰るなんて言わないわよね」
「帰るが何か問題でも」
「寒いわよバイクじゃ、海ちゃんが可哀そうよ」
「平気です。隆羅にしがみ付いていれば温かいし」
「だ、そうだ」
隆羅が海の嬉しそうな顔を見る。
「ラブラブと言うより、まるでバカップル見たい」
「雅さんまでそんな事言わないで下さいよ」
「誰かにも言われているんだ」
「ルコや沙羅さんに言われます」
「いいじゃない、幸せだっていう事よ」
「幸せか、えへへ」
海が嬉しそうに隆羅の腕にしがみ付いた。
「東京でも何処へでも帰ってちょうだいな。お熱い事で、こちらこそご馳走様でした」
しばらくして、隆羅の家に小包が届いた。
差出人は睦月 雅とあり包みを開けると一枚の絵が入っていた。
とても温かく優しい絵で題名は「愛」と書かれていた、隆羅がリビングの壁に大切に飾った。




