白馬になった王子様が絶妙にキモすぎるので早くこの旅を終わらせたい
空をオレンジ色に染めていた夕陽が徐々に沈み始める。
今日はこのぐらいにしよう。
手綱を軽く引き、ふくらはぎでトントンと叩くと白い肢体がゆっくりと止まる。
ひらりと白馬から降り、近くの木に繋げた。
汚れひとつない白い毛並みに、絹糸のような金色のたてがみが流れている、そんな白馬だ。
白馬が撫でてほしそうにつぶらな瞳でじっと見つめてくるが、無視して野営の準備を始める。
日が沈みきる前に早く終わらせなければ...!!
刻一刻と迫ってくる夕闇に焦りながらも、なんとか野営の準備を終わらせた。
急いで木に繋いでいた白馬から馬具を全て外し、木から放す。
そして大判の布をいっぱいに広げ、白馬の姿が視界に入らないよう、自分の目の前へ掲げた。
なんとか間に合った...!!
太陽が沈み、暗闇に世界が包まれる。
その瞬間、目の前でぽわわんという音とともに煙が立つ。
「本日もご足労だった、ティターニアよ」
どこからともなく男の声が聞こえ、わたしは身体を強張らせる。
目の前に掲げた布の上から、ひょこっと男の顔が現れた。
陽光を溶かしたような金髪に、整った顔立ちをした見目麗しい男だった。
しかし、整った顔の下は何も着ておらず、わたしは胡乱げに男を見上げる。
「...本日も足を動かしたのは殿下です。わたしはただ乗っていただけです」
わたしは持っていた布を差し出すように更に高く掲げる。
「とりあえず、早くこれ巻いてください」
「うむ、貴殿が望むならもう少しだけこの身体を自然にさらけ出すことも厭わな...」
「早く巻け」
一糸纏わぬ姿で世迷言を口走る男を黙らせるため、わたしは問答無用で頭から布を被せた。
・
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「今宵も夜風が気持ちいいな、ティターニア」
「......そうですね」
夜風が気持ちいいのではなく、布一枚しか羽織っていないから肌寒いだけなのでは...。
だが、そんな突っ込みもしたくないので、王子の言葉を適当に受け流した。
真っ裸に布だけを巻き付けた男と適度に距離を取り、焚き火を囲む。
この異様な光景をなるべく視界に入れないよう、わたしはひたすら暗闇を見つめた。
王子が白馬になったという一大事件が城中を駆け巡ったのは、数週間前のこと。
一国の王子が馬になったとあって、国王は大慌て。城中が騒然となった。
こんなふざけた魔法をかけたのは、遥か遠方に住む引きこもりで有名な魔法使いらしく、元に戻すには王子本人をその魔法使いの元まで連れて行かなければならないという。
国王は当初、道中の危険を考慮して屈強な男騎士を同行させようとしたが、王子がそれを拒否した。
男騎士が背中に跨ると、途端に激しく暴れて振り落とし、手綱を引いて連れ出そうとしてもぴくりとも動かない。
そこで白羽の矢が立ったのが、女騎士の中で一番腕っぷしの強いわたしだった。
あれほど男騎士たちを手こずらせた白馬も、わたしが跨ると大人しく、すんなりと歩き出した。
そして碌な説明もされないまま、白馬になった王子を元に戻す旅が始まってしまったのである。
何故わたしが、という不満はもちろんあったが、馬に跨っていればいいだけなので案外楽な仕事だった。
道中、白馬がこちらを振り返るたび背筋に悪寒が走ったが、気にしないことにした。
旅は順調に進んでいると思っていた。
旅立ったその日の夜までは。
その日も夕陽が沈む少し前に、野営の準備に取り掛かっていた。
すると、後ろからほわわんと何とも気の抜けた音が聞こえた。
敵襲かと急いで振り返ると、真っ裸の男がそこにいて思わず叫ぶ。
突然の露出魔の出現にさすがのわたしも冷静でいられず、間髪入れずに男に殴りかかる。
その露出魔が、白馬になってしまった王子だということに気が付いたのは、見目麗しい王子の顔を目も当てられないほどギッタギタにタコ殴りにした後だった。
正当防衛では言い逃れできないほど王子をボコボコにしてしまい、さすがに不敬が過ぎたと深々と頭を下げた。
しかし、王子は怒りはしなかった。
むしろ何故か嬉しそうな笑みを浮かべて、恍惚とした眼差しを向けてくる。
「貴殿に殴られるのは痛くも痒くもない。日中もわたしをムチで叩いてくれたではないか。もっと殴ってくれてもいいぐらいだ」
気持ち悪かった。
その日からわたしは白馬になった王子にムチを使うことをやめた。
白馬になった王子が、夜になると露出魔――もとい、素っ裸で人間に戻るというだけでも最悪なのに、初っ端の発言で完全に出鼻を挫かれたわたしは、旅が始まって早々に逃げ出したくなっていた。
しかし、白馬の王子を置いて逃げて帰っても、懲罰を受ける未来しか見えなかったため泣く泣く続けるしかなかった。
日中は馬なので、何も考えずに目的地に向かって進んでいけばいいのだが、問題は夜だ。
人間の姿になった途端、日中喋れなかった反動なのか、ものすごい勢いで話しかけてくる。もちろん半裸で。
しかも、その内容がひどい。
「男に跨がれたとき、あれが背中に当たって大変気色が悪かった。その分、貴殿の柔らかな太ももに挟まれるのは大歓迎だ」
何があっても、鞍は外さないと決めた。
「ちなみにわたしのあそこも馬並みに規格外に大きいから、安心してほしい」
さすがにこの発言は許容できなかったので、旅が終わったら国王に告発しようと考えている。
毎晩こんな調子なので、早く朝になって馬に戻ってくれと願うようになってしまった。
そして今朝も、ようやく東の空が白み始める。
太陽の光に照らされ、王子の体がキラキラとした光に包まれる。
「それでは、ティターニア。また夜に」
名残惜しそうに声をかけられるも、あまりの眩しさに目を瞑る。
次に目を開けると、そこに半裸の王子はおらず、世にも美しい白馬が嘶きを上げ、身震いしていた。
長く苦痛な夜が終わり、気の抜けたような息が口から漏れた。
やっと休める...。
馬になった王子を木に繋げ、できるだけ離れた場所に寝床を広げる。
毛布に包まり横になると、遠くの白馬から視線を感じる。
気の所為だと言い聞かせ、わたしは頭から毛布を被り、眠りについた。
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「貴殿は何故、明け方になってから眠りにつくのだ、ティターニア」
焚き火に照らされた半裸の王子が不思議そうな表情で問うてきた。
なるべく王子を見ず、感情を出さずにわたしは答える。
「素っ裸の男の隣で寝るより、素っ裸の馬の隣で寝たほうが安全だからです」
至極真っ当な答えだと思った。
しかし、何を思ったのか王子がくっくくと薄気味悪い笑い声を上げる。
「そうか......。つまり、貴殿はわたしを男性として意識してくれているということか。...うむ」
満更でもなさそうに大きく頷く王子を見て、全身に寒気が走る。
王子に変な誤解を与えてしまうのは嫌だったが、話しかけるのはもっと嫌だったので、わたしは口を閉ざす。
そして、静かに王子から更に距離を取った。
この気持ち悪さ、どうにか緩和できないだろうか。
せめて半裸でなければ、もう少しマシになると思うのだけど...。
ここでようやくわたしは、王子に服を着せたらいいのではないかと気付いた。
次の日、旅の道中で寄った街で早速、服を調達することにした。
馬だが王子なので、少し奮発して上等な絹で仕立てられたものを買った。
旅が終わったら、国王に請求しよう。
夜になり、人間に戻ってしまった王子に服を渡すと、ものすごく喜ばれた。
あまりにも感激して素っ裸のまま目の前で跪き、手の甲に口吻を落とされそうになったが、そんなのはどうでもいいので早く着替えるように促した。
久しぶりに服を着た王子は、なんだかソワソワと落ち着かない様子で身体を見せつけてくる。
「どうだ」
「大変お似合いです」
王子の顔がぱあぁぁと輝く。
「そうか!だが、もし貴殿が望むのであれば、わたしはいつでも身体をさらけ出すつもりでい...」
「わたしは、服を着た男性が好みです」
「そうか......」
何故か王子は残念そうに、しゅんと肩を落とす。
だがすぐにうざったらしいぐらい自信満々な顔に戻った。
「まぁ、わたしの魅力は服を着たぐらいで損なわれないということだな!うむ!!」
これ以上、何も答えたくなかった。
今夜も王子の話を適当に受け流して、朝を待つ。
朝日が昇り、待ちに待った時が来ると、王子がキラキラと輝き出す。
白い肢体が現れた瞬間、王子が着ていた服は木っ端微塵に吹き飛んだ。
白馬の周りをひらひらと舞う絹の破片が、やけに幻想的なのが腹立つ。
思わず舌打ちをしてしまった。
そして次の朝から、日が昇る前に王子の脱衣を見せつけられるという苦行が増えた。
服を着せるだけでも一筋縄ではいかない王子との旅に、わたしは日に日に疲弊していく。
早く終わってほしい。
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精神が削られていく日々の末、ようやく目的地である魔法使いの住む城へと辿り着いた。
これでようやく解放される...。
安堵したのも束の間、王子の魔法を解いてもらうには多少の荒事も覚悟する必要がある。
わたしは腰に携えていた剣に意識を向け、気を引き締める。
しかし、魔法使いの反応はあっさりとしたものだった。
「別にいいよ。魔法を解くぐらい」
気怠そうに片方の肘掛けに背を預け、反対側の肘掛けに足を投げ出していた魔法使いが、パチンと指を鳴らす。
ほわわんという音とともに隣の白馬が煙に包まれ、そこから素っ裸の王子が現れた。
どうやら王子も拍子抜けだったらしく、一瞬だけ呆けた顔をしていたが、すぐに満面の笑みでこちらに振り返る。
「やったぞ、ティターニア!!」
手を広げ、近付いてくる裸の男に身の毛がよだち、反射的に避けてしまった。
わたしはすかさず王子に衣服を投げ渡す。
「とりあえず服着てください」
「しかし...」
「服を着ろ」
渋々服を着る王子を前に、魔法使いは面倒くさそうに大きなため息を吐いた。
「というか僕はただ願望器を落としてしまっただけで、別に意図して彼を馬にしたわけではないよ」
「えっ」
「そこの彼が勝手に馬になりたいと願っただけなんだから、僕としてはいい迷惑だ」
そう言って、魔法使いがまたパチンと指を鳴らすと、いつのまにか屋外に王子と共に追い出されていた。
理解が追いつかないわたしは、気付かれないように王子を見上げる。
何故、王子は馬になりたかったのだろうか...。
金髪を靡かせ、風を全身で浴びる王子の姿に、何故か身体中の産毛が逆立った。
あまり深く考えないことにしよう。
とりあえず王子の魔法は解いてもらった。これでやっと城に戻れる!
しかし、すぐにあの長い道のりを今度は徒歩で帰らなければいけないと気付く。
果てしない道のりを想像して静かに絶望しかける。
すると、王子が手を差し伸べてきた。
「貴殿が望むなら、わたしは喜んで貴殿の馬になろう」
太陽のように眩しい笑顔だった。
わたしはニコリと王子に微笑み返す。
絶対に、お断りですーー。
そしてそのまま、わたしは全力疾走で王子から逃げ出した。
後日、国中で笑顔のまま一人の女騎士を追いかけ回す王子の姿が多数目撃されたのであった。




