内緒-3
♪~海の嬉しそうな鼻歌が部屋に流れていた。
海は着替えを済ませ準備を整えて隆羅の帰りを待っている。
その時、ドアが開く音が聞えた。
「隆羅は、まだかなぁ。あっ、帰ってきた」
「海」
「はーい、お帰り!」
「準備は出来ているのか?」
「うん、出来てるよ!」
高校生らしい清楚な感じの白地に花柄のワンピースを着た海がくるりと1回転して見せると、長い髪が綺麗に孤を描いた。
「やけに嬉しそうだな」
「だって隆羅とデートだよ。それで何処に行くの?」
「とりあえず、俺の実家だけど。その後でどこか外で飯でもって、海?」
海がデパートのマネキン人形の様に固まっていた。
「海、どうした?」
海は頭の中が真っ白になって動揺を隠せず戸惑っていた。
「た、隆羅の実家って?」
「お袋が、海に会わせろって煩いいんだよ。1回会わせれば大人しくなるから行くぞ」
「あの、その、隆羅のご両親に紹介してくれるって事なの?」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
「私なんかで良いの? 本当に」
「海じゃなきゃ誰を紹介するんだよ」
「でも、私、自信ないよ」
「俺が好きになった、大切な人じゃなきゃ紹介なんかしないよ」
隆羅の言葉を聞いて海の目から涙がポロポロと零れた。
「泣くな」
「だって、隆羅はあまり言葉にして言ってくれないから私……」
「涙を拭いて、行くぞ」
「うん」
隆羅の車に乗り隆羅の実家に向かう為に都内を走る。
「ねぇ、隆羅。この車って変わってるよね」
「そうか、俺はこの風を切って走る感覚が好きなんだけどな」
「でも、昔のレーシングカーみたいだよね」
「ケーターハムスーパー7と言うんだが、海は嫌いか?」
「大好きだよ、バイクもこの車も隆羅も」
「最後に余計なのが入っていたな」
「いいんだもん。そう言えばあのバイクもあんまり他で見かけないね」
「ビューエルと言うアメリカのバイクだよ」
「ふ~ん、そうなんだ。隆羅の実家って何処にあるの?」
「都内だぞ」
マンションを出てしばらく車で走ると江戸時代のお城の様な高い白壁の塀が続いていた。
「凄い、壁だね。今どき珍しいよね。時代劇の大名屋敷みたい」
「そうか」
「そうだよ、なんとも思わないの?」
「まぁ、なんとも思わないかと聞かれれば、そうだなとしか返事のし様が無いな」
少しすると白壁の先の巨大な木造のお城の門の様な所に着くと隆羅が車を止め、クラクションを鳴らす。
「ねぇ、隆羅。ここってまさか」
「俺の、実家だが」
「ゴメン、ちょっと止まってくれる」
重そうな門が開くと隆羅が車を門の中に進めると海が慌てている、隆羅が海の顔を見ると不安そうな顔をして瞳が揺れていて胸に手を当てて深呼吸をしていた。
隆羅が車を停めて海の顔を心配そうに覗き込んだ。
「どうした?」
「あの、た、隆羅の実家って何をしているの?」
「大雑把に言うと日本の何割かを仕切っている企業かな」
「日本の何割かってそんなぁ……私、なんだか怖いよ」
当たり前の感情だった、普通の高校生の女の子がこんな大きな屋敷に初めて連れてこられて怖くない訳が無いからだ。
「言っただろ、大切な人しか紹介しないって。それに沙羅もルコも茉弥もこの家には来ていたんだし」
「それは、隆羅の家族だからじゃない」
「今は、海が俺の家族だろ」
「そう言ってくれるのは、嬉しいのだけど」
「お袋が待っているから行くぞ」
「う、うん」
「怖がる事はなにも無い、ありのままの海で居ればいいんだよ」
優しく隆羅が海に言い、しばらく車を走らせて車を玄関前に回した。
これを玄関と言うのだろうかそんな感じの大きな玄関だった。
江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚さえあった。
「若、お車の鍵を」
「ああ、わかった」
「奥様と旦那様は奥の座敷でお待ちになられております」
黒っぽいスーツ姿の男の人が出迎え隆羅が車の鍵を渡すと、スーツ姿の男が車に乗り込み何処かに車を運んでいった。
隆羅が屋敷に上がりドンドンと歩いていく、海は着いていくので精一杯だった。
「隆羅、待って。お願いだから、早いよ」
「ほら、手」
「うん」
隆羅が海の手を掴むと海に合わせてゆっくりと歩いてくれる様になった。
「隆羅、さっきの男の人が隆羅の事、若って呼んでいたね」
「元々は裏ぽい仕事をしていたからな」
「裏ぽいって、もしかして」
「そうだ、たぶん海が考えている事が正解だ」
「そんな……」
「今は表の企業だからな。でもここは昔のままなんだ」
「本当に大名屋敷みたいな大きなお屋敷なんだね」
「そうか、普通じゃないか」
「全然、普通じゃないよ!」
長い廊下をかなり歩いて、1つの部屋の障子の前で隆羅が止まった。
外には広大な日本庭園が広がっていた。
「お袋、入るぞ」
「タカちゃんなのどうぞ」
その座敷は、ちょっとした宴会場位の広さで真ん中に大きな木のテーブルがあり。
白髪の大柄な男の人が上座に座っていて、その脇にとても若い女性が艶やかな着物を着て凛とした表情で座っていた。
隆羅は海の手を引きながら2人の前に座り胡坐をかく、海は隆羅の少し後ろに畏まり正座した。
「親父、久しぶりだな」
「ああ、そうだな」
「何をそんなに緊張しているんだ、親父?」
「タカちゃん、先にちゃんと紹介しなさい」
「彼女が、今、俺と暮らしている水無月 海だ」
「始めまして。水無月 海と申します」
海が緊張した面持ちで隆羅の両親に深々とお辞儀をした。
「そんなに、畏まらなくていいのよ。たしかルコちゃんの同級生だったわよね」
「はい、でも本当は学年は2つ上なんです。子どもの頃、体が弱く小さくて両親が心配して小学校入学を1年遅らせてそれでも休みがちで卒業が1年延びて」
「そうなのだからタカちゃんは、ふううん。そう言う事なのね。変だと思っていたの、ルコちゃんと同い年なんてありえないって言っていたからね。今、体は大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
隆羅の母親が唇にポンポンと人差し指をあてて妙に納得していた。
「お袋、自己紹介くらいしろよ」
「あら、そうだったわね。私が隆羅の母親の如月綺羅、そしてここで冷や汗流しているのが父親の如月 結よ。ルコちゃん達は、おば様・おじ様と呼んでくれているわ。海ちゃんも好きなように呼んでくれて構わないから。それともう少し、こちらにいらっしゃいな。ね」
そう言われて隆羅の横まで前に出て隆羅のシャツの裾を握り締めると父親がとても低い声で話し出した。
「おい、隆羅後でTの仕事の話があるからな」
「親父、海の前で今度その話をしたらここを叩き潰すぞ」
今まで聞いたことの無い隆羅の冷たい声に海はビクンと体を強張らせた。
「タカちゃん駄目よ、海ちゃんが怖がっているでしょ。あなたもこんな時にそんな話持ち出さないの」
「す、すまなかった。つい緊張してしまって」
隆羅の父親が借りてきた猫の様になっていた。
「タカちゃん、もう良いかなぁ」
綺羅が体をモジモジさせて子どもの様に瞳を輝かせてウズウズしていた。
海は不思議そうに横に座っている隆羅の顔を見上げた。
「ああ、好きにしろ。海、お袋の側に行ってやってくれ」
「でも……」
「怖がる事はないさ。獲って喰われたりしないから」
隆羅に促され海がドキドキしながら綺羅の横に座ると海がいきなり奇声を発した。
綺羅がいきなり抱きついて来たのだ。
「海ちゃんって凄く可愛い! もう我慢できないんだもん」
「た、隆羅、こ、これって何なの?」
「アハハハハハハ」
「隆羅ってば!」
隆羅は海の顔を見て大笑いしていた。
綺羅が海に頬擦りしている、海はどうしたら良いのか判らずにただされるがままだった。
「隆羅、ワシも疲れたぞ」
そう言いながら隆羅の父親が足を崩した。
「それが、お袋の素だよ」
「ええっ、だって大きな会社の会長さんなんでしょ」
「それは、そうだけど。親父とお袋の方が海より緊張していたんだ。だから俺が少し親父達をからかって真面目にしていないと嫌われるぞと吹き込んでおいたのさ」
「タカちゃん。あれは嘘だったの? 酷いよもう。彼女を連れて来るって言うから頑張ったのに」
隆羅の母親の綺羅が子どもの様に頬を膨らませた。
「お袋が、合わせろって煩いからだろ」
「でも、初めてだよね。タカちゃんがこうして女の子を連れてくるの」
「それって本当なんですか? でも沙羅さんは?」
海が綺羅に抱きつかれたままで綺羅に尋ねた。
「沙羅さんの時は電話で結婚したからって、その後でみんな連れて遊びには来てくれたけどね」
「た、隆羅。私、嬉しい」
「俺はちゃんと言ったはずだぞ」
「うん、ありがとう」
その時、障子の向うから男の声がした。
「旦那様、お電話が」
「ああ、分かった。今、行く。すまないが仕事だ、これで失礼するが海さんゆっくりして言ってくれ」
隆羅の父親が海の頭を撫でて優しい眼で海の顔を見て部屋を出て行った。
「あらあら、パパはお仕事の顔になっちゃた。タカちゃんゆっくりして行くんでしょ」
「いや、こんな無駄に広い所に居ても暇だからな。海と出掛けるぞ」
「ずるい、ママも一緒に」
「お袋もこの後、予定が入っているんだろ。間に合わなくなるぞ」
「あら、いけない。そんな時間なのね、海ちゃん隆羅をよろしくね」
「はい」
「じゃ、もう1回だけ。それ」
「ひやぁ~」
綺羅が嬉しそうにまた海に抱きついてきた。
「お、おば様」
「それじゃ、またね。バイバイ」
隆羅の母親の綺羅がそう言い残し部屋を後にした。
「ねぇ、隆羅。おば様って……その失礼かもしれないけれど何歳なの?」
「お袋は、確か**歳かな」
「ええっ、信じられない。あんなに若く見えるのに?」
「元々、童顔だからな。昔の写真とあまり変わって無いからな」
海はふっと思った。
紛れも無く隆羅は2人のDNAを受け継いだ2人の子どもなんだと。
おじ様と似た体つき。そしてあの優しい眼。おば様の若さ。
そしてONとOFFの正反対の性格でもその中に脈々と流れている大きな包み込む様な優しさ。
それを実感できたのだ。
でも、Tの仕事って何なんだろうと言う疑問も残った。
それでも嬉しさと隆羅の真摯な気持ちに触れられてとても幸せだった。
「さぁ、海。そろそろ行くか」
「隆羅、今日はありがとうネ」
「そうか、また遊びに来てやってくれ。お袋達も喜ぶから」
「うん、でも1人じゃ無理だよ」
「それなら、今度はルコ達と来れば良いさ」
「そうだね」




