43話 祭り
ファリアスの城があるべき姿を取り戻したその日、ミミは朝からウィン様の御屋敷のリビングで頑張ってルーン石を作っていた。
「やったー!出来た!!ライゾ、スルトさん、ありがとう!!」
昼下がり、ようやく全ての転移石と門のルーン石が出来上がり、ミミはソファーに座ったまま、お上品にぴょんぴょん飛び跳ねた。今日のミミの服装は、ユリアスから貰った(エプロン)ドレスだからね!
ムフフとテーブルの上を見れば、沢山の永遠の転移石と門の刻まれたルーン石が並んでいる。
「美しいですわね」
正面に座るウィン様が裁縫の手を止め、テーブルに並んだルーン石に目を細めた。文字を刻んだ事で、目を覆うほどの輝きは抑えられ、澄んだ虹色の石が優しい光を放っていた。
「ああ、そうだろうよ。俺たちの力をごっそり吸ったんだ。さぞ美しかろう」
ミミの横でライゾが、ぐでーっと横になった。
その横で、スルトさんもソファーの背に大きな体を投げ出す。
「俺たち、頑張ったよな!ライゾ!」
「ああ、兄弟!」
「何を言ってるのですか。1番頑張ったのはミミですわ。転移用の恐ろしい純度の法石だけでなく、門を刻む為の法石まで用意したのですから。ミミ、よく頑張りましたね」
「うん!頑張ったよ!」
ミミはウィン様に褒められて耳を紅くした。
「なあ、娘!俺達の分はないのか?俺の故郷をちょっと見に行きたいんだが」
ウィン様のリビングルームは広い。窓辺でくつろいでいた竜さんにもミミたちの話が聞こえたのだろう。天使のような姿をした少年イング様がトトトとやって来て、我慢出来ずに転移石に手を伸ばした。すかさずベルさんに手を叩かれる。お母さんの様だ。
「イング!お行儀が悪いわ。ミミさん。これは勇者パーティの方達の分なのでしょ?」
ぷぅーと膨れるイング様に、申し訳ないと思いながらも、ミミは頷く。
竜さんは基本、眠りにつく時以外は群れないらしく、後からやって来た竜さんたちは、竜族委員会からは抜けたものの、ミミたちパーティには入るのを良しとしなかった。だから、寂しい事に、パーティメンバーとはちょっと距離があるのだ。
「ライゾが良ければ、みんなの分も作りたいと思ったん……だけど」
チラリとライゾを見ると、ライゾはお行儀悪くソファーに寝そべったまま、シッシッと手を振った。
「それは無理だな」
イング様は更にプクっと膨れる。
「なんでだよ!!」
「過去の門は全て閉じた。姑息な人間だけじゃなく、ハガルらも足止めさせる為にな。だから、転移石があっても飛んでは行けん!」
「何だよそれ……」
イング様はとても残念そうに項垂れた。
ミミの胸は苦しくなる。イング様はさっき、追い出された住処を、自分の故郷だと言ったのだ。
ミミの顔を見たライゾは、舌打ちをしながら体を起こした。
「イング、甘えるな!会いに行きたいのなら、その足で行けばいいじゃないか。その決心がないのなら、お前の気持ちはその程度だったって事だ!」
「竜になるなって言われてるんだぞ!歩いて行くなんて、何日かかると思ってんだよ!」
「じゃ、何日か後にお前の故郷は消えて無くなるのか?」
イング様は目を逸らした。
「……無くならない」
イング様の声はどんどん小くなり、ライゾは嘲笑った。
「は!なら問題はないな。ミミ、気が変わった。こいつら全員に転移石を渡すぞ。帰りの分がいるだろうからな!」
帰りと聞いて、イング様は憤怒に顔を赤くする。
「ここになんて帰って来るものか!!故郷に戻れれば、ずっと住むに決まってる!」
「どうだかな。お前が出ていってから何年経ったと思ってるんだ?お前の事なんて、みんな忘れちまってるかもしれないだろ?ってか、そもそも、冒険した事のないお前が、1人で歩いて帰れるとは思えないね!」
「う……」
言葉を詰まらせるイング様を嘲笑うと、再びライゾはゴロリと横になった。
これには、大人しく見ていた他の竜さんたちも怒り出す。
「ライゾの意地悪!」
「人でなし――!」
「はっはー!俺は弱い奴は嫌いなんだよっ!」
ライゾは笑いながら目をつぶった。
ライゾは弱いって言うけど、みんなは竜さんだ。きっと何か能力があるに違いない。消沈してしまったイングさんにも、きっと……。
ライゾはみんなが故郷に帰れるって信じてるから、わざと意地悪をしてるに違いない!
ミミはみんなの分も、頑張って作ろうと決めた。
「じゃ、ライゾ。あと9個作らなきゃだね!ミミ、すぐ用意するから待ってね!」
ライゾが途端に顔を青くする。
「……ミミ、法石はゆっくり作るがいい。頼む……休ませてくれ」
「ぷくく……。ライゾはミミに弱いわね」
いつからいたのか、後ろでイースの声がしたかと思うと、ミミとライゾの間に無理やり入ってきた。ライゾが寝たフリをしてるのを見て苦笑すると、ミミの頭を撫でる。
「ミミ、お待たせ。お届け者がすぐに届くわ」
お届け者?とミミは首を傾げる。
すると、ミミの後ろから突然、男の人の声がした。
「……ミミ?ここは?」
「ユリアス!!」
そう!振り向けばユリアス!ウィン様のリビングに突然現れたのだ!
その肩に、転移石を抱えたピアが乗っているのを見て、ミミは納得する。
転移石はそれを触った者がいないと、その場所に転移出来ない。だけど、勇者パーティにはアイテムボックスを行き来出来るピアがいる!ピアは以前、イグニートが怪我をした時にも、リオンたちをミミの所に連れて来てくれたのだ。
ミミはソファを乗り越えてユリアスに抱きついた。
ユリアスは辺りをキョロキョロと見回しながらも、ミミぎゅっと抱き締める。そして少し緊張した面持ちでミミを見つめた。
「……で?ここは何処だい?」
「ここはわたくしの屋敷ですわ。あなたは……?」
ウィン様が立ち上がると、ユリアスは優しくミミの頭を撫で、ウィン様の側に行き、スっと片膝をついた。
「申し遅れました。俺はユリアス・カストロ。勇者パーティの一員です。え……と」
ふっとウィン様の表情が緩む。
「ウィンですわ。美の竜ですのよ。……そうですか、あなたがユリアス様でしたの。ミミからお噂は聞いておりますわ。ミミの心の支えとなってくれているようですね。感謝致しますわ」
ウィン様は、優雅な仕草でユリアスを空いている席へと促す。
「さあこちらへ。ようこそ我が屋敷へ……ところでピア、これはどういう仕組みですの?」
「ピアがミミの持つ門を触ったから、ユリアスを連れて来る事が出来たんだよね!」
ぴょこぴょことミミがお茶の準備を始めると、ピアは親指だけ立てて消えた。何だか忙しそうだ。
「まあ、そうなの?精霊も転移が使えるなんて、初めて知りましたわ。とても素敵な事ですね」
ウィン様が真面目に感動している。その前で、ライゾが何やら呻いた。
「……ん?ちょっと待てよ。それなら転移石はこんなに要らなかったんじゃ……」
「……は!ここは何処なんだ?ミミ様!?」
「ふお!」
突然真横で声がして見れば、驚いた事に今度は真横にナタンさんが現れた!
続いて、マッケンリーさんとランベールさんが現れ、眉を顰める。
「……ここは何処でしょうか?」
「ミミ様!?」
更には、クリストスさんが現れ、ウィン様は接客に大忙しとなる。
ミミもベル母さんに手伝って貰いながら、急いでお茶を準備を……。
不意にミミは後ろから強く抱き寄せられ、首をすくめた。
「……ミミ」
この声。顔を見なくても分かる。リオンだ。
力の加減をしてるのか、今日は甲冑なしの腕が、フルフルと揺れていた。肩越しに押し殺した嗚咽が聞こえそうで、ミミは胸がいっぱいになる。
リオンもミミに会いたいと思ってくれていたんだ!
その腕が優しくなったところで、ミミは振り返って見上げた。
「リオン!会いたかった!!」
リオンが苦しそうな顔でミミを見つめ、再び抱き締めた。
こんな幸せがあるなんて!
ミミは溢れるてくる涙を不思議に思いながら、リオンの胸に頬を埋めた。このまま時が止まってしまえばいいのにと思ったけど……。
「……こほん。ただいま!」
でも、すぐにイグニートの咳払いが聞こえてきて、ミミはじっとしていられなくなる。
ミミはリオンにくっ付いた頬を離すと、今度はイグニートに抱きついた。
「イグニート。おかえりなさい!!」
「うむ!ミミ。転移石の礼を言いに戻ってきたぞ!」
イグニートの声は少し笑いを含んでいる。きっと作戦が上手くいったに違いない。
「みんな無事だった?」
それでも心配でそっと聞くと、イグニートはいつになく興奮した様子で声を張り上げた。
「うむ、勿論だ!ハガルを追い出したぞ!これでファリアスは私の領土となるだろう!」
「「お――!!」」
途端に、部屋中に歓喜の声が溢れた。その声を聞きつけた、モンペイさんたちまで部屋に入ってきて、ウィン様のリビングルームは一時、大騒ぎとなる。
でもここはウィン様の邸宅。
「お静かに。オセル、これはどういう事ですの?」
ウィンさまは皆をひと睨みで黙らせ、部屋の隅でピアと話をする、オセル様に声をかけた。
オセル様はゆっくりと立ち上がった。
「これから起こりうる事を色々と予測していたところ、気になる事がありましてね」
「それは何ですの?」
「それは、このパーティメンバーの中に、互いを知らぬ者がいると言う事です。これでは有事に迅速な連携がとれません!」
「……なるほど。一理ありますね。では、今から懇親会でも開かれるおつもりで?準備も何もしていませんのに……」
でもそこはウィン邸。屋敷の管理をしているのは、スルトの洞窟にいた冒険者なのだ。
「ん!何だ?懇親会だと?そんなもん、飯を食って酒を酌み交わしゃ、皆兄弟だろ?」
モンペイさんの一言で、再び場が湧き上がる。
「「おーー!違いねぇ!!」」
それから皆で夕飯の用意が始まった。人数が多いので外での食事会となり、全て焼けば美味くなる的な発想のもと、パーティメンバー各々が材料を持ち寄る事になった。
ちょうどいい機会だからと、ミミは用意をするパーティメンバーを捕まえて、2つのルーン石を配って回る事にした。
「永遠の転移石に個人の門とは!さすがミミ様。本当にこんな凄い物を貰ってもいいのですか?」
騎士様たちはとても謙虚だ。
「勿論!だよ。ね、ライゾ!」
「ああ。貰ってくれなきゃ、スルトが泣くぜ」
追加の分を作り終えたライゾは、仕事を免除されて超ご機嫌だ。
そしてルーン石を渡す時には、何故か隣にギューフさん!聞けば、ラベンダー色の髪をしたイケメン、ギューフさんは愛の竜さんで、転移石に愛を込めてくれるとの事。
「これで、持ち主以外に、このルーン石が渡る事はないでしょう。マイレディ」
「俺は男だ……」
「気分が乗らないと、愛の効果が出ませんよ?」
「……ありがとうよ、美しいダンナ。……手は離してくれ」
その効果は分からないらしいけど、とても有難い。
ルーン石が皆の手に渡ると、試してみたいのか、転移する人が続出。お試しついでにと、非番の騎士様や使用人さん達まで連れて来て、大掛かりなバーベキューになる事に!攻略されたばかりのファリアス城からも沢山の人たちがやって来て、ウィン様のリンゴ園は大賑わいだ。
屋台のように、ご当地グルメが並べば、これはもう、お祭りと言っていいだろう。
「あ!そうだ!ニイドを迎えに行かないと!」
ニイドは今、ウィルド達とウィン様の食料庫であるダンジョンに潜っている。そろそろウィルドもお腹いっぱいになっている事だろう。
ミミがいつもの様にライゾを見れば、ライゾはミミと一緒にテーブルを飾り付けていたユリアスを指さす。
「おい、ユリアス!カストロじゃ、お前の頼みを散々聞いてやったんだ。今度はお前が俺の代わりをしろ!」
「え!?」
「それもいいですね」
皆にこと細やかな指示を与えていた、アンスールも頷く。
カノの事があってからずっと、塞ぎ込んでいたアンスールも、カオス状態となったウィン邸の様子をみかねて、部屋から出てきていたのだ。
「カストロではライゾの変装がたいへん役に立ったと聞きました。それは後で聞かせて頂くとして、ミミと一緒に食料庫に行って来て下さると助かります」
ミミはウンウンと大きく頷く。すると……。
「おや?ダンジョンに魔道士を連れて行かぬとは、些か危険ではないかな?」
「魔物を引き付ける盾役も誘って欲しいな」
振り向けばイグニートとリオンが後ろに立っている。ミミはぴょんと跳ねた。
「2人共、疲れていない?」
きっとファリアスでは大変だったに違いないのに。2人はミミの手をとって微笑んでくれた。
「ミミをユリアスにとられる訳にはいかないからね。それに、疲れなら、ミミが癒してくれる」
ユリアスは苦笑する。
「じゃ、久しぶりに初期メンバーでダンジョンに潜るとしよう!ピア、ニイドの近くの門まで頼むよ」
まるで最初の攻略の時みたいにワクワクする!
ピアが飛び出し、ミミの頭に止まれば、出発だ。
「了解!転移するわよ!」
ミミたちは、「必ず夕飯までには帰って来るのですよ――!」というアンスールに手を振って、ウィン様の食料庫、底なしの洞窟へと、転移した。




