#02:ハオウガは語らない
――金曜日の夕方、大江 天の自宅
「ごめんなさい、テノエさん。見つけられなくて」
黒乃彩月はリビングに飛び込んでくるなり深々と頭を下げた。
ごく親しい一部の者は彼女をテノエと呼ぶ。
「そ、そんな……あやまるほどのことじゃないから。本当に気にしないで。それにわざわざ戻ってくれなくても週明けでよかったのに」
深く頭を下げる彩月を前に、彼女は大いにうろたえた。
彩月は大宮の自宅近くまでバイクで行きながら、不首尾を詫びるため、都内のテノエの家までわざわざ舞い戻ってきた。
「本当にすみません。絶対見つけるなんて言っておいて……」
彩月はテノエの役に立てなかったことを本気で悔やんでいた。
ちなみに彼女がこれだけ素直に頭を下げる相手は、心の底から敬愛するテノエしかいない。それ以外の相手には上から目線が原則だ。
(テノエさんがあれだけ調べていたのに)
彩月は思い返していた。この1ヶ月、テノエはある行方不明事案を調べている。
彩月の地元さいたま市で1ヶ月の間に中高生の少女3人が行方不明となった。
とはいっても、日本では1年で約8万人が行方不明になる。
だから、3人とはいえ犯罪性が認められない限り報道されることも少なく、この事案についても何の報道もされていない。
だが、そんな事案をテノエが追っているのには理由があった。
――魔族
この事案には魔族が絡んでいる可能性が高い。
だから、テノエは調査を始めていた。誰かに頼まれたわけではなく彼女自らの意思で。
だが、ここで1つ疑問が生じる。
テノエはそのような小さな情報をどうやって入手しているのか?
ここからはテノエの様子から、彩月がなんとなく知っている話となる。
その方法は古典的ではあるがメールらしい。
「彼」が不在の間、テノエは彼のメールの管理を任されており、月に2度の頻度で彼のメールボックスを開いているようだ。そこでの作業はメールボックスが一杯にならないよう不要なメールを削除することだが、たまに差出人が「ダイロッカ通販」というメールが届いていることがある。
一見それは通販会社のDMに見せかけてはいるが、実は「公安当局(?)」が魔族絡みと判断した事案についての情報が記されている。
それを受けて、テノエは調査を始める。
これは「彼」が以前からやっていたことらしいが、彼の記録には残っておらず、彼がそのようなことをしていると語ったこともなかった。盟友であるテノエも、彼がそんなことをしていたとは知らなかったようで、彼がいなくなってから初めて知ったようだ。
だが、『テノエさんも知らなかったんですか?』とからかうようなことは決して口にはしない。そんなことを言えば、彼女をひどく傷つけるかもしれないからだ。
さて、調査によって魔族が絡む事案とテノエが判断すると、彼女は単独でその魔族を見つけ、そして倒す。倒した後、彼女は次に彼のメールボックスを開く機会まで待ち、その時「ダイロッカ通販」のメールに彼の名で返信する。
ただ一言、「適切に対処した」と。
これらの一連の仕事において、彩月が関わるのは最後の段階、魔族を倒すときだ。
たまにテノエから頼まれることもあるが、多くの場合、彩月の方から一方的に首を突っ込んでいる。それはひとえに2歳年上の敬愛する先輩を一人で戦わせないようにするためだ。
一方、テノエは申し訳ない気持ちになっていた。
「新品のバイクをこんなことに使わせてごめんね。疲れてない?」
テノエにとって彩月は最高の友人であり、最高の理解者だ。
とびっきりに可愛いし、勝ち気でありながら周囲に気も遣う。話も面白いし、何より気が合う。自分と違って、いつも何か新しいことをやろうとする姿勢も羨ましい。
先日は、大型二輪免許を取得しバイクを買ったといって、真っ先に見せに来てくれた。
今日もバイク名に合わせ「叛逆者」という意味のロゴの入った素敵なジャケットを着ている。
実に彩ちゃんらしい、とテノエは思った。
デザインも彩ちゃんのイメージに合っている。
彩ちゃんはいい意味での反逆者だ。決して他人に左右されることなく自分の意志を強く持っている。
そんな彼女は私のことをとても慕ってくれている。とても嬉しいことだが、自分が彩ちゃんの敬意にふさわしい人間なのかどうか時々考え込んでしまう。
「彩ちゃん、本当に気にしないでね。広域探査装置を調整しきれてない私が悪いんだから」
テノエは彩月に念を押すように言った。
――私が悪い
だが、その言葉は彩月にとって逆効果だった。
なぜなら彩月はこう考える、テノエさんはいつも正しい。そして、テノエさんができなければ、全世界の誰だってできるはずがない。だからテノエさんは悪くない。
通常は他責思考の100パーセントの美少女が自分を責めるのは、こういうときだけだ。自責あるいは他責の一辺倒にならないことは良いものの、テノエとの関係に限れば、教祖と信者のような関係に近い。
「いいえ、そんなことありません! 私が悪いんです。お詫びにできることならなんでもします。なんでも言ってください!」
半泣き顔で言われてしまうと、テノエのできる行動は1つしかない。
「いいから、そんなに気にしないで、ねっ」
彼女は2歳年下の親友を抱き寄せた。
テノエにとってはそんなに落ち込まないで欲しいというメッセージを込めた軽めのハグだが、彩月にはそれ以上の意味がある。物理的には、身長の関係から彩月の顔がテノエの胸に当たる。
(やった!)
彩月の予想した流れになる。
大失態が一転して至福の瞬間に変わる。自分からもテノエの背中に腕をまわし、テノエよりもずっと強い力で抱きしめ返す。
(こんなことを考えているから腹黒って言われるのかな……)
そう思いながらも、今は全神経をこの状況に没頭させるのが最優先だ。
彩月はテノエの胸に顔を埋め、全身でテノエとの接触を堪能した。
――数分後
テノエは抵抗する彩月をゆっくりと引き剥がして表情をのぞき込む。
(よかった、いつもの彩ちゃんに戻った)
テノエが安堵の表情を浮かべると、彩月も呼応するように笑みを浮かべた。この笑みは彩月にとってはうまくいったという気持ちの方が強いのだが、彩月にとって都合のよいことに、テノエはようやく落ち着いてくれたと解釈していた。
ようやく室内の空気が落ち着くと、テノエは彩月にソファに座るように促し、彼女の話を聞いた。
彩月は大宮駅周辺で、「身長180センチくらいのキャップの男」を探した経緯を脚色なく整理して話した。
「彩ちゃんの母校の子が気になるね……」
黙って話を最後まで聞いた後、テノエが最初に言ったのはそれだった。
「いえ、ツーショなんて、きっぱり断ればよかったんです」
「ううん、そうじゃなくて。その子、既に男に会っていたのかもしれない」
「それって、私が足止めされてたってことですか?」
「そうかもしれないけど、彩ちゃんは無意識のうちにその子が男に会っていたことに気づいた。だから、ツーショを撮るまでそこにいたと思う」
彩月は目を見開いた。
「まさか、そんなこと……」
「その子と連絡取れたりできる?」
「すみません、連絡先交換はしてないです」
ツーショを撮らせてあげただけで、その子の名前や連絡先は知らなかった。制服から1年生とはわかるが、連絡して話を聞くとなると時間がかかりそうだ。
「でも、その子がSNSやっていたら、彩ちゃんとのツーショをアップするはずだよね」
そうしていれば、連絡を取るのはそれほど難しくはない。
「いや、どうかなあ」
彩月はその考えに疑問を述べた。
彼女の感覚では、普通の高校生は、なんでもかんでもSNSにアップしたりはしない。
不適切な動画や写真をアップしてネット炎上するニュースが定期的に流れるので、若い世代は誰も彼もが承認欲求丸出しで写真や動画をアップしているように見えるかもしれないが、普通はそんなことはしない。やっても鍵垢内だろう。
そもそも、異常な出来事だからニュースになるのだ。
だが、テノエは言い切った。
「彩ちゃんとのツーショなら、絶対公開アカウントでアップすると思う。それは私で探しておくから、もう週末はゆっくりして、ねっ」
テノエには自信があった。
初対面の彩月に声をかけてツーショをねだるくらいだ。それだけ好きなら絶対にアップする。テノエはその子を自分に置き換えて考え、その結論に達した。
「じゃあ、今日は泊まってもいいですか?」
「もちろんいいよ」
彩月のお泊りのお願いを、今日もテノエは快く引き受けた。だがあることに気づく。
「でも、お酒は買ってないんだ、ごめんね」
「大丈夫です、そんなのチャチャっと買ってきます」
そういって、彩月は出かけようとしている。
今夜飲むのは予定外だが、がんばって探そうとしてくれた彩月のためだ。酒の肴でも準備しようとテノエはキッチンへ向かった。
※用語解説
広域探査装置
魔族の生体反応を捉える装置。
主要部分はハオウガ=マイダフが作成しており、日本国内における魔族の出現位置を特定することが可能。但し、既知の魔族(ザミダフ、ヴラリガ、ガドラ)に限られるため、未知の魔族に対しては、出現位置に数百メートルから数キロの誤差が生じる。




