161.激務の社員とデュアルグローブ
「ル、ルーカス?急に肩掴まれたらビックリするやん……」
「いやぁ、すまない。君の姿を見たらついね……って、イメチェンかい?とても似合ってるよ」
「あはは。ありがとう。それより、修羅場真っ只中っぽいけど、どないしたん?事件でもあったんか?」
「まぁ、ある意味事件とも言えるのかな?」
意味深な眼差しでこちらを見るルーカスに、少し嫌な予感がする。俺は恐怖と少しの好奇心から続きを促す。
「昨日、君が帰ってから1時間くらい後かな。閉店の準備をしていた時に、渡り人の集団が新聞購読の申し込みに駆け込んで来たんだ」
「それってまさか……」
「そう!君の記事を求めてらしい」
「うわぁ、ごめん。当日発表で売店混むよりマシと思って、前もって告知してたんやけど、逆に迷惑かけたみたいやな」
「一声欲しかったけど、なんとか朝配達には間に合ったし問題ないよ!それより今起きてる事件の方が問題でね」
「事件?」
「うん。マイホームがなくて購読契約出来なかった渡り人達が売店に大勢詰め寄ってね。明日引き換え可能の整理券を配る事で混雑は免れたんだけど、交換用の新聞を用意するには人手が全然足りてないんだ」
「ポーションがぶ飲みも限界あるしな〜。それで明日までに何部刷らなあかんの?」
「ざっくり計算して1000部以上だね!」
「せっ!?て多!それを明日の通常配達と並行せなあかんのか……」
「その通り!」
半ばヤケクソ気味のテンションで語るルーカス。俺はその作業量に慄きつつも、こんな事態を引き起こした自分の人気具合に、我ながら恐ろしさを感じる。
「なぁ、俺に手伝える事ない?これも俺のせいやし」
「ウチが渡り人に広がるキッカケになったし、逆に感謝したいくらいなんだけどなぁ。でもお手伝いは大歓迎だよ!」
俺のファンが押し寄せた事は怒ってなさそうで一安心。スッキリした気分でお手伝いが出来そうだ。
「それで、俺は何したらええの?」
「そうだな……。よくよく考えると【見習い記者】の君に頼める依頼って、ポーションや資材の買い出しとかの雑用しか出せないんだよね……」
「あ、忘れてた。実はここにくる前に【記者】に転職したんよ」
「な、なんだって!?【見習い記者】になって1週間も経ってないだろう?」
予想外の速さで見習いを卒業した事に驚くルーカス。
「今日ちょっとした事情で【メモ】のアーツ延々と使い続けてな。そのおかげで見習い卒業できたんよ」
「なるほど。渡り人の成長が早いのは聞いてたけど、ここまでとは……」
「でも社長!これならアレ使っても、大丈夫じゃないですか?」
「うわ!?」
すぐ側で作業をしていた社員が、突然立ち上がり両手を上げて喜ぶ。
「急に会話に入ってこない!ごめんね。驚かせて」
「いや、大丈夫。それよりアレってなんなん?」
「ふっふっふ。それはノア・タイムスが誇る秘密兵器の事だよ」
「秘密兵器?なんかスゴそうやな!」
「スゴいんだよ!今から案内するから着いてきて!」
そう言ってウキウキと先導する。いくつかの曲がり角を超えてたどり着いたのは、スタッフオンリーの札がかけられた部屋。ルーカスはそこで立ち止まると、振り返りチョイチョイと手招きする。
「さぁ、ここが【記者】以外入っちゃダメな秘密兵器&秘密の作業場だよ。さぁ、入ってごらん!」
「お、お邪魔しま〜す」
言われるがまま案内された部屋に入ると、そこにはメカメカしい手袋を装備した社員達が、アーツの光をチカチカさせながら、すごい勢いで新聞を複製し続けていた。
「眩しっ!ここが秘密の作業部屋か。で、みんなが装備してる、銀ピカのグローブが秘密兵器なんかな?」
「大正解!君の分もあるから取ってくるよ!」
そう言って施錠された棚から秘密兵器のグローブを取り出し、こちらへ持ってくる。
「じゃじゃ〜ん!これは【デュアルグローブ】。これを装備すると、【コピー】系アーツの効果が倍になるんだよ!」
「倍!?それって【5枚刷り】使ったら……」
「うん。10枚刷れるね。それに加えて【記者】のジョブ効果で消費MPも減るし、バンバン印刷出来るよ!」
「え!?」
ルーカスの言葉に、慌てて【記者】の性能を確認する。
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【記者】
300文字以上書かれた紙に【コピー】系スキルを使用した際、経験値&熟練度上昇(微)
一部アーツの消費MP減
新聞社で依頼受注可能
経験値補正(サブにセット時はマイナス0.2)
司書系の行動1.5倍、戦闘0.8倍
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「……もしかしてソーイチ君、ジョブの性能確認してなかったのかい?」
「あはは……。転職直後に確認しよかと思ったんやけど、横ヤリが入ってな」
「もう!ソーイチ君は少し抜けてるなぁ。まあ、そこが面白いんだけどね!」
ルーカスは呆れながらも、どこか微笑ましげな笑顔をこちらへ向ける。
ピカッ
「!!少し喋りすぎちゃった。……コホン。改めて確認するけど、今日はウチからの依頼を引き受けてくれるって考えていいんだよね?」
他に社員が放つアーツの光で現状を思い出したのか、雑談モードから姿勢を正して社長の顔付きになるルーカス。
「ああ!時間の限り手伝わせて貰うわ!」
「そうか……。ソーイチ君、ありがとう」
本当に人手が足りなかったのだろう。俺の返答を聞いたルーカスは深々と頭を下げる。それを見た俺は、今日ログアウトするまで、ずっと新聞の複製作業をするのだと覚悟を決めた。
次回は11月12日(水)午前6時に更新予定です。
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