第8話「王都からの密使」
広場に、緊張が走っていた。
馬を引いて立つ青外套の男は、背筋を真っ直ぐに伸ばし、氷のような声を放つ。
「王都の名において通達する。このフィオラ村は王国領に属する。ゆえに、すべての収穫物は税として納める義務がある」
村人たちがざわつく。
まだ芽吹いたばかりの畑を指さしながら、老人が震える声を上げた。
「で、ですが……まだ収穫は先で……」
「問答無用だ」
男の声は冷徹だった。
「この地を勝手に治め、村人を指揮しているのは誰だ。名を名乗れ」
俺は一歩前に出た。
「俺だ。アルト・グランヴェル」
密使の目が鋭く細められる。
そして、あざ笑うように口角を上げた。
「やはり。追放された“凡庸な補助術師”が英雄気取りとは、滑稽なことだ」
村人たちの怒りが爆発しかける。
「アルト様を侮辱するな!」
「誰が守ってくれたと思ってるんだ!」
だが、密使は眉一つ動かさなかった。
腰の鞘に手を添えたその仕草だけで、村人たちは一瞬にして黙り込む。
「――抵抗するなら、力づくで従わせる」
その言葉に、背後の兵士二人が剣を抜いた。鋼が擦れる音が、冷たい風と共に広場に響く。
俺は息を整えた。
恐怖はあった。だがそれ以上に、譲れない思いが胸に燃えていた。
「この村は、俺たちが守る。畑も人も、もう誰にも奪わせない」
密使の瞳がわずかに揺れた。
だが次の瞬間、冷笑を浮かべる。
「ふん……口だけは勇ましいな。だが、そう長くは持つまい」
彼は懐から小さな封筒を取り出し、俺の足元に投げ落とした。
封蝋には剣と鷲の紋章――王都騎士団の正式な印だ。
「一月後、“青の外套”がここに来る。看破の勲章を持つ騎士がな」
その名を聞いた瞬間、村人たちの間にどよめきが走る。
“看破”――相手の力や術を見抜く最上位の能力。
補助魔法の仕組みや限界を見破られれば、俺の優位は容易に崩れる。
密使は馬に跨り、振り返らずに去っていった。
残されたのは、重苦しい沈黙。
村長が杖を握りしめ、俺に問いかける。
「アルト様……どうされますか」
村人たちの視線が一斉に俺に注がれる。
恐怖、不安、そして信頼。
その重さを背負いながら、俺は口を開いた。
「……やるしかない。見抜かれる前に、見抜く。俺は補助魔法を“戦術”に変える。青の外套に勝つために」
村人たちの顔に驚きが広がり、やがて一人、また一人と頷いていく。
彼らの瞳に宿る光は、恐怖ではなく決意だった。
その夜。
俺は焚き火の前で目を閉じ、これまでの魔法体系を思い返していた。
支援、治癒、解呪、強化――それらは「支える力」にすぎない。
だが、それらを組み合わせ、重ね、織り合わせれば……敵の意志すら縛れる“奇跡”になるはずだ。
「――俺の補助は、まだ完成していない」
夜空に浮かぶ星々が瞬き、静かに俺を見下ろしていた。
青の外套が来るまで、あと一月。
時間は少ない。だが、必ずやり遂げてみせる。