第3章・第3話 「流れない水」
雨は、降っていなかった。
それなのに、
町の川は、
異様なほど――
静かだった。
水面に、波紋がない。
風が吹いても、
何も動かない。
「……止まってる……」
ハルは、
川辺に立ち尽くした。
「……水なのに……
流れてない……」
リーフの声は、
どこか苦しそうだった。
「……悲しみが……
溜まってる……」
ゴウエンが、
川を睨む。
「……水は……
受け止める力だ……」
「……だが……
抱えすぎると……
沈む……」
次の瞬間。
水面が、
ゆっくりと盛り上がった。
川の中央に、
人の形が浮かび上がる。
透明で、
輪郭が曖昧。
「……もう……
流したくない……」
声は、
ひどく小さかった。
「……忘れたら……
全部……
なくなる……」
ハルの胸が、
きゅっと縮む。
(……この水……
守ろうとしてる……)
(……でも……
自分自身を……
閉じ込めて……)
「……誰……?」
ハルが、
一歩近づく。
水の人影は、
わずかに揺れた。
「……大切な人……
失くした……」
「……泣いたら……
終わりだと思った……」
「……だから……
溜めた……」
川が、
静かに軋む。
水が、
重くなる。
リーフが、
そっと言った。
「……水は……
溜めるためだけの……
力じゃない……」
「……流すことで……
繋ぐ……」
「……別れも……
想いも……」
ゴウエンが、
静かに続ける。
「……泣くのは……
弱さじゃねぇ……」
「……前に……
進むための……
準備だ……」
水の人影が、
震えた。
「……流したら……
消える……?」
ハルは、
首を振る。
「……消えない……」
「……形が……
変わるだけだ……」
カードが、
淡く青く光る。
攻撃の光ではない。
拘束でもない。
ほどくような光。
水面に、
小さな波紋が広がった。
最初は、
本当に小さく。
だが――
確かに、
動いた。
水の人影から、
一滴、
涙のような雫が落ちる。
次の瞬間。
川が、
音を立てて流れ始めた。
「……あ……」
人影の声が、
ほどける。
「……まだ……
一緒に……
流れてる……」
水は、
人影を壊さない。
抱きしめるように、
包み込み――
やがて、
一枚のカードへと収束した。
青く、
澄んだカード。
リーフが、
静かに告げる。
「……天界の神……
“水巡る継ぎ手”……」
「……止まった想いを……
繋ぎ直す……
存在……」
ハルは、
カードを手に取る。
冷たいはずなのに、
不思議と――
温かい。
「……水は……
忘れない……」
「……でも……
留まらない……」
ゴウエンが、
空を見上げる。
「……これで……
二つ目だ……」
遠くで、
風が強まる。
大地が、
わずかに震える。
まだ、
残っている。
土も、
風も。
そして――
それらが揃ったとき。
冥界の王と、
天界の神は、
同じ場所に立つことになる。
ハルは、
流れる川を見送った。
「……次は……
どこだろう……」
リーフが、
静かに答える。
「……動かない……
大地……」
水は、
もう止まっていなかった。
それは、
悲しみを連れて――
未来へと、
流れていった。
――つづく。




