#09:魔族E(エコー)
――東京都・原宿、12月初旬の土曜日、午前10時30分
今日は彩ちゃんと原宿駅前で待ち合わせ。
今年の冬は暖冬というだけあって、12月になってもそこまで寒さを感じない。
久しぶりに原宿に来てみたら駅舎が大きく変わっていた。考えてみれば原宿へ来るのは5、6年ぶり。
約束の時間より30分早く着いたので、表参道でも見て回りたい気にもなるけど、今日は「用事」がある。
おとといから、例の黒警報の反応が、原宿周辺から動かなくなった。その魔族は、原宿周辺を根城と決めたようにも見える。
「その魔族」だとわかりにくいので、ここからはEと呼ぶことにする。理由は単純。通算5番目にあたる魔族だからだ。
Eには、原宿に留まる理由があるようだ。
ハオによると、このような場合、魔族は特定の人間にとりついたり搾取したりしている可能性が高い。
だから、今日は彩ちゃんにお願いして来てもらった。やはり彼女がいれば心強い。
もちろん、これは私一人でやり遂げなくてはいけないこともわかっている。
でも、魔族に苦しめられている人がいるならば、その人は絶対に助けたい。言い方は悪いかもしれないが、彩ちゃんはそのための保険だ。
彩ちゃんはそんなことしなくても、魔法なら私の方がずっと強いと言ってくれる。
魔法士の能力だけで見ればそうかもしれない。
けれども、彩ちゃんは心の強さが違う。闘志というか闘魂というか、敵に立ち向かう気持ちが強い。それが私には足りないところだ。
私の本心を言えば、彩ちゃんは魔族絡みのいざこざからは遠ざけておきたい。でも、私ひとりでEに勝ち切る自信がない。だから、彼女を巻き込むべきじゃないことはわかっていながら、今日も来てもらった。
ほんと、彩ちゃんに助けてもらってばかりだ。いつか、彼女の厚意に報いたい。
「テノエさぁん!」
後ろから彼女の声が聞こえた。振り返ると世界一可愛い美少女が立っていた。
「おはよう、彩ちゃん」
今日の彩ちゃんのファッションは、大きめのパーカーにスキニーパンツ。どちらもグレー系の色でまとめていて、初冬の原宿にうまく馴染んでいる。そして……
「足元はあんまり見ないでくださいよぉ」
私の視線に気づいた彼女が足元を隠そうとする。
「そんなことないよ。よく似合っている。とっても可愛い」
「えへへっ、そうですかぁ」
彩ちゃんは照れたように笑った。私がお世辞抜きでほめていることが伝わったようだ。
その証拠に、彩ちゃんに目をつけたと思しき複数名の男性がこちらの様子をうかがっている。どんな人たちか確認しておきたいところだが、下手に目を向けて、彼らと目が合ってしまうと、逆に呼び込んでしまうことになるので、絶対に目は合わせない。
彩ちゃんもその辺りはよく分かっていて、笑顔のまま私から視線をそらさない。
2人で話し込んでいる空気をつくり、周囲を寄せ付けないようにしてくれる。彩ちゃんが相手だと何も言わなくても、自然にこういう動きをしてくれるので、とても気が楽。
話を足元に戻す。彼女が履いているのは安全靴。つま先が硬くて、滑り止めのある靴だ。工事現場などで使われるだけあって機能重視の武骨な見た目だが、彼女が履くと、それも計算されたコーデに見える。やはり可愛いは正義だ。
そして、同時に申し訳なく思う。
彼女が安全靴を履いてきたのは魔族と戦うためだ。
私はイダフの歩空鎧を仕込んでいるのに、彩ちゃんはそれらしい専用装備がない。用意しようかと申し出たこともあるけど、間に合ってます、と断られた。
私の方で勝手に作って、彩ちゃん専用の装備を渡すことも考えた。でも、それをしてしまうと、『装備を作ったのだからこれからも一緒に戦って』と無理強いさせる気もしたので、それもできないでいる。
「じゃあ、今日もサクッとやっつけて、ジムに行きましょう。夕方からですよね」
彩ちゃんが気安く笑った。私も笑顔を返したが、どことなく不安を感じた。
「うん、そうだね。はい、これ」
私は治癒の指輪を彩ちゃんに手渡した。
「あ、ありがとうございます」
彩ちゃんが治癒の指輪を右手にはめるのを見て、少し安心する。これをはめていれば、即死でない限り、大事には至らない。今はたった2つしか残っていない貴重な指輪だが、彩ちゃんの為なら惜しくない。
さて、ブラックアラートの反応をそのまま信じれば、ここから少し北西の方向にEはいる。でも、誤差はあるので、直接観察しない限り、Eを絞り込むのは難しい。戦う準備もしているが、今日は対象の絞り込みがメインだ。
それに原宿だけあって人が多い。
どうしようかと見回すと、うっかりスーツ姿の男性と目が合ってしまった。
すると、ここぞとばかりに、その男性が私たち(というより彩ちゃん)に近づいてきた。
男性は半ば強引に私と彩ちゃんの間に割り込むと、彩ちゃんに話しかけた。男性は意外に大柄だったので、私が押しのけられるかたちになったが、男性が彩ちゃんに勢いこんでしまう気持ちは理解できる。
「こういうものなんだけど、こういう仕事に興味ない?」
そう言って、見た目のいかつさには似合わないマイルドな口調で、男性は彩ちゃんに名刺を差し出した。名刺には△△△△プロダクションと書かれている。大手芸能事務所のスカウトマンのようだ。
「あっ、わたしもう事務所入ってるんで、結構です」
間髪入れず彩ちゃんが答えた。彼女曰く、スカウトを断るときの決まり文句らしい。
「入ってるって、どこ(の事務所)?」
スカウトマンは食い下がってきた。
「悪いですけど、そーゆーのには答えるなって言われてるんで」
彩ちゃんはあからさまに不機嫌な顔を見せると、私の手をとり、この場を去ろうとした。だが、スカウトマンは回り込んで、私たちの行く手を遮る。
「なあ、そこウチより大手? 違うっしょ?」
抑揚に乏しいが、スカウトマンは強い口調で詰めてきた。
「悪いことは言わない。本気でデビューする気ならウチみたいな大手から出た方が早いよ。何ならコッチで今の事務所と話つけるから」
その圧に私の足が一瞬すくんだ。
でも、彩ちゃんは違った。
「ねえ、オジサン、あんたモノホンのスカウト?」
彩ちゃんがスカウトマンに負けない圧力で問い返した。
「何を言ってんだ。さっき名刺渡したろ」
「そうね、確かに書いてある。△△△△プロダクション 営業部 ●藤一朗って」
彩ちゃんは名刺の名前を読み上げた。
「でも、私、半年前に●藤さんからは一度名刺もらってるんだよね~あれから、ずいぶんと顔や体つきが変わったけど、なぁぜ、なぁぜ?」
彩ちゃんが煽るように問いかける。
「ちっ!」
スカウトマンはそれには答えず、ただ舌打ちをした。すると地面から灰色の光の幕がせり上がってきた。
魔族結界だ。
※次の更新は2023年10月22日 14時となります。