第2章・第4話 「ひび割れた世界」
最初に異変に気づいたのは、
音だった。
朝の通学路。
いつもなら聞こえるはずの、
話し声や足音が、
どこか遠い。
「……静かすぎないか?」
蒼井ハルは、立ち止まった。
信号は動いている。
車も走っている。
それなのに、
世界に“奥行き”がない。
「……薄い……」
リーフの声が、カードの中から聞こえた。
「……この世界……
少し……削られてる……」
ゴウエンが、低く唸る。
「……壊されてる。
だが……
一気じゃねぇ……」
学校に着いても、
違和感は消えなかった。
笑っているはずの友だちの顔が、
どこか無表情に見える。
先生の声も、
教室の端まで届いていない気がした。
「……なあ、ハル」
リクが、机にひじをついて言った。
「最近さ……
夢、見ない?」
「……え?」
「前はさ、
変な夢、いっぱい見てたのに……」
リクは、首をかしげる。
「……最近、
なんにも見ないんだ」
ハルの胸が、ひやりとする。
(……夢を……
見なくなってる……?)
放課後。
町の外れで、
空気が歪んでいる場所があった。
風が、流れない。
色が、鈍い。
そこに――
黒いローブの男が立っていた。
「……また……」
ハルが、息をのむ。
男は、ゆっくりと振り返る。
その顔は、以前と同じはずなのに――
目だけが、違っていた。
「……静かになってきたな」
声が、二重に響く。
低い声と、
さらに低い、重たい声。
『……侵食は……
順調だ……』
ハルの背筋が、凍る。
「……冥界の……王……」
ゴウエンが、歯を食いしばる。
男は、苦しそうに胸を押さえた。
「……まだ……
全部は……入らない……」
『……この世界は……
狭い……』
『……だが……
歪めることは……できる……』
男の足元から、
黒い影が広がる。
触れた地面が、
色を失っていく。
「……止めないと……!」
ハルは、カードを取り出した。
だが――
手が、止まる。
(……使ったら……
もっと……壊れるんじゃ……)
その一瞬の迷いを、
男は見逃さなかった。
「……迷っているな」
「……いい選択だ」
『……力を……
使わなければ……
壊れない……』
『……何もしなければ……
世界は……
静かに……終わる……』
ハルの心に、
冷たい言葉が染み込む。
(……なにもしなければ……)
そのとき。
「……ハル」
リーフの声は、
震えていた。
「……使うことが……
悪いんじゃない……」
「……逃げることが……
選択になるときも……
あるけど……」
「……今は……
違う……」
ゴウエンが、静かに言った。
「……壊れる覚悟を、
背負わなきゃ……
守れねぇもんもある……」
ハルは、目を閉じた。
怖かった。
選ぶのが。
でも――
何も選ばないほうが、
もっと怖かった。
ハルは、一歩、前に出る。
「……全部、止められなくてもいい」
「……それでも……
ここは……
壊させない……!」
カードが、光る。
完全な合体ではない。
だが、
確かな“抵抗”の光だった。
男は、後ずさる。
「……くっ……!」
『……まだだ……』
『……器が……
もたない……』
影が、収束する。
男の姿は、
ゆっくりと闇に溶けた。
静寂が、戻る。
だが、
失われた色は、戻らなかった。
ハルは、肩で息をする。
「……止められた……?」
リーフは、首を振る。
「……遅らせただけ……」
ゴウエンが、空を見上げる。
「……でも……
意味はある……」
ハルは、カードを胸に抱いた。
「……壊れる前に……
向き合う……」
その決意を、
闇は、確かに――
受け取っていた。
世界は、
もう後戻りしない。
――それでも、
まだ、選べる。
――つづく。




