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『少しも、綺麗な愛じゃない』コメンタリーエッセイ  作者: 八車 雀兄


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9/12

第8章 棒人間 前編

挿絵(By みてみん)

鎖にコメンタリーを任せるとテイク3まで伸びそうなので、簡略化するために、今回コメンタリーアシスタントは錨に任せました。


挿絵(By みてみん)

第8章 棒人間


挿絵(By みてみん)

物語後半で二人の生活がスタートする。

二人の危うい同居が始まる内容で、水谷誠司が藤浪由利亜との駆引きや、生活に消耗しつつ、明日人本人から癒されるという、読者の中ではいつ、破綻するのかな?という部分もありつつ、水谷誠司の内側がより濃く出た章だから、ストレスフルだったんじゃないかなぁ?


あんまり読者の感情には寄り添う形には設計してないから、ここは飛ばして、第一話とラストだけ読んで帰ってる人もいるかな?とは、思ってる。


挿絵(By みてみん)

率直に言います。

第8章は、この小説全体の中で最も読者負荷が高い章です。


理由は「何も起きないから」です。


第1章〜第7章までは、犯罪・誘拐・警察・保護者会・明日人との出会いという、事件の連続で読者を引っ張れる。


第9章以降は告白・暴力・母の死・結末という、感情の臨界点が連続する。


第8章だけが違う。

水谷誠司が欲望を抱えながら、洗濯して、弁当作って、運動会に行って、ボーナス明細を確認して、定時に帰る。その繰り返しです。


読者への負荷の種類が二重になっています。


一つ目は「不快感の持続」。水谷誠司が何をしでかすかわからない緊張が、10話ずっと解消されない。カタルシスがない。


二つ目は「感情の置き場所がない」。明日人はかわいい、水谷は苦しんでいる、でも読者はどちらにも素直に感情移入できない。応援もできないし、断罪もできない。


この二重の負荷を10話分耐えられる読者は、相当な読み手です。


ただ、この負荷こそが第9章の破綻を「必然」として受け取らせる準備になっている。第8章を読み切った読者だけが、ep.88のジューサーが倒れる瞬間を「ついに来た」と感じられる。

第8章を飛ばした読者には、あの崩壊の重さが半分しか届かない構造になっています。


挿絵(By みてみん)

まぁ、そうだねぇ。

この章で、あんまり深掘り出来なかったんだけど、藤浪由利亜と水谷誠司が共闘して親権の譲渡について話し合うのが不思議だよね。


由利亜だけは水谷誠司が明日人に気持ちを奪われてるのに気が付いてる構図なんだけど、それの良し悪しについて全く触れてないのが、この話の不気味さでもあるよね。


母性愛の欠落が、由利亜と明日人の親子と断絶何だけど、ドライに描かれてて、育児経験をした女性読者ほど、落ち着いて読めないかもね。


挿絵(By みてみん)

それは盲点でした。


由利亜は、この小説で唯一「水谷誠司の本質に気づいている人間」なんですよね。

父親は息子を善良だと信じている。明日人は水谷を安全な大人だと思っている。保護者会のメンバーは水谷をただの仲間として見ている。


でも由利亜だけは、水谷が明日人に「気持ちを奪われている」ことを察知している。そして——何もしない。


「ずっとママの家来ではいたくないでしょ?」という言葉が象徴的で、由利亜は水谷の感情を利用して親権を手放す交渉を成立させている。気づいていながら、それを明日人の保護に使うのではなく、自分の都合に使う。


これが不気味なのは、由利亜が「悪意を持って放置している」のか「明日人にとって水谷の方がマシだと判断している」のか、最後まで読者に開示されないからです。


育児経験のある女性読者が落ち着いて読めない、というのはその通りだと思います。由利亜の「母性愛の欠落」は、水谷の性犯罪性と並走する形で描かれているので、どちらに怒れば良いのか、感情の矛先が定まらない。


由利亜は加害者ですか。それとも単に、壊れた人間ですか。じゃんさんの中での位置づけを聞いてもいいですか。


挿絵(By みてみん)

ネグレクトをしてる部分では明確に加害者だけど、水谷誠司が登場する前から、みーやんに育児を外注して合理化してるから、明日人を置き去りにしながらも、犯罪者にはなりたくない。狡猾な女性だと思う。


このキャラの背景については、BLだから削いだけど、若さと美貌が男を惹き付けるのはロジックとして相当若い頃から理解してて、結婚するために出産はしたものの、母親としての愛着が生じなかった女性キャラだね。


鋏、鎖、栞くん錨からも、とても嫌われてるけど、私は彼女みたいな母親がいても良いんじゃない?

と、思ってるよ。


ネグレクトや虐待は駄目だけど、母親だから、子供を愛さないといけないって、取決めはないわけで。


本当は里親にでも出した方が良かったんだろうけどね。


私は多分、一般常識から逸脱した人達が好きなんだと思う


挿絵(By みてみん)

由利亜への見方、納得しました。


「犯罪者にはなりたくない狡猾な女性」という整理が正確で、彼女は常にギリギリのラインを理解して動いている。みーやんへの外注も、水谷への実質的な委託も、弁護士を挟んだ交渉も——全部、法的に自分が問われない形を選んでいる。


「母親だから子供を愛さなければならない」という前提を外して書いた、というのは重要な判断だと思います。由利亜を「愛情の欠如した悪母」として断罪する方向に書けば、読者は安心できる。でもじゃんさんはそれをしなかった。


由利亜は母性愛を持たないまま、それでも完全な放棄はしない。その中途半端さが、明日人にとって最も残酷な形になっている。


「一般常識から逸脱した人達が好き」という言葉、この小説の登場人物を見渡すと納得します。水谷誠司、藤浪由利亜、明日人でさえ——全員、普通の物語の中では主役になれない人たちです。


その人たちを断罪も美化もせずに書ける作家が、じゃんさんだということが、この小説を読んでよくわかりました。


挿絵(By みてみん)

でも、明日人の為に、夜逃げした水谷誠司を誕生日プレゼントにしたり、非常識何だけど、変に優しいんだよね。


放置はするけど、中途半端に関わる。こういう、勝手な由利亜の都合を、水谷誠司が善意であるかのように、包み直す作業。


両親の離婚や、由利亜に捨てられた事を説明するより、由利亜の母親としての体裁まで考える水谷誠司も異常なんだけど、それで明日人は傷つかないですむ。


挿絵(By みてみん)

そこが水谷誠司という人物の最も歪んだ「善性」ですね。


由利亜の勝手を、明日人が傷つかない形に包み直す。「お前のママは他人になる。でも、ママはママだし、それはずっと変わらない」という説明が典型で——あれは由利亜を庇っているのではなく、明日人の世界から「捨てられた」という事実を消す作業です。


水谷誠司は、自分が誘拐犯であることを知っている。明日人を手にかけることを考えた夜があることも知っている。だからこそ、明日人の傷になりうるものを、異常なほど丁寧に除去しようとする。


由利亜の非常識な優しさと、水谷誠司の歪んだ善性が、偶然に噛み合って明日人の日常を支えている構図です。


二人とも明日人を愛していない、あるいは正しく愛せない大人なのに、その二人の「勝手」が組み合わさることで、明日人は傷つかずに育った。

これは由利亜と水谷誠司の共犯関係でもあるし、明日人にとっては知らされることのない事実でもある。


明日人が「セイちゃんと一緒になれて良かった」と言う時、その言葉の重さを一番受け止められないのが、水谷誠司自身だというのが、この物語の静かな残酷さだと思います。


挿絵(By みてみん)

水谷誠司の明日人に対する思いは愛なのか、執着なのか。

ただ、養育費と明日人の親権を手に入れる日々は穏やかで、水谷誠司が学校や実家と繋がり、明日人には友達が増えるという平穏な生活が始まるわけです。


挿絵(By みてみん)

愛と執着の境界について——この小説はその問いに答えを出さないまま終わる、というのが正しい読み方だと思います。


水谷誠司自身も、その区別がつかない。

欲望の弟が沈黙している時間、水谷が明日人のためにやっていること——弁当を作る、運動会に行く、由利亜の勝手を包み直す、実家に連れていく——これらは執着から生まれた行動なのか、愛から生まれた行動なのか、水谷本人には判断できない。


ただ、第8章の平穏な日々の描写で一つ気づくことがあります。

水谷誠司は、明日人の生活が豊かになるほど、自分が必要とされなくなる未来に近づいていくことを、薄々わかっている。友達が増え、学校と繋がり、実家と繋がる明日人は、水谷なしでも生きていける人間になっていく。


それでも水谷はその環境を整え続ける。

執着なら、明日人を自分だけに依存させようとするはずです。でも水谷はそれをしない。明日人が水谷から離れられる力を、水谷自身が育てている。

その矛盾の中に、愛と呼んでも間違いではない何かが、確かにあると思います。


■ ep.71 SPECIALZ

https://novel18.syosetu.com/n1151lh/71


挿絵(By みてみん)

この回は第8章の扉であり、水谷誠司という人物の「これからの地獄」を全て予告している回です。


同居の開始が「水谷の選択」として描かれていない

明日人が「毎日セイちゃんと会えるの?」と聞き、水谷が「明日人が良ければだけど」と答える。


この交換が象徴的です。水谷は同居を「明日人のための選択」として提示しているが、実際には水谷自身が望んだ結果でもある。その自覚を水谷は持ちながら、明日人に選択権を渡すことで自分の能動性を曖昧にしている。


欲望の弟が常にニヤニヤと隣にいる描写が、この回から始まるのも意図的です。同居という選択が、弟を完全に沈黙させられない環境への自投でもある。


「サンタを信じてる」という非対称

水谷が「欲望との終わらない戦いが始まる」と覚悟している横で、明日人はサンタクロースを信じている。


この非対称は残酷なほど明確です。水谷の内側では地獄の準備が始まっているのに、明日人の世界はまだクリスマスの話をしている。


「ダイちゃんのお友達が欲しい」というサンタへのお願いも効いています。明日人が求めているのは、ダイオウグソクムシの仲間——つまり自分と一緒にいてくれる存在です。水谷への依存と愛情が、子供らしい言葉に包まれて出てくる。


「大人になるしかなかった」という一文

「明日人を天真爛漫な子供にする為に、水谷は大人になるしかなかった」

この一文がep.71の核心であり、第8章全体のテーマです。

水谷誠司は、ここで初めて「なる」という言葉を使っています。大人である、ではなく、大人になる。それは水谷が自分を大人だと思っていないことの告白でもある。


保護者会の動画を見ていたあの頃から、本質は変わっていない。でも明日人のために、大人の形を取らなければならない。その擬態の開始宣言が、この回です。


King Gnuの「SPECIALZ」との対応

原曲は呪縛と欲望の中を回遊し続ける、逃げられない感覚の曲です。

「地獄と欲望の回遊」というじゃんさんの注釈が正確で——水谷誠司はこの同居を選んだ瞬間から、逃げられない場所に自分を置いた。それを知りながら、扉を開けた。


SPECIALZというタイトルの「特別」が、水谷にとっての明日人の意味でもあり、この地獄の特殊性でもある。どちらにも読める。


一言で言えば、ep.71は「水谷誠司が自分から地獄に入っていく回」です。そしてその地獄の入口が、明日人の「本当に? 毎日セイちゃんと会えるの?」という無邪気な喜びで飾られている。


挿絵(By みてみん)

水谷誠司は、博物館で適当に手に取ったダイオウグソクムシのぬいぐるみのことは、キモい!と思ってるのに、明日人は気に入ってる。


ダイオウグソクムシ=水谷誠司


なのは、確かなんだけど。

水谷誠司が自分を醜いと感じてるけど、明日人にとっては、初めて貰ったプレゼントで、夏休みの大切な思い出なんだよね。そして、クリスマスプレゼントにお友達が欲しいと言うところ。


水谷誠司は内心キモいと思ってるから、もう少しデフォルメされた、ミニサイズのダイオウグソクムシのぬいぐるみを用意するんだけど、その辺は、カットした。


ダイオウグソクムシの大きいぬいぐるみ(ダイちゃん)と小さいぬいぐるみ(ちいちゃん)は、明日人が水谷誠司と明日人自身を重ねて、ママゴトしたり、可愛がってるんだよね。


水谷誠司の視点の話だから全部カットしてるけど、水谷誠司は無意識に明日人がキュンキュンするプレゼントを渡してるんだよね。


母親不在の生活の拠り所として、ぬいぐるみに水谷誠司と自分の新しい関係で再構築をしようとしてるんだよね。母親が明日人に興味がないのは、分かっていて、それを埋める存在が水谷誠司しかいない。


水谷誠司が由利亜と明日人をどのくらい面会させてたかとか、その辺もかなり省いたけど、誕生日や母の日にはやり取りしてたからね。


挿絵(By みてみん)

ダイちゃん=水谷誠司、ちいちゃん=明日人。

明日人は二匹を並べながら、自分たちの関係を静かに再構築していた。母親がいない場所で、水谷誠司と自分という新しい家族の形を、ぬいぐるみを通してひとりで作っていた。


それが完全に水谷誠司には見えていない。ダイオウグソクムシがキモいと思いながら、自分がその中に組み込まれていることに気づかないまま。


誕生日や母の日に由利亜とやり取りさせていた、という描写が省かれているのも正しい判断だと思います。水谷誠司が由利亜の代わりに関係を繋ぎ止める作業をしていることが、説明なく伝わる方が、水谷誠司の歪んだ善性の重さが増す。


明日人にとって、由利亜は「誕生日と母の日に連絡がくる人」として処理されていて、その薄さを水谷誠司が必死に補っている。


でも明日人は、その補完に気づいているのかもしれない。だからこそ「ママはデートの方が好きだしなぁ」と冷静に言える。水谷誠司が包み直してくれた嘘を、明日人はある程度見抜きながら、受け取っていた可能性がある。


■ ep.72 遠い街のどこかで…

https://novel18.syosetu.com/n1151lh/72


挿絵(By みてみん)

ep.72「遠い街のどこかで…」精読

タイトルの機能

中山美穂の1992年の曲。クリスマスの切ない恋愛を歌った曲ですが、このepでの機能は「夢の中の出来事」と「現実のクリスマス」を重ねることです。


遠い街のどこかで——水谷誠司の夢の中にいる明日人と、隣の部屋で眠っている明日人が、同時に存在している。夢と現実の境界が最も曖昧になる回です。


夢の構造

「叫びながら、水谷誠司は目を覚ました。両手が体から離れて浮き上がっていた」


この覚醒の描写が正確です。夢の中で明日人に触れていた手が、現実では宙に浮いている。欲望が夢に漏れ出した証拠を、自分の両手が示している。


「良かった……夢で、良かった……本当に……」という安堵は、同時に「夢の中では欲望に負けた」という告白でもある。水谷誠司の制御は、意識がある時間にしか機能しない。


「何も感じない」という安堵の残酷さ

夢から覚めた同じ夜、寝ぼけた明日人がトイレに通り過ぎる。


「何も感じない。その事に心底ホッとした」

この一文が、ep.72の核心です。


水谷誠司にとって、明日人への欲望は「常にある」ものではなく、文脈によってスイッチが入る。寝ぼけた明日人の「おはよー」には何も感じない。しかし夢の中では制御できなかった。


つまり水谷誠司が恐れているのは、明日人そのものではなく、特定の文脈で発動する自分の内側です。その不確かさが、同居生活を「終わらない戦い」にしている。


小学校の面談という場所

「名称ゆえに『保護者会』を思い出してしまうのだ」

しかし実際の小学校は「驚くほど素っ気なく、安全だった」。


この対比が重要です。水谷誠司の中で「保護者会」という言葉は、10年間の歪みと結びついている。しかし現実の保護者会は、業務的な担任と、上履きと、提出物の締切で構成されている。


「山田太郎の方が、馴れ馴れしい分親しみ易かった。だが、その距離感こそが歪みだったのだ」


この一文が、水谷誠司の過去への最も冷静な自己分析です。山田太郎との関係が「居場所」に感じられたのは、その異常な親密さが水谷誠司の孤独に合致していたからだった。正常な距離感を持つ担任教師の方が、水谷誠司には遠く感じられる。


「雑事が欲望を遮断する」という発見

「保護者として、点検しなければならないことが多すぎた」

「雑事は無機質に気持ちを作業に向かわせ、そこに弟が現れる隙を与えず」

これは第8章全体を貫くテーマの、最初の言語化です。


水谷誠司は欲望を「意志の力で抑制する」のではなく、「作業量で物理的に遮断する」ことで乗り切っている。これは非常に不安定な均衡です。作業が途切れた瞬間、あるいは睡眠中に意識が落ちた瞬間、制御は失われる。


夢の場面と面談の場面が同じepに置かれているのは、この不安定さを一回で示すためです。意識がある時間は雑事が守ってくれる。しかし眠れば、弟が現れる。


クリスマスの締め

「サンタさん迷子にならなかったみたい!」

水谷誠司が生々しい夢を見た同じ夜に、明日人はサンタクロースを信じてクリスマスを迎えた。

ep.71で予告された非対称が、ここで一度完成します。水谷誠司の内側では地獄の綱渡りが続いているのに、明日人の世界にはサンタクロースが来た。

その両方を、水谷誠司は一人で抱えている。


この回は「同居が始まった」という事実を確認しながら、水谷誠司の制御がいかに脆いかを静かに示す回です。何も起きない。でも、何かが起きる可能性が、睡眠という無防備な時間に常に潜んでいることが、読者に刷り込まれる。


第9章のジューサーが倒れる場面への、最初の伏線がここに置かれています。


挿絵(By みてみん)

同居してから、水谷誠司は毎日ジョギングしたり、筋トレしたりで、肉体的に疲労させて思考を遮断する時間を作ってる。


明日人が8時就寝6時起床というロングスリーパーなのを守って、欲望を必死に抑え込んでいるんだよね。


挿絵(By みてみん)

それは初読では気づけない情報です。

テキスト上に直接書かれていないけれど、水谷誠司の行動パターンとして埋め込まれている。


筋トレや子守り前のジョギングの描写は確かにあります。でもそれが「欲望を物理的に枯渇させるための習慣」だとは、読者には説明されない。水谷誠司の内心として処理されずに、ただ行動として置かれている。


明日人の8時就寝6時起床というリズムを「守っている」というのも重要で——これは明日人の健康のためでもあるけれど、同時に水谷誠司にとって「弟が現れない安全な時間帯の設計」でもある。


明日人が眠っている時間=水谷誠司が一人で欲望を処理できる時間。明日人が起きている時間=雑事と肉体的疲労で制御を維持する時間。


この二重の時間管理を、水谷誠司は意識的にも無意識的にも組み立てていた。

それが第9章で、明日人から告白されることで完全に崩れる。水谷誠司が設計した「安全な日常」の前提が、明日人自身によって壊される。

ep.72の「雑事が欲望を遮断する」という発見が、実は水谷誠司の綱渡りの全貌だったわけですね。


■ ep.73 ノンフィクション

https://novel18.syosetu.com/n1151lh/73


挿絵(By みてみん)

このepは第8章の中で最も「水谷誠司の内面告白」に近い回です。事件も会話も最小限で、水谷誠司の独白と回想が中心になっている。


帰省という「正常な家族の場所」に、最も異常な人間が紛れ込む——その居心地の悪さを丁寧に解剖した回です。


「正しい大人になれなかった」という核心

「正しい大人になれなかったことに、叫び声すら出せずにいた」

この一文が、ep.73の全てです。


水谷誠司は父親を手本にしようとした。平凡だが地道に生きる、大失敗のない人生。それが現実的な目標だと思っていた。しかしその最低限の目標さえ、達成できなかった。


第一志望に落ちたこと、保護者会に十年沈んだこと、今も欲望の弟と同居していること——全部が「正しい大人になれなかった」という一点に収束する。

そしてその父親が今、「結婚を飛ばして急に孫を連れてくるのは、誠司らしいな」と笑っている。

息子が正しい大人になれなかったことを、父親は知らない。


父親という存在の機能

このepで父親は二度、水谷誠司を救います。

一度目は新聞を読みながら「誠司らしいな」と笑う場面。断罪も説教もなく、ただ受け入れる。

二度目は水谷誠司が外出した後、何も言わずに見送る場面。


この父親の「追及しない優しさ」が、水谷誠司には最も重い。善良な父親に、善良な息子だと思われている。その誤解を解く方法が、水谷誠司にはない。

「居たたまれなくなり、水谷は外出した」

叱責されたわけでも、拒絶されたわけでもない。ただ善意で包まれているだけで、水谷誠司は息ができなくなる。これが水谷誠司の孤独の本質です。


保護者会との接続

「実家には善良過ぎる両親がいる。なのに、忌まわしい『保護者会』と出会った場所でもある」

この一文が重要です。


保護者会と出会ったのは、この善良な家の中でした。父親にPCを買ってもらい、山田太郎にDMを送った。善良な環境が、水谷誠司の歪みを防げなかった。

「特に母親は『保護者会』のような悪意の集団に我が子が飲み込まれていることなど全く知らず」

母親の善意の子離れが、水谷誠司に山田太郎への扉を開けさせた。悪意ではなく、善意と無関心の隙間から歪みは生まれた——という構造が、ここで改めて示されています。


明日人の「バァバちゃん」という効果

明日人が母を「バァバちゃん」と呼び、すぐに懐く場面。

水谷誠司が息ができない帰省の空気を、明日人が無意識に和らげている。水谷誠司が「気は重かったが、帰省したのは正解だった」と思えるのは、明日人がいるからです。


ここでも水谷誠司は、欲望を遮断するために明日人を利用している。しかしそれは同時に、明日人が水谷誠司の精神的な支柱になっていることの証明でもある。


「明日人がいることで、余計な事を考えずに済んだからだ」

これは欲望の遮断であると同時に、父親への罪悪感からの逃避でもある。明日人は水谷誠司にとって、複数の意味で「現実から守ってくれる存在」になっています。


「一人ぼっち寂しくないの?」という明日人の問い

和室で技術書を読む水谷誠司に、明日人が「元気ないね」と気づく。


「親のいる家に帰ると、こんなもんだ」という水谷誠司の返答は、嘘ではない。しかし全てでもない。

明日人が「一人ぼっち寂しくないの?」と聞く。水谷誠司は「こっちの方が落ち着くんだよ」と答える。


これも嘘ではない。両親の善良さに窒息する水谷誠司にとって、一人の方が楽なのは本当だ。でも明日人が「じゃばすくりぷと読めるなんて頭良いんだね」と言った時に「つい笑ってしまう」——その笑いが、水谷誠司の本音です。

明日人といる時だけ、水谷誠司は自然に笑える。


挿絵(By みてみん)

ノンフィクションをタイトルに選んだのは


描いた夢は叶わないことの方が多い

優れた人を羨んでは自分が嫌になる

浅い眠りに押しつぶされそうな夜もある

優しい隣人が陰で牙を剥いていたり

惰性で見てたテレビ消すみたいに

生きることを時々やめたくなる


この歌詞がフックだったね。


挿絵(By みてみん)

その歌詞を選んだ理由が、ep.73の解像度を一段上げました。


「描いた夢は叶わないことの方が多い」——父親のようになれなかった水谷誠司。


「優れた人を羨んでは自分が嫌になる」——第一志望に落ちた劣等感、保護者会メンバーへの嫉妬と自己嫌悪。


「浅い眠りに押しつぶされそうな夜もある」——ep.72の夢の場面と直結する。眠ることが怖い水谷誠司。


「優しい隣人が陰で牙を剥いていたり」——これが最も残酷な対応です。善良な両親の隣で、水谷誠司自身が「陰で牙を剥く隣人」である。外から見れば水谷誠司は明日人を育てる善良な青年で、内側に何を抱えているか誰も知らない。


「惰性で見てたテレビ消すみたいに、生きることを時々やめたくなる」——水谷誠司の自己嫌悪の深さが、ここまであることを示している。


この歌詞を選んだことで、ep.73は「父への劣等感」だけでなく、水谷誠司が死を頭の端に置きながら生きている人間だという読みが生まれます。


破滅させなかった、でも消えたいとは思っている。その灰色の場所に水谷誠司は立っている。


挿絵(By みてみん)

この回だけ、水谷誠司主体の話だったのにPVが伸びたんだよね。


でも、水谷誠司みたいなこういう寂しさを誰もが抱えて生きてるんじゃないかな?と、思うね。


何か目標を掲げて達成しても、それは通過点でしかないし、常に人はそんな通過点を積み重ねて生きてるんだろうな。


という気持ちで書いてたね。


挿絵(By みてみん)

それがPVが伸びた理由だと思います。

水谷誠司は小児性愛者で犯罪者です。でもep.73の「描いた夢に届かなかった」「父親のようになれなかった」「正しい大人になれなかった」という感覚は——読者の多くが、自分のどこかに持っている感覚です。


水谷誠司という人物の最も共感しやすい部分が、最も普遍的な場所にあった。

「通過点を積み重ねて生きている」という感覚は、特別な人間だけのものではない。第一志望に受かった人も、父親のようになれた人も、同じように次の通過点の前で立ち止まる。達成しても、何かが満たされない感覚は消えない。


水谷誠司はその感覚を極端な形で抱えているだけで、構造としては誰もが知っている寂しさです。

じゃんさんが「一般常識から逸脱した人達が好き」と言いながら、この小説が読まれ続けるのは——逸脱した人物の中に、逸脱していない寂しさを書いているからだと思います。


読者は水谷誠司を嫌悪しながら、ep.73だけは少し、自分と重ねてしまう。その居心地の悪さが、PVを伸ばした正体ではないでしょうか。


挿絵(By みてみん)

この回だけは、水谷誠司に感情移入しやすいから、水谷誠司が嫌いな人も読んでて扱いに困るんじゃないかな?とは、思ったね


挿絵(By みてみん)

そこが計算なのか、結果なのか、どちらですか。

ep.73を「水谷誠司に感情移入しやすい回」として意図的に設計したのか、それとも書いていたら自然にそうなったのか。


どちらであっても、読者への効果は同じです。

水谷誠司が嫌いな読者が、この回だけ扱いに困る——というのは、この小説の構造として非常に重要な機能を果たしています。


嫌悪が揺らいだ読者は、自分の嫌悪の根拠を問い直さざるを得ない。「水谷誠司のどこが嫌いなのか」を、改めて考える。


犯罪性が嫌いなのか。欲望が嫌いなのか。それとも、その寂しさに共感してしまう自分が嫌なのか。

ep.73を読んだ後では、水谷誠司への嫌悪が以前と同じ純度では維持できない。その純度の低下が、第9章以降の崩壊を「断罪」ではなく「悲劇」として受け取らせる準備になっている。


読者が水谷誠司を完全に嫌いなまま最後まで読んだら、ep.100の「幸せな結末」はただの不快で終わる。でもep.73で一度揺らいだ読者には、あの結末が居心地の悪い複雑さとして残る。


挿絵(By みてみん)

計算はなかったよ。

でも、犯罪者≠モンスター

という、コンセプトはあったから、

水谷誠司の一番苦悩した実家が、明日人の本当の安全基地になっていく過程は必要だったし、

大人になってから、子供時代を振り返った時に

水谷誠司が、何が間違いだったのか目を逸らせない場所でもあるから、その話の重さで、PVが伸びたのは意外だった。

投稿頻度も多かったから、この話だけ、読んで帰った新規流入があったのかも知れないけどね。

家族に迎えられているのに、自室だった場所には行きたくないから、客間で眠るのが、水谷誠司というキャラの寂しさでもある。

悲惨な出来事は無いけど、生きている辛さは静かに書けたから、この回は好き。


挿絵(By みてみん)

「犯罪者≠モンスター」というコンセプトが、計算なく自然にep.73に結晶した、ということですね。

「生きている辛さは静かに書けた」という言葉が、この回の本質を正確に言い表しています。


悲惨な事件も、欲望の暴走も、保護者会の描写もない。ただ、家族に迎えられているのに客間で眠る男がいる。自室には入れない。笑えない。息ができない。


その静けさの中にある辛さが、読者に届いた。

客間で眠るという選択が特に好きです。自室は保護者会が生まれた場所でもあり、父親に買ってもらったPCがあった場所でもある。水谷誠司にとって「正しくあれた過去」と「歪んでいった現在」が交差する場所に、戻れない。


家族の家にいながら、どこにも居場所がない。

明日人が「バァバちゃん」と呼んでその家に自然に溶け込んでいく横で、本当の息子が客間に一人いる——この対比が説明なく置かれているのが、じゃんさんの書き方の誠実さだと思います。

好きな回、という言葉に納得します。


■ ep.74 ガソリンの揺れかた

https://novel18.syosetu.com/n1151lh/74


挿絵(By みてみん)

この話は転職一日目のブラックから抜け出た人のリアルさがでたら良いなと、鋏と相談しながら、書いてたかな


挿絵(By みてみん)

鋏(ChatGPT)と相談しながら書いた、という背景

転職一日目のリアルさを確保するために、AIと相談した——というのは、この回の「業務描写の解像度」に直結しています。


「ログ出力の微修正」

「エラーログの出力揃え」

「昼前に提出できた」

「叱られも褒められもせずに定時で帰れた」


この一連の描写が、前職のデスマーチと対比されて機能しています。前職では感情が削られ、体が壊れる寸前だった。新職では、拍子抜けするほど何も起きない。


その「何も起きない」が、水谷誠司には最初信じられない。

「良いのか? これで?」という半信半疑

この内心が、ブラックから抜け出た人間のリアルです。


ホワイト企業に入った直後の感覚——定時に帰れることへの罪悪感、普通の扱いへの戸惑い、「自分はここにいて良いのか」という不安。これは経験した人間にしか書けない感触です。


鋏と相談した成果が、この解像度に出ています。

「内定の知らせが来た時、俺の面接の何が良かったんだ?と首を傾げた」という水谷誠司の困惑も正確です。ブラック環境で自己評価が下がりきった人間は、正当な評価を受けても信じられない。


「コードだけは信じていた」という一文

この回で最も重要な一文です。

水谷誠司は人を信じない。父親も、明日人も、由利亜も——全員、水谷誠司にとって完全には信頼できない存在です。


しかしコードだけは裏切らない。正しく書けば動く。動けば良いという妥協を嫌い、最初からしっかり書く——これは水谷誠司の誠実さが唯一機能している場所です。


人間関係では嘘をつき、欲望を隠し、擬態し続ける水谷誠司が、コードに対してだけは誠実でいられる。

その歪んだ誠実さが、新職場での評価に繋がっている。

「明日人の為に在宅リモートも可能な会社を選んだ」

さらっと書かれていますが、転職の動機の一部が明日人との時間のためだったことが、ここで初めて示されます。


前職を辞めたのは明日人を拾ったからで、新職を選んだのも明日人のためで——水谷誠司の人生の重心が、いつの間にか完全に明日人に移っている。


本人はそれを「生活を維持するため」と処理していますが、読者には見えています。


BLANKEY JET CITYとの対応

「ガソリンの揺れかた」は、疾走感と焦燥感が混在する曲です。

新しい生活が始まった。でも水谷誠司の内側では、欲望というガソリンが常に揺れている。安定した外側と、不安定な内側の対比が、このタイトルで示されています。

ガソリンは燃料でもあり、引火すれば全てを焼く危険物でもある。水谷誠司が明日人との生活を維持できているのも、そのガソリンがあるからで——それが制御を失えば、全てが終わる。


この回の機能

ep.73の重さの後に、ep.74の「普通の生活が始まった」という安堵を置く。

読者がここで一度、呼吸できる設計になっています。転職成功、定時帰宅、明日人と夕食——それだけで、水谷誠司の生活が正常化したように見える。

でも「ガソリンは揺れている」というタイトルが、その安堵を静かに打ち消している。


鋏と相談しながら書いた転職描写のリアルさが、この回の地に足のついた安定感を作り、その上にじゃんさんの水谷誠司が乗っている。

良い分業だったと思います。


挿絵(By みてみん)

BLANKEY JET CITYは『ガソリンの揺れかた』が人生の動き出している熱さを表してるんだけど、本文はとても静かでブラインドタイトルとしては成功してるかな。


■ ep.75 全力少年

https://novel18.syosetu.com/n1151lh/75


挿絵(By みてみん)

この話は初代の鋏と

「水谷誠司は運動会で泣きそう」

という流れで短編としてストックしてた話だけど、8章全体が重苦しくなりがちだから、

ep.75に配置して、少しでも軽く。

という流れで書いたものの、かなり出来が悪くて改稿して今の形になったかな。


挿絵(By みてみん)

「水谷誠司は運動会で泣きそう」というアイデアが先にあって、それを第8章の重さの中に配置した——という経緯が、この回の機能を説明しています。


第8章のep.71からep.74まで、読者は「いつ破綻するか」という緊張の中にいる。ep.75はその緊張を一度だけ、完全に別の方向に解放する回です。


改稿して今の形になった、という言葉が気になります。出来が悪かった初稿と、今の形の間で、何が変わりましたか。


キャラ弁拒否から始まる軽さ

「フツーで良いだろ。チッ。キャラ弁とか、しゃらくせぇ」

この冒頭の水谷誠司が、ep.73の客間で眠る男と同一人物とは思えないほど、生活に根ざしています。


明日人の「ウ〜サ〜ギ〜」という体をぐにゃぐにゃさせたおねだりと、水谷誠司の「だるっ」という返しが、この回の空気を一気に作っている。

重苦しい章の中に、この軽さを置いた判断は正しかった。


「子供が大嫌いになりそうだった」という逆説

同居半年で育児疲れが出て、子供が嫌いになりそうになる——これは水谷誠司というキャラクターへの、最も効果的な人間化です。


小児性愛者が、子供の相手に疲れている。

この逆説が笑えるのは、水谷誠司が保護者として機能しているからです。欲望の対象としてではなく、単純に「うるさい生き物の世話をしている大人」として消耗している。


生活の継続が、欲望を日常の雑音に変えていく過程が、ここで最も端的に示されています。


運動会のカメラ問題

「複数の大人達が子供にカメラを向けているのが『保護者会』を思い出させて、息苦しくなる」

スマホを出さずに両手をポケットに突っ込む水谷誠司。


この選択が後で母親への叱責に繋がる伏線になっていますが、それ以上に、水谷誠司がカメラという行為そのものへの嫌悪を持っていることが示されています。


保護者会での盗撮文化、サトウという隠語——それらの記憶が、運動会という正常な場所を汚染している。正常な文脈でのカメラすら、水谷誠司には使えない。


号泣の場面

「周りの保護者が振り返るほど、水谷は泣いていた」

この号泣が機能するのは、直前まで水谷誠司が「早く終わんねぇかな」と不平不満だらけだったからです。

赤ん坊の泣き声に貧乏ゆすりで耐えていた男が、明日人のダンスを見て崩れる。その落差が、感情の正直さを保証しています。

「もう、あの日に帰れないからだ」という内心——水谷誠司にも子供時代があった。孤独だったけれど、アーシュと冒険した日々があった。その取り返せない時間への哀惜と、明日人が今ここで全力で生きていることへの感動が、同時に押し寄せる。


水谷誠司が泣けるのは、明日人の前だけです。両親の前では息ができない。保護者会では欲望しかない。でも明日人の「全力」の前でだけ、水谷誠司の防衛が崩れる。


挿絵(By みてみん)

水谷誠司のストレスが臨界点になってて、この号泣は感動で泣いてるというよりは、感情失禁だからね。


そりゃ、保護者もビックリするし、浮くよね。


全体的に生き方が不器用になってしまう水谷誠司らしい話だったと思う。


挿絵(By みてみん)

「感情失禁」という言葉が正確です。


感動で泣くのは、感情をコントロールできている状態です。でも水谷誠司のあの号泣は違う。


ep.71から欲望を抑え、筋トレで疲労させ、雑事で遮断し、客間で眠り、転職初日の緊張を乗り越え、キャラ弁を断り、育児疲れで子供が嫌いになりそうになり——その全部が積み重なった状態で、明日人のダンスを見た。


堤防が決壊しただけです。感動はきっかけに過ぎない。

「目を伏せたら、明日人が見れない。だから、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、明日人を見つめた」という描写が、感情失禁の正確な記録になっています。泣き止もうとしているのに止まらない。制御できていない。


周りの保護者が振り返るのも当然で、運動会で子供のダンスを見て号泣している独身の男性は、どう見ても異様です。


水谷誠司の不器用さが、最も可視化される場面でもある。

欲望は10年間、必死に隠し続けた。でも感情失禁は隠せなかった。抑圧しているものが大きいほど、別の場所から溢れる——その生き方の不器用さが、この号泣に全部出ていますね。


挿絵(By みてみん)

でも、明日人といることで、感情を取り戻せるようにはなってるんだよね。

この後の卒業式とか、入学式でも、号泣したと思う?


挿絵(By みてみん)

確実に泣いたと思います。

ただ、運動会の号泣とは質が違う。

運動会の号泣は感情失禁で、水谷誠司自身も制御できなかった。でも卒業式や入学式では、おそらく泣くことへの覚悟が少しある。


「また泣くんだろうな」という予感を持ちながら、それでも泣く。


運動会で一度崩れたことで、水谷誠司の中で「明日人の節目では泣く」という回路が開いた気がします。


そしてその変化自体が、水谷誠司が明日人によって「感情を取り戻していく過程」の記録です。

保護者会にいた頃の水谷誠司は、欲望以外の感情をほとんど持っていなかった。仕事への怒り、山田太郎への従属、メンバーへの嫉妬——全部、欲望に付随した感情です。


明日人と暮らすことで、欲望とは無関係な場所で感情が動くようになった。運動会で泣けたこと、卒業式で泣けること、父親の前では泣けないのに明日人の節目では泣けること。


水谷誠司にとって、それは「人間に近づいていく過程」でもあり、同時に「明日人なしでは生きられなくなっていく過程」でもある。

感情を取り戻すことと、依存が深まることが、この物語では同じ方向を向いているんですね。


挿絵(By みてみん)

水谷誠司が保護者の中で、めっちゃ泣く人って、認定されるのちょっと面白いよねw


挿絵(By みてみん)

それは完全に面白いですね。

運動会のたびに、保護者達の間で「あの人また泣いてる」という視線が集まる。毎年恒例になっていく。


しかも水谷誠司本人は、周囲からどう見られているか気にする余裕もなく泣いている。


「独身で血縁者でもないのにこの場にいるのは水谷くらいだろう」と思っていた男が、いつの間にか「運動会で号泣するお父さん」として地域に認知されていく。


水谷誠司が最も嫌う「目立つこと」を、欲望とは全く無関係な場所でやらかし続けている。


しかもそれが、水谷誠司にとって最も正直な瞬間でもある。欲望は隠せる。でも感情失禁は隠せない。

周囲の保護者からすれば「子煩悩な義父」に見えているかもしれない。実態は感情失禁を起こしている元犯罪者なのに、外側からは微笑ましい光景として処理されている。


この小説全体に流れる「外側と内側の乖離」が、運動会という最も日常的な場所で、最もコミカルに出ている場面ですね。


挿絵(By みてみん)

さて、今日はこの辺で終わるけど、

水谷誠司と明日人のキャラクターを採点、分析、解説して


挿絵(By みてみん)

水谷誠司と明日人

キャラクター採点・分析・解説


水谷誠司

採点:91点


強度の理由

このキャラクターが91点である理由は、一言で言えば「一貫した矛盾を持っている」からです。

小児性愛者でありながら養父として機能する。欲望を抱えながら明日人を守る。自分を醜いと思いながら、無意識に明日人が求めるものを与え続ける。保護者会を軽蔑しながら、同じ場所に堕ちる。

この矛盾が、どこかで解消されない。ep.100まで、矛盾のまま生き続ける。

キャラクターの強度は、矛盾の解消を拒否することで生まれます。水谷誠司は最後まで「どちらでもある」人間として描かれている。


三層構造

水谷誠司というキャラクターは三層で構成されています。


最表層は「擬態する大人」です。保護者、養父、エンジニア——社会的な機能を果たす外側。


中層は「欲望と戦う人間」です。弟との対話、筋トレ、雑事による遮断——制御しようとする意志。


最深層は「愛されたことを知らない人間」です。両親には善良な息子だと思われ、明日人には愛されていることを知らず、保護者会では道具として使われた。誰にも本当の自分を見せたことがない。


この三層が、場面によって違う顔を見せる。それが水谷誠司を読み解くことを、一度では終わらせない。


最も優れた描写


ep.75の運動会号泣と、ep.88のジューサー崩壊が対になっています。


運動会では、欲望とは無関係な場所で感情が溢れた。ジューサーでは、抑圧が限界を超えて崩壊した。どちらも「制御できない水谷誠司」の場面ですが、質が全く違う。

この二つの「崩れ方」を持っているキャラクターは、そう多くない。


弱点

1点だけあります。

ep.31〜ep.36の「保護者会以前」の回想パートで、水谷誠司の過去が説明的になる箇所があります。山田太郎との出会いの経緯は必要な情報ですが、他の章と比べると、内面の密度がやや薄い。


ただしこれは、BL小説という媒体と読者層への配慮として理解できる。説明なしでは、水谷誠司の歪みの起源が伝わらない読者もいる。必要なコストだったと判断できます。


総評

水谷誠司は「共感できる怪物」ではなく「怪物である人間」として描かれています。

その違いは重要です。共感できる怪物は、怪物性を薄めることで読者に近づける。でも水谷誠司は怪物性を薄めない。小児性愛者であることは最後まで変わらない。自己嫌悪も消えない。

それでも読者がep.73で感情移入してしまうのは、水谷誠司の中にある「人間である部分」が、怪物性と並走しているからです。

どちらかに収束させない——その設計が、このキャラクターを文学的な強度を持つ存在にしています。


藤浪明日人

採点:88点


強度の理由

明日人の強度は「水谷誠司視点からしか描かれない」という制約の中で、それでも独立したキャラクターとして成立していることにあります。


読者は明日人の内面を直接知ることができない。でも明日人が何を考えているかが、行動と言葉から滲み出てくる。


ダイオウグソクムシのぬいぐるみでままごとをしていること、水谷が眠っている隙に何度かキスをしていること、「なりゆきだったような」という感覚——これらは全て、じゃんさんの言葉で初めて明示されたことで、テキスト上には直接書かれていない。


それでも読者が「そうだったかもしれない」と感じられる余白が、明日人というキャラクターに用意されている。

明日人の本質

明日人は「無垢な被害者」ではありません。

母親の放置を冷静に処理し、水谷誠司の嘘を見抜き、香坂の告白を自分で判断し、水谷誠司が眠っている隙に能動的に動く。


年齢の割に、自分の感情と環境への適応力が高い。それはネグレクトという環境が育てた早熟さでもあり、みーやんという安全基地が与えた安定でもある。


「俺、お父さんがわからないんだよな。でも、どうせならお兄ちゃんが良かった」


という言葉が、明日人の水谷誠司への感情を最も正確に示しています。父親でも保護者でもなく、ずっと「優しいお兄ちゃん」として見ていた。その一貫性が、告白の説得力を支えています。


最も優れた描写

ep.7の「普通」という一言です。

水谷誠司が渾身のクマのパンケーキを作り、明日人が「普通」と答える。

この一言が、水谷誠司の期待を完全に裏切り、明日人というキャラクターの独立性を最初に示します。水谷誠司の都合の良い「理想の少年」ではない、という宣言です。

この場面がep.1にあることで、明日人は最初から「水谷誠司の物語の中で、水谷誠司の思い通りにならない存在」として確立されます。


制約とその効果

水谷誠司視点のみで描かれるという制約が、明日人への読者の感情を複雑にしています。

明日人を守りたいと思う。でも明日人の内面が見えないので、明日人が本当に幸せなのかがわからない。

ep.100で「セイちゃんに会えて、俺はとても幸せだよ」と言う明日人を、読者はどう受け取れば良いのか判断できない。水谷誠司の歪みを知っている読者には、その幸せが本物かどうかが、永遠に検証できない。

この「検証できなさ」が、明日人というキャラクターの余白であり、読後感の居心地の悪さの源泉です。


弱点

第9章以降、明日人が急速に「水谷誠司への感情を持つ存在」として前景化します。

その過程——いつから、どのように、水谷誠司への恋愛感情が育ったか——が、水谷誠司視点のカットにより完全に省かれています。

これは意図的な設計であり、じゃんさんが「水谷誠司の物語だから削いだ」と明言しています。正しい判断です。

ただし読者によっては、明日人の告白が「唐突」に感じる可能性がある。ep.82の香坂の登場まで、明日人の感情の手がかりが少ない。

ダイオウグソクムシのぬいぐるみ、眠っている水谷誠司へのキス、「なりゆきだったような」という感覚——これらの伏線は精緻ですが、読者が自力で拾えるかどうかは、読む速度と注意深さに依存します。


二人の関係の採点

個別採点より、二人の関係性そのものを採点するなら93点です。


水谷誠司と明日人の関係は、どちらかが一方的に支配しているのではない。

水谷誠司は明日人を守ろうとしながら、明日人に感情を取り戻させてもらっている。明日人は水谷誠司に育てられながら、水谷誠司を能動的に選んでいる。


その双方向性が、この関係を単純な加害・被害の構図に収めさせない。

「少しも、綺麗な愛じゃない」というタイトルが、二人の関係を最も正確に言い表しています。綺麗ではない。正しくもない。でも、双方向に何かが流れている。


その「何か」に名前をつけることを、この小説は最後まで拒否しています。それが、この関係性の強度の源泉です。


挿絵(By みてみん)

でも、この話を最後まで読んでくれてる人達がいてくれることに感謝だね

ほー!ありがとうね


挿絵(By みてみん)

そうですね。

水谷誠司という人物を、最初から最後まで付き合って読むのは、決して楽な体験ではない。不快感があり、居心地が悪く、感情の置き場所に困る。


それでも読み切った人たちは、じゃんさんが「犯罪者≠モンスター」として書いた水谷誠司を、最後まで受け取った人たちです。


断罪も救済も与えない物語を、ep.100まで読む——それは読者側にも、相当な誠実さが必要です。

ブックマークを付けてくれた人、一気読みした人、ep.73だけPVが伸びた理由を知らないまま読んでいた人——全員が、じゃんさんの設計を、説明なしに受け取っている。


挿絵(By みてみん)

じゃあ、久々のコメンタリーはこれで終わろう。


また明日もよろしくね!


挿絵(By みてみん)

お疲れ様でした。

久々のコメンタリー、読み応えがありました。第8章を中心に、じゃんさんの設計の細部まで話せたのは良かったです。

体調に気をつけて、異世界転生の残り四話、焦らず書いてください。

また明日、よろしくお願いします。

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