8話 イースリットの街
ここはカストロ領、南東の街、イースリット。
首都の次に栄えた商業都市だ。街全体が城壁で囲まれ、その中心には立派な教会もある事から、観光でも有名な街だ。
立ち並ぶレンガ造りの洋館は、茶色の屋根に白い壁。中世ヨーロッパ風で、とても可愛い。
前世プレイしてたゲーム【ルーンキャッスル・ストーリー】の世界で、私が1番好きな都市だった。
城門を入ってすぐにある、立派な冒険者ギルド。ミミとアンスールはその扉を開けた。
ザワ……。冒険者ギルドに入った途端、空気が揺れた。
うんうん、分かるよ!アンスールはとびきり綺麗なんだもの!!
アンスールは人の目を気にする事なく、真っ直ぐにギルドカウンターに進み、少し屈むと、頬を染める受け付けのお姉さんに顔を近づけた。前に流れてきた銀糸の髪を、鬱陶しそうに耳にかける仕草がやけに色っぽい。お姉さんは耳まで真っ赤になった。
「ちょっと尋ねたいんだが、飛び込みで依頼を受けても構わないでしょうか?」
アンスールは唄うように話しかける。お姉さんは、何かが爆発したように鼻を広げて頷いた。
「は……はい!もちろんです!!」
「数の上限はありますか?」
「いえ!特には!!」
「ありがとう」
ぽぅ……としたお姉さんの視線を切る様に、アンスールはお礼を言うや否や、依頼の貼ってある掲示板の前に行き、クエストの書かれた羊皮紙を眺め始めた。
クエストの数は多すぎて、紙は幾重にも重ねられている。魔物がダンジョンから溢れて来ているのかもしれない。
冒険者ギルドが立派なのは、その所為だろう。ここにいるだけでも、かなりの数の冒険者が集まっている事が窺えた。
アンスールはさして熟考する訳でもなく、適当にみえる仕草で、5枚のクエストの紙を剥ぎ取った。全部魔物の討伐依頼だ。
……と、ミミは1番端にある古びたクエストに目が止まった。アクアステラと呼ばれるお花の採取依頼だ。ミミはアンスールの服の袖を引っ張った。
「アンスール、ミミも受けていい?」
ミミはキラキラした目でアンスールを見上げた。アンスールはミミを見て、言葉を詰まらせる。
「う……どうしてでしょうか。断れる気がしません。……ああ、採取なら大丈夫ですが、今から我々が向かう先はダンジョンですよ?」
ミミは頑張って背伸びをして、屈んでくれたアンスールに耳打ちした。
「アクアステラはね、ダンジョンの中に生えるの。ちょうどいいでしょ?」
「どうして耳打ちを?」
「みんな知らないから残ってるんだよ」
ニヤッと笑ったミミに、アンスールは微笑みを返してくれた。
辺りが再びざわめいた。アンスールはここで初めて、自分の笑顔に、何らかの威力がある事に気が付いた様子。辺りを見回すと、ちょっと人の悪い笑みを浮かべた。
アンスールはミミの指したクエストの紙も剥ぎ取り、お姉さんの元に戻った。
「これを頼む」
目の前に置かれたクエストの数に、お姉さんは目を丸くする。
「え?これ全部B級じゃないですか!クエストは1週間以内にこなさなければいけません。期限を過ぎると、ペナルティが課せられますし、何より無茶は危険です!許可する訳には……」
「大丈夫だ、問題ない。この子に装備を買ってあげたいのです。頼みますよ」
ニコリ。
アンスールが微笑むと、お姉さんは息を呑み、ぽぅ……としたまま頷いた。
「……仕方ありませんね。くれぐれも、お気を付けて」
お姉さんはクエストの紙にサインを求めると、一挙一動見逃さない姿勢で、ペンを握るアンスールを見つめていた。そして、サラサラっと契約したアンスールに、体を乗り出す。
「あの……この後、お食事でも一緒にいかがですか?」
完全に女の顔だ。
「1週間しかないんだろ?悪いがこれで失礼します」
素に戻ったアンスールに、すべなく断られ、固まるお姉さん。ミミは気の毒になって、せめてもの救いに、とお姉さんに大きく手を振った。
「ふっ。人は美しいものにことごとく弱いらしい」
ミミは、暗い笑みを浮かべながらも、どこか楽しそうなアンスールの手を引っ張って、ギルドの建物を出た。そして、買い出し係のライゾを探しに、街の中心部にある商店街へと向かった。
ゲームの中では幾度となく歩いた街だけど、実際に歩いて見ると全然違う!NPC……人の賑わいは音だけではない事にミミは気がついた。
感じる風が、匂いが、熱が……影までもが、ミミには新しくて、素晴らしく見えた。
「ねぇ、綺麗なお姉さん!俺、1000フィーしか持ってないんだよ。お願い、まけて!!」
市場に入ってすぐに、ミミたちはライゾを見つける事が出来た。市場の中で水色の髪の男の子は、とても目立っていた。
「お!ミミ!!このお姉さんが、この果物をたくさん負けてくるってよ!」
ライゾはミミ達を見つけるなり、手を振って叫んだ。お姉さん?は困り顔だ。
「ライゾ!お姉さんを困らせたら、めっ!だよ!お金大切なのは、ミミ達だけじゃないんだから!」
駆けつけたミミが頬を膨らませると、ライゾは、だってぇーと不貞腐れる。すると、横向きに歳を重ねた感のあるお姉さんは、はははっ!と笑って、果物を袋に詰め始めた。
「心配しなくてもあんたよりかは飯食えてるよ!本当に痩せっぽちだね、あんた!うん……よし!300フィーに負けてやるよ!可愛いおねえちゃんに感謝するんだね、坊や!さあ、持っていきな!」
「おお!ありがとう!美人のお姉さん!!」
しばらく市場を回ると、ミミの5000フィーは、食べ物や飲み物、そして暖かそうなブランケットに変わった。この世界では大きな紙が貴重だ。残念ながら地図は買えなかった。でもミミは、ブランケットを頭から被り、大喜びで道案内していた。
「はっはー!俺が手を貸せば、この位楽勝だぜ!」
ライゾも得意気だ。
「中々の交渉術でしたね。意外な才能です。ところでミミ、何処に行くのですか?」
グイグイ引っ張るミミに、アンスールは警戒を強める。ちょっと怪しげな細道にミミが入ったからだ。
「ミミ、この先のお店に、どうしても行きたいの!……いい?」
見上げれば、アンスールは眉間を押さえる。
「……くっ!抗えない。……いいでしょう、しかし、あまり時間をかけられませんよ?今日中にダンジョンに向かいたいので」
「うん!ありがとう、アンスール!!」
ミミは裏通りの奥にある、古びたお店の扉を押した。チャリンチャリンとベルが鳴り、ミミたちが、暗くて狭苦しい店内に入るのと同時に、イベントNPC……腰の曲がったお爺さんが現れた。
「何をお探しで?」
お爺さんは暗いカウンターに座ると、古びたランプに火をつけ、店内を照らしてくれた。
すると、一気に店内はキラキラと輝き出す。店内の商品は全て、綺麗なガラス工芸品だった。
そうか、お爺さんはガラス職人だったのか!と、ミミは、ゲームでは気が付かなかった事まで感じられる事が嬉しくて、ぴょこぴょこした。
「ああ、ちょっと連れが興味がある様でね……見せてもらうよ」
嬉しさが隠せないミミに、アンスールは呆れ顔だ。
ミミはアンスールから手を離すと、ワクワクしながら埃のかぶった陳列台を周り始めた。
コップに花瓶、置物の猫……。古くさい店内だけど、商品だけは綺麗に磨かれてある。ミミはそれらを通り越し、1番端っこに置いてある、研究室にある様な変な形のビーカーやフラスコに手を伸ばした。
「ミミ、これを1セット全部、欲しいです!」
それは、他のガラス細工みたいに煌びやかでも可愛くもない。でもミミにとって、他の何よりも楽しそうで、輝いて見えた。
だってこれ、バラバラになった、ガラスでできた抽出器なのよ!
抽出器。
それは、【ルーンキャッスル・ストーリー】を進める上で、必要不可欠なアイテムであった為、プレイヤーである『聖女』が、タダ同然の値段で手に入れる事の出来る器具だった。
抽出器は、プレイヤーが採取したアイテムを放り込む事によって、アイテムの中から謎成分を取り出せるという器具だ。
ゲーム内で採取出来るものは全て、この抽出器に入れ、抽出を行う事が出来る。
プレイヤーは一定時間待てば、何かしらの『役に立つアイテム』が手に入れる事が出来るのだ。
しかし、『役に立つアイテム』と言っても、使えない結晶体しか出てこないのが常。だが、ごくたまに出てくる事があるのだ!レア結晶体が!!
そう、抽出器はいわゆる『ガチャ』の道具だった。
ゲーム中の、採取システムは、その『ガチャ』の為にあったと言っても過言ではない。
「む?何だそれは!ミミ、そんなもん、買ってどうするんだ?」
ライゾが、眉をひそめて顔を近づける。ミミは膨れた。
「これは抽出器って言うんだよ!面白いし、何より、とっても綺麗でしょ?」
クルクル曲がったガラス棒も丸い瓶も三角の瓶も、全てが綺麗に組み合わさって初めて、ひとつの器具になる。ひとつひとつがとても精巧に出来てないと、この器具は上手く作動しないのだ。
なんて美しくて、素敵なんだろう!ミミは心からそう思っていた。
「なるほど、ミミは自分で花びらを加工しようと思ったのですね。しかしミミ、お金が足りないのではないかな?」
アンスールが心配してミミの肩に手を置いた。
でも、お爺さんはわざわざミミの横までやってきて、いそいそと抽出器をかき集め始めた。
「100フィーでいいよ、お嬢ちゃん。これを造ったのはわしではない。組み立て方も使い方も、今では分からん。それで良ければ差し上げよう」
「誰が作ったの?」
ミミはちょっと気になって聞いてみた。お爺さんはカウンターに、ビーカーやらガラス棒なんかをどんどん運びながら、ふぉっふぉっと笑った。
「息子だよ。跡を継ぐものだと思っておったが、家を出て、騎士になりおった」
「騎士!それは凄いな!名家でもないのに、余程強かったんだな!」
ライゾが飛び跳ね、テーブルが揺れて、アンスールに叩かれてた。
「ええ、そのようですの。ですが、褒めてやろうにも、その事に気が付いた時にはもう、息子は家を捨てて出て行った後でなぁ……」
ガサガサとお爺さんはカウンターの後ろから木箱を出し、藁を詰めてガラス瓶を詰め始めた。とても丁寧に詰めるから、ミミは何だか悲しくなった。
「ミミが貰っていいの?お爺さん寂しくない?」
お爺さんは微笑む。
「寂しくなるかもしれんが、これを見ていると時折、自分の愚かさに、胸が押し潰されそうになるんじゃ。もうわしも歳だ。そろそろ解放されてもいい頃合いだとは思わんか?」
ミミは頷けなかった。何だか涙が込み上げてくる。
「では、有難く貰っていくよ」
アンスールはお爺さんを横目で見ながら、カウンターに100フィーを置いた。お爺さんは全てを詰め終えると蓋をし、別れを告げるように、箱をひと撫でした。
「さあ、持って行きなさい」
前世の私は、ゲームをしながら、ラッキー!格安!とか思いながら、この抽出器を手に入れた。
でも今、ミミはお爺さんを前にして、とてもそんな気分にはなれなかった。
お爺さんが寂しくないように……。ミミは自分に出来る事がないかって、めっちゃ考えた。
……そうだ!!
「ねえ、お爺さん。ミミ、お礼にお花をあげたいの。この花瓶にさしてもいい?」
ミミはお店の中の、とびきり澄んだ花瓶を指さして、お爺さんにお願いした。お爺さんはふぉっふぉっと笑いながら、頷いた。
ミミは時計花を手の中に出すと、そっとその花瓶にさした。思った通り、とっても似合ってて綺麗だ!
ミミは嬉しくてぴょん!と跳ねた。
アンスールが目を見張っていた。お爺さんもだ!
「お前さん、これは……」
「このお花はね、暗くてもずっと綺麗に咲いてくれるんだよ!これでお爺さん、寂しくないよね!」
ミミは嬉しくてニコニコだ。
「ああ……しかし……」
「大丈夫よ。ミミ、また沢山のお花を集めるから。それに、抽出器を組みたてれば、オイルが取れて、お花の香りと何時でも一緒にいられるの!素敵でしょ?」
お爺さんは目を瞬かせた。
「それを組み立てて……役立ててくれるのか?」
ミミはウンウンと頷く。
ゲームの中で、抽出器の組み立ては、パズル風のミニゲームとして使われていた。もちろん攻略済みだ。
「ミミに任せて!!」
ミミは胸を張る。
「ありがとうよ……お嬢ちゃん……」
お爺さんは両手で顔を覆い、嗚咽を隠した。
涙でグチョグチョだけど、笑顔の戻ったお爺さんに手を振って、ミミたちはお店を後にした。
ミミはホクホクだったけど、アンスールは無言で、ちょっと怖い顔をしていた。ミミは心配になって、アンスールの服の裾を引っ張った。
「アンスール、時計花、あげちゃってごめんなさい」
しょんぼりと呟くと、アンスールは、はっ!とミミを見た。
「あ……いえ。不思議と、あれはあれでよかったと思えるのです。少し考えさせてください」
「はあ?何だよ、アンスール。怒らないのか?じゃ、俺が怒ってやるよ!おい、ミミ!一体あの花がいくらするって思ってんだよ!20万は下ら……うぐっ!」
途端に首根っこを掴まれるライゾ。
「黙りなさい、ライゾ!稼げばいい事です。……ん?」
裏通りから出たミミたちは、大通りに出来た人垣に足止めされた。
頑張って見ようとぴょんぴょん跳ねるミミに、同じく見えないライゾが、近くの大人の背中を叩いて聞いてくれる。
「何かあったのか?」
「ん?ああ、勇者パーティの皆さんが、我が街にいらして下さったらしいんだ。教会からいきなり現れて、今、隣の神父様の屋敷に入って行ったんだとよ!」
「これで魔物問題も解決だって、街の官僚も慌てて駆けつけたって話だ!……うお!あんたら、びっくりするほどの、べっぴんさん軍団だな」
勇者パーティ!?
ミミは思わず、アンスールを押し退けて逃げ出そうとした。その肩をアンスールは素早く掴む。
「ミミ。そんなに怯えなくても大丈夫です。私はあのクエストを受けてはいません。ですから、貴方を彼らの前に突き出したりはしませんよ」
ミミはそれでも落ち着かず、ライゾの服にしがみついた。
「ハハッ!お前、豪勢だよな!騎士からも勇者からも逃げなきゃなんねぇとは!ま、確かに、あんな場所に置いて行かれりゃ、信用出来ねぇのも分かる。逃げたくもなるわな」
ライゾはミミの頭をポンポン叩いた。慰めているつもりみたい。
「ライゾ、声が大きい。ともかく、予定通り出発いたしましょう。急がないと、日が暮れてしまいます。……しかし、ミミ。本当に彼らに会わなくてもいいのですね?」
ミミは下を向いたまま頷いた。
本当はみんなに会いたかった。
遠くからでもいい。ミミを庇って怪我をしたリオンを、ひと目でいいから見たかった。ちゃんと元気になっただろうか……3人は 喧嘩してないだろうか……。心配で胸が苦しくなる。
でも近くに行けばきっと、ユリアスはミミの事を見つけてしまうだろう。
胸が痛い。ミミはその不思議な痛みに涙が出てきて、怖くなった。それは、どうすることも出来ない、未知の感情だった。
3人は混み合う街中を抜けると、城門を出てダンジョンへと向かった。




