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46話 黒いアクアステラ

 税が払えない。ここで、野垂れ死ぬしかないのか……。

 子どもに食わせる物もない。私達はどうやって生きていけばいいんだ……。

 魔物に全てを奪われた。もう生きる意味がない……。


 闇はいつもそこかしこにあった。

 増える一方で、どうする事も出来なかった。

 

 だからせめて、フラン様から剥がれ落ちる魔だけでも、引き受けようと頑張って魔を食らった。

 体は腐り果て、瞳は黒く濁った。

 

 もうこんな私には、誰も近寄っては来ないだろう。

 それでも、自分の言い出した事だ。今更辞めるなんて事、出来やしない。


 だからせめて、終わらせて欲しかった。

 身勝手な願望だけどね。

 なのに……こんな……。


「お願い……フラン様の血をちょうだい……」

「ダメじゃ」

 この声はティール様だ。何故私を?

「私がいなくなっても、誰も困らないでしょ?」

 

「そんな悲しい事を……貴方は私たちを何だと思っているのですか」

 アンスールの声がする。怒気を含んでいるわ。何故怒っているの?

 

「ほら、ミミ。これがカノだ。アホなくらい真面目な馬鹿者だ。闇を払ってやれるか?」

 ライゾね。……ミミって誰?

 

「分かった!星の欠片にお願いしてみる。星の欠片はね、願いを叶えてくれるんだよ!」

 少女の声。

 願い?私の願いは……何だったっけ?

 

 死ぬこと?

 そうじゃない。いつから間違ったの?


 

 歌が聞こえる。

 聞いた事のない歌だ。コロコロと変わるリズムが、とても楽しそうだと思った。

「あ!起きた!」

 少女の声に目を開ければ、意外に近くに可愛らしい女の子の顔があった。どうやら私は、人間の少女に凭れて眠っていたらしい。

 

「……変わった歌ね」

「うん!ほら、お風呂に入ると、歌いたくなるでしょ?」

 お風呂……水?そうか、私は浮かんでいるのね。

「そう?……ふふっ」

 笑い声が聞こえて、それが自分のものだと気が付いて、青くなった。

 

「……うそよ。なんで?……ダメよ……」

 私は慌てて体を起こした。水飛沫が上がり、水面が揺れる。その水は黒く澱んで見えた。世界はモノクロのままだった。

「どうしたの?」

 少女は驚いているけど、私から離れようとしない。

 ……私の纏う闇が見えないの?

 

「私が笑っていいはずがないわ。世界は闇に満ちていて、誰かが今も苦しんでいるのよ。なのに、私は今ここで、のうのうと生きている。何の役にも立たなかった私がよ?許される訳がない……」

 

「どうして?生きちゃダメなの?笑っちゃいけないの?」

 女の子は首を傾げる。

「……あなた、話を聞いてた?」

 私は頭を抱えた。濡れた髪と服が体に張り付いて、とても不快で……少女に冷たく当たった。

 なのに少女は気にした様子もなく、私の両手を優しく取って微笑んだ。

 

「あのね、ミミはね、笑うと元気が出るの。元気になると、もっと頑張れるでしょ?だから、苦しそうな人にも、笑顔になって貰える様に、ミミは頑張って笑顔を伝えるんだよ」

「この世の中には、頑張ってもどうにもならない事が沢山あるわ。笑っていられるのは、あなたがそれを知らないからよ」

 イライラする。人間は闇を知らないから、笑っていられるのだ。

 

「そうだね。でも……」

 少女はグッと力を入れて、私の手を握った。

「ミミはね、それでも笑おうって思う。だって、涙を流す時はいつも、世界が終わった様な気分になるから。でもね、たくさん涙を流した後には、必ず笑える時が来るって、思い出して欲しいし、そう願いたいでしょ?」

 

 涙……。そう、私はずっと泣いていた。

「願っても笑える時が来るなんて、とても思えないわ」

「でも、楽しい時はあったでしよ?」

 少女は微笑む。

 

 確かに、その瞬間はあった。

 皆で笑って過ごした日々が。……私は夢を見る。

「カラドコルグの城では、人の姿を真似た竜達が、毎晩の様に、宴を楽しんでいたわ。笑顔が溢れ、毎日が幸せだった」


 思い出した途端、私の周りの霧が晴れた。

 淀みだと思っていたものが花で、それが水面を覆ってある事に気が付いた。これは、アクアステラ?黒いアクアステラだわ。


「素敵ね!竜さん達の宴!」

 少女はキラキラと目を輝かせる。……ああ、色が生まれたわ!

 薄桃色の髪の少女。私と違って、なんて可憐なの?

 

「ええ。もう一度、あの頃のように笑えるのなら……。私は願ってもいいの?あなたは、最高の瞬間があるから、生きていけるって事を言いたかったの?」

「そうだよ。誰かの為に沢山泣いた事は、無駄にはならない。悲しみを分かちあって、一緒にまた、笑顔になれるように頑張ろうって伝えられるから!その為に、今、笑うんだよ!」

 

 ……今?

 

 カノは自分の手を見た。……黒くない。体もよ!

 髪は?……赤いわ!

 闇は何処にもなく。

 私は、私に戻っていた。

 ……ああ!なんて事!?

 

「……私、笑っていいの?」

 涙が溢れていた。これも無駄じゃない。この子がそう教えてくれたから。

 

「うん!いつか誰かを笑顔にする為に!今度はみんなと一緒に笑えるようにね!」

「みんなと……。そうか。私は1人で戦おうとしていたのね。1人じゃ笑えないのに」

「そうだよ。でも大丈夫!みんな、今度は1人にさせないって言ってるから!」

 少女は胸を張った。


 彼女の後ろには、ティールとアンスールの姿が見えた。ライゾは隠れていてたけど、心配してたでしょうね。私はずっと1人じゃなかったのに……それに気が付かなかった。バカね。

「そうね、もう間違えないわ。だって、私、生きてるんだもの。生きて、ここにいるのだもの!」

「うん!!」


 少女は嬉しそうに飛び跳ねると、花びらを撒き散らした。黒くなったアクアステラの花びらは粉々になり、水の中に消えた。

 そして、驚く事に、それを温床にして、淡く青く光るアクアステラの蕾が次々に頭をもたげはじめた。

 蕾は、満面の笑みを浮かべる少女に応える様に花開いた。

 私と少女は、見る間にアクアステラに囲まれていた。

 

「お花が咲いたよ!いっぱい!!」

「綺麗ね。こんな美しいものは初めて見たわ!」

 2人、手を取り合って笑った。


 私はこの瞬間を忘れない。

 だから、何度だって、ずっと頑張ってみせるわ!

 

 ◇◇◇


 アンスールはどす黒いビンを片手に、目の前の美しい光景を見て微笑んでいた。


「カノが戻りましたか。ありがとうございます、ティール様」

「ほほっ!ワシの手柄ではない。ワシはカノをミミの所に連れて来ただけじゃ。そこに、たまたまアクアステラの池があり、たまたまそれがミミの手によって浄化された直後だっただけじゃ」

 ティール様も目を細めてアクアステラに埋もれてはしゃぐ2人を見ていた。

 

 ウィンの食料庫の洞窟の底の底。底なしの洞窟の中層だと言った場所に、ミミが入り浸っている事は知っていた。

 ティール様がその場所に、闇の塊となったカノを連れてきたのは、幸運以外の何物でもないだろう。

 

「勿論そうですが、ティール様がハガルの警戒を解き、カノを連れて転移させて来て下さらなければ、今頃カノの命はなかったでしょう」

 アンスールは手の中にある黒い液体を揺らした。

「これがオセルの話していた、フラン様の血液ですね……」


「それをどうするつもりじゃ?」

 ティール様は眉をひそめ、私を見た。

「それはこちらが聞きたいです。ハガルはいったいこれを何に使うつもりだったのでしょうか?今から彼の行動を読まねばなりませんね」

 ティール様は、そうじゃなと呟いた。

「……すまぬ、アンスール。そのビンは三本あったんじゃ」

「そうですか。ティール様、謝らないで下さい。これは貴方のせいでもカノのせいでもありません。全て企んだ者がいけないのです」


「……アンスール。それ……」

 静かになったと思ったら、カノがこちらを見て、顔を青くしていた。やせ細った顔が暗い影を落とす。私は慌てた。

「ああ、カノ。何も言わなくてもいい。全てティール様に聞いた」

「ごめんなさい!!私が……!」

 アンスールは頑張って微笑むと、アクアステラの池を進み、カノの濡れた頭を撫でた。

 

「カノ、これは我々みんなの責任だ。だから、みんなで解決しよう。な、そうだろ?ライゾ」

 心配したのか、ミミがライゾを引っ張って来ていた。ミミはもしかして、カノとライゾが特別な関係だと思っているのではないだろうか?

 ライゾは戸惑いながらも、期待に応えようとカノに向き合った。

 

「勿論だ。カノ、お前は良くやってくれた。少し休め。そして、しっかり元気になったら……俺たちを助けてくれないか?」

 さすがライゾ。病み上がりの者に対しての配慮が全く感じられない。アンスールは私は頭を抱えた。

 

「鬼畜……」

 すぐ横で、私が思っていた通りの言葉が聞こえて振り向けば、イースが2人分の着替えを抱えて立っていた。

「おい……俺様にどうこうできる案件じゃないだろ?」

 ライゾが胸を張って不甲斐なさを主張している。

「ライゾ、頼りなさすぎ……」

 ミミまで……。これは吹いてしまいそうだ。

「何を言うんだ!俺は出来ないことは言わないたちなんだ!!」

 フン!と膨れたライゾに、カノが堪らず笑いだした。

 

「ふふっ、分かったわ!私に手伝わせてちょうだい!」

 良かった。前向きに考えてくれるようになった様だ。しかし。

「カノ、これ以上の無理は許しませんよ?」

 私が言うと、カノは綺麗な微笑みを見せてくれた。

 

「分かってるわ。いつもありがとう、アンスール。そして、ティール爺様とライゾもね!それと……」

 カノはミミを抱きしめた。

「ねえ、誰か。この半端なく可愛い子を紹介してくれない?」

 

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