#05:トレーニングパートナー
――最初の練習日、午後2時50分
「やあ、テノエ、おはよう」
私がVIP専用トレーニングルームに入ると、王谷さんは既にストレッチを始めていた。一足先に来て、待っていてくれたようだ。
「おはようございます、王谷さん」
私も彼に合わせた挨拶をしたが、彼は不満そうな表情を私に向けた。
「アレ、サイズ合わなかった?」
何のことを言っているのかわからなかったが、それは一瞬のことで、彼の着ているウェアを見れば、すぐにわかることだった。
「下に着ています」
そう答えると、王谷さんの顔がパァっと明るくなった。まるで新しいオモチャをもらった子供のようだ。おもわず私の頬も緩む。
「そうなんだ、よかった。スポンサーからお知り合いにどうぞと言われたけど、そんな知り合いいなくてさ。で、どんな感じ? 見せてよ」
「えっ……」
前回着てみてとトレーニングウェアを渡されたときから、予想はついていたことだが、それでも身体がこわばった。
「嫌? それとも何かマズいことでもある? それなら無理に見せなくてもいいけど、体型とかだったら、僕は全然気にしないよ。だって、僕らトレーニングパートナーなんだから」
「トレーニングパートナー……」
王谷さんの言う通りかもしれない。
そもそも有名ブランドのトレーニングウェアなのだから、それを着てトレーニングしても、そして、その姿をトレーニングパートナーに見られても、それほど気にすることではないはずだ。自分にそう言い聞かせると、部屋の隅へ行って、上に着ているものを脱いだ。
「どう……ですか?」
覚悟を決めて、私は彼の前に立った。
ブランドのロゴが強調されたクロスバックブラとショーツのセットアップ。着心地もいいし動きやすい。未発表の新作を着ていると思うと気分も上がる。ブランド力とはこういうことかと実感する。
でも、体型がはっきりとわかる。へそも脚もしっかり出ており、ここまで体のラインがはっきりわかるものを男性の前で着ることには抵抗があった。
何よりも私のそんな姿が王谷さんの目にどう映るか、漠然とした不安があった。
彼はストレッチを止めて、私をまじまじと見る。だが不思議と嫌な感じがしなかった。
「うんうん。いいね、いいね。すごくイケてる」
彼は何度もうなずきながら、親指を立てた。
「着心地はどう? 胸とかきつくない?」
「ちゃんと支えてくれるから、むしろ楽です」
率直に感想を述べた。どうやら悪印象は持たれなかったようだ。
「うん。バチクソきれい。モデルみたいにセクシーでカッコいい。それであのパワーだからテノエは完璧だよ」
私にとって耳当たりのよい言葉を一通り発すると、彼はストレッチを再開した。
「ありがとうございます。それで今日はどんな練習を?」
私は彼の背中に声をかける。
「テノエの普段の練習を見たいから、今日はいつも通りでいいよ」
彼は顔を半分こちらに向けて答えた。
「あ、はい、わかりました」
いつも通りでいいなら気は楽だ。私は身体強化魔法をかけると、いつも通りチェストプレスマシンへ向かった。
――1時間後、VIP専用ラウンジ
いつも通りの練習を終え、シャワーを浴び、着替えると、私はプロテインスムージーのミックスベリー味をゆっくりと口に運びながら、彼の練習が終わるのを待っていた。
VIP専用ラウンジがあることは知っていたが、使うのは初めてだ。
王谷さんが完全に貸し切り状態にしているので、ラウンジには私1人しかいないが不安はない。今は私にもここを使う権利がある。
しばらくすると、王谷さんがやってきて、隣のソファに腰を下ろした。
「おまたせ」
練習を終えて、すぐにやってきたようだ。肩口から湯気が立ち上っている。
「何だよ、その恰好!」
彼は私を見るなり笑い出した。
「ちょっとダサくない? それが普段着なの?」
私は目深に帽子を被り、野暮ったい眼鏡をかけていた。
「ええ、そうです」
私はにこやかに答えた。ダサいと言われたことはむしろ嬉しかった。つまり、上手くいっているということだからだ。すると、私の態度に王谷さんは何か察したようだ。
「えっと、もしかして、テノエって、わざとそんな格好してるの?」
その問いには直接答えず、一度眼鏡をかけ直してから、黙って彼の目を見返す。
「もったいない、顔もスタイルもとてもイケてるのに、なんで?」
王谷さんの質問に、私は正直に答えることにした。
「一般の女がなまじ目立ってもあまり良いことはないので」
「そうだよな、テノエはめちゃくちゃ美人だからな。普通に街中歩いていたら、ナンパとかスカウトとかされまくるよな。僕もそういう鬱陶しさはよくわかるよ」
世界的スーパースターのそういう煩わしさは、私のそれとは比較にならないだろう。でも、そんな気持ちを共感してもらえたのは嬉しかった。だが、次の言葉で落とされる。
「でも、よく見ると、やっぱりダサかわいいな」
私は話題を変えることにした。
「これからのトレーニングも、こんな感じでいいんですか?」
すると、彼はブンブンと強く首を横に振った。
「いや、せっかく一緒に練習するんだから、変えて行きたい。まず、テノエのトレーニングについて、ちょっと聞きたいけどいいかな?」
「なんでしょうか?」
「ストレッチもしないし、トレーニングベルトもしないのはなんで?」
「ええっと……」
(魔族との戦闘なんていきなり始まるから、準備運動をしている暇はないし、実戦で正しいフォームでできることなんてないからだけど)
答えは出ているが、それを王谷さんに話すわけにもいかない。
「……そういう……そういう競技だと思ってください」
我ながら苦しい答えだが、嘘ではない。
「そうなんだ、わかった」
彼は得心のいかないような表情だったが、それ以上は聞いてこなかった。
「じゃあ、今日の反省会をしようか」
「レビュー?」
「うん、レビュー。今日の振り返りと次からどうするか決めるんだ」
王谷さんは、ごく当たり前のように言った。