第16話「辺境の英雄」
眩い光が夜を裂いた。
剣に宿った村人たちの想いが、一本の流星のように異形の主を貫く。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
六本の腕が痙攣し、赤い眼が次々と砕け散る。
瘴気が悲鳴のような音を立てながら崩れ、闇が吹き飛ばされていった。
巨体が地響きを立てて倒れると、村に深い静寂が訪れた。
残った魔物たちは支配を失い、蜘蛛の子を散らすように森へ逃げていく。
「……勝った、のか」
誰かの呟きが広場に落ちる。
次の瞬間、歓声が爆発した。
「やったぞ! 本当に倒したんだ!」
「アルト様が……アルト様がやってくれた!」
人々が泣き、笑い、互いに抱き合う。
その中心で俺は剣を地面に突き立て、肩で息をしていた。
(限界を超えた……体が鉛みたいだ……)
だが、不思議と心は軽かった。
皆の力を繋げ、この村を守り抜いた――ただそれだけで胸が満たされていた。
翌朝。
戦いの傷跡は村の至る所に残っていたが、人々の顔には確かな誇りがあった。
誰もが「自分たちで勝ち取った」と実感していたのだ。
「アルト様」
村長が杖をつきながら近づく。
「あなたのおかげで、この村は救われました。もう誰も、あなたを“役立たず”とは呼ばない」
その言葉に、胸が熱くなった。
しかし、喜びも束の間だった。
昼過ぎ、村の入口に馬蹄の音が響いた。
青い外套を纏った騎士団が姿を現す。
「ここが……噂の村か」
先頭に立つ男の胸には、銀の勲章が光っていた。
“看破の勲章”。昨日の異形と同じ、全てを見抜く力。
村人たちが怯える。
だが俺は一歩前に出た。
「俺はアルト・グランヴェル。この村を守ったのは、俺と村人たちだ」
騎士は冷たい目を向け、口を開きかけた。
だが、その前に村人たちの声が轟いた。
「アルト様は我らの英雄だ!」
「命を救ってくれた! この村の光なんだ!」
「追放者? ふざけるな! ここでは“英雄”なんだ!」
百を超える声が重なり、騎士団を圧倒する。
沈黙ののち、騎士は息を吐いた。
「……見抜くまでもない。確かに、ここに英雄がいる」
その言葉を残し、騎士団は踵を返した。
王都に戻れば何を報告するかはわからない。
だが少なくとも、この場で俺たちを否定することはできなかった。
夕暮れ。
畑に芽吹いた苗を眺めながら、俺は小さく呟く。
「追放された俺が……英雄か」
村の子供たちが駆け寄り、笑顔で手を振る。
仲間たちが鍬を持ち、未来を耕している。
その光景こそ、俺のすべてだった。
「俺はこの村と共に生きる。英雄なんて柄じゃないが……皆がそう呼ぶなら、それでいい」
夕陽が大地を黄金に染める。
こうして、追放された“凡庸な補助術師”アルトは、辺境の地で真の居場所を得た。
人々が語り継ぐ――
彼の名を。
“辺境の英雄”として。
完結!