#03:ガールズトーク
――その日の夜
彩ちゃんがアルバイト帰り、私の家に寄ってくれた。さっきは言い過ぎたから直接会って謝りたいというのと、1つ聞きたいことがあったからだそうだ。
「それって、彩ちゃんのことでしょ」
私がそう指摘すると、美少女は絶句した。まるで彼女の周りだけ時間が止まったようだ。ちなみに時間操作系の魔法をかけたわけではない。
今日の彩ちゃんは絶句してばかりだが、小さく口を開けた表情もとても可愛い。それはさておき、私はまた、おかしなことを言ってしまったのだろうか?
「……テノエさん、ボケてます?」
しばしの沈黙の後、彼女は眉をしかめた。ボケたと思ったのなら、そんな顔しないでツッコミを入れるか笑って欲しいのだけれど、また私は彼女に変なことを言ってしまったらしい。
「別にボケてないよ。だって、そういうのは彩ちゃんの役目じゃないの?」
私は淡々と返す。
「いやいやいやいや」
彩ちゃんはしつこく首を横に振った。
「だって、そもそも、王谷翔偉に会ってませんから」
彼女はきっぱりと否定した。だが、私は真実を追及する。
「どこかで見られたんでしょ、最近の彩ちゃん、一段とかわいいから」
初めて会った時から、彩ちゃんはメチャクチャ可愛かった。ただ可愛いだけじゃ無く、小悪魔的というか、尖ったかわいさに何とも言えない魅力があった。更に最近ではそれに女性らしい丸さや優しさが加わり、無双状態だ。
そして、強い。
自分よりはるかに体の大きな魔族を相手にしても全く臆することがない。それに引き換え、さっきも大きな男性というだけで、足が一瞬すくんでしまった。
彩ちゃんの強さが羨ましい。
それを伝えると彩ちゃんは頬を赤らめた。
「そ、そんなことないですよぉ! そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……テノエさんは王谷翔偉に会ったんですよね? 話もしたんでしょう?」
「それはそうだけど……」
あれだけ彩ちゃんに呆れられたので、王谷翔偉のことをネットで調べてみた。写真やプロフィールを見たところ、ジムで話しかけてきたのは、彼本人で間違いなさそうだ。
世界的に有名なスポーツ選手で、今年の年収は日本円換算で120億円、真摯に競技に取り組む姿勢や振る舞いも紳士的であり、顔もスタイルも良いことから人気も高く、結婚したい男性著名人No.1だそうだ。容姿・実力・人柄に火の打ちどころがなく完璧らしい。
ともなれば、あの自信に溢れた態度にも納得がいった。
そんな人物が本当に実在するのか、と疑問に思いながら、ネットの記事を読んでいたら、彼の心を射止めるべく奮闘する女性たちのエピソードが次々と出てきた。要約すると、彼は自宅と試合会場(あるいは練習場)を往復するストイックな生活であるため、関係者以外の女性は接触すら至難の業らしい。
ということは、経緯はどうあれ、そんな女性たちを差し置いて、王谷選手の方から話しかけられた私はとても運が良かった、と喜ぶべきなのだろう。
だが、彼が私に話しかけた本当の理由もだいたいわかっていた。
「……その時はトレーニング中だったから、化粧もしてないし、服もトレーニングウェアで、汗まみれで必死な顔をしていたから、そういう意味で声をかけたんじゃ無いと思う。彩ちゃんも知ってのとおり、普通ではあり得ないウェイトをしていたから、珍しくて声をかけてきたんだと思う。珍獣に興味を持ったようなものよ」
<彩月視点>
テノエさんの発言を聞いて、彩月は途方に暮れた。
(珍獣? 本気でいっているの?…………この人)
どこから突っ込めばいいのだろう。
もともとテノエさんは申し訳程度にしか化粧をしないので化粧の有無は関係ない。そして、普段は体型を隠す服装をしているが、トレーニングウェアではスタイルの良さは隠しきれない。
つまり、凄い美人が凄いトレーニングをしていたのだ。男性アスリートが興味を持たないはずがない。さらに付け加えると、トレーニング直後のテノエさんは力の抜けた妙に艶めかしい表情になる。更に加点だ。
「絶対それだけじゃないです。向こうから話しかけてきたんでしょう。だったらテノエさんに決まってます」
そういいながら、私は王谷翔偉を見直していた。テノエさんに声をかけるとはさすがだ。
だが、テノエさんは真逆の事を考えていたようだ。
「そんなことないよ。彩ちゃんって、とても人の目を惹きつけるから、きっと彩ちゃんだよ。それにジムの店長さんだって、その人が彩ちゃんだと思ったから、敢えてそういう感じで頼んできたんじゃない?」
その答えがしゃくにさわった。
なまじ理屈が通っている分、タチが悪い。
彼女は自分が王谷翔偉に興味を持たれたことを認めたくないのだろう。男性を避けるいつもの悪癖が出たようだ。
このままでは埒があかないので、話の流れを変えることにした。
「……ちなみにですけど、会った印象はどうでした? 実はとてもいけすかないやつだったとか、感じが悪かったとか」
「ううん、そういうのはなかったよ。独特の雰囲気はもっていたけど、嫌な感じはしなかった。ネットとかで読んだ人物像とだいたい合っていると思う」
テノエさんは淡々と印象を話してくれた。
「じゃあ、もしもの話ですけど、王谷翔偉から付き合ってくれって言われたらどうします?」
すると、テノエさんはクスクスと花笑んだ。
「そうね、それはいいかも。凄いお金持ちみたいだし」
(おや?)
テノエさんにしてはこの手の話に珍しく拒否反応を示さなかった。これがハオウガなど具体的な誰かだったら、言葉を選んで考え込んだり、【例の条件】の話をしたり、話題そのものを避けようとするが、相手が王谷翔偉となると違うようだ。
「もし、そうなったら、これまでの生活が一変するよね~まるでシンデレラみたいに。移動もプライベートジェットになったりして」
テノエさんは面白そうに笑っている。
(ああ、そういうこと……)
一瞬、脈があるのかと思ったが気のせいだったようだ。どうやら、彼女の中では王谷翔偉と付き合うことは「もしもの話」であり、会話を楽しむネタの一つのようだ。
だから、余裕があるのだろう。
(プライベートジェットとか言ってるけど、貴女そもそも月まで行ける小型飛行艇持ってますよね)
と心の中でツッコミを入れた。
でも、私の中ではあり得る話だ。
世界中の王谷ファンには怒られるだろうが、王谷ならテノエさんとの交際を許可してもいい。
テノエさんの人生だから、テノエさんが決めることだが、彼女は死ぬまで魔族と戦っていくつもりなのだろうか? だとすれば、あまりにもったいない。
この世界に必要な仕事だとは思うが、テノエさん自身の幸せはどうなるのだろう。20代前半の美しい盛りをこんな仕事に費やすことが正しいとは思えない。
現に彼女は偏っている。
私に言われるまで、王谷翔偉のことを全く知らなかった。他にもツッコミたくなることが幾つもある。もちろん、魔族討伐のためには、そんな些細なことに構っていられないのもわかる。
だが、その偏りがテノエさん自身を壊すことにはならないか、それが心配だ。
生意気かもしれないが、私はテノエさんの親友だと自負している。
そもそも、テノエさんがいなければ、今の私は存在しなかった。ヴラリガ魔族たちの下っ端としていいように使われていただろう。
私はテノエさんと会って大きく変わることができた。
だから、今度は私がテノエさんに恩返しをしたい。今の彼女の状態が「あるべき姿」だとは思えない。だから、良い方向に変えてあげたい。でも私の力だけではそれが難しいこともわかっている。だとしたら、誰にそれができるのだろう。
王谷翔偉、彼ならそれが出来るかもしれない。