原因はあれ! 服屋の予約キャンセル問題
朝。いい天気だ。
店を開きたいところだが。
今日は服飾ギルドの集会がある。
定期集会で今回は何を話すか決まってないから、とりあえず貴族のジャケットのデザイン画を持って行くか。
ギルドマスターの家に行かねば――
貴族街のそばの高級住宅街にあるマスターの家。
お屋敷のような豪邸だ。
マスターは貴族街に巨大な服屋を開いている。
私とは比べ物にならない稼ぎだ。
いつか私も、クフッフクフクフクッ
あ、使用人さんが気づいて門を開けてくれた入ろう。
マスターの家の使用人さんはダークスーツを着ている。シンプルだが仕立てがよくサイズもぴったりで着心地良さそう。服屋の主を持つ者とよくわかる使用人服だ。
ちょっとした服装チェックをしながら。
大きな両開きの玄関扉をくぐる。
玄関ホールは静かだ、まだ誰も来てないのか。
「こんにちは」
ちょっとかしこまった声、営業スマイルはなし。
「服屋、来たか」
素材屋が集会用の部屋から顔を出した。
「もうみんな来てるぞ」
もうみんな来てた。
それにしては静かだ、嫌な予感がする……
いつもは部屋から話し声や笑い声が聞こえるのに。
部屋に入りそっと様子をみる。
みんなで円卓を囲んでいる。
ギルドメンバーの素材屋、加工屋、仕立て屋。
みんなローブのフードで顔が見えないからだけじゃなく雰囲気が暗い。
体調悪そうにしてる人はいないが元気がない。
原因は部屋の奥に立っている人だ。
ギルドマスター。
窓の外を見ている後ろ姿、いつも通りを装っているが……
深刻な様子なのがわかる。
こちらに気づいた。
「ユルク、来たか」
マスターがこちらに歩いてくる――
ギルドマスターというか。
魔法使いのボスのような姿だ。
私も同じローブを着ているがまるで違って見える。
貫禄の差だろうか?
同じ服装なのに、だからこそ――
町の服屋と国一番大きな服屋の差がわかる。
明確な格の違いに愕然としながらも服装チェック。
服飾ギルドマスターの服装
ローブにはスーツの要素を取り入れている。
ジャケットのカチッとした肩回りと袖。
ゆったりしたローブのように袖が邪魔にならず手を動かす作業がしやすい。
見た目も洗練されており接客にいい。
特にマスターの営む貴族街の高級店に似合う。
格式とドレッシーさを要求される場にもいける。
マスターの威厳と堅苦しさにも合っている、
下に着ているベストスーツにも合っている。
革靴、ローファーにも合っている。
この国ではシャツ、ベスト、ズボンが定番の服装でローブとも合わせるので違和感もない。
ベストには装飾のような金のチェーン。チェーンの一方の端はベストのボタンホールに通して留めており一方の端には仕立て道具である金のハサミがついておりベストのポケットに入っている。
留め金具のついた携帯用のチェーン、アルバートチェーン。
実用的で装飾品にもなるチェーンが似合うローブとシャツ、ベスト、ズボンのセット。
別角度
肩と背中、フードと裾にも金糸刺繍がある。
ウエストの途切れたベルトのようなものは切り替え線。ウエストに絞りを入れくびれさせたりする糸の縫い目だ。金糸刺繍を施すことでローブの装飾の一部にしている。
金糸刺繍は仕立て屋が刺繍の練習も兼ねて縫ったもので、とにかく複雑な模様をしている。このような金糸刺繍模様はガルーンともいう。縁飾りはトリムともいう。金糸刺繍の縁飾り、ガルーントリム。
金糸紋様、文様、装飾模様などともいう。
細かい部分まで拘った服飾ギルドならではの服。
説明を省いた簡単な名前はスーツローブだ。
ローブスーツでもいい。語呂はどちらもいい、ニュアンス、感覚で選ぶ。ジャケットローブとベストとズボンと靴でもいい。
「では、始めようか」
マスターが席についた。
「はい」
私も。服装チェックも終わったことですし。
マスターの隣しか空いてない!
緊張感を持って座らなければいけない。
マスターの様子はまだおかしい。
いつもは頼りになる腕を組んだ姿が恐いから。
私のせいじゃないよね?
マスターとは服の話しかしてないし。
尊敬してるし可愛がってもらってるはず。
「どうだ、みんな」
マスターがおもむろに切りだした。
いつも通りだが一応、警戒しておこう。
「仕事のほうは」
いつも通りの問いかけだ。
「いつも通り変わりないです、ぼちぼちです」
みんな同じ返事。私もだ。
「ユルクの店は最近繁盛してるようだな」
マスターとみんなの視線が集まる。
フククッ、言われてみるとそうなんですよ。
笑いが溢れるのをおさえた笑顔で。
「おかげさまで、やっと繁盛しはじめました」
なんとか落ち着いて返事をしたが。
マスターの鋭い眼光が私をとらえた。
なんだ? 嫉妬するような人じゃないはずだが。
「繁盛して、服は売れているようだが……」
マスターは意味深に言葉を途切れさせた。
何を言うつもりだ――?
「ドレスのほうは売れてるか?」
――ドレス!
「また、貴族様の令息と令嬢が婚約破棄したらしいぞ」
また、婚約破棄――!
「ドレスの売り上げに響くだろう?」
「はい、響きますね……婚約発表のためのドレスとか嫁入りのためのドレスとか結婚式のドレスとか急にキャンセルになったりして」
「それだ!」
マスターは珍しく声を荒げた。
「困るんだ! 急にキャンセルされては!!」
「困りますね!」
私も声を大きくした、ビビりながら。
「困るだけの問題じゃない。ドレスを作る俺達のプライドに関わる問題だ! 丹精込めて作ったドレスを簡単にキャンセルされては俺達がコケにされたようなものだ!」
マスター……
マスターは仕立てスキルで貴族街に店を出すまでに登りつめた人だ。服作りの腕は国王陛下にも認められて王族の服作りも任されている。
そんなマスターが作ったドレスを無駄にされたら。
プライドが傷つき怒るのも無理はないな。
不満をぶちまけてスッキリしたのか。
マスターは大きく一息つき腕を組んだ。
いつもの冷静な態度だ。
「みんなに伝えておく」
「はい」
みんなも私も冷静に返事をした。
「俺はしばらく、貴族からのドレスの注文は受けないことにする」
受け付け中止!
キャンセルされないための最終手段を。
マスターの怒りは相当だな。
「わかりました」
誰も反論しなかった。私もだ。
「ユルクはどうするんだ?」
「私は……」
どうしよう。
マスターが受けないなら、おこぼれをもらう形で私の店に注文が入り儲かる確率が高い。
しかし、キャンセルの確率も高い。
どうしよう。
「受けるなら止めないが」
マスターは穏やかな声だ。
「予約がきても婚約破棄にならないか、注意して様子をみておいたほうがいい。俺も協力しよう」
「はい、ありがとうございます」
「私も協力するよ」
「俺も」
仕立て屋と素材屋が次々言って加工屋もうなずいてくれた。
「ありがとう」
「ユルクとみんなは注文受け付けに前向きなようだな。婚約破棄を警戒しすぎるのもよくないか……本来、ドレスや婚約の品の注文は喜ばしい事だからな」
「そうですね、受けます」
私の即答はマスターの心を揺さぶったようだ。
また組んだ腕に力が入り深く考えはじめた――
「旦那様!」
なんだ!?
使用人さんが駆け込んできた!
「どうした?」
「フレグリス伯爵家のご令息ミリオ様とリリズ伯爵家のご令嬢ソフィア様が婚約破棄を! 注文のドレスはキャンセルとなりました!」
「またか!!」
マスターはブチギレたようだ。
猛獣が咆哮するかのように立ち上がった!
そこへ滑るように飛んできてテーブルに舞い降りたのは。
一枚の羊皮紙。
リリズ伯爵家からだ。
予約キャンセルの事情と詫びが書いてある――
みんながそれを見つめ……
しばらく、時が止まった。
服飾ギルドのローブ
悲劇の知らせを見つめるメンバーと私。
結束感を出すため同じデザインのローブ。
一目で服飾ギルドメンバーとわかるメリットもある。
このような特別な服は盗難や成りすまし防止の魔法をかけておく必要がある。
このローブには本人しか着用できないように鍵魔法がかかっているし他にも色々魔法がかけられている。
魔法は金糸刺繍模様から発動する。
このような魔法の刺繍や模様は魔法刺繍、魔法模様、魔導紋様、魔術文様、魔法回路、エンチャントパターン (魔法付与の模様)、ソルティージュルフィル (糸の魔法)、スペルエンブロイダリー (呪文刺繍)などという。
「やはり、ドレスの受け付けは中止だ!!」
マスターの怒りの宣言で時が動き出した。
「王にこの事態を訴えてくるぞ!」
言い残すと消えてしまった。
止める暇もなかったな……
みんなも――困惑と驚きと悲しみの眼差しを交わす。
「マスターも気の毒だ」
素材屋の呟きにみんなでうなずく。
「服屋、ドレスの注文を受け続けるならあまり振り回されないといいな」
「そう願いたいよ」
笑おうとしたが顔が引きつってしまった。
「貴族様の注文はなるべく断りたくないけど」
貴族と人脈を作るためにも、フククッ――
それにしても、
「キャンセルもだけど注文といえば、ドレスやスーツに細工してくれともくるようになったよ。盗聴魔法を仕込んでくれとかさ。そういうのはマスターの知り合いの怪しい人がするんだと思ってたから、まさか令嬢や令息が頼んでくるなんてね。婚約破棄と関係あるのかな」
「貴族は時に妙な加工を注文してくるな……」
加工屋が呟いた。
「めちゃくちゃ頑丈な素材で作れとかな。それでドレスを作ったりして、どこで着るんだよ?って思うよ」
素材屋が笑った。
「そういうのはバトルドレスとして戦場で着るはずだけど、最近は鎧のような防具は付けずにドレスそのままに仕立てるように言われるからね。どこで着るんだろうね」
仕立て屋が笑って首をかしけた。
「婚約破棄の修羅場でかな」
間違いないとみんなでうなずいた。
「貴族には困ったものだけど、注文を受けてくれると助かるよ。集めてある素材が古くなる前に使えれば無駄にせずに済むし」
素材屋の言葉にみんなうなずいた。
「無駄にならないように慎重にいくよ」
「もし、ドレスを作ってからキャンセルになっても悪いのは貴族だ」
仕立て屋が擁護してくれて、みんなうなずいてくれた。
私もみんなを安心させることを言おう。
「キャンセルになった時はしっかりキャンセル料を貰ってみんなで分けているし、出来上がったドレスは私かマスターの店で売るかレンタルドレスにして無駄にはなってないし、対処法を考えた今は最初の混乱期の時のような損害は出てない」
ドレスの販売記録書も確認する、間違いない。
「それに婚約破棄をした令嬢はすぐに新たな相手と婚約して新たにドレスを注文してくれている。それに新たな婚約者様はかなりの金持ちが多くて注文するドレスも前のより豪華で費用も沢山かけてくれてる。フクッ、損どころか儲かってるくらいだよ!」
「婚約破棄してくれたほうが我れらにとっては有り難いんじゃないか?」
仕立て屋が首をかしげた。
「マスターの気持ちもわかるが、プライドにこだわらなければ婚約が続いている今は稼ぎ時のチャンスともいえるな」
素材屋の考えにみんな同意した。
そこへマスターが戻ってきた!
「みんな、話はどう進んでる?」
「キャンセルの対策が整ったところでして」
「損害もそれほどないなって」
「婚約破棄後すぐの新しい婚約とドレスの注文で利益もでていると確認できたところです」
私達の報告にマスターは、
「みんなは前向きに話し合えたようだな」
ホッとしたようで微笑をみせた。
「はい。我々は粛々と注文を受けてドレスを作るのみです」
私の宣言に、みんなもマスターもうなずいた。
「俺は王に伝えてきた。理解してくださったから、すまんがしばらくはドレス作りは止めておく。貴族への怒りで熱くなってる頭も冷やしたいんでね」
心も傷ついているようだ。
「ドレスは我々に任せて、無理しないでください」
仕立て屋の気遣いに、みんな同意した。
「ありがとう、何か問題が起きたら言ってくれ。冷静に対処しよう」
こちらもホッとした。
なんだかんだマスターは頼もしいからな。
みんなも安心したようだ。
空気も穏やかになり、いつも通りの雰囲気に戻った。
そのまま、みんなで食事して情報交換してお開き。
貴族のジャケットのデザイン画を見せるのは忘れた。
まぁ、次の集会でいいか。婚約破棄騒動が落ち着いてからだ。
とりあえず、集会が無事済んでよかった。
お腹は満たされたし、気持ちは落ち着いた。
しかし、心配は完全には消えていない。
ドレスの注文は受け続けることになったからな――
午後からは店を開ける。
貴族のお客さんは来るだろうか?
登場人物紹介
服飾ギルドメンバー
全員年齢不詳。性別も変わったり消える時がある。
•ギルドマスター
名前 グランツ•リメイク
マスターテイラー (仕立ての達人)でもある。服を通して王侯貴族から町の人から怪しい人まで人脈も作っている。恐いところもあるが頼りになる親方肌。
•仕立て屋
名前 キルリアン•ルカ
マスターの弟子。仕立ての工房を譲り受けて若い?ながら親方となり弟子もいる。
私にはないデザインセンスがあるが世界的ブランドを持ちたいというような野望はないようだ。
•素材屋
名前不明
サブマスター。マスターの右腕であり同じように頼もしい。恐くはなく話しやすく親しみやすい兄貴分。
素材集めで不在が多いため謎が多い。
•加工屋
名前 フレデリク•ベアトリス•ランスロット
フレデリクとベアトリスという双子の兄妹でランダムに現れる。一緒にいるのは主に仕事場のようだ。
二人ともエンチャンター (魔法付与師)でもある。素材を生地に加工するとともにエンチャント (魔法付与)で魔法の生地にもする。
複雑な技術と膨大な魔法を使いこなせるレベルの高い魔法使いの双子。なぜ服飾ギルドにと思うが職人気質で技術職の加工屋が気に入っているようだ。
今日来ていたのはフレデリク。ほとんど喋らない聞き役で話し声は小さめ。
服について補足です。
スーツローブは異世界服屋さん本編で紹介したものと同じです。
カッコイイローブなので着た感じを見てもらうために服飾ギルドのローブに採用しました。
スーツローブのようなローブはスーツのように着たりしているのと、魔法学園などの制服にもあるようです。
ブレザーと一体化したようなもので名前をつけるならローブレザー、ローブレとかでしょうか。
こういう名前や略語をつけるセンスのある人が羨ましいです。いい名前がありましたらぜひ教えてください。
2026.1.11 追記
読者さまからブレザーと一体化したローブの名前を教えていただきましたので3話で紹介しています。




