Knuckle Fighter
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その研究員は最近新しいゲーム機を購入したのだという。
PCでのクラウドプレイが主流になった昨今 久し振りに登場したCS機である。
画期的な新技術によるインタフェイスが巷で話題になっていた製品だ。
何とモニタやVRグラスを経ずにプレイヤーの脳に調節アクセスするのだという。
その性質上他のタスクの走るPCではなくスタンドアロン専用機となったらしい。
本体であるヘッドセットの外観はバイザーレスのジェットタイプ。
一見するとバイク用のヘルメットと大差無いものだが内側は全く別物だった。
金属製の電極と思しきものがびっしりと全面に敷き詰められていたのである。
( 研究員が数えてみたら256個あったという )
全ての電極は独立したダンパーで支持され頭表に密着するようになっていた。
『没入型VR』
CS機が掲げる宣伝コピーに懐疑的だった研究員はそれを見て認識を改めた。
明らかに従来の機器とは一線を隔する技術の産物であると分かったのだ。
そして、実際に使用してみて愕然とさせられた。
機器を装着しSWをONした数秒後、彼は正に異世界に転移していたのだ。
彼は石の床に立っていた。 自室のベッドに寝ていた筈なのに。
( 装置はプレイ中の怪我を防ぐ為に仰臥位でないと起動しない仕様となっていた )
足元を中心にした数メートルだけが仄かな光に照らされている。
周囲と頭上は闇に沈んでいた。
レンダリング負荷の軽減の為か 人や建物はおろか森も山も海も空も見えない。
だがしかし、
彼は確かにそこにいた。
自分の部屋ではない何処か別の場所に。
裸足の足裏には冷たくてザラザラとした岩床の感触がある。
・・ありえない。
一体どのような原理でこのようなことが可能になるというのか。
先進医療の研究者ではあるが全く分からない。
しかし正に今、自らの身で体験している事は否定しようもない。
やがて数秒の時を経て彼の眼前の空中にゲームのタイトルが浮かび上がった。
『 Knuckle Fighter 』
タイトルロゴはバチバチと火花を散らすように眩く輝いている。
モニタやグラス越しに見えているのではない。 彼の肉眼に映っているのだ。
「タイトルに触れてメニューを選択してください」
システムアナウンスが流れる。
彼はそれをゲーマーとしてではなく一人の医学研究者に戻って聞いていた。
同僚の一人が受け持っている患者のプロファイルが脳裏に浮かぶ。
( これは、彼に打って付けなんじゃないか? )
中空に浮く Main Menu に腕を伸ばしながら彼は一人の頸損患者の名前を呟いた。
「・・アイツの持ち患、たしか丈君とか言ったっけ」
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