第2章・第5話 「器の声」
夜だった。
町の灯りは、いつも通りに並んでいる。
それなのに、
どこか落ち着かない。
空が、低い。
黒いローブの男――
闇の魔導士は、
人気のないビルの屋上に立っていた。
「……まだ……残っている……」
自分の声が、
自分のものではない気がした。
胸の奥で、
別の呼吸がある。
『……抵抗が……
増えてきた……』
低く、冷たい声。
「……分かっている……」
闇の魔導士は、
頭を押さえる。
「……だが……
これ以上は……」
『……黙れ……』
影が、男の足元から伸びる。
『……おまえは……
選ばれた……』
『……冥界の……
通路だ……』
男の膝が、わずかに折れた。
「……違う……」
「……私は……
世界を……
壊したいわけじゃない……」
一瞬、
影が、揺れる。
『……壊す……?』
『……これは……
“戻す”のだ……』
『……光も……
絆も……
長くは……
もたない……』
男の視界が、歪む。
遠い記憶が、よみがえった。
――カードを、初めて手にした日。
――力が、すべてを解決してくれると信じた日。
「……私は……
間違えたのか……?」
その問いに、
答えはなかった。
*
一方、その頃。
ハルは、眠れずにいた。
ベッドの上で、
カードを握りしめている。
「……最近……
夢、見るようになった……」
リーフの声が、
静かに響く。
「……前より……
ずっと……暗い夢……」
ゴウエンが、低く言う。
「……向こうも……
限界に近い……」
ハルは、天井を見つめた。
「……あの人……
助けられないのかな……」
沈黙。
「……敵なのに……
敵じゃない気がして……」
リーフは、しばらく考えてから答えた。
「……助けるって……
止めること……
かもしれない……」
ゴウエンが、短く息を吐く。
「……だが……
向こうが……
それを……
選べるかだ……」
ハルの胸が、重くなる。
(……選ぶ……)
(……自分で……)
そのとき。
カードが、
わずかに震えた。
遠くで、
何かが――
崩れる音がした気がした。
*
闇の魔導士は、
膝をついていた。
視界が、暗い。
『……もう……
半分は……
こちらだ……』
「……やめろ……」
男は、かすれた声で言う。
「……私は……
器じゃない……」
『……なら……
証明しろ……』
影が、男の胸へと――
深く、沈み込む。
一瞬、
世界が、静止した。
次の瞬間。
男の口から、
別の声が、はっきりと響いた。
『……見つけた……』
『……この世界は……
脆い……』
『……だが……
まだ……
遊べる……』
男の目から、
光が消える。
それでも――
奥の奥で、
小さな声が、残っていた。
(……助けて……)
(……まだ……
私は……)
その声は、
誰にも届かない。
――いや。
どこかで、
カードを握る少年の胸が、
強く、痛んだ。
理由は、分からない。
それでも。
ハルは、
カードを強く握りしめる。
「……まだ……
終わってない……」
闇は、
完全には、
勝っていなかった。
――つづく。




