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脱出転生サイドストーリーズ  作者: 等々力 至
テノエ=ソライダフの恋人
7/23

#07:宅飲みの日

 アルバイト帰り、黒乃(くろの)彩月(あやづき)は、コンビニのレジ袋を抱えて、テノエの自宅を訪れた。

 この日は飲みの日である。もちろん、泊まる準備もできている。

 以前、ハオウガの件で酷く打ちのめされたテノエが、彩月の家に身を寄せて以来、何となく定期的に続いているものだ。


「それで、それで、どうなったんですかぁ!? 今日こそはじっくりと話を聞かせてもらいますからね!」

 テノエはペットを飼っていないのだが、そんな彩月の姿がまるで主人の愛撫を求める愛犬のように見えた。


(彩ちゃんって、やっぱり可愛いなあ)

 テノエは飲酒があまり好きではないが、彩月が相手なら話は別だ。彼女とならお酒を楽しく飲める。お互いの複雑な事情や秘密も知っているので悩みも共感できる。

 そんな相手に可愛く問い詰められたら、口を割らないわけにはいかない。テノエは話せることなら何でも彩月に話したい気になっていた。


 さっそく乾杯すると、普段なら彩月はテノエの用意した(さかな)に箸をつけるのだが今日は様子が違った。目を輝かせながらテノエが話すのを待っている。

 そこでテノエは最初に契約のことから話し始めた。

「勢いに押された気もするけど、その日のうちに……」

「契約したんですか!?」

 当日に契約したと聞いて、彩月は少し気になった。何事にも慎重なテノエらしくない。


「だって、契約見てから考えるって言ったら、30分で代理人が契約書のドラフトを持って来たの。そこまでされたら断りようがなくて……」

「契約書を持ってきた代理人って、外国人ですか?」

 世界的なプロスポーツ選手に代理人がつくことは彩月も知っていた。


「うん、スコッティっていう白人の中年男性だったよ」

 この時期にどうして代理人が日本にいるのか、彩月は疑問に思ったが、それはどうでもいいことだった。


「で、どんな契約だったんです?」

 相手はスポーツビジネスの世界で生きる海千山千の猛者だ。彩月は2歳年上の敬愛する先輩が、不利な契約にサインしてしまったのではないかと気になった。


「そこは心配ないよ。プロスポーツの世界にはトレーニングパートナー契約というものがあって、形式もだいたい決まっているみたい。だから、変更するのは期間と金額くらいで、内容もちゃんと読んだけど、変なことも書いてなかったからサインしたの。先に言っておくけど守秘義務があるから金額とか言えないこともあるけど、ごめんね」

 そういってテノエは片目をつぶって微笑んだ。


 全てを話せないことをテノエは申し訳ないと思っているようだが、テノエがだまされたのでなければ、彩月は契約内容に興味はない。気になるのはテノエと王谷(おうや)翔偉(しょうい)との関係だ。


「つまり、週に2、3回、一緒にトレーニングしてるんですよね。しかも2人っきりで! それも相手はそこらの雑魚じゃなく、超大物の王谷翔偉! やっぱりテノエさん凄いです!」

「そんな、まだ3回だよ。それに来年の1月末までの契約だから……」

 テノエがそのことをしぶしぶ認めると、彩月は更に興奮した。


「それでお互いに何と呼んでいるんですか!?」

 彩月の瞳がキラ星のように輝いた。

「そういうのも契約にあってね、お互いに敬意を払い、かつ対等な関係であることって、だから、呼び方もそれに即したというか……」


「だから、具体的には何? 何? 何?!」

 彩月からの圧を感じ、やはり言わなければならないのかと、テノエは観念した。


「向こうはテノエ、私はショウ」

「ふぅうううううううう!!」

 2人が名前で呼び合っている姿を想像して、彩月は身悶えした。そして、自分の決断は間違ってなかったと自信を持った。


「あ、あのね、彩ちゃん。誤解しないで欲しいんだけど、お付き合いするとか、そういう色気のある話じゃないから。同じトレーニングルームで練習するだけの関係だから」

「でも、練習の合間に話くらいしますよね?」

 尚も彩月は食い下がる。

「でも、トレーニングは切れ目なくやるから、そんなに話をする暇なんてないよ。終わってからも反省会(レビュー)をするだけだし」

「……レビューですか?」

 彩月はまだテノエが全てを話していないと感づいた。


 だから『まだ何かあるよね、出して』という目でテノエの瞳の奥を見る。

「他の話はしないんですか? 例えば恋バナとか」

「そういう変な話はしない。ただ私のトレーニングを見ていて、こうしてみたら? というのを都度私がやっている感じかな」


 彩月はテノエを見つめる王谷の姿を想像した。

 テノエのクロスバックブラとショーツのセットアップなんて垂涎ものだ。若い男がこの顔とこの身体を凝視(ガンみ)しないはずがない。それは王谷といえども例外ではないはずだ。


(でもね、王谷さん)

 彩月は心の中でこの場にいない王谷に話しかけた。

(私は一緒にお風呂に入ったから、テノエさんの裸だって見たことがあるんだよ~)

 と王谷に対し密かな優越感を覚えた。


 その時のことを思い出す。

 目が釘づけになるとはあのようなことをいうのだろう。

 同性の裸にあれだけ魅かれるとは、自分の性的嗜好が逆転したのかと思ったくらいだ。


「じゃあ、VIP専用ラウンジでは何してるんですか? 結構長い時間まったりしてますよね?」

 彩月はカマをかけてみた。

 ジムでは王谷に関する情報はとても厳しく管理されているから、細かいことは彩月も知らない。だが、VIPルームの予約時間は3時間くらいあるのに、テノエのこれまでのトレーニング時間は30分弱だ。それからは時間が伸びたとしても、そういう余り時間があるに違いないと彩月は推理した。


「そっ……そんなことないって! ただ、すごく疲れるから、結果的に長居しているだけ」

「それならリカバリールームを使えばいいじゃないですか」

「そうだけど、ショウには専属のトレーナーがいるし、気になる箇所もあるみたいだから、信頼できる相手以外には体を触らせたくないみたい」


 彩月は右肘のことだなと思った。

 王谷は今シーズン何試合か続けて欠場した。欠場直前の試合で右肘をかばう動きをしていたこともあり、選手生命の危機か、と日本でも結構大きなニュースになった。

 チームからは単なる休養と発表され、以降の試合ではこれまで通りに出場したものの精彩を欠いたことから、右肘に爆弾を抱えているのでは、とも噂されている。


「練習中の雰囲気はどうなんです?」

「さすが、プロフェッショナルって感じ。身体強化魔法を使うからメニューにはついていけても、終わってからの疲れが酷いの、でも彼はケロッとしているし」

 それは彩月の聞きたい答えではない。彼女は攻め方を変えてみた。

「ネットでは王谷って結構チームメートにイタズラするみたいですけど、テノエさんにはチョッカイとかかけてこないんですか?」

「それは……」

「チョッカイ出されているんですよね」

 彩月は大きく目を見開いた。

「実は……」

 テノエは王谷にされた悪戯について話した。


「バーベルを片方だけ重くして、ランニングマシンをテノエさんだけ速度アップして、帰り際には背中に付箋って……どんだけやってるんです?」

 彩月は王谷がそんな子供じみた悪戯をすることに呆れる一方で、そのことを話すテノエの様子が楽しそうなことに満足した。


――深夜

 黒警報(ブラックアラート)が、テノエを心地良い眠りから、現実に引きずり戻した。

 昼はショウと3度目のトレーニングをし、夜には彩月と宅飲み。心身共に充実した1日だったのだが、そんな日の最後にブラックアラートとは、と幻滅しながらも、枕元のタブレットを取った。


 発報(はっぽう)場所を見て、酔いと眠気が一気に吹き飛んだ。

 あの田舎町だった。

 夏に彩月と行ったあの場所だ。


 力ずくで押さえつけられ、手も足も出なかった屈辱が頭をよぎる。もうあんなことにはならない。だから、トレーニングを積んできた。それなのに最初に感じたのは恐怖だった。


 気づくと彩月も起きて、背後からタブレットを覗き込んでいた。


「テノエさん、これどうしましょう?」

 魔族対策はテノエが勝手にやっていることなのに、彩月はいつも我が事のように考え動いてくれる。彼女には感謝しかなかった。

「あんなド田舎のくせに、他にも魔族がいるなんて。だから田舎は……」

 彩月の声はとても苦々しい。

「まさか、復活したとか、シグナルのパターンもよく似てる」

 テノエは恐怖を押し隠しながら、その疑問を口にした。

「それはないですよ。文字通り、わたしがこの足で再起不能にしてやりましたから」

 自信たっぷりな言い方がテノエには心強く感じた。


「じゃあ、あの大男の身内かな」

「そんなところでしょうね。あれっ?」

 彩月は何かに気づいた。

「どうしたの?」

反応(コイツ)、動いてませんか?」

 タブレットを見ると、確かに動いている。速度からすると自転車のようだ。

「気のせいかな、東京(こっち)に向かっているみたい」

「それなら、ちょうどいいじゃないですか。向こうから来るなら、行く手間が省けるってもんです。リベンジしてやりましょうよ」

 彼女は勢いよく言った。

「そうね、今度こそ倒してやる」

 テノエの闘志がメラメラと燃え上がる。まるで恐怖を振り払うかのように。

※次話「#08:Boy Meets Girl」の掲載は、2023年10月22日 11時頃です。

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