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脱出転生サイドストーリーズ  作者: 等々力 至
テノエ=ソライダフの恋人
1/16

#01:スーパースター王谷翔偉

――11月下旬のある日

 彼がコールドスリープに入って7ヶ月が過ぎた。

 あれから、特に変わったことはない。

 魔族覚醒者が4名現れたが、全て適切に対処した。


 私の名前は大江(おおえ)(てん)。都内の大学に通う平凡な女子大生。

 ちなみに親しい友人は私のことをテノエと呼ぶ。


 今日、私は(あや)ちゃんのアルバイト先であるトレーニングジムを訪れている。

 完全会員制の高級トレーニングジムで、建物や設備も新しくて実に快適。彩ちゃんは一番仲の良い友人であり、ここで週に数回、主に会員登録や受付周りの仕事をしている。


 彼女がアルバイトを始めたきっかけは、高校時代の陸上部の先輩に誘われたのと、時給が良かったからだそうだ。最初あまり気が進まなかったそうだが、面接の時、とても店長に気に入られ、倍の時給を提示されたので決めたそうだ。


 その話を聞いて、私はその店長は見る目があると密かに感心した。彩ちゃんくらい可愛い子が受付にいれば、それだけで入会者が増えるに違いない。実際、会員数は順調に伸びているそうで、私も2ヶ月前に会員になった。コースは一番安いライト会員だが、それでも高級トレーニングジムだけあってかなりお高い。


 入会理由?……もちろんトレーニングが目的。


 以前、ある魔族との戦いで体力(特に筋力)の無さを痛感させられたことがあり、それから、週に2、3回ここでトレーニングをしている。


 彩ちゃんの計らいで、ジムのVIP会員専用トレーニングルームを使っている。

 ライト会員はVIP会員専用設備は使えないのだが、この件については、彼女の好意に甘えている。私のトレーニングは(彩ちゃん以外には)誰にも見られたくないから。


 トレーニングは、ウェイトトレーニングを中心に行う。

 ・チェストプレス

 ・チェストフライ

 ・ペックフライ

 ・ケーブルフライ

 ・ダンベルフライ

 ・ベンチプレス

 ・デッドリフト

 ・ベントオーバーロー

 ・スクワット

 ・バックランジ

 ・タイヤトレーニング


 負荷は女性の世界記録並の重さ。もちろん、私もそのままではバーベルを1ミリたりとも動かせない。


 だから、身体強化魔法を自分にかける。それからトレーニングを開始。

 先ほども述べたが、ある戦いでパワー不足が骨身に染みたので、トレーニングは実戦重視。

 バストアップとかヒップアップのようなボディメークなどは一切考えない。魔族と戦える身体づくりが最優先。


 あの大男に一方的に打ちのめされた屈辱を思い出す。

 全く歯が立たなかった。あんな風に力ずくで押さえつけられるのは2度と経験したくない。


 メニューは極めて短時間。

 ライト会員の私が、VIP専用のトレーニングルームをいつまでも不正に独占使用するわけにいかない。20分間が限度。

 時間も負荷も普通の女性では不可能なメニューを無駄なく急いで丁寧にこなす。


――20分後

 トレーニングを終え、精も根も尽き果てると、足をふらつかせながら、使った器具を急いで全て元通りに片付ける。けれども、ふと気が緩んで、その場にへたり込んでしまった。


 全身から汗が滝のように噴き出している。魔法で強化したとはいえ、身体は悲鳴を上げている。魔力もかなり消費しているので、うかつに回復魔法をかけようものなら、魔力が枯渇して卒倒してしまう。だから、ここは自然回復に任せる。これもトレーニングの一環。


 いつもながら苦しいトレーニングだ。

 でも、あんな目に遭うことを考えればがんばれる。それでも、油断すると意識が飛びそうだ。できることなら、いっそこのまま横になりたい。


 けれども、ここはVIP専用のトレーニングルーム。

 あまり長い時間私が占拠していると、便宜を図ってくれた彩ちゃんに迷惑がかかる。早く退室しようと立ち上がると、誰かの視線を感じ、ぎょっとして振り返った。


 振り返ると、入り口近くに1人の大きな男が立っていた。


(あのときの大男!?)

 と思ったが、シルエットが全く違うので、すぐに別人だと分かった。魔族の気配も全く感じない。一旦は安心したものの、すぐに別の疑問が湧いてきた。


(どうして、この人は入ってくることができたのだろう?)


 ここは私の貸し切りではない。だから、VIP会員なら入ってきてもおかしくないのだが、私としてはトレーニングをしているところは他人に見られたくない。

 だから、私が使うときは、自然に人を遠ざけるよう、VIPトレーニングルーム周辺には結界魔法をかけている。


 だが、現に男が1人入ってきた。つまり、私の結界魔法を破ったということになる。つまり、この男はただ者ではない。

 私は息をのんだ。


 もし、この男が「敵」なら、今の私のコンディションは最悪だ。トレーニングで体力も魔力もほぼ使い切っている。戦闘になれば守護者(クースト)を呼び出さなくてはならないが、これは奥の手だ。あまり使いたくない。


 そんなことを考えていると、意外にも男は人懐っこい笑顔を見せた。

「すごいですね。女の人でそれだけできる人、初めてみました」

 そういいながら、男性は近づいて来る。敵意は無さそうだが、私に興味津々であることは疑いようがない。


(しまった! いつから見られていたのだろう?)

 こんなことになりたくないから、誰にも見られないようにしていたのに……と、ほぞを噛んだ。私のような普通な体格の女が世界記録を凌駕するウェイトをこなしていれば、他人に興味をもたれるのは避けられない。


「何の(スポーツの)方ですか?」

 私の気持ちを知ってか知らずか、男性は目をキラキラさせながら、友達のような親しげな雰囲気で近づいてくる。

 つい、その雰囲気に釣られ、私も笑顔を返したが、その男性に見覚えはない。


「どこかで見た気もするんですけど、すみません、すぐに名前が思い出せなくて……」

 そう言いながら、男性は距離を詰めてきた。


 寄って来られて、改めて男性の大きさを実感した。あのときの大男よりも更に大きい。

 大きな男性というのは、それだけで脅威だ。反射的に私は身構えたものの、その体格差に足がすくんでしまう……悔しい。


「モデルさんみたいに見えますけど、ホントはすごい筋肉なんですよね」

 笑顔のまま、親しげに男性は手を伸ばしてきた。

(なに、この人?)

 当たり前のように私に触ってこようとする。


 そこでようやく足が動いた。

 知らない他人に気安く触られるのは嫌だ!


 無言のまま男性の手を払うようにして離れると、彼はとても困惑した表情になった。


(えっ、どうして? 僕、何かいけないことした?)

 彼の目はそう語っていた。とても心外そうな目で私を見る。その目はまるで初心(うぶ)な少年のようで、私が悪い事をしたような気になる。


 改めて男性を観察する。

 まず、身体が大きい。ハオよりも一回り大きい。

 そして、かなりのハンサムだ。

 この外見(ルックス)なら、自信満々に振舞うのも理解できる。彼の人生において、誰かに拒絶されたことなどないのだろう。


 だが、あまりになれなれしい。私はこの手のアプローチが大の苦手だ。

 それでも、これだけ親しげな雰囲気を醸し出されると、一瞬、この人と会ったことがあるかな? と考えてしまう。


 でも、答えはすぐに出た、(ノー)だ。

 これだけ特徴のある男性なら私も覚えているはず。だから、彼とは初対面だ。


「人違いです」

 私は短く告げるとそそくさとVIPトレーニングルームから出る。確かに魅力的な男性だった。違う場所で会っていたなら、もう少し話をしたかも知れない。

 けれども今はトレーニングを見られた気まずさが勝っていた。


「そうかなあ、どこかで会ってません?」

 しかし、彼は私の気まずさなど気にする様子もなく、後をついて来ると、自然に私と並んで歩き始めた。

 もしかして新手のナンパだろうか?


 それならあまり気にすることもないが、私の結界魔法を破っている以上、並みの人間ではないと見るほうが妥当だ。今のコンディションで、そんな男性の相手は避けるのが賢明。


 彩ちゃんのいる受付に行きたかったのだが、彼はそのままついて来そうだ。そこで私は彼を無視したまま、逃げ込むように女子更衣室に入り、ようやく彼を振り切った。


――30分後

 シャワーを浴びて着替えると、気持ちが落ち着いてきた。

 いったい何者だったのだろう? 魔族でなければあまり気にすることもないが、普通の人でもなさそうだ。ナンパのようにも見えたが、高級トレーニングジムでそういうことはあまり考えにくい、と様々なことを思いながら、女子更衣室を出ると、受付の方が少し騒がしい。


 何があったのかと目を向けると、奥から職員たちの声が漏れ聞こえるだけで、受付には誰もいなかった。プロテインスムージーを頼みたくて、受付カウンターで待っていたのだが、誰も出てくる気配がない。


 ドリンクチケットは買っていたので、どうしようかと迷っていると、彩ちゃんが急ぎ足で飛んできた。


「すみません、テノエさん。いつものですよね」

 彼女は私からチケットをひったくると、すぐにプロテインスムージーのミックスベリー味LLサイズを持ってきてくれた。


 彼女にお礼をいい、ラウンジのソファに腰を下ろすと、それをゆっくりと口にした。疲れ切った筋肉にたんぱく質が染み渡る。そして、彩ちゃんとちょっとおしゃべりをする。私にとって至福の時間だ。


「すみません、ほったらかしにして。社員たちすっかり浮かれちゃって……」

 彩ちゃんは謝りつつも、そのことを許しているような口振りだった。いつもならサボっていれば社員でも容赦なく注意しているらしいが、今日は違うようだ。


「なにかあったの?」

 そう尋ねると、彩ちゃんは声をひそめた。

「実はですね、トップシークレットなんですけど……なんと! あの王谷(おうや)翔偉(しょうい)がここに来ていたんです。しかも入会するそうなんですよ!」

 ひそめた声から興奮が伝わってくる。何か特別なことが起こっているようだ。


「オウヤショウイ? 誰、それ?」

 そう聞き返すと、彩ちゃんは頭から氷水でもかけられたような、とても冷たい目で私を見た。

※キャラクター紹介

大江(おおえ)(てん)/イダフ名:テノエ=ソライダフ(21・女)

 本編の主人公。愛称はテノエ。東山大学に在学。膨大な魔力を持ち各種の魔法を使いこなす強力な魔法士。普段は学生生活を送りながら、時折出現する魔族を討伐している。

 自分の魔法士としての能力は来るべき時に備えて与えられた力であり、それが自分の使命(天命)だと考えている。実は戦闘は不得意。

 たぐいまれな佳人であるが、魔力を失うおそれがあることから純潔を守っており、男性からの無用なアプローチを避ける為、普段は目立たない服装をしている。ただし、効果については疑問。高校時代は生徒会で副会長を務めた。


黒乃(くろの) 彩月(あやづき)(20・女)

 テノエの親友。東山大学に在学。2学年下。

 魔法士としてはテノエに及ばないものの、戦闘では決して折れない気持ちの強さを持っている。テノエに勝るとも劣らない美少女。

 高校時代、魔族の傀儡にされていたが、テノエたちの助力で抜け出すことができた。テノエを心底敬愛し、彼女の戦いを支援している。主な魔法技はパープルレイ。


王谷(おうや)翔偉(しょうい)(25・男)

 米国で活躍中のプロアスリート。サンディエゴ・ドミニオンズ所属。年収は日本円換算にして120億円。日本の宝と称されるほどの人気と実力を有している。人生の目標は世界一の競技者(プレイヤー)


平原(ひらはら)一水(いっすい)(35・男)

 王谷翔偉のマネージャー、愛称はイッチ。サンディエゴ・ドミニオンズでは通訳を務める。公私にわたって王谷をサポートしている。


ハオウガ=マイダフ/日本名:真島(まじま)波央(はお)(21・男)

 テノエの盟友で凄腕の剣士。テノエと共に魔族と戦っていたが、現在、病気治療の為、コールドスリープ中。


済美(さいび)(22・男)

 テノエの高校時代の同級生、生徒会長を務めた。

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