第2章・第6話 「境界の崩壊」
空が、割れた。
正確には――
そう“見えた”。
夕焼けのはずの空に、
黒い線が一本、走っている。
「……あれ……」
ハルは、足を止めた。
周囲の人間は、
誰も気づいていない。
スマホを見て、
笑って、
歩いている。
「……見えているのは……
僕たちだけ……?」
リーフの声は、
かすかに震えていた。
「……境界が……
削れてる……」
ゴウエンが、
空を睨みつける。
「……来やがったな……
冥界の……
“息”が……」
次の瞬間。
地面が、
音もなく沈んだ。
悲鳴は、上がらない。
壊れる音も、しない。
ただ、
色が、消える。
建物の輪郭が、
曖昧になる。
「……なに……
これ……」
ハルは、
思わずカードを握りしめた。
その中心に――
闇の魔導士が立っていた。
いや。
もう、
“彼”ではなかった。
ローブの内側から、
黒い影が溢れ出している。
影は、
人の形を保っていない。
「……ついに……
ここまで……」
声は、
完全に二重。
『……いや……』
『……ここからだ……』
低く、
圧倒的な声が、
空気そのものを震わせる。
『……冥界の王だ……』
ハルの喉が、
鳴った。
「……名乗った……」
それだけで、
分かった。
――もう、
“途中”ではない。
影が、
空の亀裂へと伸びる。
『……境界は……
薄い……』
『……人の世界は……
想像より……
柔らかい……』
「……やめろ……!」
ハルは、
叫びながらカードを投げた。
光が、走る。
合体しかけた力――
だが。
影が、
それを呑み込んだ。
「……っ!」
リーフの声が、
途切れる。
「……リーフ!?」
カードが、
光を失う。
ゴウエンが、
前に出る。
「……ハル!
下がれ!」
だが、
ゴウエンの炎も――
燃えなかった。
『……無駄だ……』
『……カードは……
この世界の……
仕組みだ……』
『……仕組みごと……
壊せば……
意味は……
ない……』
ハルは、
初めて理解した。
(……この人……)
(……カードと……
戦ってない……)
(……世界そのものを……
壊しに……)
膝が、震える。
逃げたい。
それでも――
足が、前に出た。
「……やめろ……」
小さな声。
届かないと、
分かっていても。
そのとき。
影の奥から、
微かな声が聞こえた。
(……ハル……)
(……聞こえる……?)
一瞬。
闇が、
ほんの一瞬だけ、揺らいだ。
『……黙れ……』
冥界の王の声が、
荒くなる。
『……まだ……
完全では……
ない……』
影が、
暴れるように広がる。
「……くっ……!」
ゴウエンが、
歯を食いしばる。
「……ハル……
今は……
退くしか……」
ハルは、
拳を握りしめた。
悔しかった。
怖かった。
何より――
何もできなかった。
影が、
空の裂け目に吸い込まれていく。
『……次は……』
『……世界ごと……
連れていく……』
その言葉を残し、
闇は消えた。
裂け目は、
閉じる。
だが。
世界は、
元には戻らなかった。
色の抜けた場所が、
町のあちこちに残っている。
ハルは、
崩れ落ちるように座り込んだ。
「……負けた……」
リーフの声は、
弱々しい。
「……ううん……」
「……でも……
完全には……
来てない……」
ゴウエンが、
静かに言う。
「……まだ……
止める……
道は……
ある……」
ハルは、
顔を上げた。
「……どうやって……?」
沈黙。
そして。
リーフが、
はっきりと言った。
「……今のままじゃ……
無理……」
「……新しい……
“絆”が……
必要……」
空を見上げる。
もう一度、
割れる前に。
――第2章、終局へ。
――つづく。




