#3
サクは急いで帰っていた。
片手には一輪の花。
お金があまりなかったので多く買えなかったのだ。
それにたくさんより少ないほうが邪魔にならないと思ったから。
これで喜ぶとは思えない。
でも開いた溝はそこそこ埋まるかも知れない。
しかも空が曇天に変わってきている。
夏で蒸し暑いのにこれ以上じめじめするのか、と空をみる。
人ごみを避けながら歩くのは大変なので裏道を通ることにした。
裏道にでるとぐっと人の数が減った。
走っても人にぶつからない。
このままいけば、そう思ったときだった。
「おい、そこのお嬢ちゃん」
突然声をかけられた。
でも知らない人に振り向かなくてもいいかな、て横を過ぎる。
そしたら腕をつかまれた。
「無視はないだろ、無視は」
振り返るとあまりいいとはいえない人たちが三人いた。
なんで?そう思ったが、走っていて気づかなかったが帽子がなくなっていた。
そのせいで赤い眼がむき出しになっている。
サクは男の手を振り払う。
そして懐からユイから護身用としてもらったダガーを相手に向けた。
夜の街を照らす月がナイフと少女を一層映えさせる。
「近づけば殺す」
あの冷淡な声で言う。
その感情のない声に男たちはぞっとし、赤い眼が妖艶に光るのをみて逃げていった。
男たちは逃げた。
サクはちゃんと無傷で帰ることができる。
なのに。
「……悲しいの。痛いの。なんで……?」
茎が折れ、萎れた花をみてサクは呟いた。
***
月が見える窓を見る。
遅い。
なにをしに外へ出たのか知らないがそれでも遅い。
あの時間は人が混んでいるので仕方ないかもしれない。
だけど遅すぎると夜のやつらが動き出す。
死神は行き場のない怒りをふつふつ沸き起こす。
いつもなら簡単に済ませるかもしれない。
けれど死神はイラついていた。
無意識に閉じ込めた記憶を呼び起こしたいけれどできない。
そんな複雑な状況にどうしようもない怒りがどうしても沸いてくるのだ。
「……サクのやつ」
ユイ自身、その声に怒りが混じっていることが分かる。
壁に体を預けたままドアを睨みつける。
ちょうどそのとき弱弱しくドアが開いた。
当然、立っていたのはサクだ。
片手には力尽きたような群青の花。
その花を見た途端、糸がきれたように制御がきかなくなった。
「でていけ。お前はもういらない」
言葉は最小限に抑えた。
だけど、その少ない言葉にはたくさんの拒絶が入っていた。
サクは訳が分からないようにはてなを頭に出す。
ユイにはその造作すら気持ちが悪く、怒りを膨張させた。
「さっさとでていけ。ここにお前の居場所はない」
また、一言。
とても残酷な言葉だけど、今の死神にはものたりないくらいだった。
サクは何かを悟って、
「うん……ごめんね」
萎れた群青の花を床において、ドアを閉める。
そして見た。
ドアが閉まる寸前に見えたサクの顔。
たしかにあの頬に粒がつたっていた。
そして、自分が何を言ったのかようやく分かった。
でも遅い。
ドア越しにサクの気配はない。
ポケットから何かを取り出した。
サクからもらったチョコレート。
一口食べる。
パキッ……と音が小さく響いた。
「……甘いな」
心の奥に何かが灯った。




