拳神の求めたもの
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Final Quest 初回ログインの感動は Knuckle Fighter のそれに勝るものだった。
『市街の通りを自由に散策しそのまま郊外の丘陵に向かう』
只それだけの事が(当時の)私には何物にも代えがたい体験であったのだ。
気が付くと私は丘の上に立って街を見下ろしていた。
西南諸国連合の筆頭と言われる国の王都である美しい都市を。
その時はその国の名前も町の名前も知らなかった。
FQについて前もって調べる事も無く、予備知識も無しに始めたからだったが
そんな事はどうでもよかった。
所謂 ”攻略情報” 的なものへの関心は無かった。 "皆無" と言って良い。
KFに於いて私は "攻略" に徹し頂点を極めた。
今後もそれを変えようとは思わない。
KFは私の世界だ。
・・だが、
( FQに於ける私は単なる "来訪者" に留まろう )
市中の聖堂から丘までの道を歩きながら私はそう思ったものだ。
『この世界を体感できるだけで良い』 と。
自由に動けるKFでの時間は確かに心身を"リフレッシュ" してくれていた。
しかしFQ体験後はKFのステージが非常に狭く感じるようになってしまった。
開かれたFQのフィールドと比べれば ”独房” に等しく思える程に。
勿論それは私が四肢麻痺患者であったからこそだと思う。
ログオフすれば自由に外出できる健常者なら抱くことのない感情だろう。
実際の世界はVRとしては最大級であるFQのそれよりもずっと広い訳だし。
『パーティーでの対ボス戦より 1on1の対人戦が楽しい』
と言ってKFに戻って来るプレイヤーが一定数存在することも頷ける。
しかし、私は違った。
Final Quest の世界を文字通り "憩いの場"と感じるようになっていったのだ。
( 一方でKFは私にとって本来そうあるべき "鍛錬と闘いの場" となった )
ゲームというよりも "環境ビデオ" に近い と言った方が良いかもしれない。
歯科クリニックのチルトした診察台で見せられる ハワイやアルプスの映像。
私にとってそれ等に類する物であったと言えば分かっていただけるだろうか。
そう。
FQは私に "癒し" を与えてくれたのだ。 "美しい世界" を。
ただ眺めるだけでなく、訪れる事の出来る世界を。
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