ドレス選びの悩みとドラゴンと
アクセサリーに似合うドレスを選ぶだけかと思ったら。
何が待ち構えているんだ――
「いかがなさいましたか?」
緊張を感じさせない声かけとスマイル。
「実は……」
リリズ様は首に手を当てた。
「私、首に大きな痣があって……お化粧では綺麗に隠れません。見えないようにしたいのですが」
なるほどと落ち着いてうなずく。
痣、傷、タトゥー、焼印、魔法印などを気にして服で隠したいと希望するお客さんは多い。
お化粧で隠せても肌をさらしている限り気になったりもして、服で完全に隠れているという安心感が欲しくなるときもある。
私は服屋として全ての希望を叶えるのみだ。
「かしこまりました。それでしたら、痣を隠せるハイネックのドレスがございます」
ドレスの資料を見せて、
「ネックラインはレースになっておりまして、リリズ様のお着けになっているレースネックレスのように美しい装飾として自然に隠すことができます」
納得してくれたようだが、
「ハイネックに家宝のネックレスをつけるとおかしくならないかな?」
ブルタニア様の指摘は最もだ。
「そうですね、装飾に装飾を重ねて首元が不自然になってしまうかもしれません。結婚式の装いは装飾が多くてもおかしくないといえばないですが……」
家宝のネックレス自体凄いボリュームがある。
首に巻くチェーンも宝石が付いて装飾されて太い。
そうだ、一応確認しておこう。
「そちらのネックレスはかなりボリュームがありますが、痣を隠すのは難しいでしょうか?」
「うん、ギリギリ難しいんだ。もう少し豪華なネックレスだったらよかったんだが」
チョーカーネックレスのように首にぴったりと巻きつけるネックレスでないと隠せないかな……
ブルタニア様と一緒にちょっとがっかり。
「私、少し見えるくらい気にしません」
意を決したようなリリズ様の声がした。
「ソフィア……」
リリズ様はレースネックレスを外した。
首の左に赤い痣がある。薔薇のような大きな痣だ。
ネックレスをつけてみたが、わずかに隠せない。
不謹慎な例えだが、ネックレスから血が出ているようで目立つ。同じように見えてしまう参列者もいるかもしれない。
「血のような痣で気味が悪いと言われてきました」
リリズ様が声を震わせた。
血みたいと思った自分がヤバい奴に感じて、心から反省し謝りたくなる。
悲しげなお顔だ。
「神聖な結婚式では隠したほうがよいですよね」
リリズ様……服屋としてなんとか答えねば。
「そんなことはありません! 血のように赤いドレスや宝石のアクセサリーをご希望されるお客様もいらっしゃいますし、痣や傷跡を気になさらずドレスを着る方もいらっしゃいます」
「そうだ! ソフィア、気にすることはない」
ブルタニア様もフォローしてくれるか。
「君の痣のことを悪く言う者は私が全員処す!」
えっ? 処すって、処刑するってこと!?
血が出てるみたいと思ってしまった!
ブルタニア様、心が読めたりしないよね?
内心のオロオロを感じさせない真面目な顔をして、
「処すとは?」
何気なく聞いてみた。
「私の家は代々この国の法を司っていて、私も司法官なんです」
「司法官様でしたか」
この国の裁判や法律を取り仕切っている人だ。
司法官の服はマスターの店で見たことがある。
ブルタニア様が着た姿を想像して、服装チェック。
司法官の服装
威厳のある重厚な黒衣が印象的だ。
シャツ、見えないがズボン、ブーツ。
ローブの上には二つのアイテムを身に着けている。
1、司法の神聖と公平と潔白をあらわす金の天秤とホワイトドラゴンの紋章がある、見えないが肩に掛けており両胸に垂れている長い帯ストラ。
権威の帯、聖なるストールなどともいう。肩に掛けず胸章 (胸に付ける記章)にして服に留めていることもある。マントやローブに付いていることもある。見た目は同じ。このような布製のアイテムは腕章やサッシュもある。
2、マント。左胸元には司法官バッジ (エンブレムブローチ)
バッジとストラは司法官を示すアイテムだ。
このような重要なアイテムには魔法がかかっており選ばれし者しか身につけられなかったりする。または身につけた者に強力な力を与えたりするので盗難など注意が必要だ。
手に携えているのは司法の書と裁きの天秤。
説明を省いた簡単な名前は法衣、司法官の制服だ。
法衣は司法官のような法律に関わる職業の他に、聖職者や神官など神聖な職業、魔法使いなど神秘的な職業の者が着る服でもある。
法の番人を前にとりあえず、背筋伸ばしておこう。
「私はこの国の法に新たに "侮辱傷害罪"を設けるつもりです」
「ぶじょくしょうがいざい?」
自分も犯してないか不安になる罪だ。
「人を故意に傷つけたり貶めたりすることを言った者を厳しく処罰する法律ですよ。ソフィアの痣を悪く言い傷つけた者達も罰して黙らせることができるだろう。たとえ、貴族や元婚約者であろうと容赦はしない!」
元婚約者は口悪い人だったか。
次言ったら厳罰に処されて、ざまぁだな。
私も? 心の中で思ってしまったのはセーフ?
いや、人を傷つけるようなことは一切思わないのが最善だな。法律もできることだしこれを機会に。
改心した顔でうなずいて、
「愛する方を守るために法までお作りになるとは素晴らしいです」
リリズ様も感動して泣いていらっしゃる。
ブルタニア様と共にハンカチを差し出さそう。
お茶もお出しして、飲んでもらって。
「ハワード様、店主さん、ありがとうございます」
どうやらを落ち着いてくださったようだ。
ブルタニア様の頼もしさのおかげだな。
新しい法律の整備からなる献身と愛か。
そこまでしてくれる新しい婚約者様は凄いな。
感動もするけど心配でもある。
「私も口には気をつけなければいけませんね。服屋はお客様の身体的特徴に関わるアドバイスをしますので」
例えば、真っ白い顔色のお客さんに服を勧めるとき 。
"お客さんは死人みたいに (不吉で不謹慎な例え)
色白で怖いですから (シンプルに傷つく)
魔族とか悪い奴が着る闇属性の (差別的な決めつけ)
黒い服が似合いますよ〜" とかアドバイスしたらアウトかな。
侮辱傷害罪で処罰されなくても、お客さんは二度と来店しないだろう。大事な客を一人失うことになる。
"ユルク◊ドレスアップの接客は最悪最低" とか口コミが広がれば何人もだ。最悪閉店になるかもしれない。
そんなアドバイスしたことはないし大丈夫だが!
「これまでより一層、言葉遣いには気をつけてまいります」
司法官様に宣言しておこう。
「あなたなら心配ないと思いますよ。ソフィアへの気遣いに満ちたドレスの提案からわかります」
「ありがとうございます」
お二人の笑顔に救われた思いだ。
罪もまぬがれたようだし。
安心して提案を続けよう。
「着るものを選ぶ際に痣を気になさるお気持ちはよくわかります。私は服屋を開くために服探しの冒険をしていたことがありまして、魔王はどんな服を着ているのか気になって魔王城に入り込み、魔王の前まで辿り着いたものの服をじっくり見るまえに一撃を受けました」
〜回想〜
その時の魔王の姿
この機会に思い出して服装チェック。
こちらも重厚な黒が印象的な鎧。
三つのパーツに分かれている。
1、ブレストアーマー (ボディアーマー、ハーフアーマー、キュライス) 上半身。
2、ガントレット (ヴァンブレイス+グローブ) 肘下から手。
3、アーマーブーツ (プレートブーツ、レッグアーマー)膝から足先。
全体にドラゴンの要素がある。ドラゴンを模しているだけでなくドラゴンの素材を使ってできている鎧だ。
この鎧でわかりやすい部分は、ポールドロン (鎧の肩)がドラゴンのツノでてきており装飾にもなっている。
唯一赤い装飾的な襟はポールドロンに装着しているまたは下に纏っているマントの襟だろう。鎧の装飾でポールドロンについている場合と鎧下 (鎧着用時に着る服、アーミングダブレット、インナー)の襟の場合もある。
唯一金色の丸いものはロンデル (鎧の部分的防具)ドラゴンの蹄を模して装飾にしている。
ブレストは胸板部分が厚い一枚のプレートで腹筋部分は動きやすくするためにプレートが細かく分かれている。ドラゴンの鱗にも見えるし使っているだろう。
鎧全体のプレートが重なり段々になっている部分も動きやすさのため。可動するプレートの層、肩、肘、膝、手首、足首など関節部分によくある。多層ともいい装飾にもなっている。
腹部のドラゴンの顔を模した装飾はベルトのバックルになっていることもある。飾りベルトの場合とタシット (鎧の腰)を装着するためのベルトの場合がある。
タシットの下から出ている布は恐らく鎧下の裾だろう。装飾の場合もある。
このように全体的に装飾された鎧はデコラティブアーマーともいう。
鎧の装飾は意匠ともいい、個人を識別する目印であり着用者の強さや主張や象徴を見せるものでもある。
魔王の鎧の意匠は強さを見せ恐怖を感じさせるため威圧的で禍々しくなっている。
手にしている武器は私を一撃で倒した魔力のエネルギー弾、使うまでもなかった漆黒の魔剣。
説明を省いた簡単な名前はドラゴンアーマー。
最強の防具といわれており破壊しても再生したりするという。悪い奴が着ると困るアイテムだ。
即退場させられた無力な服屋にはどうすることもできないが。
いつか勇者が倒してくれるだろうか、この魔王は強い……
「さすが魔王の一撃、ローブにかけていた防御魔法でも防ぎきれず腕に深い傷を負ってしまい、その傷跡が残っております」
ローブの袖をまくって傷跡を見せよう。
"魔王の服を見に? 何やってるの? この人" と言いたげに私を見つめていた二人の視線が傷跡にそそがれた。
「黒い稲妻のようだ」
「恐ろしいし痛かったでしょうね」
「はい。服屋を無事開いた今となっては名誉の負傷ですし、この話を聞いた貴族街の服屋のオーナーに意気込みを見込まれて服飾ギルドに加えていただけましたし、なにも気にする必要も隠す必要もないと思っていますが」
袖を戻そう。
「服選びをするお客様の目を引いて気を散らさないために、接客の時は隠しております。気にせず見せるのも自然なことですが、場や状況に合わせて隠すのも自然なことです。リリズ様の神聖な結婚式では隠したほうがよいのではとのお気持ちに沿うデザインをお選びいただくのも良いかと思います。痣のことも侮辱傷害罪のことも気にせず結婚式を開けることでしょうし」
提供したドレスやアクセサリーが関わり問題が起きるのは服屋としても避けたい。
口悪い者が参列者にいたら困るし、今回は隠したほうがいいと思うが……
ブルタニア様がうなずいた。
「侮辱傷害罪の法整備も間に合わないかもしれないし、ソフィアにはそんなことは何も気にせず結婚式に臨んでほしい」
「私もハワード様に痣や罰のことは気にせずにいていただきたいです」
「ああ、周りではなく君だけを見ていたい」
再び二人は見つめ合っている。
どうやら心は決まったようだ。
こちらを向いた。
「そのために、痣を自然に隠す方法はあるでしょうか?」
「どうか頼むよ」
「自然に隠すとなりますと、やはり」
ネックレスが必要だ。
「ネックレスのチェーンを幅広にして隠すのが自然だと思います。リリズ様がお着けになっているレースネックレスを装飾したり、純白の宝石などを何段か連ねて幅広にすると豪華ですが結婚式に合う気品のある美しいアクセサリーになります」
お二人ともうなずいてくれている。
そうしたいようだが。
しかし、問題がある。
「ですが、そのためには家宝の宝石がついたこちらのネックレスをチョーカーという種類のネックレスに作り変える必要があります」
二人はネックレスを見つめた。
「金細工師に加工を頼むことになります。もちろん、宝石を傷つけないよう細心の注意を払いますのでご安心ください。いかがでしょうか?」
家宝の宝石がついたアクセサリーのデザインを変えるのは困るかな?
「頼むよ」
ブルタニア様は即答した。
「このネックレスも家宝の宝石も全て、いずれはソフィアの物になるんだ。デザインを君のために変えるのは当然だよ」
優しくリリズ様に微笑みかけた。
この方の愛は本物だな。
「ありがとうございます、ハワード様!」
リリズ様も再び感動に涙している。
この二人なら。
婚約破棄の心配もないだろう。そう確信できる。
「何の問題もない、金細工師に頼んでくれ」
「かしこまりました」
アクセサリーのことは宝飾ギルドに頼もう。
「それでは、ネックレスのデザインはいかがなさいますか?」
「ソフィア、好きなデザインを選んでくれ」
「それでは……レースネックレスで」
リリズ様もようやく身を乗り出した。
ドレス選びを楽しめるようになったようだ。
私も気合いを入れ直して提案しよう。
「アクセサリーのご希望は他にございませんか? 」
「ソフィア、あるかな?」
「いいえ、ネックレスだけでも充分です」
「それでは、ドレスのご希望をお伺いいたします」
「私は色を選ばせてもらった、デザインはソフィアの着たいものを選んでくれ」
リリズ様は再び首に手を当てた。
穏やかな微笑みからわかる、もう痣は気にならないようだ。
「新しいデザインになるネックレスの似合うドレスにしたいです」
「それでしたら」
ネックレスの映えるドレスを見せよう。
「デコルテが開いて首元から胸元まですっきりしたデザインのスクエアネック、オフショルダー、ハートカットのドレスなどがございます」
デザイン用紙とペンも差し出そう。
「こちらの魔法ペンで、お好きなデザインのドレスを簡単に描かくこともできます。頭にドレスを浮かべてペンを紙に当ててみてください」
「は、はいっ」
リリズ様が視線を上にしたり資料に向けたりしてから、恐る恐るペンを紙に当てるとドレスの絵が描かれていく。
「わぁっ、凄く綺麗にイメージ通りに描けましたわ」
「君にきっと似合うよ、ソフィア」
「ありがとうございます! 」
「それでは、こちらのデザイン画を元にドレスを制作いたします」
まさに究極のオーダーメイドのドレスができる。
「ハワード様のスーツもどうぞ」
「私はその、えっと」
ご自分のことになると戸惑ってペンを持ったまま固まっている。
とりあえず資料を見せて種類を紹介していこう。
「通常のデザインですと、タキシード、燕尾服、アビ、軍服、ローブがございます」
「ソフィア、どれが良いだろうか?」
「そうですね――こちらはどうでしょう?」
白いアビを選んでもらった。
青いドレスのデザイン画と並べてもよく似合う。
「これで頼むよ」
「かしこまりました」
ドレスとスーツ選びは無事終わった。
「次は、靴のご希望をお伺いいたします」
靴のことは製靴ギルドに頼もう。
「靴もフルオーダーメイドとなりますと足にぴったり合う靴型から制作しますので、かなりお時間がかかります」
「ああ、靴型なら貴族街の靴屋に作ってもらったのがあります」
「私もあります」
お二人の教えてくれた貴族街の靴屋は製靴ギルドマスターの店だ。こちらに依頼しよう。
これで制作は早くなる、デザインを選んでもらって。
次は、手袋、カフスボタン、ハンカチーフ、ベールなど小物を選んでもらい完了。
「素晴らしいドレスとスーツができそうだね」
「はい」
お二人は嬉しそうに微笑みあっている。
私も喜びと安堵のスマイルをみせよう。
侮辱傷害罪の話になった時はどうなるかと思ったが。
なんとか円満に進んだし後は制作だ。
補足です。
急にこんなところで魔王の鎧? と思ったかもしれませんが、あくまで服紹介がメインですのでご了承ください。平和に服屋をしていると魔王に会うこともないはずですので多少乱暴ですがここでの紹介となりました。
鎧の肩や脇などの隙間から布が見えていることがありますが、その布は鎧下の服の一部が見えているものだったり、隙間を塞ぐために鎧に付けている装飾布だったりします。
黒衣の、こくい、こくえ読みは全身黒ずくめの服装にスタイルは問わず幅広く使われています。僧侶、神父、シスターなど聖職者の服にも使われています。
黒衣は、くろこ、くろご読みもあり歌舞伎の黒子 (面帽という顔を隠す垂れ布のある黒頭巾を被り全身黒尽くめの裏方)の表記揺れ、昔ながらの漢字です。目立たない裏方の服装として使われています。
読みの細かい使い分けは人によって違うでしょう。
黒衣と似たような服装に黒服があります。
黒服は裏方、護衛、ボディガード、秘密任務のエージェントなど人物と職業を形容する名前でもあります。
黒服=スーツをイメージされやすいので現代ファンタジー寄りのスタイリッシュな服装となっているようです。
ストラは神父などの男性が肩に掛けていますが、ファンタジーでは性別関係なく色々なキャラが掛けています。
ローブ、マント、ストラ、オーフリーの四点セットまたは組み合わせが法のつく職業のキャラによくみる服装ですね。




