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脱出転生サイドストーリーズ  作者: 等々力 至
人と魔族と彼女の正義
19/23

#03:彩月の腹黒い笑み

「いつ見ても、きれいな髪ですね」

 彩月(あやづき)は2本目のハイボールの缶を開け一口飲む。

 そして、ウェットティッシュで入念に手を拭くと、テノエの髪に指を伸ばした。

 抱きつくだけでなく、テノエの美しい髪を愛でるのも、彩月の(ひそ)やかな楽しみの1つだ。


 彩月は遠慮がちにテノエの長い髪を指に絡め、すぐにほどく。だが、その仕草に戯れや遊びの気持ちはなく、むしろ敬意と緊張に満ちていた。それはまるで古美術商が掘り出し物を見つけだしたときのような態度に見えた。


(彩ちゃんって本当に可愛いなあ)

 あまりに真剣な年下の親友の態度に、テノエは微笑みながらヘアハンドをはずす。留めてあった髪がさらに長くなる。そして、肩をゆらして長い髪を前へ流した。他人に髪を触られるのはあまり好きではないのだが、相手が彩月の場合は別だ。


 一方、彩月はテノエの正式な許可が下りたことに身震いしながら、恭しく指を通す。

 艶やかな髪の滑らかさに息を呑み、まるで下賜品(かしひん)を扱うように丁寧に撫でながら考える。

(昔の人のいう射干玉(ぬばたま)の黒髪って、こういう髪をいうんだろうな)


 テノエの方ではその慎ましい敬意がくすぐったくなると同時に胸の奥は温かくなる。

「そんなまでに大切そうにしなくてもいいのに」

「……私には大切なんです。崇めるものなんです」

 その返事があまりに率直すぎて、テノエは思わず目を細めた。

「崇めるって……」

 一瞬逃げようと思ったものの、触れられる指先が愛おしく拒む気持ちはまったくなかった。


 それきり、2人の会話が途切れる時間が続く。

 だが、それはお互い苦にならない静寂だった。彩月はテノエの髪を指に絡め、ほどき、撫でる。テノエはそれを心地よいものとして受け止める。

 どちらかが止めなければそれは1時間でも2時間でも続いたかもしれない……。


「ピピッ」

 静かなリビングルームに、スマホの通知音が響いた。


「ごめん、ちょっと」

 テノエの表情が引き締まる。

 状況を悟った彩月は名残惜しそうに、それでもすぐに髪から指を離した。

 テノエは素早くテーブル上のスマホを手に取り、しばらく画面を見つめてから、指を動かすと、今度は彩月のスマホが心地よい着信音を奏でた。


「彩ちゃん、ちょっと見てくれないかな」


 彩月ははじかれるように自分のスマホを手に取った。

 テノエから送られたリンクを開くと、Annaの4文字から始まるアカウントが表示された。最新の投稿は10分前。こんな文章とともに、作り笑顔を浮かべている自分とあの後輩とのツーショット写真が投稿されていた。


――『あの伝説のOGと偶然会いました。実物はメチャ×2バリカワ。いきなりのお願いなのに気持ちよくツーショもらいました。今日は素敵な人たちと会えて最高!』


(あの子だ。間違いない!)

 彩月は書かれている内容を何度か目で追う。

 テノエもスマホの画面を凝視している。

 再び無言の時間が続く。さっきとは異なり室内に満ちていくのは緊張感だった。


 しばらくすると、テノエが口を開いた。

「彩ちゃん、悪いけど……」

「はい、今、このアンナって子にDMダイレクト・メッセージ出しました。この土日に時間とれないか聞いてます。それと“素敵な人たち(・・)”については、時間決めるときに聞きます」


 その返事に、さすが彩月だとテノエは感心した。

 自分が頼みにくいことを全て先回りしてやってくれた。これだけ可愛い上に「しごでき」な娘なんて滅多にいるものではない。自分は良い友人に恵まれたと改めて感じる。


 しかし、これにはテノエの誤解が若干含まれていた。

 彩月がこれだけ先回りして動くのは、相手がテノエの場合に限られている。相手がテノエでなければ、ここまで自ら動いたりはしない。


「ありがとう。じゃあ飲みなおす?」

 テノエは引き締まった顔を少し緩める。彩月がアンナという子と接触できる見込みが付いたのなら、今日できることは終わった。


 投稿には「素敵な人」ではなく「素敵な人たち」とあった。

 つまりアンナは複数の素敵な人に会っている。その中に例の男、魔族(キロ)がいるかもしれない。

 いて欲しいと思いつつも、可能性は半々だ。

 それに彩月からのDMに返事があるのは明日になるだろう。今日は十分動いてくれた。これ以上、彩月に負担をかけたくない。テノエはそんな気持ちになっていた。


「はい、そうしましょう」

 彩月は素直な笑みを浮かべた。

 これで飲みの時間を長くできれば、私が酔っ払ってもおかしくない。そうなれば、テノエさんに抱きついてもおかしくない。うまく持って行けば、久々に一緒にお風呂にも入れるかもしれない。そんな妄想で彩月の頭が一杯になっていく。


「じゃあ乾杯しましょうか」

 彩月の笑みにわずかだが腹黒い影が差す。けれどもテノエは全く気付かなかった。

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