#04:テノエは活路を見出した
――大宮駅東口、土曜日午後2時32分
黒乃彩月は待ち合わせ場所であるファストフード店でスマホと店の入口を交互に眺めていた。彼女の前には一口すすったきりとても不味くて飲む気になれなかったアイスティーが置かれている。
アイスティーが不味いのは店のせいではない。
テノエの家で出してくれる超絶に美味しいお茶に舌が慣れてしまったからだ、と彩月は考える。
それともう一つ理由がある。
(遅い!……この私を待たせるなんて)
アンナとの待ち合わせ時刻は午後2時だ。
彼女とは朝一番に連絡がついた。
『昼は先約があるので、その後なら大丈夫です!』というので午後2時にしたのに、既に30分遅刻している。これは彩月の忍耐の限界をとうに超えていた。
それでも待ち続けているのには理由がある。
――身長180センチくらいのキャップの男
中高生の少女3人の行方不明事案に関与しており魔族である可能性が高い人物だ。けれどもそれ以上の情報がない。
アンナはその男と接触しているとみられる。
だから、彼女からその男の情報を得る必要がある。
万一に備え、少し離れたカウンター席ではテノエが待機している。彼女が静かに待っているのに、自分が勝手に腹を立てて台無しにするわけにはいかない。
そんなときはテノエに目を向けると、彩月の苛立ちが収まっていく。
(なんて下手くそな変装……)
決してテノエを馬鹿にする意図はない。
けれども、彼女の変装は彩月を穏やかな気持ちにさせる。
今日の変装は眉まで隠れる丸いサングラスに、大きめのキャスケットを被っている。服装もファストファッションで揃えたものばかりだ。
しかし、店内に入ってきた客は老若男女問わず、一度はテノエに目を留めている。若い男の中には運命の女性でも見つけたかのように彼女から目を離さない者までいる。
それを見て彩月はしみじみ思う。
ファッションは何を着るかではなく誰が着るかだと。
テノエが着ているのはファストファッション。しかも新価格品ともなれば、人気薄で売れ行きの悪かったものだ。
そんな服でもテノエが着ると見映えが全く違った。
このことは多くのファッションモデルが努力を積み重ねてようやく到達できる境地にテノエが達していることを示していた。
(テノエさんなら当然か。それにしても今日は締心術の掛かりが良くないなあ)
このような状況では他人からの関心を引きにくくするよう、締心術を使っているはずなのに、美しいスタイルや優雅な佇まいが全く隠せていない。特別な美人の雰囲気が隠しきれず周囲の視線を集めてしまっている。
テノエの締心術は、ときどき効きの悪い時がある。
その原因に本人は気づいていないようだが、昨晩、自分との入浴を固辞したのと同じ理由ではないかと彩月は考えた。
(とにかく、これだけ目立つとスパイはできないよね)
外見も内面も完璧だが、他人に迷惑をかけない部分ではところどころ抜けているところがある。それがテノエの何とも人間らしく可愛らしいところである。
そんなことを考えながらスマホをいじっていたら3時を過ぎた。ため息をついた。
(アンナって子、いつまで待たせるつもりだよ)
そう思った矢先、心地よい着信音が鳴った。
『今日はあきらめよう』
テノエからのメッセージが届いた。
――大宮駅東口、土曜日午後3時10分
テノエと彩月は連れ立って店を出た。
「すみません」
店を出るなり、彩月はテノエの正面に回って頭を深く下げた。
これで半日が無駄になった。テノエの貴重な時間を無駄にしてしまった。
約束をすっぽかしたアンナへの怒りはもちろんあるが、それよりもアンナの呼び出しに失敗して、テノエに申し訳ないという気持ちの方が勝っていた。
「何で彩ちゃんが謝るの?」
テノエが最初に言ったのはこの台詞だった。
「昨日も今日も手伝ってくれてありがとう」
テノエはサングラスとキャスケットをとり、一緒に歩くよう彩月を促す。
「だって、私がうまくやれてたら……」
彩月は暗い表情のまま、おとなしく一緒に歩きだす。
「彩ちゃんが声かけてダメなら、誰がやっても失敗するよ。彩ちゃんに呼び出されたら10人中10人、約束した時間通りに来るのが普通だから」
淡々と事実を示すようにテノエは言う。その言葉には何の力みもなかった。
「10人中10人って……」
極端にハードルを上げられて彩月は困惑した。そう言われてもアンナは1時間待って来なかった。これを言ったのがテノエでなければ酷い嫌味を言われたと感じただろう。
「彩ちゃんの後輩にこんなこと言うのも悪いけど、その子、時間にルーズな……」
テノエが言いかけて黙った。
そして、しばらく考え込んでから、こう続けた。
「もしかして、一足遅かったかもしれない」
彩月が約束を午後2時にした経緯を思いだす。
「そういえば『昼に先約がある』って言ってた」
「うん。それ」
「じゃあ、そいつはまだこの辺りにいるかもしれないですね」
「昼の約束ならランチ込みだよね。この辺りで高校生の女の子が喜びそうな場所って、どこか知らない?」
そんなことを急に聞かれても、彩月にも自信はない。
大学生になってから彩月の主な活動場所は東京都内になっていた。
けれどもこの辺りは自分の地元だ。テノエに対していいところを見せたい気持ちもある。
「この辺りなら、去年できたミュートシティですね」
彩月はそれらしく答えた。
とはいったものの、彩月が行ったのは1度だけで、ミュートシティのことなど殆ど知らない。
「わかった。ミュートシティね、そこに行ってみよう」
テノエが活路を見出したように表情を引き締めると、逆に彩月は怖くなった。
なんとなくミュートシティなんて言って、テノエの時間をこれ以上無駄にさせてしまったら最悪だ。
彩月の足が急に重くなる。もし、何も得られなかったらどうしよう。彩月が真っ先に考えたのは、そのことだった。たとえ手掛かりがなくても、そんなことでテノエは自分を責めたりしない。
それはわかっている。
だが、そんなことになったら申し訳なさ過ぎてどうすればいいのかわからない。
すると、テノエが表情を緩めた。
「もし何もなければ、ミュートシティで遊ぼうね。今日は私が奢るから」
その言葉で彩月は劇的なほど気が楽になった。
「は、はい」
か細い声で返事をする。
けれども、テノエにそう言ってもらったことで逆に彩月はミュートシティに手掛かりのようなものがあるような気がしてきた。
「じゃあ、行きましょう。10分歩けばつきますから」
彩月は軽くなった足取りで先を歩き始めた。




