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41話 カノ

 イグニート暗殺の事はさておき、とりあえずバンデロの葬儀を無事?終えたキローガは、その足で執務室に戻っていた。聞けば、早速カストロの使者が来たらしい。転移石まで使って来るとは、褒美が待てない、犬の様な奴らだ。

 

「……ファリアス公爵様に置かれましては、この度のご不幸に……」

 カストロから送られた使者は、ランベールという足の悪い騎士で、慇懃無礼な男だった。

 つらつらと格式ばった言葉を並べる使者を、キローガは片手で黙らせた。

「長ったらしい挨拶は聞きたくない。それより、用件を言えよ」

「はい。それでは」

 

 ランベールは後ろに控えるガタイいい男の差し出した重々しい小箱から、封蝋された書簡を取り出し、キローガに手渡して来た。

「こちらにサインをお願い致したく存じます」

 広げて見れば、カストロの紋様のついた公式文書だ。中にはイグニート討伐を終了した事と……。

 

 ――竜王の証は、カストロ公爵家の物とする事。ルーンキャッスル公国の主権もそれに準ずる。

 がめついヤツめ。

 

「こんな紙切れが必要なのか?」

 キローガが作り笑いを向けると、ランベールも悪びれもせず笑顔を返す。

「我が主は、疑り深いタチなので」

「権力で威圧し、あることないこと、全部自分の有利に持っていっちゃう様な、あの、アーロン公がか?」

「いえ、現在の領主はアダン様です」

「……そうだったな。親を殺すとは、とんでもない奴だ」

「アーロン公の死因は病です」

 淡々とした受け答えにキローガは頭を搔く。めんどくさい!

 

「そういう事にしておいてやるよ。ハガル、どう思う?」

 キローガは、ソファの後で文書を覗き込んでいたハガルに首を回した。

「別に?サインすればいいんじゃない?」

 肩越しの声が笑いを含んでいる。

 

 そうだよな!竜が使うのは古代文字。だから、竜王の時代になれば、こんな文書なんて、ゴミだ、ゴミ!!要は、取ったもの勝ちなんだよ!!

 

「……では、こちらでどうぞ」

 スっと差し出されるペンに、キローガは苦笑しながらも、スラスラっと名前を書いた。

 

 ランベールは書き終えた書簡を確認し、丸めて後ろのマッチョに渡した。そして、箱にしまうのも確認せず、すぐに身を乗り出す。

「それで、竜王の証はいつ貰えるのですか?」

 キローガは苦笑いを隠せない。

 

「せっかちだなぁ……。こっちは親父の葬式が終わってすぐに、今度は弟の葬式の準備だ。とぉーっても忙しいってのに、時間取ってやっただけでも有難く思えってんだ」

「こちらは、国の大臣の葬儀の最中だというのに、貴方様の要望を、とぉ――っても忙しい最中であるにも関わらず、実行致しましたよ?報酬が用意されてないなど、普通なら有り得ません。ですが我が主は、少しなら待とうと仰いました。恐らく、事を起こすには、この混乱に乗じて動くのが1番だと思われたからでしょうね」

 

 こいつ……!今すぐ取ってこいってか?

 公的文書を持たせる使者が、こんなふざけた奴で大丈夫なのか?こちらの考えが読まれているようで、不快なんだが?

「煩いなぁ。心配は無用だと伝えろ……。な!ハガル、教えてやれよ」


 しかしハガルも、この使者らに不信を持ったのか、1番上座の席にドカりと座り、使者の後ろに控える男を指さした。

「報酬について話してやってもいい。でもその前に、人払いをしろ。少なくとも、そのマッチョは必要ない」

 ランベールはチラリと後ろを見る。

 

「お言葉ですが、我々は同等の立場です。お互いに利を追求しようとお考えならば、私にも護衛をつける権利があると思いますが?」

「俺とお前が同等だと!?」

 ランベールの生意気な講釈に、ハガルがキレそうだ。竜を知らぬとは、厄介なものだ。これは俺が収めるしかないのか?

 

「ああもう!めんどくさいなぁ。ハガル、マッチョは我慢しろ」

「……分かったよ。そいつ、なんか見た事ある気がして、胡散臭いんだよなぁ。……ま、人間ごときに目くじら立てても仕方がないよね!あのさ、実は俺、竜なんだけどさ!」

 すぐに機嫌を直し、面白そうにランベールの方に身を乗り出すハガル。

 ハガルのいい所は拘らない所。竜だからか、雑……おおらかなのだ。ランベールの方が困惑する程の変わり様だ。


「存じております。よくも我がカストロの騎士団を潰してくださいましたね?」

 ランベールの減らず口も、竜であるハガルにとっては、可愛い戯れ言程度なのかもしれない。

「ハハハッ!その恨み言は、約立たずのカストロ公アーロンの墓の前で言え。……そうか、そのマッチョは騎士団って訳か?さっきから殺気がビンビン伝わってくると思った」

 殺気立っていたのか。危ないな。次からはハガルの意見は通す事にしよう。

 

「マッケンリーは素でいつも殺気立ってます。ですが、身の程をわきまえておりますので御安心を。で?竜である貴方様は、どうやって竜王の証を手に入れるおつもりですか?」

 おいおい。マッチョは狂犬か何かなのか?

 

「ミミという娘が竜王の証を持っている事は知ってるな?そして、そのミミが竜に守られているって事は?」

 ランベールはハガルに頷く。まあ、あれだけアーロンが追い回してたんだ。知ってるだろう。

 

「こっちはな、ミミを守ってる竜でさえ、そのミミを差し出したくなる様なモノを持ってるんだよ。もうじき、その存在に、奴らも気付くだろう。後は交渉の場を用意さえすればいい」

「そのモノとは何ですか?」

「教えてやるよ。……炎の竜だ。名をカノと言う」


◇◇◇


 少し前の事。アンスールは、全ての( ソーン)を使う事の出来るスルトと、力自慢のフェオを連れて、オセルのつけてくれた(ソーン)のある、壊れた竜族委員会の城を訪れていた。


 着いてくると言ってきかないオセルを宥めるのには苦労したが、歩けば1週間は下らないこの距離を、一瞬にして移動出来るのは素晴らしい。これは、命懸けで門を刻んでくれたオセルのおかげでもあるのだけど、永遠の転移石の力が大きいのは確かだ。ミミの法石とライゾのコンビは最強だと言えよう。

 まあ、竜の姿に戻れば数日で移動出来るのだが、他の竜に居場所が筒抜けになってしまうのは宜しくない。

 

「まあ!跡形もなくなってるじゃない!!よくみんな無事だったわね……」

 その壊れた城の瓦礫をどかして、道を作ってくれるのはフェオだ。軽々と大きな岩を動かし、ずんずん進む。行く先は城の後方に開けられた洞窟。人間が竜の巣と呼ぶ、堕天使フラン様の寝所に続く道がそこにある。

 

「アイツらはここを通らなかった様だな。何処に行ったんだ?」

 スルトの言うアイツらとは、ダエグ、アルシズ、ソウェル、パースの4頭の竜だ。多数の離籍者が出た為、竜族委員会は現在、ハガルを加えた5頭の龍で構成されている。……いや、カノもまだ在籍してるから、6か。


「恐らくこの瓦礫を片付けるのが面倒だったんだろう。あの者らの能力は戦闘に特化しているから」

 戦闘好き。故に、常に戦いを欲している。平和な世の中になれば、自分の価値が無くなるとさえ、思っている。

 強者がその考えを持つのは良くない。だから私は、竜族委員会という立場を与え、互いを監視させたというのに……。手を組み、まとめ役だったオセルを陥れるとは、想定外だった。

 

「住処を片付けるよりも、新しい住処を作った方が楽だと思ったのね。だとすると……」

 可愛く唇に指を置きながら、フィオは洞窟の入口を塞ぐ大岩を片手で破壊した。飛び散る爆風と破片が当たって痛い。

 

「コホッ……恐らくハガルのいる、ファリアス城に向かったでしょうね」

「まあ!大変じゃない!!」

 舞い散るホコリも、フェオにはそよ風だ。両手で口を塞ぐ様子は可愛いいが、シュールだ。

「大丈夫ですよ、人はそんなに弱くはありません。それに、新しく加わった皆さんが、里帰りをすると言ってましたからね。あちらは任せて、我々はこの任務に集中致しましょう」


 カノの救出。

 カノは誰よりもフラン様の事を心配していた。だから、自分がフラン様を守るからと、そばを離れなかったのだ。守ると言っても、慰めの言葉をかけるくらいしか出来はしないと言うのに……。健気なその姿に、私は心からカノを尊敬していた。

 

 だが、人間とのいざこざに奮闘する間も動く事のなかったカノを、良しとしない竜もいる。そういった竜の悪意に晒されていたとしたら……。

 竜同士は殺し合う事はないからと、対処に遅れた事が悔やまれる。

 

「急ぎましょう」

 オセルの飲まされた、フラン様の血の出処を考えると、胸が騒ぐ。

 アンスールは、そそり立つカラドコルグ山に刻まれた、深い溝へと続く洞窟に足を踏み入れた。


 暫く歩けば、その溝は見えてくる。まるで刃で山を2分する様に出来た細く鋭い溝は、山頂から地中まで至る。その渓谷は常に風が唸りをあげ流れていて、竜の羽は翻弄されてしまい、飛び立つ事は出来ない。刻まれた足場を、小さな人へと擬態した状態で登るしかないのだ。

 

「大丈夫か?アンスール」

 片目の私を心配して、スルトが声をかけてきた。体の大きなスルトは狭い足場に足を掛けるだけで大変だろうに。

「心配には及びません。もし落下しても、転移石がありますので。その場合、また1からやり直しという事になりますけどね」

「ゾッとする事を言うな……。だが、ルーン城からもう片方の眼を取って来ても良かったんじゃないか?」

 

 ルーン城の王座の横には、その昔、当時の王であるロイグ・ルイゼンに差し出した私の片目が置いてある。竜との和平の証として、ロイグに剣を貫かせた状態であり、その剣にたまたまライゾの名の刻まれたルーン石をつけていたが為に、永遠の転移石と呼ばれる物となっていた。

 

 ミミの作った転移石があるので、もう必要ないからと、先日取りに行ったのだが、そこで、その永遠の転移石となった我が眼の、新たな曰くを聞いてしまい、持ち帰るのを先伸ばしにしたのだ。

 

 ――この剣を抜いた者が、次の王となるのですよ。

 城を管理するランベールが、真剣な顔でそう言ったのだ。

 

 私の意思でしか抜けない様にしていただけなのだが……?

 人間も面白い事を考えた物だ。竜の意にそぐわぬ者を、王にする事は許さない、といったところだろう。ロイグ・ルイゼンの笑い声が聞こえるようだ。

 これが、ルーンキャッスル公国を王政に出来ない理由だというから笑える。


 ならば、然るべき時に然るべき者に抜かせるのが、ルイゼン王への手向けだろう?

 

「アンスール、何が可笑しい」

「いや、私の眼から、剣を抜いて貰えるのが楽しみでね」

「自分で抜けばいいものを。おかしな奴だ……」

 

 それからどれだけ歩いただろう……。

 昼夜問わず、ひたすら上に向かう頼りない足場を登り詰め、ようやくカラドコルグの山頂近くにあるフラン様の寝所へと辿り着いた。


 カラドコルグを二分する溝に挟まる大岩。その中に、フラン様の寝所はあった。

 大岩の中は晶洞となっており、その壁や床となる部分は全て、宝石の結晶で覆われている。それ故に門が刻めず、転移が出来ないのだ。


 その中央に横たわる大きな黒竜がフラン様。……だが、黒いモヤに隠れ、その姿を見ることすら出来ない。

 以前訪れた時には、ここまで闇は濃くはなかった。


「……誰?」

 その声だけで、アンスールの胸は高鳴った。

「カノ!無事だったのか!!」

 アンスールは柄にもなく、その声のする方へと歩を早めた。

 

「待て!」

 しかしその腕をスルトに引かれ、たたらを踏む。

「見ろ。様子が変だ」

 

 フラン様の闇から姿を現したのは、紛れもなくカノだ。赤い髪をした少女……しかし、その目に覇気はなく、歩みも、どことなくぎこちない。そして……その体には、フラン様と同じ闇を纏っていたのだ。


「離せ!……カノが!!」

「なりません。アンスール様」

 フェオが腹に腕を回してまで、私を止めようとする。


「どうしたの?抱きしめてもくれないの?」

 カノは冷たい声で首を傾げる。

「今行く……カノ!?」


「あははははっ……!!」

 カノは突然笑い出した。その顔はアンスールの知るカノでは有り得ない程歪んでいた。


「アンスール、今更何しに来たの?今まで放っておいた癖に……ね」

 途端、アンスールの心は凍った気がした。


 カノはこの場所をたった1人で守っていたのだ。なのに、私は……。

「私はお前の身を案じて……」

 苦しい言い訳……カノには全て分かっているのだろう。彼女はフラン様を通じて、我々の居場所を感じる事が出来るのだから。

「私が心配?馬鹿げたこと言わないで。なら、どうして眠りから覚めてすぐに会いに来てくれなかったの?」

「それは……」

「私、ずっと待ってたのよ。なのに来たのはハガルだけ。そうよ……ハガルが言ったわ。お前は置いて行かれたのだと」

 ハガルめ。カノに何と言う事を!

 

「置いて行ってなどない!ここに残るのはお前の意思だった筈だ。それに、お前が私たちに、人間を頼むと言ったのではないか!」

「そうよ。でも、会いに来るのが普通だって、ハガルは言ったわ」

 またハガルか……。しかし正論。いくら竜族委員会が嫌いであっても、その入り口を打破し、カノに会いに来るべきだった。

 

「遅れたのは謝る。本当に申し訳ないと思う。だが、お前はいつでもライゾの転移石を使ってよかったんだ……山ほど置いて行っただろ?」

「私がフラン様から離れると思う?」

 ニヤリと笑う小さなその体から闇が溢れ出た。堪らずアンスールは走り寄ろうとする。

「カノ!!」


 しかし、フェオがそれを許さない。

「アンスール様!今行けば、アンスール様まで闇に取り込まれます!」

「ふふっ。もう遅いの」

 暴れるアンスールに、歪んだ笑みを見せるカノ。


 それを傍観していたスルトが、私を庇うように前に出た。

「カノ。フラン様の血を取ったのはおまえか?」

 落ち着いた様に見えるが、怒りを感じる声だ。

「そうよ。それを飲ませれば、皆にも私の苦しさが分かって貰えるって……そう言ったの」 

 ハガルがか?カノの心に闇を植え付けたのか……それとも、闇は、カノ自身の中にあったのか?


「オセルは死にかけたのだぞ!」

 スルトの怒号が寝所に響く。それに負けず、カノは声を荒らげた。

「知ってるわよ!全部!オセル様の気配が消えかけて……」

 後悔を滲ませた声。そして、大きな瞳からは、黒い闇を含んだ涙が流れ出た。

「じゃあ私は……どうすれば良かったの?」

 

 消え入るように告げられた疑問に、アンスールは胸をかき抱いた。カノは孤独に負けてしまったのだ。それに私は気付かなかった……。


「帰って。これ以上、惨めな姿を見せたくないの……」

 そしてカノは、涙を隠す様に踵を返し、フラン様の闇の中へと消えた。

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