第3章・第2話 「火が忘れたもの」
火は、熱い。
それは当たり前のことだったはずだ。
けれど今、ハルの前で揺れている炎は、
どこか冷たく見えた。
「……燃えてるのに……」
ハルは、言葉を失った。
町外れの工場跡。
崩れた建物の中央で、
赤い光が、荒々しく渦を巻いている。
「……火の属性反応……」
リーフの声が、かすかに揺れる。
「……でも……
怒ってる……」
ゴウエンが、一歩前に出た。
炎が、彼に反応する。
「……来るな……」
炎の奥から、
誰かの声が聞こえた。
「……近づくな……
全部……燃やす……」
次の瞬間。
炎が、爆ぜた。
熱風が、地面を走る。
建物の影が、歪む。
ハルは、反射的にカードを構えた。
「……ゴウエン!」
だが、ゴウエンは攻撃しなかった。
ただ、炎の前に立ち、
拳を強く握りしめる。
「……お前……
忘れてる……」
「……火は……
壊すためだけの……
力じゃねぇ……」
炎が、さらに荒れる。
「……うるさい……!」
「……守れなかった……!」
炎の中に、
一瞬だけ――
少年の姿が見えた。
すすだらけの顔。
震える手。
「……あの日……
全部……
燃えた……」
「……助けたかったのに……」
ハルの胸が、締めつけられる。
(……この火……
闇じゃない……)
(……後悔……)
(……置き去りにされた……
想い……)
「……燃やすな……」
ハルは、叫んだ。
「……灯せ……!」
言葉と同時に、
カードが、淡く光る。
攻撃の光ではない。
防御でもない。
寄り添うような光。
リーフの声が、重なる。
「……火は……
道を照らす……」
「……寒さから……
守る……」
ゴウエンが、
ゆっくりと手を広げた。
「……怒りを……
力にするな……」
「……想いを……
火にしろ……」
炎が、揺らいだ。
暴れる赤が、
少しずつ、
柔らかな橙へと変わっていく。
少年の姿が、
はっきりと見えた。
「……怖かった……」
「……でも……
忘れたく……
なかった……」
ゴウエンが、
静かにうなずく。
「……それで……
いい……」
その瞬間。
炎が、
空へと真っすぐ伸びた。
破壊の爆発ではない。
灯台のような光。
カードが、
大きく輝く。
ハルの胸に、
知らない感覚が流れ込む。
「……これが……」
「……火の……
本当の役割……」
リーフが、
静かに告げた。
「……天界の神……
“焔の守り手”……」
「……まだ……
完全じゃない……」
「……でも……
目を覚ました……」
炎は、
一枚のカードへと収束する。
赤く、
穏やかな光を宿したカード。
ゴウエンは、
それを見つめ、
小さく笑った。
「……神は……
強さじゃねぇ……」
「……覚悟だ……」
ハルは、
カードを胸に抱いた。
遠くで、
風が吹く。
水が、揺れる。
土が、軋む。
――他の属性も、
きっと、
同じように
忘れている何かを抱えている。
冥界の王は、
それらが置き去りにされた結果だ。
ハルは、
空を見上げた。
「……全部……
思い出させよう……」
それが、
戦いではなく――
対話になるとしても。
火は、
もう暴れていなかった。
ただ、
静かに――
未来を照らしていた。
――つづく。




